第23章「いつかくる日編」
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「けっ、結婚式の招待状!?……香さん結婚するんですか?……って、だいたいその手紙は何処で?会ってなかったんですよね?」
「ーー廃屋のポストだ。俺に会えない時に香はよくそこに俺宛のメモを入れていた。銅鷹様の元での修行も落ちついてきて、気まぐれに立ち寄って覗いてみたんだ。ポストは香からの文でぱんぱんになっていたが、今更読む気はなかった。……しかし、一番上の真新しい封書だけは妙に気になって……開けてしまったってわけさ。」
「……あのさ、葵さん。香さんは高二なんだよね?高二ってことは17歳くらいで、17じゃ今は結婚できないんじゃ……」
「そうよね。私の時と違って今は18歳からになったし……」
「何!?この俺が計算を間違えるはずが……あう……間違える……筈は……」
(段々と自信なくなってきてるな。)
私と若菜さんの指摘に葵さんは慌てて指で数を数えるが、段々とその声は自信がなくなってきたのかしどろもどろになっていく。
これはもしかしたら香さんはもっと大人の女性の可能性も出てきたかもしれないと思い始める。
香さんの名前と年齢だけの情報でリクオくんに香さんの情報を探してもらっていたが、これはもしかしたら見つける範囲を変えた方がいいのではとさえ考えていた。
「ーーねぇ、葵さん。添え書きがあるけど……読んでも?」
「構わん。」
「葵さんは人の字読めるの?」
「まあな。あいつにひらがなだけは習った。」
「……そっか。」
きっと2人で勉強したりしていたのだろう。そんな素敵な思い出が2人にはあったのだ。
手紙に書かれている文字は、葵さんが読めるようにちゃんとひらがなで書かれていて、丸みのある文字が女性らしくてかわいい印象だった。
ーーアオイちゃん、げんきですか?
アオイちゃん。
あたしはもうだいじょうぶです。
わたしをたいせつにしてくれるひととであうことができました。
だからもう、アオイちゃんをまちません。
あんしんして。
てがみもこれがさいごです。
さいごだよ。アオイちゃん。
しょうたいじょうをいれておくから、かおくらいみせにおいで。
ほんとうにわたしのことをわすれられるなら、せめて
おめでとうくらい、いいにきてください。
「ーー笑ってくれていい。それを見て、俺はひどく動揺しちまったんだ。」
そう言ってくしゃりと髪をかきあげて苦笑を浮かべる葵さんは頼りなさげな顔をしていて、それがどれだけ葵さんにとって衝撃的なものだったか伝わってくる。
「ーーよし、決めた。香のためじゃない。俺のためだ。……香に会う。」
「!」
「きっちり祝福して、今度こそ忘れる。これが最後だ。」
「葵さん……」
そう決意する葵さんの目は覚悟を決めており、私は何も言えなくなる。
けれど若菜さんは少し悲しそうな顔をすると、葵さんに声をかけた。
「葵くんの気持ちはそれでいいのね?」
「はい。」
「そう……でもどうか後悔だけはしないで。」
「ありがとうございます。」
若菜さんにぺこりと頭を下げると、葵さんは立ち上がる。
「奥方と話せて良かったです。……お陰で自分の気持ちがはっきりした。」
「いいえ、私は何もしてないわ。」
そう言って微笑む若菜さんはとても優しげだった。
まるで自分と同じように人と妖との恋をした葵さんたちを見守っているように。
葵さんはもう一度若菜さんに一礼すると、部屋を出ていってしまった。
私も葵さんを追いかけようと立ち上がる。
「ーー彩乃ちゃん。」
「はい?」
すると不意に若菜さんに呼び止められた。
立ち止まって振り返ると、若菜さんはふわりと微笑んで言った。
「彩乃ちゃんも、どうか自分の気持ちに嘘はつかないであげて。あなたがどんな選択をして、どんな未来を選んでも、後悔だけはしちゃダメよ。」
「若菜さん……はい。」
若菜さんの言葉は、私にはまだ漠然としすぎてよく分からなかった。
だけど私や葵さんのことを思って言ってくれてるのはわかるので、私は素直に頷いた。
後悔のない生き方なんて、どうやったらできるのだろう。
そんな漠然としたことを思いながら……
想いに素直に行動すれば、きっと後悔しない未来になる訳じゃない。
例えば、香さんは後悔していないだろうか。
葵さんに想いを伝えた結果、2人は離れ離れになってしまったし、葵さんは苦しんでいる。
きっともう……香さんは知ることはないんだろうな。
逃げ出した葵さんが、香さんを忘れるために修行に打ち込んだり、指折り、香さんの時を数え続けたことは……
きっともう、知ればお互いに苦しくなるだけで……
*
「ーー見つかった!?」
数時間後、リクオくんから鴉から園川香さんに関する情報が見つかったと連絡があった。
リクオくんは鴉から受け取った情報を紙にまとめながら頷く。
「うん、この付近の人でソノカワカオルさんって名前の女性は4人いて、17歳の人は2人だけだった。此処に住んでるんだけど……」
「ーーえっ、もう1つの場所は分からないけど、こっちの人は西村くんの家の近くだ。」
「そうなの?」
「……よしわかった。じゃあ俺はこっちの方を行くから、夏目は知ってる場所の方へ行ってくれないか?」
「葵さん……1人で大丈夫?」
「ああ、話をするくらい大丈夫だ。」
こうして、私と葵さんはリクオくんの情報からそれぞれ別れて香さん探しをすることになったのだった。
*
翌日、西村くんに頼んで、近所に住む香さんの所へ案内してもらうことになった。
リクオくんも来たがったが、女の子一人に大勢で行くのは避けたかったので断った。
「ーーほら、あの公園のベンチに座ってる女の子だよ。」
「西村くん、ありがとう!助かったよ!」
西村くんとはお礼を言って別れ、私は香さんと思われる女子高生に話しかけることにした。
きっと人違いだろうけど……
「ーーあの、すみません。」
「ーーはい?」
(やっぱりどう見ても普通の女子高生だ。明後日結婚しそうには見えない。)
私が話しかけた女の子は、勉強中なのか参考書を読んでいた。
明後日って結婚予定の女の子にはとても見えないその様子に、こっちはハズレだったかなと落胆する。
「……夏目と言います。あの、葵って男の子に覚えはありませんか?」
「……」
私が葵さんの名前を出した瞬間、目の前の女の子はカッと目を大きく見開き、こちらを眼力で殺さんばかりに睨みつけてきた。
あまりの迫力にびくりと青ざめて後ずさる。
すると私が逃げると思ったのか、女の子は素早く立ち上がると、私の肩を勢いよく掴みかかってきたのだった。
「君!!詳しく聞かせてくれないかな!!!」
「わーーーー!!??」
あまりにも必死の形相に、思わず悲鳴を上げる私。
そんな私に構うことなく女の子は勢いよくまくし立てるように話し出した。
「君、ひょっとして妖が見えるの!?何処かでアオイちゃんと会ったことが!?まさかアオイちゃんもここに来てるの!?まっ、まずい!私隠れなきゃ!!」
「えっ、あの……」
女の子はキョロキョロと周りを慌てたように見回すので、落ち着いてもらうために女の子に葵さんはここには居ないことを話す。
「ーーいえ、葵さんはここには来てません。私とは別に香さんを探していて……」
「ほ、ほんと……?本当にアオイちゃん?私のこと探してくれてるの?」
(これは……)
どこか嬉しそうに涙ぐむ女の子に、この人が葵さんの言っていた香さんなのだと理解した。
「……あの、結婚式の招待状……ポストに入れましたか?」
「ーーええ。え……じゃあアオイちゃん読んでくれたのね?」
「はい。」
「ーーそう……そう……ふふ。」
「?」
涙くだのと思えば、今度は笑みを浮かべて「よし、かかった!」とガッツポーズをする香さんに、私は訳が分からずに首を傾げる。
そんな私に香さんはイタズラの計画を告白する子供のような笑顔で、教えてくれた。
「ふふ、罠なのよ。あの招待状……もう一度アオイちゃんに会うための……いえ、捕まえるための罠なの。」
そう言って無邪気に微笑む香さんは、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。
2人の大切な宝物のような思い出を……
「アオイちゃんと初めて会ったのは幼い頃だったの。」
香さんは色々な話を聞かせてくれた。
葵さんと初めて会った日に無意識に言った言葉で傷つけてしまったこと。
それから口を聞いてくれなくなったけれど、どうしても仲良くなりたくて諦めずに森に通い続けたこと。
ある日葵さんの背中に羽が生えていて、綺麗だと思ったこと。
その羽を初めはおもちゃだと勘違いして怪我をさせてしまったこと。
いっぱい喧嘩をして、仲良くなって、暗くなるまで遊んだこと。
いつしか「みんな」の話をしなくなったこと。
いっぱいいっぱい話を聞いてくれたこと。
本人は認めないけど、本当はアメが好きなこと。
「アオイちゃんが人ではないといつからか気付いても、もう……私はアオイちゃんから離れようとは思わなかったの。だって私は……」
「…………」
『ーーねぇ、アオイちゃん。また一週間もどこ行ってたの?』
『ん?隣山。何だ何か用でもあったか?』
『もう!一緒に花火大会見たかったのに!』
『ああ、あれか。隣山からちらちら見えたぜ。』
『!、何それ腹立つ!……最近1人でどこうろついてるの?あのポストにメモ入れといたのに!もうっ!大事な時に連絡つかないと困る!』
『……香。』
『何!』
『そういう相手は俺じゃなくたっていいんだぜ。』
『え……』
『お前にはお前の生きるべき場所があって、俺には俺の生きるべき道がある筈だ。』
『……何……言い出すの……』
『ーーもう、わかっているだろう。香、もうこういうのは……』
『アオイちゃん!アオイちゃんは私が嫌いになったの?だったら……だったなら仕方ないけど……アオイちゃんこそまだわからないの!?私はね、ずっとアオイちゃんといたいの!ーーだって!だって私はずっとーー』
そこまで話すと、香さんは悲しげな顔で黙り込む。
俯いていて顔色は分からないが、どこか怒っているようだった。
「ーーずっと好きだったのに……って勇気を出して伝えたら……それっきりよ。」
「………」
「その日から消えちゃったの。何も言わずに消えちゃった。ひどすぎない?」
その時のことを思い出したのか、香さんはぐすっと涙ぐんで小さく鼻を啜った。
「……後で知ったんだけど、隣山からは花火は見えないんだって。」
「ーーえっ。」
「ひょっとしたらアオイちゃん……あの時別の場所に……ひょっとしたら花火の見える私の街に……来てくれたんじゃ……って……」
『そんな時、俺も好奇心で町へ行ってみたくなったんだ。……あいつが住む町を見てみたくなった。』
(ーーそうか、あれはこの時に……)
皮肉にも葵さんが香さんを理解しようと歩み寄ったその時に、葵さんは人と妖の違いを実感してしまったんだろう。
だから香さんが傷つく前に離れようと……
「ーー夏目さん、私もう一度アオイちゃんに会いたいの。お願い。招待状が罠だってこと黙っていて。ずっと入れ続けたメモも読んでもらえなかった……けど、あれなら手に取ってもらえるかもって……多分、これが最後の賭けなの。」
そう言って香さんは私をまっすぐに見つめる。
意思の固い、真剣な目だ。
「おびき出せるのは最後!ボコボコにするにしろ説得するにしろ……捕まえる!
もう一度会えたら……まだ私に心が残っていたなら……もう離さないの!」
*
「ーーふふ、すごいな香さんって……」
「……恐ろしい奴だな。」
香さんと会ってからの帰りに道、夕やけ雲を見つめながら思った。
「ーー人に惹かれる妖をいっぱい見てきたけど……みんな去って言ったよ。先生……」
思い出すのは、人に恋をし、再び愛する人の目に映りたいとただの蛍になったホタル。
そして悲しい別れをした柴田くんと村崎。
他にもたくさんの人と妖の絆を見てきた。
けれどその全てが、悲しい別れを繰り返してきた。
だからこそ、だからこそ……
上手くって欲しいと願ってしまう。
どうか、香さんの作戦が成功しますように……
願わくば、2人の選択が後悔のない結末になりますように。
「ーー廃屋のポストだ。俺に会えない時に香はよくそこに俺宛のメモを入れていた。銅鷹様の元での修行も落ちついてきて、気まぐれに立ち寄って覗いてみたんだ。ポストは香からの文でぱんぱんになっていたが、今更読む気はなかった。……しかし、一番上の真新しい封書だけは妙に気になって……開けてしまったってわけさ。」
「……あのさ、葵さん。香さんは高二なんだよね?高二ってことは17歳くらいで、17じゃ今は結婚できないんじゃ……」
「そうよね。私の時と違って今は18歳からになったし……」
「何!?この俺が計算を間違えるはずが……あう……間違える……筈は……」
(段々と自信なくなってきてるな。)
私と若菜さんの指摘に葵さんは慌てて指で数を数えるが、段々とその声は自信がなくなってきたのかしどろもどろになっていく。
これはもしかしたら香さんはもっと大人の女性の可能性も出てきたかもしれないと思い始める。
香さんの名前と年齢だけの情報でリクオくんに香さんの情報を探してもらっていたが、これはもしかしたら見つける範囲を変えた方がいいのではとさえ考えていた。
「ーーねぇ、葵さん。添え書きがあるけど……読んでも?」
「構わん。」
「葵さんは人の字読めるの?」
「まあな。あいつにひらがなだけは習った。」
「……そっか。」
きっと2人で勉強したりしていたのだろう。そんな素敵な思い出が2人にはあったのだ。
手紙に書かれている文字は、葵さんが読めるようにちゃんとひらがなで書かれていて、丸みのある文字が女性らしくてかわいい印象だった。
ーーアオイちゃん、げんきですか?
アオイちゃん。
あたしはもうだいじょうぶです。
わたしをたいせつにしてくれるひととであうことができました。
だからもう、アオイちゃんをまちません。
あんしんして。
てがみもこれがさいごです。
さいごだよ。アオイちゃん。
しょうたいじょうをいれておくから、かおくらいみせにおいで。
ほんとうにわたしのことをわすれられるなら、せめて
おめでとうくらい、いいにきてください。
「ーー笑ってくれていい。それを見て、俺はひどく動揺しちまったんだ。」
そう言ってくしゃりと髪をかきあげて苦笑を浮かべる葵さんは頼りなさげな顔をしていて、それがどれだけ葵さんにとって衝撃的なものだったか伝わってくる。
「ーーよし、決めた。香のためじゃない。俺のためだ。……香に会う。」
「!」
「きっちり祝福して、今度こそ忘れる。これが最後だ。」
「葵さん……」
そう決意する葵さんの目は覚悟を決めており、私は何も言えなくなる。
けれど若菜さんは少し悲しそうな顔をすると、葵さんに声をかけた。
「葵くんの気持ちはそれでいいのね?」
「はい。」
「そう……でもどうか後悔だけはしないで。」
「ありがとうございます。」
若菜さんにぺこりと頭を下げると、葵さんは立ち上がる。
「奥方と話せて良かったです。……お陰で自分の気持ちがはっきりした。」
「いいえ、私は何もしてないわ。」
そう言って微笑む若菜さんはとても優しげだった。
まるで自分と同じように人と妖との恋をした葵さんたちを見守っているように。
葵さんはもう一度若菜さんに一礼すると、部屋を出ていってしまった。
私も葵さんを追いかけようと立ち上がる。
「ーー彩乃ちゃん。」
「はい?」
すると不意に若菜さんに呼び止められた。
立ち止まって振り返ると、若菜さんはふわりと微笑んで言った。
「彩乃ちゃんも、どうか自分の気持ちに嘘はつかないであげて。あなたがどんな選択をして、どんな未来を選んでも、後悔だけはしちゃダメよ。」
「若菜さん……はい。」
若菜さんの言葉は、私にはまだ漠然としすぎてよく分からなかった。
だけど私や葵さんのことを思って言ってくれてるのはわかるので、私は素直に頷いた。
後悔のない生き方なんて、どうやったらできるのだろう。
そんな漠然としたことを思いながら……
想いに素直に行動すれば、きっと後悔しない未来になる訳じゃない。
例えば、香さんは後悔していないだろうか。
葵さんに想いを伝えた結果、2人は離れ離れになってしまったし、葵さんは苦しんでいる。
きっともう……香さんは知ることはないんだろうな。
逃げ出した葵さんが、香さんを忘れるために修行に打ち込んだり、指折り、香さんの時を数え続けたことは……
きっともう、知ればお互いに苦しくなるだけで……
*
「ーー見つかった!?」
数時間後、リクオくんから鴉から園川香さんに関する情報が見つかったと連絡があった。
リクオくんは鴉から受け取った情報を紙にまとめながら頷く。
「うん、この付近の人でソノカワカオルさんって名前の女性は4人いて、17歳の人は2人だけだった。此処に住んでるんだけど……」
「ーーえっ、もう1つの場所は分からないけど、こっちの人は西村くんの家の近くだ。」
「そうなの?」
「……よしわかった。じゃあ俺はこっちの方を行くから、夏目は知ってる場所の方へ行ってくれないか?」
「葵さん……1人で大丈夫?」
「ああ、話をするくらい大丈夫だ。」
こうして、私と葵さんはリクオくんの情報からそれぞれ別れて香さん探しをすることになったのだった。
*
翌日、西村くんに頼んで、近所に住む香さんの所へ案内してもらうことになった。
リクオくんも来たがったが、女の子一人に大勢で行くのは避けたかったので断った。
「ーーほら、あの公園のベンチに座ってる女の子だよ。」
「西村くん、ありがとう!助かったよ!」
西村くんとはお礼を言って別れ、私は香さんと思われる女子高生に話しかけることにした。
きっと人違いだろうけど……
「ーーあの、すみません。」
「ーーはい?」
(やっぱりどう見ても普通の女子高生だ。明後日結婚しそうには見えない。)
私が話しかけた女の子は、勉強中なのか参考書を読んでいた。
明後日って結婚予定の女の子にはとても見えないその様子に、こっちはハズレだったかなと落胆する。
「……夏目と言います。あの、葵って男の子に覚えはありませんか?」
「……」
私が葵さんの名前を出した瞬間、目の前の女の子はカッと目を大きく見開き、こちらを眼力で殺さんばかりに睨みつけてきた。
あまりの迫力にびくりと青ざめて後ずさる。
すると私が逃げると思ったのか、女の子は素早く立ち上がると、私の肩を勢いよく掴みかかってきたのだった。
「君!!詳しく聞かせてくれないかな!!!」
「わーーーー!!??」
あまりにも必死の形相に、思わず悲鳴を上げる私。
そんな私に構うことなく女の子は勢いよくまくし立てるように話し出した。
「君、ひょっとして妖が見えるの!?何処かでアオイちゃんと会ったことが!?まさかアオイちゃんもここに来てるの!?まっ、まずい!私隠れなきゃ!!」
「えっ、あの……」
女の子はキョロキョロと周りを慌てたように見回すので、落ち着いてもらうために女の子に葵さんはここには居ないことを話す。
「ーーいえ、葵さんはここには来てません。私とは別に香さんを探していて……」
「ほ、ほんと……?本当にアオイちゃん?私のこと探してくれてるの?」
(これは……)
どこか嬉しそうに涙ぐむ女の子に、この人が葵さんの言っていた香さんなのだと理解した。
「……あの、結婚式の招待状……ポストに入れましたか?」
「ーーええ。え……じゃあアオイちゃん読んでくれたのね?」
「はい。」
「ーーそう……そう……ふふ。」
「?」
涙くだのと思えば、今度は笑みを浮かべて「よし、かかった!」とガッツポーズをする香さんに、私は訳が分からずに首を傾げる。
そんな私に香さんはイタズラの計画を告白する子供のような笑顔で、教えてくれた。
「ふふ、罠なのよ。あの招待状……もう一度アオイちゃんに会うための……いえ、捕まえるための罠なの。」
そう言って無邪気に微笑む香さんは、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。
2人の大切な宝物のような思い出を……
「アオイちゃんと初めて会ったのは幼い頃だったの。」
香さんは色々な話を聞かせてくれた。
葵さんと初めて会った日に無意識に言った言葉で傷つけてしまったこと。
それから口を聞いてくれなくなったけれど、どうしても仲良くなりたくて諦めずに森に通い続けたこと。
ある日葵さんの背中に羽が生えていて、綺麗だと思ったこと。
その羽を初めはおもちゃだと勘違いして怪我をさせてしまったこと。
いっぱい喧嘩をして、仲良くなって、暗くなるまで遊んだこと。
いつしか「みんな」の話をしなくなったこと。
いっぱいいっぱい話を聞いてくれたこと。
本人は認めないけど、本当はアメが好きなこと。
「アオイちゃんが人ではないといつからか気付いても、もう……私はアオイちゃんから離れようとは思わなかったの。だって私は……」
「…………」
『ーーねぇ、アオイちゃん。また一週間もどこ行ってたの?』
『ん?隣山。何だ何か用でもあったか?』
『もう!一緒に花火大会見たかったのに!』
『ああ、あれか。隣山からちらちら見えたぜ。』
『!、何それ腹立つ!……最近1人でどこうろついてるの?あのポストにメモ入れといたのに!もうっ!大事な時に連絡つかないと困る!』
『……香。』
『何!』
『そういう相手は俺じゃなくたっていいんだぜ。』
『え……』
『お前にはお前の生きるべき場所があって、俺には俺の生きるべき道がある筈だ。』
『……何……言い出すの……』
『ーーもう、わかっているだろう。香、もうこういうのは……』
『アオイちゃん!アオイちゃんは私が嫌いになったの?だったら……だったなら仕方ないけど……アオイちゃんこそまだわからないの!?私はね、ずっとアオイちゃんといたいの!ーーだって!だって私はずっとーー』
そこまで話すと、香さんは悲しげな顔で黙り込む。
俯いていて顔色は分からないが、どこか怒っているようだった。
「ーーずっと好きだったのに……って勇気を出して伝えたら……それっきりよ。」
「………」
「その日から消えちゃったの。何も言わずに消えちゃった。ひどすぎない?」
その時のことを思い出したのか、香さんはぐすっと涙ぐんで小さく鼻を啜った。
「……後で知ったんだけど、隣山からは花火は見えないんだって。」
「ーーえっ。」
「ひょっとしたらアオイちゃん……あの時別の場所に……ひょっとしたら花火の見える私の街に……来てくれたんじゃ……って……」
『そんな時、俺も好奇心で町へ行ってみたくなったんだ。……あいつが住む町を見てみたくなった。』
(ーーそうか、あれはこの時に……)
皮肉にも葵さんが香さんを理解しようと歩み寄ったその時に、葵さんは人と妖の違いを実感してしまったんだろう。
だから香さんが傷つく前に離れようと……
「ーー夏目さん、私もう一度アオイちゃんに会いたいの。お願い。招待状が罠だってこと黙っていて。ずっと入れ続けたメモも読んでもらえなかった……けど、あれなら手に取ってもらえるかもって……多分、これが最後の賭けなの。」
そう言って香さんは私をまっすぐに見つめる。
意思の固い、真剣な目だ。
「おびき出せるのは最後!ボコボコにするにしろ説得するにしろ……捕まえる!
もう一度会えたら……まだ私に心が残っていたなら……もう離さないの!」
*
「ーーふふ、すごいな香さんって……」
「……恐ろしい奴だな。」
香さんと会ってからの帰りに道、夕やけ雲を見つめながら思った。
「ーー人に惹かれる妖をいっぱい見てきたけど……みんな去って言ったよ。先生……」
思い出すのは、人に恋をし、再び愛する人の目に映りたいとただの蛍になったホタル。
そして悲しい別れをした柴田くんと村崎。
他にもたくさんの人と妖の絆を見てきた。
けれどその全てが、悲しい別れを繰り返してきた。
だからこそ、だからこそ……
上手くって欲しいと願ってしまう。
どうか、香さんの作戦が成功しますように……
願わくば、2人の選択が後悔のない結末になりますように。