第23章「いつかくる日編」
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「何?留守番?」
「うん、変な妖が家に入らないように見張っててくれないかな。」
「ーー構わないが……どうする?とっ捕まえたら吊るしとけばいいか?」
「えっ!?追い払ってくれたらそれでいいから!」
翌日、私は奴良組に行くために葵さんに留守番をお願いした。
香さんの件を誤魔化すために、葵さんには私が会った香さんも人違いだったと言うことにしてあった。
葵さんはどこか怪しんでいるようだったけど、特に言及されることなく話を終えることができた。
今日はリクオくんたちに事の経緯を説明するために行くので、葵さんが居ては困るのだ。
なんとか葵さんには留守番してもらって、私は家を後にした。
*
「ーー名を返そう……受け取って……」
すうっと友人帳から抜け出た文字が首無の額へと入り込んでいく。
香さんの件を説明するついでに、いつもの様に奴良組のみんなに名を返していく。
今日はずっと預かっていた首無の名をやっと返すことができた。
彼は妖力がとても強いので、名を返すととても気力を使うのだ。
だから今の今まで借りっぱなしになってしまっていた。
「それにしても……首無の本名って……もしかして首無って元は人間?」
「ああ、そうだよ。」
首無の名を友人帳から探す時、「首無」の名では見つけることができなかった。
そこで首無が教えてくれた名で検索すると見つかったのだ。
だからもしかしたら首無は牛鬼と同じように元は人間だったのかと思ったのだ。
牛鬼にもかつては梅若丸という人間の時の名前があったから……
「だけどその名は“首無“になった時に捨てたんだ。だから彩乃もその名は忘れて欲しい。俺にはもう……必要ない名だから。」
「……うん、わかったよ。」
首無の過去に何があったのかは分からない。
けれど、私がそれに土足で踏み込んでいいとは思わなかった。だからもう、この話は終わりだ。
私があっさりと納得したからか、それとも思ったより話を引っ張らなかったからなのかは分からないが、首無もどこかほっとしているみたいに思えた。
「……鯉伴様は、昔はレイコが好きだったんだ。」
「ーーえっ?」
「だけどある日を境にレイコが奴良組から姿を消して、鯉伴様はひどく落ち込まれた。」
突然昔話を始めた首無に彩乃は戸惑う。
どうして急にそんな話を聞かせてくれるんだろう。
「鯉伴様は前妻を失ってから、どこか暗い影のあるお人だった。そんな時にやっと好きになれたレイコも失って、本当に見てられないくらい落ち込んでいたよ。」
首無は当時のことを思い出してか、苦しげに顔を歪ませた。
奴良組のみんながレイコさんを一度は裏切ったと憎んでいた。
今はみんな私のことを受け入れてくれてはいるけれど、出会った頃はレイコさんの件で嫌われていた。
それは友人帳の件でみんなから名を奪ったからだと思っていたけれど、もしかしたら奴良組のみんなは、レイコさんが大好きだったのかな。
だから……突然何も言わずにいなくなったレイコさんが許せなかったのかもしれない。
「でも……そんな時に出会ったのが若菜様だった。」
首無はその時のことを懐かしむように、声色が苦しげなものから弾むような明るいものに変わった。
「若菜様はすごい方だよ。あんなに頑なに心を閉ざしていた鯉伴様の心を、あの人は明るい笑顔で溶かしてくれた。若菜様と出会ってからの鯉伴様は本当幸せそうで、あの方は鯉伴様とリクオ様にとって……いや、奴良組にとっての宝なんだ。」
「……そっか。若菜さんは本当にすごい人なんだね。」
「ーーああ、だけど彩乃もリクオ様にとって大切な方なんだよ。」
「……え。」
「彩乃ももしかしたらいつか奴良組の奥方になるかもしれないと、俺たちは勝手に期待してしまっているけれど、だからと言って彩乃の気持ちを無視している訳じゃない。彩乃は彩乃の後悔のないようちゃんと答えを出せばいいと思うよ。……若菜様もそんな感じのことを言っていたんだろう?」
「首無……うん、ありがとう。まだこの気持ちがなんなのかわからない。でも……ちゃんと考えるよ。ちゃんとこの気持ちに名前がついたら、その時……私はリクオくんに返事をしようと思う。」
「ああ、それでいいと思うよ。」
首無はどこか落ち込んでいた私の気持ちに、気付いてくれてたんだなと今になって気付く。
若菜さんもきっとそれであんな言葉を私に言ってくれたのだろう。
たくさんの人が私の気持ちを後押ししてくれてある。
この先、私がどんな答えを出したとしてもリクオくんは受け入れてくれる。
だから恐れずにちゃんと向き合おう。その時が来たら……
私はそっと小さな決意を胸に誓ったのだった。
*
「ーーえっ、じゃあ香さんは……」
「うん、葵さんのことを諦めてなかったよ。」
「彩乃ちゃん、嬉しそうだね。」
「……そうかな。成功して欲しいとは思ってるんだけど……」
それから私は、若菜さんとリクオくん。そしてあまり多くに話して香さんの作戦が失敗しては困るので、リクオくんが特に信頼する側近の首無と氷麗ちゃんにだけには事の経緯を話した。
「それにしても強い方ですね。好きな意中を捕まえるために罠を張るなんて……」
「あらいいじゃない。私はそれくらいやる方が好きよ。」
話を聞いていた首無と氷麗ちゃんもそれぞれの意見を言ってくる。
やはり同じ女性として、氷麗ちゃんも香さんの味方になってくれそうだ。
男の子であるリクオくんと首無はなんだか葵さんの気持ちがわかるのか困った顔をしているけれど……
「……上手くいくといいな。」
「そうだね。僕たちは見守ることしかできないけど。僕もそう思う。」
リクオくんの言葉に、私は嬉しくなって笑う。
いつの間にか、奴良組 に来るのもリクオくんの隣にいるのも当たり前になりつつある。
今はまだこの気持ちが恋なのか友愛なのかもわからない。
けれど、香さんの恋が上手くいって欲しいと本当に思ってる。
二人にはもちろん純粋に幸せになって欲しいのも大きいが、もしもあの二人が上手くいったら、私にも少しだけ勇気が持てそうな気がするのだ。
*
「ただいまー!どうだった?何か変わったことは……」
「ーー兄者たちが来た。」
「え?」
「俺を心配して追ってきてくれた。訳を話したらちゃんと用を済ませて帰って来いと……待っていると……」
そう淡々と話す葵さんに、私は何も言えなくなる。
それをどう受けとったのか、葵さんは悲しそうに微笑むと、言った。
「夏目、ちょっと付き合ってくれないか。」
そう言って葵さんは私を廃屋に連れ出した。
きっと香さんと連絡を取り合うために利用していた例の廃屋だろう。
葵さんは廃屋のポストを開けると、中から溢れんばかりの手紙やメモがバサバサと地面に落ちてきた。
葵さんはそれを全部掻き出すと、地面に山積みにした。
「ーーもうここに来ることはない。応えられない俺が目を通すことはできないが……残してはいけない。」
葵さんが何をしようとしているのか分かってしまった。
あまりにも切ない目で手紙を見つめているのに、その手は小さく震えているのに……
葵さんは気付いているのだろうか。その顔が苦しげに歪んでいることに。
今にも泣き出しそうなほど、悲しい目をしていることに。
葵さんは躊躇いながらも、その震える指をメモに近づけると、蒼い炎を灯した。
ちりちりと少しずつ香さんの手紙が燃えていく。
葵さんへ託した手紙が……
小さな炎はやがて大きな炎へと育ち、メモの山を次々と容赦なく燃やしていく。
その様子を葵さんは膝を抱えて見つめていた。
自分でそうしたけれど、本当は燃やしたくなんかなかったろうに……
炎をじっと見つめる葵さんの背中があまりにも切なくて、私はただ黙り込んでいた。
炎に焼かれながら、メモは風に乗って空へと舞う。
舞い上がっては風にひらめいて、燃えた文字が降ってくるようだった。
どこにいるの?
おこってるの?
バカ、さっさとれんらくよこせ
いくじなし、にげるな
ゆるさないわよ。はやくかえってきて
アオイちゃん
アオイちゃん
会いたいよ。
アオイちゃん
いっしょにいきていきたいです
はらはらと雪のように、香さんのたくさんの想いが降ってくる。
切実なまでの想いを。願いを。愛情の言葉を。
夕焼け空の下、ごうごうと燃える蒼い炎は、全てを燃やしていった。
ーー全ての手紙が燃えてしまっても、私も葵さんも暫くその場を動けなかった。
普段は口うるさいニャンコ先生でさえ、珍しく空気を読んで黙っている。
ーーきっと…上手くいくよ、香さん。
きっと……だってこんなにも……葵さんは……
その先の言葉を飲み込んで、私は明日に迫る作戦決行の日の成功を祈る。
明日、いよいよ全てが決まる。
香さんの気持ちと葵さんの決意。
2人がどんな結末を迎えたとしても、二人には幸せになって欲しいと切に願った。
「うん、変な妖が家に入らないように見張っててくれないかな。」
「ーー構わないが……どうする?とっ捕まえたら吊るしとけばいいか?」
「えっ!?追い払ってくれたらそれでいいから!」
翌日、私は奴良組に行くために葵さんに留守番をお願いした。
香さんの件を誤魔化すために、葵さんには私が会った香さんも人違いだったと言うことにしてあった。
葵さんはどこか怪しんでいるようだったけど、特に言及されることなく話を終えることができた。
今日はリクオくんたちに事の経緯を説明するために行くので、葵さんが居ては困るのだ。
なんとか葵さんには留守番してもらって、私は家を後にした。
*
「ーー名を返そう……受け取って……」
すうっと友人帳から抜け出た文字が首無の額へと入り込んでいく。
香さんの件を説明するついでに、いつもの様に奴良組のみんなに名を返していく。
今日はずっと預かっていた首無の名をやっと返すことができた。
彼は妖力がとても強いので、名を返すととても気力を使うのだ。
だから今の今まで借りっぱなしになってしまっていた。
「それにしても……首無の本名って……もしかして首無って元は人間?」
「ああ、そうだよ。」
首無の名を友人帳から探す時、「首無」の名では見つけることができなかった。
そこで首無が教えてくれた名で検索すると見つかったのだ。
だからもしかしたら首無は牛鬼と同じように元は人間だったのかと思ったのだ。
牛鬼にもかつては梅若丸という人間の時の名前があったから……
「だけどその名は“首無“になった時に捨てたんだ。だから彩乃もその名は忘れて欲しい。俺にはもう……必要ない名だから。」
「……うん、わかったよ。」
首無の過去に何があったのかは分からない。
けれど、私がそれに土足で踏み込んでいいとは思わなかった。だからもう、この話は終わりだ。
私があっさりと納得したからか、それとも思ったより話を引っ張らなかったからなのかは分からないが、首無もどこかほっとしているみたいに思えた。
「……鯉伴様は、昔はレイコが好きだったんだ。」
「ーーえっ?」
「だけどある日を境にレイコが奴良組から姿を消して、鯉伴様はひどく落ち込まれた。」
突然昔話を始めた首無に彩乃は戸惑う。
どうして急にそんな話を聞かせてくれるんだろう。
「鯉伴様は前妻を失ってから、どこか暗い影のあるお人だった。そんな時にやっと好きになれたレイコも失って、本当に見てられないくらい落ち込んでいたよ。」
首無は当時のことを思い出してか、苦しげに顔を歪ませた。
奴良組のみんながレイコさんを一度は裏切ったと憎んでいた。
今はみんな私のことを受け入れてくれてはいるけれど、出会った頃はレイコさんの件で嫌われていた。
それは友人帳の件でみんなから名を奪ったからだと思っていたけれど、もしかしたら奴良組のみんなは、レイコさんが大好きだったのかな。
だから……突然何も言わずにいなくなったレイコさんが許せなかったのかもしれない。
「でも……そんな時に出会ったのが若菜様だった。」
首無はその時のことを懐かしむように、声色が苦しげなものから弾むような明るいものに変わった。
「若菜様はすごい方だよ。あんなに頑なに心を閉ざしていた鯉伴様の心を、あの人は明るい笑顔で溶かしてくれた。若菜様と出会ってからの鯉伴様は本当幸せそうで、あの方は鯉伴様とリクオ様にとって……いや、奴良組にとっての宝なんだ。」
「……そっか。若菜さんは本当にすごい人なんだね。」
「ーーああ、だけど彩乃もリクオ様にとって大切な方なんだよ。」
「……え。」
「彩乃ももしかしたらいつか奴良組の奥方になるかもしれないと、俺たちは勝手に期待してしまっているけれど、だからと言って彩乃の気持ちを無視している訳じゃない。彩乃は彩乃の後悔のないようちゃんと答えを出せばいいと思うよ。……若菜様もそんな感じのことを言っていたんだろう?」
「首無……うん、ありがとう。まだこの気持ちがなんなのかわからない。でも……ちゃんと考えるよ。ちゃんとこの気持ちに名前がついたら、その時……私はリクオくんに返事をしようと思う。」
「ああ、それでいいと思うよ。」
首無はどこか落ち込んでいた私の気持ちに、気付いてくれてたんだなと今になって気付く。
若菜さんもきっとそれであんな言葉を私に言ってくれたのだろう。
たくさんの人が私の気持ちを後押ししてくれてある。
この先、私がどんな答えを出したとしてもリクオくんは受け入れてくれる。
だから恐れずにちゃんと向き合おう。その時が来たら……
私はそっと小さな決意を胸に誓ったのだった。
*
「ーーえっ、じゃあ香さんは……」
「うん、葵さんのことを諦めてなかったよ。」
「彩乃ちゃん、嬉しそうだね。」
「……そうかな。成功して欲しいとは思ってるんだけど……」
それから私は、若菜さんとリクオくん。そしてあまり多くに話して香さんの作戦が失敗しては困るので、リクオくんが特に信頼する側近の首無と氷麗ちゃんにだけには事の経緯を話した。
「それにしても強い方ですね。好きな意中を捕まえるために罠を張るなんて……」
「あらいいじゃない。私はそれくらいやる方が好きよ。」
話を聞いていた首無と氷麗ちゃんもそれぞれの意見を言ってくる。
やはり同じ女性として、氷麗ちゃんも香さんの味方になってくれそうだ。
男の子であるリクオくんと首無はなんだか葵さんの気持ちがわかるのか困った顔をしているけれど……
「……上手くいくといいな。」
「そうだね。僕たちは見守ることしかできないけど。僕もそう思う。」
リクオくんの言葉に、私は嬉しくなって笑う。
いつの間にか、
今はまだこの気持ちが恋なのか友愛なのかもわからない。
けれど、香さんの恋が上手くいって欲しいと本当に思ってる。
二人にはもちろん純粋に幸せになって欲しいのも大きいが、もしもあの二人が上手くいったら、私にも少しだけ勇気が持てそうな気がするのだ。
*
「ただいまー!どうだった?何か変わったことは……」
「ーー兄者たちが来た。」
「え?」
「俺を心配して追ってきてくれた。訳を話したらちゃんと用を済ませて帰って来いと……待っていると……」
そう淡々と話す葵さんに、私は何も言えなくなる。
それをどう受けとったのか、葵さんは悲しそうに微笑むと、言った。
「夏目、ちょっと付き合ってくれないか。」
そう言って葵さんは私を廃屋に連れ出した。
きっと香さんと連絡を取り合うために利用していた例の廃屋だろう。
葵さんは廃屋のポストを開けると、中から溢れんばかりの手紙やメモがバサバサと地面に落ちてきた。
葵さんはそれを全部掻き出すと、地面に山積みにした。
「ーーもうここに来ることはない。応えられない俺が目を通すことはできないが……残してはいけない。」
葵さんが何をしようとしているのか分かってしまった。
あまりにも切ない目で手紙を見つめているのに、その手は小さく震えているのに……
葵さんは気付いているのだろうか。その顔が苦しげに歪んでいることに。
今にも泣き出しそうなほど、悲しい目をしていることに。
葵さんは躊躇いながらも、その震える指をメモに近づけると、蒼い炎を灯した。
ちりちりと少しずつ香さんの手紙が燃えていく。
葵さんへ託した手紙が……
小さな炎はやがて大きな炎へと育ち、メモの山を次々と容赦なく燃やしていく。
その様子を葵さんは膝を抱えて見つめていた。
自分でそうしたけれど、本当は燃やしたくなんかなかったろうに……
炎をじっと見つめる葵さんの背中があまりにも切なくて、私はただ黙り込んでいた。
炎に焼かれながら、メモは風に乗って空へと舞う。
舞い上がっては風にひらめいて、燃えた文字が降ってくるようだった。
どこにいるの?
おこってるの?
バカ、さっさとれんらくよこせ
いくじなし、にげるな
ゆるさないわよ。はやくかえってきて
アオイちゃん
アオイちゃん
会いたいよ。
アオイちゃん
いっしょにいきていきたいです
はらはらと雪のように、香さんのたくさんの想いが降ってくる。
切実なまでの想いを。願いを。愛情の言葉を。
夕焼け空の下、ごうごうと燃える蒼い炎は、全てを燃やしていった。
ーー全ての手紙が燃えてしまっても、私も葵さんも暫くその場を動けなかった。
普段は口うるさいニャンコ先生でさえ、珍しく空気を読んで黙っている。
ーーきっと…上手くいくよ、香さん。
きっと……だってこんなにも……葵さんは……
その先の言葉を飲み込んで、私は明日に迫る作戦決行の日の成功を祈る。
明日、いよいよ全てが決まる。
香さんの気持ちと葵さんの決意。
2人がどんな結末を迎えたとしても、二人には幸せになって欲しいと切に願った。