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「……どうですか?しのぶさん。」
善逸が突然倒れたことで、小羽は慌ててしのぶを呼んで善逸を診てもらった。
急いで病室に善逸を運ぶと、炭治郎たちも心配そうに善逸の様子を見守っていた。
しのぶが診察を終えると、彼女は善逸に注射器で何かの薬を打ち込んだ。
「……解熱剤を打ちました。どうやら毒による副作用で高熱が出てしまったようですね。」
「どうして、今更になって副作用なんて……」
注射器を片づけながらしのぶがそう説明する。
しかし小羽はその言葉に一つの疑問が浮かぶ。
善逸がこの蝶屋敷で治療を始めてもう五日になる。
今日まで一度も副作用なんで出なかったのに、それが何故五日も経った今になってから出たのか……
普通、副作用が出るならもっと早い段階ではないのか?
小羽の疑問に答えるように、しのぶが口を開く。
「今までも副作用は少しずつ出ていたと思います。ですが、ここ数日の彼は緊張状態にあったと言いいますか、その緊張状態から急に解放されて、このように高熱が出てしまったようですね。」
「それって……私のせいじゃ……」
「小羽、自分を責めては駄目ですよ。これは貴女のせいではないのですから。」
「……はい。」
しのぶさんにそう言われても、私は自分を責める気持ちを止められそうになかった。
善逸くんが熱を出したのは、私のせいじゃないの?
私が善逸くんを避けてたから、彼を追い詰めてしまったんじゃないの?
そう思って後悔しても、もう遅い。
せめて、せめて今私に出来る精一杯のことをやろう。善逸くんのために。
「……今晩は、私が善逸くんの看病をします。」
「だったら俺も手伝うぞ小羽。」
「ありがとう炭治郎くん。でも大丈夫。炭治郎くんだって大怪我してるんだもの、休んで。」
「だけど……」
「私がやりたいの。お願い。」
小羽を気にかけて渋る炭治郎だったが、小羽が真っ直ぐに炭治郎の目を見つめてお願いすると、彼は困ったように眉尻を下げて目を閉じた。
そして諦めたように小さくと息を吐くと、とても穏やかに微笑んだ。
「……わかった。でも無理はするなよ?困ったことがあったらちゃんと俺たちを頼ってくれ。」
「ええ、ありがとう。」
炭治郎の気遣いに感謝しつつ、小羽は一人で一晩寝ずに善逸の看病をすることに決めたのであった。
*************
善逸side
「う……っ!」
「……善逸くん……」
高熱によって苦しむ善逸が少しでも楽になるように、小羽は一時間おきに手ぬぐいを水で濡らしては額に当ててやり、更に汗だくになった善逸の体を時々拭いてやったりした。
それでも善逸の熱は中々下がらずに、苦しそうに呼吸する善逸を見る度に、小羽は胸が締めつけられそうになった。
「……っ」
善逸が苦しげに息を吐き出す。
――苦しい。
――熱い。
ぼんやりとする意識の中で、善逸は昔もこんな風に熱に浮かされて苦しい思いをしたなと、なんとなくその時のことを思い出していた。
産まれてすぐに親に捨てられたらしい俺は、何処かの家の玄関に置き去りにされていたらしい。
その家の人たちは俺を哀れに思って、俺を拾って育ててくれた。
優しい人たちなんだと思う。何処の馬の骨とも知れない人間の俺をここまで育ててくれたから。
人より耳の良すぎる俺は、人の音を聞いて、何を考えているのかなんとなく分かってしまう。
心を当てると、みんな俺を気味悪がった。
俺が寝ている時、こっそり家の人たちが話しているのを聞いた。
『あんな子、いつまで家で面倒見る気なの?』
『何を考えているのか見透かさられているようで気味が悪い』
『あんな子、拾うんじゃなかった』
そんな感じのことを話していて、俺はすぐに、「ああ、ここに居ちゃ駄目なんだ。だったら出ていかなきゃ。」って、無意識にそう思った。
俺が出て行こうとしたら、家の人に止められた。
だから「どうして?」って訊いた。
俺が寝ている時に話してた内容を聞いていたと知って、あの人たちはますます俺を気味悪いものでも見るみたいな目で見てきた。
あの人たちの目を見なくても、はっきりと心の音であの人たちは言っていた。
「化け物」「気持ち悪い」
俺に対して、そんな気持ちを向けていた。
俺だって、聴きたくて聞いている訳じゃない。
だって、聴こえてしまうんだ。
人の心音は心地のいいものばかりじゃない。
「嫌悪」「憎悪」「嫉妬」「嘘」感情の名の数だけ沢山の音がある。
聴きたくなくても、聞こえてしまう。
どんなに俺が耳を塞いでも、嫌でも耳が音を拾ってしまうんだ。
ただでさえ泣き虫で根性無しで、情けなくて、誰にも期待されない俺なのに、この無駄に良い耳のせいで余計に気味悪がられたり、人から煙たがられたりした。
――息が苦しい。体が焼けるように熱い。
昔……似たようなことがあった。
風邪をひいて高熱を出して、寝込んでしまったことがある。
だけど誰も俺の心配なんてしてくれなかった。
それどころか、風邪がうつるからと部屋に軟禁されて、そのまま自力で治るまで放置されたっけ。
熱で苦しくて、でも誰も助けてくれなくて。
弱っていると、とても心細くなる。寂しくなる。
でも、俺の手を握ってくれる人なんて、誰もいなかった。
誰も……俺を心配なんてしてくれなかった。
鬱陶しいと思われるだけで、誰も……
ずっと……ずっと独りだった。
孤独だったから、誰かに愛されたかった。
愛されてみたくて、一生懸命媚びを売った。
自分が耳が良いと理解してからは、人の心を兎に角聴くようにした。
そして、その人の機嫌を取るようにした。
少しでも好きになってもらえるように。
でも……駄目だった。心に耳を澄ませれば澄ませる程に、みんな俺を気味悪がった。
ああ、やっぱり「他人」なんて受け入れてくれないのか。
だったら、「家族」なら愛してもらえるのだろうか?
自分と血の繋がった家族なら……
だから俺は、家族が欲しかった。
一刻も早く誰かと結婚して、家族になりたかった。
子供でも生まれて、血の繋がった家族ができれば、もう独りじゃないと思ったから。
だから、誰もいいから結婚したかった。
元々女の子は好きだった。優しいし、男の俺と違って柔らかくて、いい匂いがして、綺麗で可愛い。
だけど現実は全然上手くいかなかった。
俺は、俺の信じたいものを信じてきた。
俺の無駄に良い耳は騙されていると、相手が嘘をついていると訴えていても、俺はその子を信じた。
結果、毎度毎度好きになった女の子には騙された。
どんなに尽くしても、借金をしてまで貢いでも、いつも最後には裏切られた。
それでも……家族が欲しいという望みを諦めることは出来なかった。
――ああ、やっぱり俺ってダメな奴なんだな。
折角じいちゃんに拾ってもらえたのに、全然期待に応えられなかったし、兄貴にも嫌われたままだ。
鬼殺隊に入ってから何度も手紙を出しているのに、一度も返事なんて貰えたことない。
それどころかちゃんと読んですらいないんだろうな。
だって、いつも兄貴に手紙を届けに行かせると、決まってチュン太郎……ううん。小羽ちゃんが申し訳なさそうな音をさせて、帰って来てたから。
あの人たちと……「家族」になりたいと思った。
じいちゃんと兄貴と過ごした日々はたった一年と短いし、修業の日々もとても辛いものだったけど、でも……初めて「居場所」だって思えた場所だったから。
――ああ、寂しいな。
とても寂しい。体が弱っているせいで、余計に寂しくなる。
だけど、どんなに心細くても……俺の手を握ってくれる人なんて……
「……?」
不意に手に温もりを感じで、俺はぼんやりとした意識の中で目を開けた。
誰かが、手を握ってくれている。
傍に誰か居てくれている。
この、とても澄んだ音は……まるで小鳥が囀るみたいに心地よい音を、俺はよく知っている。
「……小羽、ちゃん?」
「善逸くん。」
熱のせいか、視界がぼやけて顔がよく見えない。
でも、小羽ちゃんからはすごく俺を心配する音がするんだ。
それがとても嬉しかった。
心細いせいか、じわりと涙が浮かんだ。
小羽ちゃんが、ぎゅっと握る手の力を強くする。
「……まだ、寝てた方がいいよ。」
「小羽ちゃん、俺……」
「大丈夫だよ。ちゃんと傍にいるから。」
「俺……昔の夢を見たんだ。ずっと……ずっと独りぼっちだった頃の……」
俺はぼんやりとした意識の中で、夢に見た記憶の話を小羽ちゃんに話した。
ただ、聞いてほしかった。
普段意識がはっきりしてたら、絶対に小羽ちゃんには恥ずかしくて話せなかったことまで話した。
みっともなく足掻いてたこと。女の子に騙されて裏切られた話。
修業の日々、逃げ出したこと。じいちゃんに怒られた日のこと。
どれもあまりにも情けない話だ。呆れられてしまう。
けれど、小羽ちゃんは黙って俺の話が終わるまで聞いていてくれた。
「俺ね、家族が欲しかったの。誰かに一度でもいいから愛されてみたくて、だから……一生懸命がんばった。でも、いっつも空回りして、全然ダメで。」
「うん。」
「俺……夢があるんだ。誰よりも強くなって、それこそ柱になれるくらい強くなって、じいちゃんの期待に応えて、沢山の弱い人や困っている人を助けるんだ。
それで……一生に一人でいいから、誰かを好きになって、守り抜いて……幸せにする。」
「……素敵な夢だね。」
「でもさ、俺……全然弱いから、情けない奴だから。誰にも期待なんてしてもらえない。」
「そんなことないよ。」
「でも……」
ふわりと、俺の頭に小羽ちゃんの手が置かれた。
そのまま優しい。とても優しい手つきで頭を撫でられる。
びっくりして小羽ちゃんを見れば、穏やかに、とても優しい眼差しを俺に向けて、柔らかく微笑んでくれていた。
「善逸くんは頑張ってるよ。すごく頑張ってる。逃げ出したって、最後までやり遂げたでしょ。投げ出さなかったでしょ。ちゃんと、頑張ってるよ。」
「……本当に?」
「うん。偉い偉い。」
「……っ!」
じわりと目尻に涙が浮かぶ。
誰かに認めてもらいたかった。いつも逃げ出して、諦めて、見放されてしまうけれど、その努力を少しでもいいから、よくやったって、頑張ったなって、褒めてもらいたかった。認められなかった。
じいちゃん以外で、初めて人に認められた気がした。
泣き出した俺を、小羽ちゃんはずっと撫でてくれた。
呆れるでもなく、ため息をつくでもなく。
ただ優しく、包み込んでくれるような優しさだけを向けてくれてた。
小羽ちゃんは、俺が今まで会ってきたどの女の子とも違ってた。
初対面の頃からここまで優しくしてくれた女の子は、小羽ちゃんだけだったから。
情けない姿ばかり見せてきた俺に呆れたり、困ったりする音はしても、俺を見限ったりしなかった。
そんな人はじいちゃん以外で初めてだったし、炭治郎も変だけど、小羽ちゃんも変わっている。
最初は優しくしてくれたから気になった。
見た目も小柄で可愛らしい子だったし、すごく好みだったから……所謂一目惚れ。
次に藤の花の家紋の家で会った時は、思わぬ再会に胸が踊った。
まさか彼女の正体がチュン太郎だったって知った時には、本当に驚いたけど……
蜘蛛鬼の毒にやられた俺を心から心配してくれて、必死に助けようとしてくれた。
俺のために、涙まで流してくれた。
すごく優しい子。責任感の強い子。
小羽ちゃんのことを知れば知るほど、気になっていった。
本気で……好きになっていった。
今までの女の子たちはフラれてもどこかで、ああ、やっぱり駄目だった。また駄目だったって悲しかったけれど心のどこかで分かってて、諦められた。
すぐに次の恋を見つけられた。
それは多分、本気で好きじゃなかったからだ。
最低だけど、女の子なら誰でも良かった。
でも、小羽ちゃんは……違う。
小羽ちゃんの手は、離したくないと思ってしまうんだ。
この子には情けない姿は見せたくないって思うし、優しくされると、すごく嬉しくなって、頑張らなきゃって思う。
ここまで好きになった子は初めてで、正直今までの女の子たちとの気持ちの差に戸惑うばかりだ。
だけど……こうしてどんなに情けない姿を曝してしまっても、優しく受け入れてくれたこの子の手だけは、離したくないと強く思う。
俺は……小羽ちゃんが一番好きだ。
誰よりも、何よりも大切にしてあげたい女の子。
あの夜、家族を殺されたことを淡々と語りながらも、心の奥底で泣き叫んぶように悲鳴を上げていた小羽ちゃんの哀しさや、苦しさ。
そして抱えている葛藤を、俺が少しでも支えてあげたいって思ったんだ。
初めて心から守ってあげたいって思った女の子なんだ。
ぼんやりとした意識の中で、それだけははっきりと思った。
やがて俺は泣き疲れて眠気を感じ始めた。
小羽ちゃんの優しい音を子守唄に聴きながら、俺は瞼をゆっくりと閉じていく。
「……おやすみ善逸くん。」
そんな優しい声を聞きながら、俺は深い眠りに落ちていった。
*************
小羽side
「……ん。」
チラチラとカーテンの隙間から朝日が差し込み、小羽の顔を照らした。
眩しさに瞼を震わせると、ゆっくりと目が覚めていく。
「私、いつの間に寝ちゃって……あっ!」
寝不足で重たい目を擦りながら小さくあくびをすると、すぐに善逸の容態を思い出して慌てて彼に視線を戻した。
徹夜で看病すると自分で決めたのに寝てしまった。
視線の先では善逸がまだ苦しそうに呼吸しているのが見えた。
慌てて起き上がって額に手を乗せて熱を測る。
まだほんのりと熱さの残る額に、小羽は不安げに瞳を揺らした。
善逸の鮮やかな金色の髪が、きらきらと朝日に反射して美しく見えた。
思わずさらりと前髪を撫でると、「んっ」と善逸の瞼がピクリと動いた。
慌てて手を引くが、既に遅く、善逸の瞼がゆっくりと開かれた。
「……あれ……俺、どうしたんだっけ?」
「善逸くん、大丈夫?」
「……小羽ちゃん?」
ぼんやりと天井を見つめていた善逸に声をかけると、善逸がゆっくりとこちらに首を向けた。
まだ目覚めたばかりだから、それとも熱のせいなのか、虚ろな目でぼんやりと小羽を見つめる。
「善逸くん、熱で倒れたんだよ。気分はどう?」
「う、ん……なんか、すごく頭がぼんやりする……」
「まだ熱が下がってないからだね。待ってて、今しのぶさんを連れてくるから。」
「あっ……待って。」
「……ん?」
しのぶを呼ぶために病室を出て行こうとした小羽の手首を、善逸が掴んで止める。
弱々しい力で掴む手をそっと取って握り返すと、小羽はにっこりと柔らかく微笑む。
「俺……」
「大丈夫。もう何処にも行かないから。しのぶさんを呼んだらすぐに戻ってくる。」
「……本当に?」
「うん。」
しっかりと善逸の手を両手で包み込んで握り締めながら、彼の目をまっすぐに見つめてそう答えると、善逸が安堵したように微笑んだ。
「……良かった。」
「うん。」
小羽は善逸を安心させるように一度手を強く握りしめると、善逸も弱々しい力で握り返してくれた。
そして名残惜しげに手を離すと、小羽はしのぶを呼びに病室を後にしたのであった。
善逸が突然倒れたことで、小羽は慌ててしのぶを呼んで善逸を診てもらった。
急いで病室に善逸を運ぶと、炭治郎たちも心配そうに善逸の様子を見守っていた。
しのぶが診察を終えると、彼女は善逸に注射器で何かの薬を打ち込んだ。
「……解熱剤を打ちました。どうやら毒による副作用で高熱が出てしまったようですね。」
「どうして、今更になって副作用なんて……」
注射器を片づけながらしのぶがそう説明する。
しかし小羽はその言葉に一つの疑問が浮かぶ。
善逸がこの蝶屋敷で治療を始めてもう五日になる。
今日まで一度も副作用なんで出なかったのに、それが何故五日も経った今になってから出たのか……
普通、副作用が出るならもっと早い段階ではないのか?
小羽の疑問に答えるように、しのぶが口を開く。
「今までも副作用は少しずつ出ていたと思います。ですが、ここ数日の彼は緊張状態にあったと言いいますか、その緊張状態から急に解放されて、このように高熱が出てしまったようですね。」
「それって……私のせいじゃ……」
「小羽、自分を責めては駄目ですよ。これは貴女のせいではないのですから。」
「……はい。」
しのぶさんにそう言われても、私は自分を責める気持ちを止められそうになかった。
善逸くんが熱を出したのは、私のせいじゃないの?
私が善逸くんを避けてたから、彼を追い詰めてしまったんじゃないの?
そう思って後悔しても、もう遅い。
せめて、せめて今私に出来る精一杯のことをやろう。善逸くんのために。
「……今晩は、私が善逸くんの看病をします。」
「だったら俺も手伝うぞ小羽。」
「ありがとう炭治郎くん。でも大丈夫。炭治郎くんだって大怪我してるんだもの、休んで。」
「だけど……」
「私がやりたいの。お願い。」
小羽を気にかけて渋る炭治郎だったが、小羽が真っ直ぐに炭治郎の目を見つめてお願いすると、彼は困ったように眉尻を下げて目を閉じた。
そして諦めたように小さくと息を吐くと、とても穏やかに微笑んだ。
「……わかった。でも無理はするなよ?困ったことがあったらちゃんと俺たちを頼ってくれ。」
「ええ、ありがとう。」
炭治郎の気遣いに感謝しつつ、小羽は一人で一晩寝ずに善逸の看病をすることに決めたのであった。
*************
善逸side
「う……っ!」
「……善逸くん……」
高熱によって苦しむ善逸が少しでも楽になるように、小羽は一時間おきに手ぬぐいを水で濡らしては額に当ててやり、更に汗だくになった善逸の体を時々拭いてやったりした。
それでも善逸の熱は中々下がらずに、苦しそうに呼吸する善逸を見る度に、小羽は胸が締めつけられそうになった。
「……っ」
善逸が苦しげに息を吐き出す。
――苦しい。
――熱い。
ぼんやりとする意識の中で、善逸は昔もこんな風に熱に浮かされて苦しい思いをしたなと、なんとなくその時のことを思い出していた。
産まれてすぐに親に捨てられたらしい俺は、何処かの家の玄関に置き去りにされていたらしい。
その家の人たちは俺を哀れに思って、俺を拾って育ててくれた。
優しい人たちなんだと思う。何処の馬の骨とも知れない人間の俺をここまで育ててくれたから。
人より耳の良すぎる俺は、人の音を聞いて、何を考えているのかなんとなく分かってしまう。
心を当てると、みんな俺を気味悪がった。
俺が寝ている時、こっそり家の人たちが話しているのを聞いた。
『あんな子、いつまで家で面倒見る気なの?』
『何を考えているのか見透かさられているようで気味が悪い』
『あんな子、拾うんじゃなかった』
そんな感じのことを話していて、俺はすぐに、「ああ、ここに居ちゃ駄目なんだ。だったら出ていかなきゃ。」って、無意識にそう思った。
俺が出て行こうとしたら、家の人に止められた。
だから「どうして?」って訊いた。
俺が寝ている時に話してた内容を聞いていたと知って、あの人たちはますます俺を気味悪いものでも見るみたいな目で見てきた。
あの人たちの目を見なくても、はっきりと心の音であの人たちは言っていた。
「化け物」「気持ち悪い」
俺に対して、そんな気持ちを向けていた。
俺だって、聴きたくて聞いている訳じゃない。
だって、聴こえてしまうんだ。
人の心音は心地のいいものばかりじゃない。
「嫌悪」「憎悪」「嫉妬」「嘘」感情の名の数だけ沢山の音がある。
聴きたくなくても、聞こえてしまう。
どんなに俺が耳を塞いでも、嫌でも耳が音を拾ってしまうんだ。
ただでさえ泣き虫で根性無しで、情けなくて、誰にも期待されない俺なのに、この無駄に良い耳のせいで余計に気味悪がられたり、人から煙たがられたりした。
――息が苦しい。体が焼けるように熱い。
昔……似たようなことがあった。
風邪をひいて高熱を出して、寝込んでしまったことがある。
だけど誰も俺の心配なんてしてくれなかった。
それどころか、風邪がうつるからと部屋に軟禁されて、そのまま自力で治るまで放置されたっけ。
熱で苦しくて、でも誰も助けてくれなくて。
弱っていると、とても心細くなる。寂しくなる。
でも、俺の手を握ってくれる人なんて、誰もいなかった。
誰も……俺を心配なんてしてくれなかった。
鬱陶しいと思われるだけで、誰も……
ずっと……ずっと独りだった。
孤独だったから、誰かに愛されたかった。
愛されてみたくて、一生懸命媚びを売った。
自分が耳が良いと理解してからは、人の心を兎に角聴くようにした。
そして、その人の機嫌を取るようにした。
少しでも好きになってもらえるように。
でも……駄目だった。心に耳を澄ませれば澄ませる程に、みんな俺を気味悪がった。
ああ、やっぱり「他人」なんて受け入れてくれないのか。
だったら、「家族」なら愛してもらえるのだろうか?
自分と血の繋がった家族なら……
だから俺は、家族が欲しかった。
一刻も早く誰かと結婚して、家族になりたかった。
子供でも生まれて、血の繋がった家族ができれば、もう独りじゃないと思ったから。
だから、誰もいいから結婚したかった。
元々女の子は好きだった。優しいし、男の俺と違って柔らかくて、いい匂いがして、綺麗で可愛い。
だけど現実は全然上手くいかなかった。
俺は、俺の信じたいものを信じてきた。
俺の無駄に良い耳は騙されていると、相手が嘘をついていると訴えていても、俺はその子を信じた。
結果、毎度毎度好きになった女の子には騙された。
どんなに尽くしても、借金をしてまで貢いでも、いつも最後には裏切られた。
それでも……家族が欲しいという望みを諦めることは出来なかった。
――ああ、やっぱり俺ってダメな奴なんだな。
折角じいちゃんに拾ってもらえたのに、全然期待に応えられなかったし、兄貴にも嫌われたままだ。
鬼殺隊に入ってから何度も手紙を出しているのに、一度も返事なんて貰えたことない。
それどころかちゃんと読んですらいないんだろうな。
だって、いつも兄貴に手紙を届けに行かせると、決まってチュン太郎……ううん。小羽ちゃんが申し訳なさそうな音をさせて、帰って来てたから。
あの人たちと……「家族」になりたいと思った。
じいちゃんと兄貴と過ごした日々はたった一年と短いし、修業の日々もとても辛いものだったけど、でも……初めて「居場所」だって思えた場所だったから。
――ああ、寂しいな。
とても寂しい。体が弱っているせいで、余計に寂しくなる。
だけど、どんなに心細くても……俺の手を握ってくれる人なんて……
「……?」
不意に手に温もりを感じで、俺はぼんやりとした意識の中で目を開けた。
誰かが、手を握ってくれている。
傍に誰か居てくれている。
この、とても澄んだ音は……まるで小鳥が囀るみたいに心地よい音を、俺はよく知っている。
「……小羽、ちゃん?」
「善逸くん。」
熱のせいか、視界がぼやけて顔がよく見えない。
でも、小羽ちゃんからはすごく俺を心配する音がするんだ。
それがとても嬉しかった。
心細いせいか、じわりと涙が浮かんだ。
小羽ちゃんが、ぎゅっと握る手の力を強くする。
「……まだ、寝てた方がいいよ。」
「小羽ちゃん、俺……」
「大丈夫だよ。ちゃんと傍にいるから。」
「俺……昔の夢を見たんだ。ずっと……ずっと独りぼっちだった頃の……」
俺はぼんやりとした意識の中で、夢に見た記憶の話を小羽ちゃんに話した。
ただ、聞いてほしかった。
普段意識がはっきりしてたら、絶対に小羽ちゃんには恥ずかしくて話せなかったことまで話した。
みっともなく足掻いてたこと。女の子に騙されて裏切られた話。
修業の日々、逃げ出したこと。じいちゃんに怒られた日のこと。
どれもあまりにも情けない話だ。呆れられてしまう。
けれど、小羽ちゃんは黙って俺の話が終わるまで聞いていてくれた。
「俺ね、家族が欲しかったの。誰かに一度でもいいから愛されてみたくて、だから……一生懸命がんばった。でも、いっつも空回りして、全然ダメで。」
「うん。」
「俺……夢があるんだ。誰よりも強くなって、それこそ柱になれるくらい強くなって、じいちゃんの期待に応えて、沢山の弱い人や困っている人を助けるんだ。
それで……一生に一人でいいから、誰かを好きになって、守り抜いて……幸せにする。」
「……素敵な夢だね。」
「でもさ、俺……全然弱いから、情けない奴だから。誰にも期待なんてしてもらえない。」
「そんなことないよ。」
「でも……」
ふわりと、俺の頭に小羽ちゃんの手が置かれた。
そのまま優しい。とても優しい手つきで頭を撫でられる。
びっくりして小羽ちゃんを見れば、穏やかに、とても優しい眼差しを俺に向けて、柔らかく微笑んでくれていた。
「善逸くんは頑張ってるよ。すごく頑張ってる。逃げ出したって、最後までやり遂げたでしょ。投げ出さなかったでしょ。ちゃんと、頑張ってるよ。」
「……本当に?」
「うん。偉い偉い。」
「……っ!」
じわりと目尻に涙が浮かぶ。
誰かに認めてもらいたかった。いつも逃げ出して、諦めて、見放されてしまうけれど、その努力を少しでもいいから、よくやったって、頑張ったなって、褒めてもらいたかった。認められなかった。
じいちゃん以外で、初めて人に認められた気がした。
泣き出した俺を、小羽ちゃんはずっと撫でてくれた。
呆れるでもなく、ため息をつくでもなく。
ただ優しく、包み込んでくれるような優しさだけを向けてくれてた。
小羽ちゃんは、俺が今まで会ってきたどの女の子とも違ってた。
初対面の頃からここまで優しくしてくれた女の子は、小羽ちゃんだけだったから。
情けない姿ばかり見せてきた俺に呆れたり、困ったりする音はしても、俺を見限ったりしなかった。
そんな人はじいちゃん以外で初めてだったし、炭治郎も変だけど、小羽ちゃんも変わっている。
最初は優しくしてくれたから気になった。
見た目も小柄で可愛らしい子だったし、すごく好みだったから……所謂一目惚れ。
次に藤の花の家紋の家で会った時は、思わぬ再会に胸が踊った。
まさか彼女の正体がチュン太郎だったって知った時には、本当に驚いたけど……
蜘蛛鬼の毒にやられた俺を心から心配してくれて、必死に助けようとしてくれた。
俺のために、涙まで流してくれた。
すごく優しい子。責任感の強い子。
小羽ちゃんのことを知れば知るほど、気になっていった。
本気で……好きになっていった。
今までの女の子たちはフラれてもどこかで、ああ、やっぱり駄目だった。また駄目だったって悲しかったけれど心のどこかで分かってて、諦められた。
すぐに次の恋を見つけられた。
それは多分、本気で好きじゃなかったからだ。
最低だけど、女の子なら誰でも良かった。
でも、小羽ちゃんは……違う。
小羽ちゃんの手は、離したくないと思ってしまうんだ。
この子には情けない姿は見せたくないって思うし、優しくされると、すごく嬉しくなって、頑張らなきゃって思う。
ここまで好きになった子は初めてで、正直今までの女の子たちとの気持ちの差に戸惑うばかりだ。
だけど……こうしてどんなに情けない姿を曝してしまっても、優しく受け入れてくれたこの子の手だけは、離したくないと強く思う。
俺は……小羽ちゃんが一番好きだ。
誰よりも、何よりも大切にしてあげたい女の子。
あの夜、家族を殺されたことを淡々と語りながらも、心の奥底で泣き叫んぶように悲鳴を上げていた小羽ちゃんの哀しさや、苦しさ。
そして抱えている葛藤を、俺が少しでも支えてあげたいって思ったんだ。
初めて心から守ってあげたいって思った女の子なんだ。
ぼんやりとした意識の中で、それだけははっきりと思った。
やがて俺は泣き疲れて眠気を感じ始めた。
小羽ちゃんの優しい音を子守唄に聴きながら、俺は瞼をゆっくりと閉じていく。
「……おやすみ善逸くん。」
そんな優しい声を聞きながら、俺は深い眠りに落ちていった。
*************
小羽side
「……ん。」
チラチラとカーテンの隙間から朝日が差し込み、小羽の顔を照らした。
眩しさに瞼を震わせると、ゆっくりと目が覚めていく。
「私、いつの間に寝ちゃって……あっ!」
寝不足で重たい目を擦りながら小さくあくびをすると、すぐに善逸の容態を思い出して慌てて彼に視線を戻した。
徹夜で看病すると自分で決めたのに寝てしまった。
視線の先では善逸がまだ苦しそうに呼吸しているのが見えた。
慌てて起き上がって額に手を乗せて熱を測る。
まだほんのりと熱さの残る額に、小羽は不安げに瞳を揺らした。
善逸の鮮やかな金色の髪が、きらきらと朝日に反射して美しく見えた。
思わずさらりと前髪を撫でると、「んっ」と善逸の瞼がピクリと動いた。
慌てて手を引くが、既に遅く、善逸の瞼がゆっくりと開かれた。
「……あれ……俺、どうしたんだっけ?」
「善逸くん、大丈夫?」
「……小羽ちゃん?」
ぼんやりと天井を見つめていた善逸に声をかけると、善逸がゆっくりとこちらに首を向けた。
まだ目覚めたばかりだから、それとも熱のせいなのか、虚ろな目でぼんやりと小羽を見つめる。
「善逸くん、熱で倒れたんだよ。気分はどう?」
「う、ん……なんか、すごく頭がぼんやりする……」
「まだ熱が下がってないからだね。待ってて、今しのぶさんを連れてくるから。」
「あっ……待って。」
「……ん?」
しのぶを呼ぶために病室を出て行こうとした小羽の手首を、善逸が掴んで止める。
弱々しい力で掴む手をそっと取って握り返すと、小羽はにっこりと柔らかく微笑む。
「俺……」
「大丈夫。もう何処にも行かないから。しのぶさんを呼んだらすぐに戻ってくる。」
「……本当に?」
「うん。」
しっかりと善逸の手を両手で包み込んで握り締めながら、彼の目をまっすぐに見つめてそう答えると、善逸が安堵したように微笑んだ。
「……良かった。」
「うん。」
小羽は善逸を安心させるように一度手を強く握りしめると、善逸も弱々しい力で握り返してくれた。
そして名残惜しげに手を離すと、小羽はしのぶを呼びに病室を後にしたのであった。