第24章「羽衣狐編」
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「 黄泉送葬水包銃 ーー!!」
「なんだその技名は……ゆら……お前が自分で名付けたのか?」
「うるさい!勝手やろ!」
「ゆら……名前ってのは重要なんだぜ。“餓狼“喰らえ!」
ゆらの攻撃を結界で防ぎながら、竜二は“餓狼“でゆらを攻撃する。
それを式神を召喚することで“餓狼“の動きを封じるが、その衝撃で僅かに餓狼の水がゆらにかかった。
「相変わらず……同時に複数の式神を使うお前の精神力はメチャクチャだな……だてに魔魅流の“次“に才能があると言われてねぇな……」
竜二に褒められてゆらは得意げに口角を釣り上げる。
しかし、ゆらが優勢だったのはここまでだった。
竜二は言葉巧みに嘘をつき、ゆらを翻弄する。
「右から餓狼が来るぞ」と言葉を言えば、左から攻撃がくる。
2体の餓狼を召喚すれば、片方が偽物だと嘘をついてゆらが油断した隙に攻撃する。
そんな竜二の言葉に先程からゆらは見事に騙されてしまい、先程からずっと攻撃を受け続けていた。
次第にゆらの表情にも余裕がなくなり、焦りが見え始める。
それでも耳は竜二の言葉を拾ってしまい、ゆらはまた翻弄されるのだ。
どんどん追い詰められていくゆらにいつの間にか近づいたのか、竜二はゆらの背後をとった。
「ゆら……偽りの言葉に惑わされすぎだぜ。」
そう言って勢いよく持っていた竹筒でゆらの後頭部を殴ったのであった。
あまりにも強く殴られたせいか、ゆらは後ろに倒れ込む。
「ゆらちゃん!」
「ひどい!何もそこまで……あんたお兄さんじゃないのか!?」
「きれい事を抜かすなよ。妖怪のくせに。」
「………」
リクオくんが怖い顔で竜二さんを睨みつける。
私は倒れたゆらちゃんに駆け寄って抱き起こすが、意識はまだあるようでほっとした。
「ゆらちゃん大丈夫?」
「だ……大丈夫や、先輩……私は……餓狼なんかに喰われたりせんよ。」
「……餓狼に食われる?何を言ってる?そんな芸当こいつにできるわけないだろ?」
竜二さんがそう言った瞬間、ゆらちゃんが突然ごほっとむせ出した。
どうしたのかと驚いて見れば、ゆらちゃんの口の中で唾液かと思われた水がまるで生きているかのようにバチャパチャとうごめいている。
明らかに普通じゃない状況に、私は何が起きているのか分からずに呆然とする。
「く…口の中に……ガプ…ゴペ……!」
ゆらの口の中で水が勝手に暴れ回っているようで、ゆらは苦しそうにむせたり吐き出したりしているが、状況は悪化する一方だった。
苦しむ妹を冷たい眼差しで見下ろしながら、竜二は淡々と説明する。
「ゆら……お前は言葉そのものに振り回されすぎだ。いいか……俺は“餓狼““喰らえ“としか言ってない。本当に言うならば“餓狼を喰らえ“だ。しかし敵は餓狼と聞いて攻撃型の式神を想像する。敵に偽りの言葉を与え……そのイメージで敵を縛るんだ。そうすれば敵はただ餓狼の攻撃を防げばいいと思い術中にはまる。最初からその式神を体に忍び込ませることが目的だったのだ。ちなみに“餓狼“も偽りの名正式には“言言“という。」
ゆらへの攻撃の手を弛めずに淡々とただ冷静に技の種明かしをする竜二が怖いと彩乃は感じた。
そして竜二は説明を終えると、トドメとばかりに冷酷なまでに落ち着いた状態でその言葉を口にした。
「“言言“走れ」
「がはっ!!」
竜二がそう命じた瞬間、ゆらがこれまで以上に苦しげにむせた。
そして目から、鼻から、口から。穴という穴からゆらの体から水が溢れ出し、暴れ狂う。
相当苦しいのだろう、ゆらは喉から水を掻き出そうと喉を掻きむしり、けれどそれすらもできずにむせ苦しむ。
「水の式神“言言“は体中の体液という液体を自在に暴れさせることができる。」
竜二が更に攻撃の手をゆらに向けようと手を横に動かそうとしたところで、彩乃は我慢できずに竜二の腕にしがみついた。
「もうやめて!」
「はなせ。」
「どうして妹にこんなひどいことするんですか!」
「ちっ、どけ!」
「うわっ!」
「彩乃ちゃん!」
彩乃が腕にしがみついたところで、竜二の攻撃の手は止まらない。
竜二は邪魔そうに彩乃を突き飛ばすと、それをリクオが慌てて抱き止めた。
(ーーダメだ。私じゃ竜二さんは止められない。どうしよう。どうしよう。)
焦る気持ちでゆらちゃんと竜二さんを見る。
こうしている間にも、無抵抗のゆらちゃんは竜二さんの攻撃にもう息も絶え絶えで体がピクピクと震えていた。
本当にこのままでは死んでしまう。実の妹へのしつけにしてはあまりにも非道だ。
まさか本当に殺す気はないだろうとどこかで思っていた。
でも竜二さんは本気だ。本気でこのままゆらちゃんがリクオくんの味方をするなら、今ここでゆらちゃんを殺す気だ。
私はもう見てられなくて、祈る気持ちでリクオくんを見た。
「……リクオくん。」
「……わかってるよ。大丈夫。」
「……ごめん。」
「いいんだ。僕も同じ気持ちだから。」
そう言って微笑むリクオくんに、私は申し訳ない気持ちと安堵の気持ちで複雑だった。
ゆらちゃんを助けて……
言葉にしなかったけれど、リクオくんは私の想いをちゃんとわかってくれたらしい。
「今なら……まだ許してやるぞ。そのまま死にたくなければ戻ってこい!」
そう言って竜二がゆらの胸元を掴み上げた時だった。
竜二の手からゆらが消えたのだ。
「花開院さん……悪い……我慢できない。」
そう言うリクオの腕には、満身創痍のゆらが抱えられており、リクオの姿はゆらりと揺らめいて、徐々に昼から夜の姿へと変化していく。
ーー空はもう、暗闇に覆われていた。
(またや……また……妖怪 に助けられた……あれはやっぱり……奴良くんやったんやな。)
無意識に誤魔化していた予感が確信に変わる。
呆然とするゆらを抱えながら、リクオが竜二を睨みつける。
「陰陽師だか花開院だか知らねぇが。仲間に手を出す奴ぁ……許しちゃおけねぇ!」
「ハッ……それがお前の正体か?妖怪!」
リクオが正体を現した瞬間、竜二が好戦的な笑みを浮かべる。
それには今までずっと黙っているだけだった茶髪の長身の青年も反応する。
「やっと……本性を現したな。妹を騙しやがって妖怪が!」
思わず身が縮こまってしまいそうな程鋭い竜二さんの睨みを、リクオくんは畏の羽織を翻しながら涼しげに受け止める。
そして茶髪の青年が一歩前に出た。
「待て魔魅流。そいつは俺がやる。」
ぶっちん
竜二さんがそう言って再び竹筒を手に取った瞬間、私の中でずっと我慢していた何かが切れた音がした。
その瞬間、私は駆け出していた。
さっきまであんなに竜二さんが怖かったのに、今はそれよりも心の底から湧き上がる感情に突き動かされた。
それはーー怒りだ。人生でこんなに怒ったことないんじゃないかってくらい、これまでにないくらいに激しい怒りを感じる。
私はその感情のままに竜二さんの胸ぐらを掴むと、思いっきりその整った顔立ちの頬を殴り飛ばした。
ーーこの瞬間、彩乃の拳には霊力がのっており、威力が普段の非ではなかった。
「ーーいい加減にしろ!」
ガンッ!
「ぐっ!てめぇ……」
「竜二……!」
「もー!邪魔しないで!」
ドガっ!
「……っ!」
最早今の彩乃を止められる者がいるだろうか。
彩乃は竜二の顔面に思いっきり拳を叩きつけた後、素早く竜二の手から竹筒を奪い取ると、それを止めようと、魔魅流と呼ばれた茶髪の青年が彩乃に手を伸ばしてきたので、彩乃は反射的に空いてる方の右手で魔魅流の腹に拳を叩き込んだ。
いわゆる腹パンをされた魔魅流は、苦しげに小さく唸ると膝をつく。
2人の男たちが痛みで悶絶しているのを見下ろしながら、彩乃は仁王立ちで叫んだ。
「いい加減これ以上続けるなら武力行使に出ます!」
「いっってぇ…!もう……手が……出てんだろ……」
「陰陽師である竜二さんが妖を退治するのは仕方ないかもしれない。でも、ちょっとくらいこちらの話を聞いてくれてもいいでしょ!?それを問答無用で……!しかもゆらちゃんをあんなに傷つけて……いくら家の事でもこれ以上は黙ってられない!」
殴られた顔を手で覆いながら痛みで未だに悶絶している竜二を鬼の形相で見下ろす。
「陰陽師だからって、妖を何でもかんでも祓っていい訳じゃない!人にだって善悪があるように、妖にだって心があるの!人を守る妖もいるの!リクオくんは……人と妖の架け橋になる人なんだから殺 らせない!」
「てめぇ……返せ!」
「嫌!返したらリクオくん攻撃する気でしょ!?」
「くそ……魔魅流!こいつを押さえろ!」
「……っ」
「ーー魔魅流?」
竜二が彩乃から竹筒を取り返そうとすると、抵抗する彩乃。
それにイラついた竜二が魔魅流に彩乃を押さえるように命じるが、魔魅流は動かない。
地面に蹲る魔魅流に、流石に様子がおかしいと気付いた竜二が怪訝そうな顔をする。
「……雷獣が……動けない。」
「何?」
魔魅流が小さく呟いた言葉に竜二は眉をひそめる。
魔魅流の体内には式神の雷獣が宿っている。
その雷獣が動けないと言われ、竜二はまさかとある考えに思い立ち、彩乃を睨みつける。
びくりと怯む彩乃に構わずに、彼女の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
そして何故か彩乃の目をじっと覗き込むように見据える。
竜二の眉間のシワが更に深くなった。
「魔魅流の中の雷獣を行動不能にする程の霊力……魂の干渉……お前……神眼持ちか?」
「……えっ?」
「おい、彩乃をはなせよ。」
竜二がぽつりと呟いた聞き慣れない言葉に目を丸くすると、リクオが彩乃の胸ぐらを掴む竜二の手を掴んだ。
それに盛大に舌打ちすると、竜二は忌々しそうにリクオの手を振り払う。
「触んな妖怪が!……おい夏目。お前……夏目レイコを知ってるな?」
「えっ……なんで竜二さんが祖母のことを知ってるんですか!?」
「祖母……やっぱりな。」
彩乃の言葉に竜二は眉間のシワを深くすると、彩乃から竹筒を奪い取る。
思わぬ人物から祖母レイコの名が出たことで油断していた彩乃はあっさりと竹筒を取られてしまうが、今はそれどころではなかった。
「夏目レイコが祖母って事は……持ってるよな友人帳。」
「……っ!」
(ーー竜二さんは友人帳を知っている!?)
動揺から思わず肩が跳ねてしまい、明らかな反応をしてしまう。
無意識に友人帳が入っているウエストポーチに手を伸ばしそうになるが、ぐっと我慢した自分を褒めたい。
しかし竜二にはバレバレだったようで、明らかにウエストポーチを睨みつけながら忌々しそうに舌打ちされた。
「……当たりか。ゆらを探していて“友人帳の夏目“に会えるとはな……探す手間が省けた。」
「……」
「夏目……お前は俺たちと一緒に京都に来てもらう。」
「えっ!?」
「お前に拒否権はねぇ!お前も“花開院の一員“なんだからな!」
「……な?」
ーー今、竜二さんはなんと言った?
私のことを「花開院の一員」と言ったの?それではまるで私が花開院家の人間のような言い方ではないか。
混乱する私の考えが伝わったのか、竜二さんは淡々とそれを口にした。
「……花開院大輔……」
「……?」
誰だと思ったのはほんの一瞬で、竜二さんは一呼吸置いてから、まるで焦らすようにその言葉を口した。
「ーーお前の祖父の名だ。」
*****
あとがき
夏目の祖父に関しては完全にオリジナル展開です。
正直このお話やここから先の伏線回収はオリジナル設定になるので読者の方に受け入れてもらえるか分からないのでかなりドキドキしてます。
不評だったら原作寄りに書き直すかもしれません。
追伸
コメントからここから先の展開が完全オリジナルになるのではと勘違いされてる方もいそうなので補足します。
あくまでも今後のストーリーの流れはぬら孫の原作沿い中心です。
ただ、夏目の設定にオリジナル要素が加わるという感じです。
それによりキャラ達が原作とは違う行動をすることはあるかもしれません。
「なんだその技名は……ゆら……お前が自分で名付けたのか?」
「うるさい!勝手やろ!」
「ゆら……名前ってのは重要なんだぜ。“餓狼“喰らえ!」
ゆらの攻撃を結界で防ぎながら、竜二は“餓狼“でゆらを攻撃する。
それを式神を召喚することで“餓狼“の動きを封じるが、その衝撃で僅かに餓狼の水がゆらにかかった。
「相変わらず……同時に複数の式神を使うお前の精神力はメチャクチャだな……だてに魔魅流の“次“に才能があると言われてねぇな……」
竜二に褒められてゆらは得意げに口角を釣り上げる。
しかし、ゆらが優勢だったのはここまでだった。
竜二は言葉巧みに嘘をつき、ゆらを翻弄する。
「右から餓狼が来るぞ」と言葉を言えば、左から攻撃がくる。
2体の餓狼を召喚すれば、片方が偽物だと嘘をついてゆらが油断した隙に攻撃する。
そんな竜二の言葉に先程からゆらは見事に騙されてしまい、先程からずっと攻撃を受け続けていた。
次第にゆらの表情にも余裕がなくなり、焦りが見え始める。
それでも耳は竜二の言葉を拾ってしまい、ゆらはまた翻弄されるのだ。
どんどん追い詰められていくゆらにいつの間にか近づいたのか、竜二はゆらの背後をとった。
「ゆら……偽りの言葉に惑わされすぎだぜ。」
そう言って勢いよく持っていた竹筒でゆらの後頭部を殴ったのであった。
あまりにも強く殴られたせいか、ゆらは後ろに倒れ込む。
「ゆらちゃん!」
「ひどい!何もそこまで……あんたお兄さんじゃないのか!?」
「きれい事を抜かすなよ。妖怪のくせに。」
「………」
リクオくんが怖い顔で竜二さんを睨みつける。
私は倒れたゆらちゃんに駆け寄って抱き起こすが、意識はまだあるようでほっとした。
「ゆらちゃん大丈夫?」
「だ……大丈夫や、先輩……私は……餓狼なんかに喰われたりせんよ。」
「……餓狼に食われる?何を言ってる?そんな芸当こいつにできるわけないだろ?」
竜二さんがそう言った瞬間、ゆらちゃんが突然ごほっとむせ出した。
どうしたのかと驚いて見れば、ゆらちゃんの口の中で唾液かと思われた水がまるで生きているかのようにバチャパチャとうごめいている。
明らかに普通じゃない状況に、私は何が起きているのか分からずに呆然とする。
「く…口の中に……ガプ…ゴペ……!」
ゆらの口の中で水が勝手に暴れ回っているようで、ゆらは苦しそうにむせたり吐き出したりしているが、状況は悪化する一方だった。
苦しむ妹を冷たい眼差しで見下ろしながら、竜二は淡々と説明する。
「ゆら……お前は言葉そのものに振り回されすぎだ。いいか……俺は“餓狼““喰らえ“としか言ってない。本当に言うならば“餓狼を喰らえ“だ。しかし敵は餓狼と聞いて攻撃型の式神を想像する。敵に偽りの言葉を与え……そのイメージで敵を縛るんだ。そうすれば敵はただ餓狼の攻撃を防げばいいと思い術中にはまる。最初からその式神を体に忍び込ませることが目的だったのだ。ちなみに“餓狼“も偽りの名正式には“言言“という。」
ゆらへの攻撃の手を弛めずに淡々とただ冷静に技の種明かしをする竜二が怖いと彩乃は感じた。
そして竜二は説明を終えると、トドメとばかりに冷酷なまでに落ち着いた状態でその言葉を口にした。
「“言言“走れ」
「がはっ!!」
竜二がそう命じた瞬間、ゆらがこれまで以上に苦しげにむせた。
そして目から、鼻から、口から。穴という穴からゆらの体から水が溢れ出し、暴れ狂う。
相当苦しいのだろう、ゆらは喉から水を掻き出そうと喉を掻きむしり、けれどそれすらもできずにむせ苦しむ。
「水の式神“言言“は体中の体液という液体を自在に暴れさせることができる。」
竜二が更に攻撃の手をゆらに向けようと手を横に動かそうとしたところで、彩乃は我慢できずに竜二の腕にしがみついた。
「もうやめて!」
「はなせ。」
「どうして妹にこんなひどいことするんですか!」
「ちっ、どけ!」
「うわっ!」
「彩乃ちゃん!」
彩乃が腕にしがみついたところで、竜二の攻撃の手は止まらない。
竜二は邪魔そうに彩乃を突き飛ばすと、それをリクオが慌てて抱き止めた。
(ーーダメだ。私じゃ竜二さんは止められない。どうしよう。どうしよう。)
焦る気持ちでゆらちゃんと竜二さんを見る。
こうしている間にも、無抵抗のゆらちゃんは竜二さんの攻撃にもう息も絶え絶えで体がピクピクと震えていた。
本当にこのままでは死んでしまう。実の妹へのしつけにしてはあまりにも非道だ。
まさか本当に殺す気はないだろうとどこかで思っていた。
でも竜二さんは本気だ。本気でこのままゆらちゃんがリクオくんの味方をするなら、今ここでゆらちゃんを殺す気だ。
私はもう見てられなくて、祈る気持ちでリクオくんを見た。
「……リクオくん。」
「……わかってるよ。大丈夫。」
「……ごめん。」
「いいんだ。僕も同じ気持ちだから。」
そう言って微笑むリクオくんに、私は申し訳ない気持ちと安堵の気持ちで複雑だった。
ゆらちゃんを助けて……
言葉にしなかったけれど、リクオくんは私の想いをちゃんとわかってくれたらしい。
「今なら……まだ許してやるぞ。そのまま死にたくなければ戻ってこい!」
そう言って竜二がゆらの胸元を掴み上げた時だった。
竜二の手からゆらが消えたのだ。
「花開院さん……悪い……我慢できない。」
そう言うリクオの腕には、満身創痍のゆらが抱えられており、リクオの姿はゆらりと揺らめいて、徐々に昼から夜の姿へと変化していく。
ーー空はもう、暗闇に覆われていた。
(またや……また……
無意識に誤魔化していた予感が確信に変わる。
呆然とするゆらを抱えながら、リクオが竜二を睨みつける。
「陰陽師だか花開院だか知らねぇが。仲間に手を出す奴ぁ……許しちゃおけねぇ!」
「ハッ……それがお前の正体か?妖怪!」
リクオが正体を現した瞬間、竜二が好戦的な笑みを浮かべる。
それには今までずっと黙っているだけだった茶髪の長身の青年も反応する。
「やっと……本性を現したな。妹を騙しやがって妖怪が!」
思わず身が縮こまってしまいそうな程鋭い竜二さんの睨みを、リクオくんは畏の羽織を翻しながら涼しげに受け止める。
そして茶髪の青年が一歩前に出た。
「待て魔魅流。そいつは俺がやる。」
ぶっちん
竜二さんがそう言って再び竹筒を手に取った瞬間、私の中でずっと我慢していた何かが切れた音がした。
その瞬間、私は駆け出していた。
さっきまであんなに竜二さんが怖かったのに、今はそれよりも心の底から湧き上がる感情に突き動かされた。
それはーー怒りだ。人生でこんなに怒ったことないんじゃないかってくらい、これまでにないくらいに激しい怒りを感じる。
私はその感情のままに竜二さんの胸ぐらを掴むと、思いっきりその整った顔立ちの頬を殴り飛ばした。
ーーこの瞬間、彩乃の拳には霊力がのっており、威力が普段の非ではなかった。
「ーーいい加減にしろ!」
ガンッ!
「ぐっ!てめぇ……」
「竜二……!」
「もー!邪魔しないで!」
ドガっ!
「……っ!」
最早今の彩乃を止められる者がいるだろうか。
彩乃は竜二の顔面に思いっきり拳を叩きつけた後、素早く竜二の手から竹筒を奪い取ると、それを止めようと、魔魅流と呼ばれた茶髪の青年が彩乃に手を伸ばしてきたので、彩乃は反射的に空いてる方の右手で魔魅流の腹に拳を叩き込んだ。
いわゆる腹パンをされた魔魅流は、苦しげに小さく唸ると膝をつく。
2人の男たちが痛みで悶絶しているのを見下ろしながら、彩乃は仁王立ちで叫んだ。
「いい加減これ以上続けるなら武力行使に出ます!」
「いっってぇ…!もう……手が……出てんだろ……」
「陰陽師である竜二さんが妖を退治するのは仕方ないかもしれない。でも、ちょっとくらいこちらの話を聞いてくれてもいいでしょ!?それを問答無用で……!しかもゆらちゃんをあんなに傷つけて……いくら家の事でもこれ以上は黙ってられない!」
殴られた顔を手で覆いながら痛みで未だに悶絶している竜二を鬼の形相で見下ろす。
「陰陽師だからって、妖を何でもかんでも祓っていい訳じゃない!人にだって善悪があるように、妖にだって心があるの!人を守る妖もいるの!リクオくんは……人と妖の架け橋になる人なんだから
「てめぇ……返せ!」
「嫌!返したらリクオくん攻撃する気でしょ!?」
「くそ……魔魅流!こいつを押さえろ!」
「……っ」
「ーー魔魅流?」
竜二が彩乃から竹筒を取り返そうとすると、抵抗する彩乃。
それにイラついた竜二が魔魅流に彩乃を押さえるように命じるが、魔魅流は動かない。
地面に蹲る魔魅流に、流石に様子がおかしいと気付いた竜二が怪訝そうな顔をする。
「……雷獣が……動けない。」
「何?」
魔魅流が小さく呟いた言葉に竜二は眉をひそめる。
魔魅流の体内には式神の雷獣が宿っている。
その雷獣が動けないと言われ、竜二はまさかとある考えに思い立ち、彩乃を睨みつける。
びくりと怯む彩乃に構わずに、彼女の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
そして何故か彩乃の目をじっと覗き込むように見据える。
竜二の眉間のシワが更に深くなった。
「魔魅流の中の雷獣を行動不能にする程の霊力……魂の干渉……お前……神眼持ちか?」
「……えっ?」
「おい、彩乃をはなせよ。」
竜二がぽつりと呟いた聞き慣れない言葉に目を丸くすると、リクオが彩乃の胸ぐらを掴む竜二の手を掴んだ。
それに盛大に舌打ちすると、竜二は忌々しそうにリクオの手を振り払う。
「触んな妖怪が!……おい夏目。お前……夏目レイコを知ってるな?」
「えっ……なんで竜二さんが祖母のことを知ってるんですか!?」
「祖母……やっぱりな。」
彩乃の言葉に竜二は眉間のシワを深くすると、彩乃から竹筒を奪い取る。
思わぬ人物から祖母レイコの名が出たことで油断していた彩乃はあっさりと竹筒を取られてしまうが、今はそれどころではなかった。
「夏目レイコが祖母って事は……持ってるよな友人帳。」
「……っ!」
(ーー竜二さんは友人帳を知っている!?)
動揺から思わず肩が跳ねてしまい、明らかな反応をしてしまう。
無意識に友人帳が入っているウエストポーチに手を伸ばしそうになるが、ぐっと我慢した自分を褒めたい。
しかし竜二にはバレバレだったようで、明らかにウエストポーチを睨みつけながら忌々しそうに舌打ちされた。
「……当たりか。ゆらを探していて“友人帳の夏目“に会えるとはな……探す手間が省けた。」
「……」
「夏目……お前は俺たちと一緒に京都に来てもらう。」
「えっ!?」
「お前に拒否権はねぇ!お前も“花開院の一員“なんだからな!」
「……な?」
ーー今、竜二さんはなんと言った?
私のことを「花開院の一員」と言ったの?それではまるで私が花開院家の人間のような言い方ではないか。
混乱する私の考えが伝わったのか、竜二さんは淡々とそれを口にした。
「……花開院大輔……」
「……?」
誰だと思ったのはほんの一瞬で、竜二さんは一呼吸置いてから、まるで焦らすようにその言葉を口した。
「ーーお前の祖父の名だ。」
*****
あとがき
夏目の祖父に関しては完全にオリジナル展開です。
正直このお話やここから先の伏線回収はオリジナル設定になるので読者の方に受け入れてもらえるか分からないのでかなりドキドキしてます。
不評だったら原作寄りに書き直すかもしれません。
追伸
コメントからここから先の展開が完全オリジナルになるのではと勘違いされてる方もいそうなので補足します。
あくまでも今後のストーリーの流れはぬら孫の原作沿い中心です。
ただ、夏目の設定にオリジナル要素が加わるという感じです。
それによりキャラ達が原作とは違う行動をすることはあるかもしれません。