第24章「羽衣狐編」
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「い、ま……なんて……?」
どくどくと心臓の鼓動がやけに早く、自分の耳にも聞こえてくるようだった。
喉が急激に乾いたように唾液が上手く飲み込めない。
激しく動揺する私を見て、竜二さんは納得したような表情を浮かべた。
「……やはり何も知らないようだな。無理もない。戸籍にも載っていない祖父の存在だ。俺たちだってあの人の手紙が無ければ友人帳のことも知らなかったし、お前という身内の存在もわからなかった。」
「どういう……ことですか?」
竜二さんは私の何を知っているんだろう。
自分でも知らない自身の未知の情報に、私はただただ困惑するしかない。
戸惑う私をよそに、竜二さんはあくまでも淡々と冷静に話す。
「花開院大輔……お前の血縁上の祖父であり、俺とゆらの祖父である花開院家当主、花開院秀元の弟に当たる人物だ。俺とお前はいわゆる……はとこって関係になる。」
「はっ、はとこ……」
「こいつ等と彩乃が?」
「彩乃先輩が……私のはとこ……」
竜二と魔魅流以外の全員が戸惑ったように言葉を漏らす。
そんなこと急に言われても、どうしたらいいのかわからない。
急に祖父だのはとこだのと言われても、身内として受け入れるなんて無理な話だ。
あまりにも突然の事態にさっきまであんなに怒り狂っていた気持ちもがすっかり萎んでしまった。
「……急に祖父だなんて言われても……竜二さんは私の何を知っているんですか?戸籍にも載っていない祖父の存在を。レイコさんや友人帳のことも。一体、どうして……」
「手紙があるんや。」
竜二の代わりにゆらが口を開く。
それに私は首を傾げる。手紙とはなんだろう。
「花開院大輔って人はな、50年前くらい昔に花開院家を破門にされたおじいちゃんの弟やねん。なんでも陰陽師でありながら妖怪と共存する道を望んでいたとかで……」
「へぇ、花開院家にそんな奴がいたのかい。」
「黙ってろ妖怪。次に口を開いたら滅するぞ。」
「竜二さん話が進まないのでやめてください。また殴りますよ。」
「……ちっ、暴力女が。……花開院大輔は花開院家でも変わり者だったらしい。当たり前だ。妖怪を絶対の悪として滅するのが俺たち陰陽師の使命だからな。……なんでも破門にされてから数年後に、祖父宛に手紙が届いたらしい。そこに書かれていたんだ。夏目レイコのこと。友人帳のことがな。」
「それだけじゃあ彩乃の祖父かどうかなんてわからねぇだろ。だいたい、それならなんでレイコは結婚しなかったんだ?」
それは私もずっと知りたかった。もしも祖父という人がわかったら、どうしてレイコさんは独り身で子供を産んだのかと聞いてみたかった。
「手紙にはな、“レイコという愛する人と出会った。その人との間に子供を授かった“ちゅう内容が書いてあったんや。だからレイコに子供がおることは知ってたんや。けど、なんで2人が結婚しなかったのかはわからんのや。」
「レイコさん……」
「お前が友人帳の夏目レイコの孫で、手紙の内容が本当であれば……お前には間違いなく花開院家の血が流れていることになる。それでも信じられないなら、全部解決したあとでDNA鑑定でもすればいいさ。少なくとも血縁関係ってことくらいはわかるかもな。」
「……その手紙を見ることはできますか?」
「残念だか手紙は祖父が持っている。お前が京都に来たら見せてやるよ。」
「…………」
竜二さんとゆらちゃんの説明だけではなんとも言えなかった。
それでも、その手紙を読んでみたいと思った。祖父かもしれない人が書いた手紙を……
でも……竜二さんたちは陰陽師だ。少し前の竜二さんの妖に対する憎悪を感じさせる程の殺意と彼等の妖は絶対悪、全て滅ぼすべしという思想に不安がないと言ったら嘘になる。
私は……妖を大切な友人だと思っているから。
「ーーお前がどう思おうが、俺はお前が花開院大輔の孫である可能性は高いと思っている。……お前には神眼があるからな。花開院大輔にも神眼があったとじいさんから聞いてる。神眼なんてレアな異能、遺伝でもなければそうそう見つからない。」
「……神眼ってなんですか?」
「その名の通り神の目を持った異能者のことだ。人外にしかわからない境界を認知することができたり、魂の本質を見抜くことができるらしい。お前がさっき魔魅流を殴ったことで、魔魅流の中にいる雷獣の魂を攻撃したんだ。だから魔魅流が動けなくなった。」
「え……私そんなことしたんですか?」
「……無意識かよ。しかも無自覚ときた。……せっかくの神眼も宝の持ち腐れだな。妖怪の魂を見抜けるなんて、陰陽師からしたら喉から手が出る程欲しい力だってのに……今まで自覚するようなことはなかったのか?」
「そんなこと言われても……」
「ーーあっ!あれじゃないか?雲外鏡の時!」
「?」
リクオくんが思い出したように手を叩く。
雲外鏡の時に何かあっただろうか?確かあの時は私と家長さんが雲外鏡の鏡の世界に閉じ込められてしまった筈だ。
するとゆらちゃんも思い当たることがあったのか小さく「あっ!あれか!」と声を漏らす。
「そういえば雲外鏡の時、先輩だけ家長さんのいる所分かりましたよね?」
「あっ、うん。だって家長さん鏡の中に閉じ込められてたから……みんなは何故か気付かずに先に行ってしまったけど。」
「それって男子トイレでした?」
「そうだよ。あの時鏡の中に家長さんが捕まってて……」
「ーー雲外鏡の鏡の境界は人間には見つけられないんです。引き込まれたら最後、戻ってくることはできひん。でも……先輩にはそれが見えたってことやな。それが神眼の力ってことか……」
「……そうなんだ?」
あまりにも実感のない話をされて、私は困ってしまう。
神眼とか異能と言われても、見えるだけではそれが特別なものなのかわからない。
もっとこう……傷を癒せるとか、手から火が出せるとか、そういう明らかに異能とわかりやすい力でないと自覚などしろと言われても無理だと思うのだ。
妖が常に見えるから、てっきりゆらちゃんはあの時気付かなかっただけなのだと思っていた。
リクオくんが私たちの存在に気付けたのは、彼が混血……妖の血が流れているからだろうか。
「竜二さんたちの話はわかりました。その人が祖父かは兎も角、すぐに京都に行くのは無理です。家の人に相談しないと……」
「お前にそんな時間はねぇんだよ。」
「ーーえっ?」
「お前には今すぐにでも俺たちと京都に来てもらう。」
「なっ!?そんなの無理ですよ!」
「言ったはずだ。お前に拒否権はないと。」
「……おい、いくらなんでもそいつは勝手すぎるだろ。」
「そうやお兄ちゃん!彩乃先輩にだって都合が……」
「だからそんな時間ねぇつってんだろ!」
リクオくんとゆらちゃんが私を庇うように言ってくれるが、竜二さんが苛立ったように声を荒らげて黙らせる。
「……ゆら。」
「なっ、なんや……」
「秀爾と是人が死んだ。」
「っ!」
「やつが動き出した……」
「まさか……あいつがか!?」
「そうだ。花開院家の宿敵……京都の妖をたばねる大妖怪ーー羽衣狐。やつは花開院家が京都に張っている8つの結界のうち、2つを破った。当主花開院秀元は魔魅流を本家に加え……修行中の身であるお前まで呼び寄せた。事態は思ったより悪い方に進んでるぞ。お前も京都に戻ってこい。」
「じゃあ、彩乃先輩を探してたのは……」
「そういうことだ。」
(……なんの話をしてるんだろう……羽衣狐?)
口を挟みたいところだが、2人があまりにも真剣な顔で深刻な話をしているせいで口が出せない。
すると不意に竜二さんが私の方を見据えてきた。
「“羽衣狐の器“であった夏目レイコが友人帳に羽衣狐の名を刻んでいると手紙にはあった。だから俺たちはずっと友人帳の行方を探していた。羽衣狐を倒すために友人帳を渡せ。夏目彩乃。」
「!」
そうか、竜二さんの狙いは最初から友人帳……
私は反射的にウエストポーチを庇うように手を添える。
私が警戒すると、リクオくんが私を背に庇うように前に出てくれた。
「……友人帳は渡せません。」
「だったらお前ごと京都に来い。」
「それもできません。友人帳が狙いだとわかったなら絶対に行かない。」
「ーーちっ、なら力づくで……」
「ちょーー待ってやお兄ちゃん!」
竜二さんが竹筒のキャップを抜いて攻撃の構えをとったので、リクオくんも祢々切丸を構える。
一触即発の空気になりかけた時、ゆらちゃんが慌てた様子で止めてくれた。
「なんだゆら、邪魔すんな。」
「待ってやお兄ちゃん!友人帳を先輩から奪わんでも、羽衣狐の名前が書かれた頁だけ貰ったらええだけやん!」
「ーーあ?」
ゆらちゃんの言葉に竜二さんが今気付いたといった顔をする。
それにリクオもそりゃそうだなと言って刀を収める。
「……彩乃、とりあえず羽衣狐って奴の名が友人帳にあるかだけ検索してやったらどうだ?」
「えっ?……ごめん。それは無理なの。友人帳に書かれた妖の名は、その妖の姿がわからなければ探せない。私は妖の字が読めないし……」
「……だったら奴良組 連中に探させるか?妖怪の字が読めるやついるだろ。」
「うーん……ニャンコ先生がいたら良かったんだけど……」
話を聞く限り羽衣狐という妖は既に何人か人を殺しているらしいし、危険な妖なのかもしれない。
でもそれは竜二さんとゆらちゃんの口から聞いただけだ。
2人を信じないわけではないが、果たしてその頁を2人に渡してもいいのだろうか?
竜二さんはわからないが、ゆらちゃんは嘘をつくような子ではないし、本当に困っているのなら力になってあげたい。
「ーーちっ、めんどくせぇ。さっさとよこせ!」
私が迷っていると、竜二さんが私に近付いて友人帳へと手を伸ばす。
突然奪われそうになり、反射的に友人帳を胸に抱きしめて体を捻った。
リクオくんが咄嗟に竜二さんに手を伸ばすが、そこへ回復したらしい魔魅流さんがリクオくんへと襲いかかった。
「やれ!魔魅流!」
「闇に……滅せよ。」
「ーーはい。そこまでだ。」
魔魅流さんがリクオくんへと手を伸ばした瞬間、その手に赤い紐が巻き付く。
それと同時に竜二さんの体には無数の髪の毛が体に巻き付き、竜二さんの動きを止めた。
見るとそこには首無と毛倡妓がいて、どうやら2人の攻撃で動きを止められたようだった。
「その手を引っ込めるんだ。ーー浮き世の人よ。でなきゃただじゃあ……すまないよ。」
「……なんだ?妖怪が増えた?」
「絞め殺されたくなきゃ諦めな。」
「はっ!」
竜二さんはそれでも好戦的な笑みを浮かべ、指を構えた。けれど……
「ーー牛鬼様、あれは何です?」
「あれは陰陽師という。妖怪から人を守る役目を負った能力者だ。よぉく知っておけ。」
「強いんですかね。」
「牛頭……その爪をしまえ。」
「牛鬼!牛頭に馬頭も!」
「彩乃無事かい!?」
「やーやー!夏目様のピンチと聞いて、我ら犬の会馳せ参じましたぞ!」
「馳せ参じ!」
「夏目の姐さん!」
「これはこれは……陰陽師とは久しいな。」
「私は見学であります!」
「……やれやれ!まったく、騒がしいな。」
「ニャンコ先生!ヒノエに中級、河童に三篠にちょびまで!」
首無と毛倡妓の登場だけでも驚いたのに、なんとニャンコ先生や犬の会の妖たちまでがここに集まっていた。
突然現れた妖怪の軍勢に竜二は周りを見回す。
「おいおい……こっちもかよ。」
「「!?」」
(なんだ……この妖気のデカさは……!?)
その瞬間、竜二だけでなく魔魅流もゆらも感じた。
それはあまりにも強大で大きな妖気の塊だった。
それが無数にこの場所に集まってくる。
気がついた瞬間には、竜二たちは何十……いや、下手したら百以上もの妖怪に囲まれていた。
「……ハァーー!?どうなってやがる?でたらめな数じゃねぇか!」
「……………お兄ちゃんコレ……百鬼夜行や。」
「百鬼夜行!?ふざけるなよ!だとすればこの中に……」
竜二が何か言いかけた瞬間、妖怪たちの中心に立つリクオくんへと目が止まる。
「…………………お前……何者だ?」
「俺は関東大妖怪任侠一家奴良組若頭。ぬらりひょんの孫ーー奴良リクオ。」
「ぬらりひょんの……孫……だと!?」
しん……と静まり返ったその場に、ゆらちゃんが唾を飲み込んだ音だけがやけに大きく響いた気がした。
どくどくと心臓の鼓動がやけに早く、自分の耳にも聞こえてくるようだった。
喉が急激に乾いたように唾液が上手く飲み込めない。
激しく動揺する私を見て、竜二さんは納得したような表情を浮かべた。
「……やはり何も知らないようだな。無理もない。戸籍にも載っていない祖父の存在だ。俺たちだってあの人の手紙が無ければ友人帳のことも知らなかったし、お前という身内の存在もわからなかった。」
「どういう……ことですか?」
竜二さんは私の何を知っているんだろう。
自分でも知らない自身の未知の情報に、私はただただ困惑するしかない。
戸惑う私をよそに、竜二さんはあくまでも淡々と冷静に話す。
「花開院大輔……お前の血縁上の祖父であり、俺とゆらの祖父である花開院家当主、花開院秀元の弟に当たる人物だ。俺とお前はいわゆる……はとこって関係になる。」
「はっ、はとこ……」
「こいつ等と彩乃が?」
「彩乃先輩が……私のはとこ……」
竜二と魔魅流以外の全員が戸惑ったように言葉を漏らす。
そんなこと急に言われても、どうしたらいいのかわからない。
急に祖父だのはとこだのと言われても、身内として受け入れるなんて無理な話だ。
あまりにも突然の事態にさっきまであんなに怒り狂っていた気持ちもがすっかり萎んでしまった。
「……急に祖父だなんて言われても……竜二さんは私の何を知っているんですか?戸籍にも載っていない祖父の存在を。レイコさんや友人帳のことも。一体、どうして……」
「手紙があるんや。」
竜二の代わりにゆらが口を開く。
それに私は首を傾げる。手紙とはなんだろう。
「花開院大輔って人はな、50年前くらい昔に花開院家を破門にされたおじいちゃんの弟やねん。なんでも陰陽師でありながら妖怪と共存する道を望んでいたとかで……」
「へぇ、花開院家にそんな奴がいたのかい。」
「黙ってろ妖怪。次に口を開いたら滅するぞ。」
「竜二さん話が進まないのでやめてください。また殴りますよ。」
「……ちっ、暴力女が。……花開院大輔は花開院家でも変わり者だったらしい。当たり前だ。妖怪を絶対の悪として滅するのが俺たち陰陽師の使命だからな。……なんでも破門にされてから数年後に、祖父宛に手紙が届いたらしい。そこに書かれていたんだ。夏目レイコのこと。友人帳のことがな。」
「それだけじゃあ彩乃の祖父かどうかなんてわからねぇだろ。だいたい、それならなんでレイコは結婚しなかったんだ?」
それは私もずっと知りたかった。もしも祖父という人がわかったら、どうしてレイコさんは独り身で子供を産んだのかと聞いてみたかった。
「手紙にはな、“レイコという愛する人と出会った。その人との間に子供を授かった“ちゅう内容が書いてあったんや。だからレイコに子供がおることは知ってたんや。けど、なんで2人が結婚しなかったのかはわからんのや。」
「レイコさん……」
「お前が友人帳の夏目レイコの孫で、手紙の内容が本当であれば……お前には間違いなく花開院家の血が流れていることになる。それでも信じられないなら、全部解決したあとでDNA鑑定でもすればいいさ。少なくとも血縁関係ってことくらいはわかるかもな。」
「……その手紙を見ることはできますか?」
「残念だか手紙は祖父が持っている。お前が京都に来たら見せてやるよ。」
「…………」
竜二さんとゆらちゃんの説明だけではなんとも言えなかった。
それでも、その手紙を読んでみたいと思った。祖父かもしれない人が書いた手紙を……
でも……竜二さんたちは陰陽師だ。少し前の竜二さんの妖に対する憎悪を感じさせる程の殺意と彼等の妖は絶対悪、全て滅ぼすべしという思想に不安がないと言ったら嘘になる。
私は……妖を大切な友人だと思っているから。
「ーーお前がどう思おうが、俺はお前が花開院大輔の孫である可能性は高いと思っている。……お前には神眼があるからな。花開院大輔にも神眼があったとじいさんから聞いてる。神眼なんてレアな異能、遺伝でもなければそうそう見つからない。」
「……神眼ってなんですか?」
「その名の通り神の目を持った異能者のことだ。人外にしかわからない境界を認知することができたり、魂の本質を見抜くことができるらしい。お前がさっき魔魅流を殴ったことで、魔魅流の中にいる雷獣の魂を攻撃したんだ。だから魔魅流が動けなくなった。」
「え……私そんなことしたんですか?」
「……無意識かよ。しかも無自覚ときた。……せっかくの神眼も宝の持ち腐れだな。妖怪の魂を見抜けるなんて、陰陽師からしたら喉から手が出る程欲しい力だってのに……今まで自覚するようなことはなかったのか?」
「そんなこと言われても……」
「ーーあっ!あれじゃないか?雲外鏡の時!」
「?」
リクオくんが思い出したように手を叩く。
雲外鏡の時に何かあっただろうか?確かあの時は私と家長さんが雲外鏡の鏡の世界に閉じ込められてしまった筈だ。
するとゆらちゃんも思い当たることがあったのか小さく「あっ!あれか!」と声を漏らす。
「そういえば雲外鏡の時、先輩だけ家長さんのいる所分かりましたよね?」
「あっ、うん。だって家長さん鏡の中に閉じ込められてたから……みんなは何故か気付かずに先に行ってしまったけど。」
「それって男子トイレでした?」
「そうだよ。あの時鏡の中に家長さんが捕まってて……」
「ーー雲外鏡の鏡の境界は人間には見つけられないんです。引き込まれたら最後、戻ってくることはできひん。でも……先輩にはそれが見えたってことやな。それが神眼の力ってことか……」
「……そうなんだ?」
あまりにも実感のない話をされて、私は困ってしまう。
神眼とか異能と言われても、見えるだけではそれが特別なものなのかわからない。
もっとこう……傷を癒せるとか、手から火が出せるとか、そういう明らかに異能とわかりやすい力でないと自覚などしろと言われても無理だと思うのだ。
妖が常に見えるから、てっきりゆらちゃんはあの時気付かなかっただけなのだと思っていた。
リクオくんが私たちの存在に気付けたのは、彼が混血……妖の血が流れているからだろうか。
「竜二さんたちの話はわかりました。その人が祖父かは兎も角、すぐに京都に行くのは無理です。家の人に相談しないと……」
「お前にそんな時間はねぇんだよ。」
「ーーえっ?」
「お前には今すぐにでも俺たちと京都に来てもらう。」
「なっ!?そんなの無理ですよ!」
「言ったはずだ。お前に拒否権はないと。」
「……おい、いくらなんでもそいつは勝手すぎるだろ。」
「そうやお兄ちゃん!彩乃先輩にだって都合が……」
「だからそんな時間ねぇつってんだろ!」
リクオくんとゆらちゃんが私を庇うように言ってくれるが、竜二さんが苛立ったように声を荒らげて黙らせる。
「……ゆら。」
「なっ、なんや……」
「秀爾と是人が死んだ。」
「っ!」
「やつが動き出した……」
「まさか……あいつがか!?」
「そうだ。花開院家の宿敵……京都の妖をたばねる大妖怪ーー羽衣狐。やつは花開院家が京都に張っている8つの結界のうち、2つを破った。当主花開院秀元は魔魅流を本家に加え……修行中の身であるお前まで呼び寄せた。事態は思ったより悪い方に進んでるぞ。お前も京都に戻ってこい。」
「じゃあ、彩乃先輩を探してたのは……」
「そういうことだ。」
(……なんの話をしてるんだろう……羽衣狐?)
口を挟みたいところだが、2人があまりにも真剣な顔で深刻な話をしているせいで口が出せない。
すると不意に竜二さんが私の方を見据えてきた。
「“羽衣狐の器“であった夏目レイコが友人帳に羽衣狐の名を刻んでいると手紙にはあった。だから俺たちはずっと友人帳の行方を探していた。羽衣狐を倒すために友人帳を渡せ。夏目彩乃。」
「!」
そうか、竜二さんの狙いは最初から友人帳……
私は反射的にウエストポーチを庇うように手を添える。
私が警戒すると、リクオくんが私を背に庇うように前に出てくれた。
「……友人帳は渡せません。」
「だったらお前ごと京都に来い。」
「それもできません。友人帳が狙いだとわかったなら絶対に行かない。」
「ーーちっ、なら力づくで……」
「ちょーー待ってやお兄ちゃん!」
竜二さんが竹筒のキャップを抜いて攻撃の構えをとったので、リクオくんも祢々切丸を構える。
一触即発の空気になりかけた時、ゆらちゃんが慌てた様子で止めてくれた。
「なんだゆら、邪魔すんな。」
「待ってやお兄ちゃん!友人帳を先輩から奪わんでも、羽衣狐の名前が書かれた頁だけ貰ったらええだけやん!」
「ーーあ?」
ゆらちゃんの言葉に竜二さんが今気付いたといった顔をする。
それにリクオもそりゃそうだなと言って刀を収める。
「……彩乃、とりあえず羽衣狐って奴の名が友人帳にあるかだけ検索してやったらどうだ?」
「えっ?……ごめん。それは無理なの。友人帳に書かれた妖の名は、その妖の姿がわからなければ探せない。私は妖の字が読めないし……」
「……だったら
「うーん……ニャンコ先生がいたら良かったんだけど……」
話を聞く限り羽衣狐という妖は既に何人か人を殺しているらしいし、危険な妖なのかもしれない。
でもそれは竜二さんとゆらちゃんの口から聞いただけだ。
2人を信じないわけではないが、果たしてその頁を2人に渡してもいいのだろうか?
竜二さんはわからないが、ゆらちゃんは嘘をつくような子ではないし、本当に困っているのなら力になってあげたい。
「ーーちっ、めんどくせぇ。さっさとよこせ!」
私が迷っていると、竜二さんが私に近付いて友人帳へと手を伸ばす。
突然奪われそうになり、反射的に友人帳を胸に抱きしめて体を捻った。
リクオくんが咄嗟に竜二さんに手を伸ばすが、そこへ回復したらしい魔魅流さんがリクオくんへと襲いかかった。
「やれ!魔魅流!」
「闇に……滅せよ。」
「ーーはい。そこまでだ。」
魔魅流さんがリクオくんへと手を伸ばした瞬間、その手に赤い紐が巻き付く。
それと同時に竜二さんの体には無数の髪の毛が体に巻き付き、竜二さんの動きを止めた。
見るとそこには首無と毛倡妓がいて、どうやら2人の攻撃で動きを止められたようだった。
「その手を引っ込めるんだ。ーー浮き世の人よ。でなきゃただじゃあ……すまないよ。」
「……なんだ?妖怪が増えた?」
「絞め殺されたくなきゃ諦めな。」
「はっ!」
竜二さんはそれでも好戦的な笑みを浮かべ、指を構えた。けれど……
「ーー牛鬼様、あれは何です?」
「あれは陰陽師という。妖怪から人を守る役目を負った能力者だ。よぉく知っておけ。」
「強いんですかね。」
「牛頭……その爪をしまえ。」
「牛鬼!牛頭に馬頭も!」
「彩乃無事かい!?」
「やーやー!夏目様のピンチと聞いて、我ら犬の会馳せ参じましたぞ!」
「馳せ参じ!」
「夏目の姐さん!」
「これはこれは……陰陽師とは久しいな。」
「私は見学であります!」
「……やれやれ!まったく、騒がしいな。」
「ニャンコ先生!ヒノエに中級、河童に三篠にちょびまで!」
首無と毛倡妓の登場だけでも驚いたのに、なんとニャンコ先生や犬の会の妖たちまでがここに集まっていた。
突然現れた妖怪の軍勢に竜二は周りを見回す。
「おいおい……こっちもかよ。」
「「!?」」
(なんだ……この妖気のデカさは……!?)
その瞬間、竜二だけでなく魔魅流もゆらも感じた。
それはあまりにも強大で大きな妖気の塊だった。
それが無数にこの場所に集まってくる。
気がついた瞬間には、竜二たちは何十……いや、下手したら百以上もの妖怪に囲まれていた。
「……ハァーー!?どうなってやがる?でたらめな数じゃねぇか!」
「……………お兄ちゃんコレ……百鬼夜行や。」
「百鬼夜行!?ふざけるなよ!だとすればこの中に……」
竜二が何か言いかけた瞬間、妖怪たちの中心に立つリクオくんへと目が止まる。
「…………………お前……何者だ?」
「俺は関東大妖怪任侠一家奴良組若頭。ぬらりひょんの孫ーー奴良リクオ。」
「ぬらりひょんの……孫……だと!?」
しん……と静まり返ったその場に、ゆらちゃんが唾を飲み込んだ音だけがやけに大きく響いた気がした。