第24章「羽衣狐編」
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その日、私は次々と起きる悩みに頭を抱えていた。
「……まさか清継くんが京都に行こうって言い出すなんて……」
「花開院さんが京都に帰ったから、自分たちも京都に行こうって……清継くんらしいけどね。」
「だけどよりにってこんなタイミングじゃなくても……」
そうなのだ。実は少し前に清継から清十字団に召集がかかり、集まったところなんとゆらちゃんが京都に帰ったと話したら清継くんまで京都に行くと言い出したのだ。
今、京都は妖怪たちがばっこする危険地帯になりつつあるという場所だ。
けれどそんなこと言えなくて、結局暴走する清継くんを止めることはできず、一週間後に清十字団の京都行きが決定してしまったのだ。
そして今、私とリクオくんは頭を抱えているという訳である。
「ーーまあ、決まってしまったものは仕方ないよ。」
「……そうだね。案外何事もなく終わるかもしれないし。」
なんて楽観視した思いを抱きつつ、心の中ではそんな簡単にいかないんじゃないかって不安がある。
結局、私が決断できないでいる間にこんな形で京都行きが決定してしまい、なんとも言えない気持ちがずっと胸の奥でくすぶっているのだ。
*
「ーーえっ!?リクオくんが寝込んだ!?」
「そうなんです。もう2日も寝たっきりで……」
いつものように名を返しに奴良組へとやって来ると、氷麗ちゃんからリクオくんがもう2日も寝込んだまま目を覚まさないと聞かされた。
なんでもぬらりひょんさんと盛大に大喧嘩をしたらしく、リクオくんはこてんぱんにやられてしまい、それからずっと眠ったままなのだという。
(……2日前ってことは清継くんが京都に行くって言った後だよね?二人の間に何があったの?)
リクオくんの部屋に通してもらい、ぐったりと眠っているリクオくんを見つめる。
氷麗ちゃんも毛倡妓さんもとても心配そうにリクオくんの看病をしていて、みんなが今回の件に困惑しているのがなんとなく感じとれた。
「このまま二度と目覚めなかったらどうしよう……総大将は何を考えているのかしら。実の孫をこんな目に合わせて……」
「ぬらりひょんさんはどうしてるの?」
「いつも通りに過ごされてます。でもちょっとヒドイと思いません?」
「ふん、この小僧が軟弱なだけだ!」
「なんですって!?」
「……私、ちょっとぬらりひょんさんと話してこようかな……」
「えっ、彩乃さん!?」
私はぬらりひょんさんが何も考えずにリクオくんにこんな事をしたとは思えなくて、話をしようと席を立とうとした。
すると奥の方からバタバタと激しい足音がこちらに近づいてきたかと思えば、勢いよく戸が開き、首無が慌てた様子で顔を出した。
「おい!お前らリクオ様をかくまえ!」
「な……何よ首無。」
「いいから早く!く……来るぞ!化け物が!……うわっ!」
「弱い子はいねが〜〜弱い子はいねが〜〜」
「人間くせぇなぁ〜〜?」
首無を押しのけるように部屋へと入って来たのは青と赤の鬼だった。
2体の鬼は部屋に入るなりくんくんと何やら匂いを嗅いで誰かを探す。
すると「人間くせぇなぁ〜」といいながら私とリクオくんを見る。
鬼の1人と目が合った瞬間、私と鬼はお互いに目を丸くした。
「……あんれ〜?おめぇ、夏目でねぇか?」
「…………なまはげ?」
ぱちくりとお互いに暫く見つめ合う。
どうやら彼等は私が林間合宿先で出会った遠野のなまはげたちだったようだ。
なまはげは私だとわかると嬉しそうに表情を明るくする。
「久しぶりだなぁ〜!元気してたか?」
「えっ、うっ、うん!」
「こいつら彩乃の知り合いか?」
「えっ、うん、遠野の……」
「んじゃあ、こいつ連れていくな。」
私ががなまはげたちとの関係を説明しようとしていると、突然青いなまはげが眠っているリクオくんをひょいと担ぎ上げた。
それに慌てたのは氷麗ちゃんや私はもちろん、奴良組のみんなだ。
「ちょっと!その手を放しなさい!」
「邪魔する悪い子はおめぇかぁ?」
「ひィィーーー!?」
氷麗ちゃんがリクオくんを取り戻そうとするも、ギロリと大きく鋭い目で睨まれてしまい、なまはげのあまりの気迫に氷麗ちゃんは悲鳴を上げて後ずさった。
しかしこのまま寝たきりのリクオくんを連れて行かれる訳にはいかない。
私はなまはげたちに声をかけた。
「ちょっと待って!リクオくんを何処に連れて行くの?」
「そりゃあ俺たちの故郷は遠野だ。」
「連れて行くのは遠野に決まってる。」
「いや、だからその理由を……」
「気になるならおめェも一緒に来ればいい。」
「夏目なら大歓迎だ。おめェも来い!」
「えっ!?わぁぁぁ!ちょっとぉ!!?」
「彩乃さん!?」
「ちぃ!世話のやける!」
何故か私までなまはげに担がれてしまい、慌てて抵抗するも力でなまはげに勝てるわけもなく。
「それじゃ……確かに預かりましたぜ。あんたのお孫さん。ワシら奥州遠野一家がな!」
そう言うと、なまはげたちはそのまま勢いよく奴良組の屋敷を飛び出していく。
ニャンコ先生が慌てて私の頭に飛び乗っているのを頭の重みで確認しつつ、私は抵抗も虚しくリクオくんと共に何故か遠野に拉致られたのであった。
「つ、氷麗ちゃぁぁぁん!」
「彩乃さぁぁぁん!!」
氷麗ちゃんが私を呼ぶ声がどんどん遠ざかっていく。
恐るべし妖怪の身体能力。あっという間に奴良組は見えなくなり、まるで風のように、目では追えない速さで景色が変わっていく。
(……きっ、気持ち悪い……)
人間にはとても出せないスピード。まるで新幹線に生身で乗っているかのような爆風の中、呼吸も上手くできない。
私は妖怪の出すスピードに体がついていけず、ついには気絶したのであった。
目覚めた先でまた彼等との懐かしい再会が待っているなんて、この時にはそんなこと考える余裕もなかったのだ。
*
「ーーぃ、ーーぉ」
誰だろう。誰かが私を呼ぶ声がする。
なんだかひどい目にあった気がする。なんだっけ……何かが突然やって来て……それで……
「ーーおい、起きろ!」
「わぁぁぁぁぁ!!なまはげ!!」
夢の中でドアップでなまはげに「悪い子はいねぇかぁぁ!」とか言われた気がする。
なんて夢を見たんだ。というか……
「ここは……どこ??」
「やっと目が覚めたか。」
「……へ?」
見上げた天井は自分の部屋でも奴良組のお屋敷でもなく、まったく知らない場所だった。
あまりにも突然の事態に状況が飲み込めずにいると、私のすぐ横で聞き覚えのある声がした。
ぼんやりとした頭で声のした方を見れば、頭に濡れ手ぬぐいを被ってこちらを呆れた顔で見つめている彼がいた。
「……イタク?」
「おう。」
何故に頭に手ぬぐい?起きてすぐにそんなどうでもいいことが気になった。
どうやらそれは私が飛び起きた時にイタクの頭に乗ってしまったらしい。
イタクは頭に乗った濡れた手ぬぐいを掴むと、水の張った桶にぽちゃんとそれを投げ入れた。
何故ここにイタクがいるんだろう?状況が飲み込めない私とイタクが暫く無言で見つめ合う。
「やぁっと起きたわね。」
「……冷麗?」
「遠野についてから半日も起きないから心配してたのよ。人間って本当に弱いのね。イタクったら目覚めない貴女を心配して自分から看病を……「冷麗!」…………あらごめんなさい。なんでもないわ。」
「ふふふ」と可愛らしく微笑む冷麗だったが、それはもう殆ど答えを言っているようなものだった。
どうやらここは既に遠野らしい。何故自分が遠野にいるかはさておき、なまはげに攫われた後に気絶して、それからずっとイタクが看病してくれていたようだ。
色々と聞きたいことは山ほどあるが、まずはお礼を言わないとダメだ。
そう思って私は慌てて布団から起き上がろうとした。
しかし、それをイタクは手で制すると、私の肩を掴んでまた布団に横に寝かせた。
「……まだ寝てろ。」
「えっ、でも……」
「さっきまで熱があったんだ。人間は弱いんだから無理すんな。」
「……ずっと看病してくれてたの?」
「………」
イタクは答えない。しかし、ぶっきらぼうにそっぽを向いた耳が赤くなっていることから、冷麗の言ったことは本当らしい。
それが嬉しくて私はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう……イタク。」
「…………ああ。」
すごく小さい声だったけど、イタクは不器用ながらに返事を返してくれた。
少し離れたところにいる冷麗と紫が、「イタクったら素直じゃないわね」とか「かわいいわね。」とかヒソヒソと話しているものだから、イタクがキレて「テメーらどっか行け!」と怒鳴った。
そんなイタクをさらに煽るように、「きゃー!イタクったら怖いわね」なんて2人でまるで怖がってない風に笑うものだから、イタクの額に更に青筋が増えたのだった。
そして後から淡島や雨造も加わってみんなでイタクをからかい出したものだから、ついにイタクはキレて背中に背負っていた大きな鎌に手をかけて乱闘が始まった。
私はもはや寝ていられる状況ではなくなり、飛び起きたのは言うまでもなく。
暫くうるさいくらい賑やかな状況が続き、イタクが全員を部屋の外へと追い出してくれてやっと一息ついたところであった。
「……ねぇイタク。ここってやっぱり遠野?」
「そうだ。あの奴良組の小僧を鍛えてくれって、なんでも赤河童様にぬらりひょんが頼んだらしい。」
「ぬらりひょんさんの仕業だったのね……」
リクオくんを2日も寝たきりになるくらい痛めつけたことといい。今回の遠野での修行といい。ぬらりひょんさんはリクオくんに強くなってもらいたいのだろうか?
急にどうして……とも思ったが、一つだけ心当たりがあるとしたら、それは京都行きが決まってからだと思い至る。
(まさか……ぬらりひょんさんはリクオくんが京妖怪たちと戦うことになるから、鍛えようとしているかな?)
今までぬらりひょんさんがこんな風にリクオくんに手荒とも言える手段をとったところを私は見たことがない。少なくとも、リクオくんと出会ってからはない筈だ。
それだけ京妖怪は危険だということなのだろうか……
そしてふと思い出す。
「ーーそういえばニャンコ先生とリクオくんは何処に……」
「斑なら赤河童様たちと飲んでるぞ。」
「……またあの飲兵衛は……」
「奴良組の小僧はまだ気絶してる。」
「……そう……なんだ。」
リクオくん相当ぬらりひょんさんに痛めつけられたんだろうな。
起きたら事情を説明しなければ……ある意味で自分がリクオくんと一緒に連れて来られたのは幸いだったのだろうか。
このままリクオくんが訳も分からずに鍛えられたのでは可哀想だ。
そんなことを考えていると、イタクから話しかけてきた。
「……彩乃は奴良組の連中と繋がってたんだな。一緒に担ぎ込まれてきて驚いたぜ。」
「ああ、うん。友人帳やレイコさん関係でちょっとね。」
「ふーん……」
イタクから尋ねてきた割にはあまり興味がなさそうだ。
なんだか少しだけ沈黙が気まずいなと思っていると、部屋の外から微かに声が聞こえる。
「イタク何やってんだ!奴良組の小僧とどういう関係か聞けよ!」
「まったく、イタクってば案外奥手なのね。」
「しー!お前らもっと声小さくしろよ、気付かれるだろ!」
「淡島の声の方が大きい……ケホケホ」
「「…………」」
聞かれてる。外に絶対に淡島たちがいる。
イタクがふるふると体を震わす。気のせいか彼の額に青筋が何本も浮かんた気がした。
「てめぇら……いい度胸だ。表出ろ……」
「「ゲッ!」」
「妖怪忍法“レラ・マキリ“!!」
どーーーん!!
「わぁぁぁぁ!!」
「バカ!本気になるなよイタク!」
「うるせーーー!!」
「…………」
また始まってしまった乱闘に、私は静かに頭を抱えるのであった。
ーー結局、イタクに京妖怪のことを聞きそびれてしまった。
おいおい聞いてみるとして、リクオくんはこれから大変なことになりそうである。
こんなに癖の強い遠野のみんなと上手くやっていけるのか、ほんの少しだけ心配であった。
「……まさか清継くんが京都に行こうって言い出すなんて……」
「花開院さんが京都に帰ったから、自分たちも京都に行こうって……清継くんらしいけどね。」
「だけどよりにってこんなタイミングじゃなくても……」
そうなのだ。実は少し前に清継から清十字団に召集がかかり、集まったところなんとゆらちゃんが京都に帰ったと話したら清継くんまで京都に行くと言い出したのだ。
今、京都は妖怪たちがばっこする危険地帯になりつつあるという場所だ。
けれどそんなこと言えなくて、結局暴走する清継くんを止めることはできず、一週間後に清十字団の京都行きが決定してしまったのだ。
そして今、私とリクオくんは頭を抱えているという訳である。
「ーーまあ、決まってしまったものは仕方ないよ。」
「……そうだね。案外何事もなく終わるかもしれないし。」
なんて楽観視した思いを抱きつつ、心の中ではそんな簡単にいかないんじゃないかって不安がある。
結局、私が決断できないでいる間にこんな形で京都行きが決定してしまい、なんとも言えない気持ちがずっと胸の奥でくすぶっているのだ。
*
「ーーえっ!?リクオくんが寝込んだ!?」
「そうなんです。もう2日も寝たっきりで……」
いつものように名を返しに奴良組へとやって来ると、氷麗ちゃんからリクオくんがもう2日も寝込んだまま目を覚まさないと聞かされた。
なんでもぬらりひょんさんと盛大に大喧嘩をしたらしく、リクオくんはこてんぱんにやられてしまい、それからずっと眠ったままなのだという。
(……2日前ってことは清継くんが京都に行くって言った後だよね?二人の間に何があったの?)
リクオくんの部屋に通してもらい、ぐったりと眠っているリクオくんを見つめる。
氷麗ちゃんも毛倡妓さんもとても心配そうにリクオくんの看病をしていて、みんなが今回の件に困惑しているのがなんとなく感じとれた。
「このまま二度と目覚めなかったらどうしよう……総大将は何を考えているのかしら。実の孫をこんな目に合わせて……」
「ぬらりひょんさんはどうしてるの?」
「いつも通りに過ごされてます。でもちょっとヒドイと思いません?」
「ふん、この小僧が軟弱なだけだ!」
「なんですって!?」
「……私、ちょっとぬらりひょんさんと話してこようかな……」
「えっ、彩乃さん!?」
私はぬらりひょんさんが何も考えずにリクオくんにこんな事をしたとは思えなくて、話をしようと席を立とうとした。
すると奥の方からバタバタと激しい足音がこちらに近づいてきたかと思えば、勢いよく戸が開き、首無が慌てた様子で顔を出した。
「おい!お前らリクオ様をかくまえ!」
「な……何よ首無。」
「いいから早く!く……来るぞ!化け物が!……うわっ!」
「弱い子はいねが〜〜弱い子はいねが〜〜」
「人間くせぇなぁ〜〜?」
首無を押しのけるように部屋へと入って来たのは青と赤の鬼だった。
2体の鬼は部屋に入るなりくんくんと何やら匂いを嗅いで誰かを探す。
すると「人間くせぇなぁ〜」といいながら私とリクオくんを見る。
鬼の1人と目が合った瞬間、私と鬼はお互いに目を丸くした。
「……あんれ〜?おめぇ、夏目でねぇか?」
「…………なまはげ?」
ぱちくりとお互いに暫く見つめ合う。
どうやら彼等は私が林間合宿先で出会った遠野のなまはげたちだったようだ。
なまはげは私だとわかると嬉しそうに表情を明るくする。
「久しぶりだなぁ〜!元気してたか?」
「えっ、うっ、うん!」
「こいつら彩乃の知り合いか?」
「えっ、うん、遠野の……」
「んじゃあ、こいつ連れていくな。」
私ががなまはげたちとの関係を説明しようとしていると、突然青いなまはげが眠っているリクオくんをひょいと担ぎ上げた。
それに慌てたのは氷麗ちゃんや私はもちろん、奴良組のみんなだ。
「ちょっと!その手を放しなさい!」
「邪魔する悪い子はおめぇかぁ?」
「ひィィーーー!?」
氷麗ちゃんがリクオくんを取り戻そうとするも、ギロリと大きく鋭い目で睨まれてしまい、なまはげのあまりの気迫に氷麗ちゃんは悲鳴を上げて後ずさった。
しかしこのまま寝たきりのリクオくんを連れて行かれる訳にはいかない。
私はなまはげたちに声をかけた。
「ちょっと待って!リクオくんを何処に連れて行くの?」
「そりゃあ俺たちの故郷は遠野だ。」
「連れて行くのは遠野に決まってる。」
「いや、だからその理由を……」
「気になるならおめェも一緒に来ればいい。」
「夏目なら大歓迎だ。おめェも来い!」
「えっ!?わぁぁぁ!ちょっとぉ!!?」
「彩乃さん!?」
「ちぃ!世話のやける!」
何故か私までなまはげに担がれてしまい、慌てて抵抗するも力でなまはげに勝てるわけもなく。
「それじゃ……確かに預かりましたぜ。あんたのお孫さん。ワシら奥州遠野一家がな!」
そう言うと、なまはげたちはそのまま勢いよく奴良組の屋敷を飛び出していく。
ニャンコ先生が慌てて私の頭に飛び乗っているのを頭の重みで確認しつつ、私は抵抗も虚しくリクオくんと共に何故か遠野に拉致られたのであった。
「つ、氷麗ちゃぁぁぁん!」
「彩乃さぁぁぁん!!」
氷麗ちゃんが私を呼ぶ声がどんどん遠ざかっていく。
恐るべし妖怪の身体能力。あっという間に奴良組は見えなくなり、まるで風のように、目では追えない速さで景色が変わっていく。
(……きっ、気持ち悪い……)
人間にはとても出せないスピード。まるで新幹線に生身で乗っているかのような爆風の中、呼吸も上手くできない。
私は妖怪の出すスピードに体がついていけず、ついには気絶したのであった。
目覚めた先でまた彼等との懐かしい再会が待っているなんて、この時にはそんなこと考える余裕もなかったのだ。
*
「ーーぃ、ーーぉ」
誰だろう。誰かが私を呼ぶ声がする。
なんだかひどい目にあった気がする。なんだっけ……何かが突然やって来て……それで……
「ーーおい、起きろ!」
「わぁぁぁぁぁ!!なまはげ!!」
夢の中でドアップでなまはげに「悪い子はいねぇかぁぁ!」とか言われた気がする。
なんて夢を見たんだ。というか……
「ここは……どこ??」
「やっと目が覚めたか。」
「……へ?」
見上げた天井は自分の部屋でも奴良組のお屋敷でもなく、まったく知らない場所だった。
あまりにも突然の事態に状況が飲み込めずにいると、私のすぐ横で聞き覚えのある声がした。
ぼんやりとした頭で声のした方を見れば、頭に濡れ手ぬぐいを被ってこちらを呆れた顔で見つめている彼がいた。
「……イタク?」
「おう。」
何故に頭に手ぬぐい?起きてすぐにそんなどうでもいいことが気になった。
どうやらそれは私が飛び起きた時にイタクの頭に乗ってしまったらしい。
イタクは頭に乗った濡れた手ぬぐいを掴むと、水の張った桶にぽちゃんとそれを投げ入れた。
何故ここにイタクがいるんだろう?状況が飲み込めない私とイタクが暫く無言で見つめ合う。
「やぁっと起きたわね。」
「……冷麗?」
「遠野についてから半日も起きないから心配してたのよ。人間って本当に弱いのね。イタクったら目覚めない貴女を心配して自分から看病を……「冷麗!」…………あらごめんなさい。なんでもないわ。」
「ふふふ」と可愛らしく微笑む冷麗だったが、それはもう殆ど答えを言っているようなものだった。
どうやらここは既に遠野らしい。何故自分が遠野にいるかはさておき、なまはげに攫われた後に気絶して、それからずっとイタクが看病してくれていたようだ。
色々と聞きたいことは山ほどあるが、まずはお礼を言わないとダメだ。
そう思って私は慌てて布団から起き上がろうとした。
しかし、それをイタクは手で制すると、私の肩を掴んでまた布団に横に寝かせた。
「……まだ寝てろ。」
「えっ、でも……」
「さっきまで熱があったんだ。人間は弱いんだから無理すんな。」
「……ずっと看病してくれてたの?」
「………」
イタクは答えない。しかし、ぶっきらぼうにそっぽを向いた耳が赤くなっていることから、冷麗の言ったことは本当らしい。
それが嬉しくて私はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう……イタク。」
「…………ああ。」
すごく小さい声だったけど、イタクは不器用ながらに返事を返してくれた。
少し離れたところにいる冷麗と紫が、「イタクったら素直じゃないわね」とか「かわいいわね。」とかヒソヒソと話しているものだから、イタクがキレて「テメーらどっか行け!」と怒鳴った。
そんなイタクをさらに煽るように、「きゃー!イタクったら怖いわね」なんて2人でまるで怖がってない風に笑うものだから、イタクの額に更に青筋が増えたのだった。
そして後から淡島や雨造も加わってみんなでイタクをからかい出したものだから、ついにイタクはキレて背中に背負っていた大きな鎌に手をかけて乱闘が始まった。
私はもはや寝ていられる状況ではなくなり、飛び起きたのは言うまでもなく。
暫くうるさいくらい賑やかな状況が続き、イタクが全員を部屋の外へと追い出してくれてやっと一息ついたところであった。
「……ねぇイタク。ここってやっぱり遠野?」
「そうだ。あの奴良組の小僧を鍛えてくれって、なんでも赤河童様にぬらりひょんが頼んだらしい。」
「ぬらりひょんさんの仕業だったのね……」
リクオくんを2日も寝たきりになるくらい痛めつけたことといい。今回の遠野での修行といい。ぬらりひょんさんはリクオくんに強くなってもらいたいのだろうか?
急にどうして……とも思ったが、一つだけ心当たりがあるとしたら、それは京都行きが決まってからだと思い至る。
(まさか……ぬらりひょんさんはリクオくんが京妖怪たちと戦うことになるから、鍛えようとしているかな?)
今までぬらりひょんさんがこんな風にリクオくんに手荒とも言える手段をとったところを私は見たことがない。少なくとも、リクオくんと出会ってからはない筈だ。
それだけ京妖怪は危険だということなのだろうか……
そしてふと思い出す。
「ーーそういえばニャンコ先生とリクオくんは何処に……」
「斑なら赤河童様たちと飲んでるぞ。」
「……またあの飲兵衛は……」
「奴良組の小僧はまだ気絶してる。」
「……そう……なんだ。」
リクオくん相当ぬらりひょんさんに痛めつけられたんだろうな。
起きたら事情を説明しなければ……ある意味で自分がリクオくんと一緒に連れて来られたのは幸いだったのだろうか。
このままリクオくんが訳も分からずに鍛えられたのでは可哀想だ。
そんなことを考えていると、イタクから話しかけてきた。
「……彩乃は奴良組の連中と繋がってたんだな。一緒に担ぎ込まれてきて驚いたぜ。」
「ああ、うん。友人帳やレイコさん関係でちょっとね。」
「ふーん……」
イタクから尋ねてきた割にはあまり興味がなさそうだ。
なんだか少しだけ沈黙が気まずいなと思っていると、部屋の外から微かに声が聞こえる。
「イタク何やってんだ!奴良組の小僧とどういう関係か聞けよ!」
「まったく、イタクってば案外奥手なのね。」
「しー!お前らもっと声小さくしろよ、気付かれるだろ!」
「淡島の声の方が大きい……ケホケホ」
「「…………」」
聞かれてる。外に絶対に淡島たちがいる。
イタクがふるふると体を震わす。気のせいか彼の額に青筋が何本も浮かんた気がした。
「てめぇら……いい度胸だ。表出ろ……」
「「ゲッ!」」
「妖怪忍法“レラ・マキリ“!!」
どーーーん!!
「わぁぁぁぁ!!」
「バカ!本気になるなよイタク!」
「うるせーーー!!」
「…………」
また始まってしまった乱闘に、私は静かに頭を抱えるのであった。
ーー結局、イタクに京妖怪のことを聞きそびれてしまった。
おいおい聞いてみるとして、リクオくんはこれから大変なことになりそうである。
こんなに癖の強い遠野のみんなと上手くやっていけるのか、ほんの少しだけ心配であった。
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