第23章「いつかくる日編」
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『一定の高さまで伸びた樹木がそこからはゆっくり成長するように、俺は暫くこういう姿のまま、彼女との時間はズレ始める。共に生きるには無理がある。妖に惹かれている間は人間の恋人もできないだろう。それは不毛だ。』
あの時葵さんが言った言葉はきっと、自分自分にも言い聞かせる為に言ったのだろう。
妖と人は、どうやっても同じ時間を生きることはできない。
どうしても人の方が先に置いて言ってしまうし、ずっと姿の変わらない妖と、短い生故に変わり続ける人との恋は、私が考えている以上に難しいものなのだと思う。
ましてや妖は、見える力を持つ人にか認知できない。
妖の中には人に姿を見せることができる存在もいるけれど、それでもずっと共に生きていくとなると、姿の変わらない妖は絶対に人々から恐れられることになる。
私を好きだと言ってくれたリクオくん。
彼も今はまだ私と同じように歳を取っているように見えるけれど、いつか彼の姿の成長も止まる時が来るのだろうか。
リクオくんはずっと若い姿のまま、私だけが歳をとっていく……
そんな想像をした未来は、とても寂しくて、悲しかった。
*
「ーーおい夏目。これはどういうことだ?」
「え?」
翌日、私は若菜さんに会うために、葵さんを連れて奴良組の屋敷を訪れたのだが、屋敷の門の前で葵さんは真っ青になって立ち止まってしまった。
「ここは奴良組本家じゃないか。関東を代表する妖の本拠地だぞ!こんな所に来て、殴り込みでもする気か!?」
「そんな訳ないでしょ。用があって来たんだから。ちゃんと連絡したからもうすぐ迎えが……」
「彩乃ちゃん!」
「ほら!」
門を開けてリクオが顔を出すと、彩乃は「ちゃんと家の人が出迎えてくれたでしょ?」と言いたげに葵を見る。
彩乃はすっかり忘れているが、奴良組は妖の中でもヤクザものとして知られる過激派の一派の集まりの場所である。
そんな恐ろしい場所に、祓い屋でもなんでもない人間の彩乃は、本当なら来るような場所ではない。
だからこそ葵は彩乃がここに来た理由がわからなかった。
本来群れることのない妖だが、奴良組の力にあやかって一派に加わる者も多い。
だが社守という神聖な妖に仕えている葵からしたら、本来あまり関わることのない場所であった。
「話は電話で聞いてたけど、その人が葵?」
「うん。若菜さんいる?」
「中で待ってる。」
「ありがとう。じゃあ、葵さんも中に……」
「まてまてまて!夏目は奴良組と繋がってるのか?」
「ん?そうなるのかな?リクオくんは奴良組三代目になるし。その友人ってことなら……」
「リクオ?その方が奴良組の“リクオ様“なのか?」
「うん、僕が奴良リクオだよ。」
「夏目……お前とんでもない方と友人なんだな。」
葵さんは話についていけないと言った様子で、あんぐりと口を開いて、驚いた表情を浮かべた。
私はそれに苦笑する。リクオくんと友達になって数ヶ月経つが、妖にとって奴良組はやはり特別な存在なのだなと自覚する。
ーー香を通して人の事情には詳しいが、妖としてはまだまだ若い葵は、妖の世界についてまだまだ疎い部分がある。
そんな葵ですら、奴良組の存在と三代目奴良リクオの名は噂で知っているくらいであった。
雲の上の存在のような、違う世界で生きている様なお方とこうして関わる日が来ようとは、葵は信じられない気持ちであった。
まさか偶然出会った霊力の高い人間の少女が、奴良組と繋がっているなんて誰が思うものだろう。
「あのね葵さん。リクオくんのお母さんは人間なの。」
「……は?」
「話は聞いてるよ、葵。香さん探し、僕も協力させて欲しい。」
「え?」
「まあ、こんな所で立ち話もなんだから、中に入ってよ。」
「ありがとう。葵さんも行こう!」
「は?」
あれよあれよという間に話が進む。
まだ思考が追いついていかないのか、葵がぼんやりとしている間に、彩乃は葵の背中を押してさっさっと屋敷に入っていくのであった。
「あっ、彩乃さんこんにちは。お待ちしてました!」
「氷麗ちゃんこんにちは!」
「おっ!彩乃、今日も来たのか!」
「うん!」
「彩乃遊んで!」
「用事が終わったらね。」
「……夏目、随分ここに馴染んでるんだな。」
屋敷に入ると次から次へと奴良組の妖怪たちに話しかけられる彩乃。
それを見て葵は何を思ったのか感心したような、驚いたような顔をしていた。
思わず呟いた葵の言葉に近くで聞いていた小妖怪が声をかける。
「そりゃそうよ。彩乃はもしかしたら未来のリクオ様の奥方になるかもしれねぇお人だからな!」
「はあ!?」
「ちょっ!葵さんに変なこと言わないで!」
リクオから告白されて以来、彩乃の奴良組での扱いはこんな感じだ。
最初は否定しまくっていた彩乃だったが、そうするとリクオや氷麗が悲しい顔をするし、いくら否定しても、注意しても、奴良組の妖怪たちが彩乃を「未来の奥方」として見てくるので、彩乃も今ではすっかり諦めてしまい、否定するのも忘れていた。
それが悪かったのか、いつものノリで葵さんに余計なことを吹き込んでくる小妖怪に彩乃は慌てた。
葵さんも葵さんで次から次へと発覚する情報に素っ頓狂な声ばかり上げている。
「夏目、お前……」
「違う違う!私は別にリクオくんと付き合ってる訳じゃないよ!普通に友人として!」
「……僕は彩乃ちゃんのこと好きだけどね。」
「うわぁ!リクオくん!?ごめ……!」
「いいんだよ。彩乃ちゃんの答えが出るまで待ってるって約束だから。」
「ううう、ごめん!」
「謝らないで……でも、未だに振られてないのはちょっとだけ期待はしちゃうかな。」
「リクオくん!?」
彩乃が全力で友人と否定したことで、リクオが落ち込んでしまったものだから、彩乃はアワアワと慌てふためく。
「……仲良いいんだな。」
「最近はずっとこんなやり取りをしてイチャついてるぞ。」
「ニャンコ師匠。……夏目はすごいお方の寵愛を受けているんですね。」
「それが本人にとっていい事かはわからないがな。」
「……そうですね。」
そんな仲の良い2人のやり取りをどこか懐かしそうに、眩しそうに見つめる葵を、葵さんの肩に乗っているニャンコ先生は静かに話を聞いてあげていた。
妖怪からの寵愛が人によって良いものであるかなんて……そんなことは愛された本人の受け取りが決めるものだからだ。
一方的な愛ならば、それはただの厄介な呪いでしかない。
葵はそう思っているからこそ、ニャンコ先生の言葉が重くのしかかる。
「彩乃ちゃんいらっしゃい!」
「若菜さんこんにちは。今日は急にお会いしたいなんて言ってすみません。」
「いいのよ!私も一度彩乃ちゃんとゆっくり話してみたかったし!電話もらってから嬉しくてお茶菓子いっぱい用意しちゃったの!」
「ありがとうございます。」
「それじゃあ僕は鴉たちと香さんの情報集めてくるから。母さん、何かあったら呼んで。」
「はいはい。」
「斑も行くよ。じいちゃんの秘蔵の酒とお茶菓子出してあげるから。」
「おー!酒酒!」
そう言うとリクオくんとニャンコ先生は若菜さんの部屋に私と葵さんを置いて何処かへと言ってしまった。
若菜さんも忙しそうにするリクオくんに軽く返事をし、私と葵さんにお茶を入れてくれた。
とりあえず若菜さんの正面に私、その横に葵さんが座ったが、葵さんは緊張しているのか先程から黙りだ。
対して若菜さんは落ち着いていて、のんびりとお茶を1口飲んでから、私たちに向き直った。
「……それで、私に話って何かしら?」
「リクオくんから話はどれくらい聞いてますか?」
「そうね。そこにいる葵くんが人間の女の子の幼なじみを探しているってことくらいかしら?」
「葵さん、私もリクオくんたちには香さんの名前と彼女を探してることしか話してない。昨日、葵さんから聞いた香さんとの話をしてもいい?」
香さんの葵さんへの気持ちや事情を勝手に話す訳にはいかず、私はリクオくんたちには人探しの協力だけをお願いした。
だけど、若菜さんに話を聞く上で今回の件を話さなければ話は進まないと思っている。
だから葵さんに話してもいいかと尋ねた。
葵さんは若菜さんが人間であること、リクオくんが混血であったことにはもう気付いているだろう。
それがどういうことは、私が何故若菜さんと葵さんを引き合わせたかったのか、それだけで葵さんはきっと理解してくれただろう。
「……ああ、そういうことか。お前が俺に会わせたかったのはこの方なんだな?」
「ーーそうだよ。葵さんにとっても、私にとっても、今会っておくべき人だと思ったから。」
「……わかった。俺と香のことを話そう。」
葵さんも何か思うところがあったのだろう。
私の意図を組んでくれたのか、若菜さんにぽつりぽつりと私に話してくれたことを話し始めた。
それを若菜さんは黙って聞いていて、葵さんが話終えるとふふっと小さく笑った。
「ーーふふ、ごめんなさいね。笑ったりして。なんだか懐かしくて……私も若い頃は鯉伴さんを困らせちゃったりしたなぁ〜って。」
「鯉伴さんって、リクオくんのお父さんですよね。」
「ええ、そうよ。奴良組二代目。リクオがまだ小さい頃に亡くなってしまったけれど……彩乃ちゃんが私から聞きたいのは私と鯉伴さんのことかしら?」
「そうです。……すみません、もしも話しにくい事なら……」
彩乃はリクオの父が半妖であることは知っていたが、亡くなっていることまでは知らなかった。
何度も奴良組を訪れているのに、ずっと会わずにいるから薄々そうじゃないかとは思っていたが……
彩乃が気遣うようにそう口にすると、若菜はにっこりと笑って首を横に振った。
「大丈夫よ。あの人が亡くなったのは悲しいけれど、鯉伴さんのことを思い出すのは嬉しいの。全部全部……私にとって大切な思い出だもの。」
「若菜さん……」
「私と鯉伴さんの馴れ初めか……なんだか恥ずかしいわね。」
うふふ、照れたように笑う若菜さんは本当に可愛らしくて、恋する乙女そのものだった。
「私の話が葵くんと彩乃ちゃんにとって役に立てるか分からないけれど、精一杯お話するわね。」
「ありがとうございます。」
「感謝します。奥方。」
私と葵さんはにっこりと優しく笑う若菜さんにお礼を言うと、若菜さんは懐かしむような顔でぽつりぽつりと語り始めた。
「ーー鯉伴さんとの出会いはね、私が高校生の頃。私の家がたちの悪い悪霊に取り憑かれてしまって、私の両親も私も少しずつ悪霊に命を削られていて、とても疲れきっていたわ。
ある日私が学校の帰り道に車に轢かれそうになった時、助けてくれたのが鯉伴さんだったの。」
『ーーあんた大丈夫かい?』
『……あなたは?』
そんな感じで私と鯉伴さんは出会ったの。
私の事故は悪霊が私の命を奪おうと引き起こしたものだったみたいで、私が呪われてるのに気付いて助けてくれたみたい。
それから鯉伴さんが悪霊を退治してくれて、私も両親も鯉伴さんに助けられたの。
それからかしら。鯉伴さんに私が一目惚れしちゃってね。
独身だって聞いて、私は毎日鯉伴さんに会いに行ったの。
最初は鯉伴さんも私のことは相手にしてくれなかったんだけど、段々私のことを受け入れてくれてるのがわかった。
それが嬉しくて、嬉しくて、私はますます鯉伴さんに夢中になっていったわ。
「それから鯉伴さんとは何度かデートをして、百鬼夜行のこと、奴良組のことを少しすつ色々と教えてくれて。1年後にはプロポーズしてくれたの。……本当に嬉しかったわ。」
「……若菜さんは、悩んだりしなかったんですか?妖と人間が夫婦になることに。」
「全然!」
「「!」」
若菜さんはあっけらかんとした笑顔で即答した。
あまりにもいい笑顔なので、逆にこちらが色々と気にしてしまった。
「えっと……その、でも生きる時間とか、世界とか……」
「それアタックしてる時に鯉伴さんにも言われたわ。『本当に後悔しないのか?』とか、『妖怪と人間が一緒に生きるって分かってるのか?』とか。しかも奴良組って大きな組織だから恨み事も多く抱えていて、人間の私がやっていけるのかとか本当に色々と心配してたわ。心配性なのよね。鯉伴さんって。」
(それって普通の反応だと思います。)
とは声に出して言えない。
若菜さんは頬に手を当てて、困ったように話を続ける。
「私が気にしないって言ってるのに、鯉伴さんの方が妖怪だとか人間だとか小さいこと気にしちゃってて……あの人自身が人と妖怪が結ばれた愛の結晶みたいな象徴なのに、なんて悲しいこと言うのかしらって。もう本当に落とすの大変だったのよ。」
「「はっ、はあ……」」
なんだから途中から愚痴のようなことを言っていたけれど、想像していた若菜さんの反応とはあまりにも違くて、私も葵さんも戸惑ってしまう。
もっと、色々と苦労して一緒になった的な話が出てくるのを覚悟していたのだ。
それなのに若菜さんはまるで鯉伴さんが半妖なんてことまるで気にしていなくて、落とすのに苦労したとかばかりの愚痴しか出てこない。
まるで人間同士の恋愛と何も変わらない話をしているようで、困惑してしまう。
私たちの困惑が伝わったのか、はっと我に返った若菜さんが恥ずかしげに頬を赤く染めて笑う。
「あらごめんなさい。話し出したらつい……」
「いえ……」
「……葵くんと彩乃ちゃんは、やっぱり妖怪と人間が結ばれるのは反対?」
「それは……わかりません。」
「俺は……お互いのために離れるべきだと思っています。」
「葵さん……」
「あら、どうしてそう思うの?」
若菜の問いかけに、葵さんは困惑する。
「それはそうでしょう?生きる時間が違う。成長する時間も、生きる世界も……他の人間には俺の姿は見えません。貴女や夏目のように見える力を持った人間にしか認知されない妖は、人と同じようには生きられない。人は人と結ばれて幸せになる方がいいに決まってるじゃないですか。
いつか絶対に苦しませてしまう。泣かせてしまうくらいなら、俺は……」
「それは葵くんが決めることじゃなくて、香さんが決めることよ。」
「ーーっ」
まっすぐな瞳でそう言葉にする若菜さんの目はとても優しく、けれど葵さんの言葉に少し怒っているように感じた。
「私は葵くんの話しか聞いていないから、一方の意見しか分からないけれど、葵くんを好きになった香さんの気持ちを勝手に決めて否定しないであげて。それはとても悲しいわ。」
「貴女は……本当に後悔しなかったんですか?少しも?」
「悩んだことはもちろんあるわ。」
「だったら……!」
「ーーそれでも、私は鯉伴さんと一緒になったことを後悔だけはしないわ。絶対に。だって……自分で決めたことですもの。」
「っ!」
「鯉伴さんが亡くなって、寂しかったことはある。悲しかったことも悩んだこともある。それでも、私はあの人と結婚したことを一度だって後悔したことはないの。何度だって……人生が何度あっても、私は鯉伴さんと一緒になることを諦めたりしないわ。だって、今の鯉伴さんと出会って、リクオが生まれた……そんな幸せな未来があるのに、それを失うなんでことできないわ。私には、そっちの方が余っ程怖い。……それは香さんだって同じかもしれない。そうは思わない?」
若菜さんが葵さんにそう語り掛けるが、葵さんは苦しげに顔を歪ませると、懐からあの手紙を取り出した。
「俺はもう……決めたんです。香はもう前に歩き出してる。それを俺が邪魔しちゃいけない。絶対に……ダメなんだ。」
そう言って机の上に放り投げられた手紙。
そこに入っていたのは、寿の文字。
「……香は、5日後に結婚するんだ。」
「えっ!」
「それは、香が俺に当てた……結婚式の招待状なんだ。」
そう苦しげに話す葵さんに、私も若菜さんも言葉を失ってしまうのだった。
あの時葵さんが言った言葉はきっと、自分自分にも言い聞かせる為に言ったのだろう。
妖と人は、どうやっても同じ時間を生きることはできない。
どうしても人の方が先に置いて言ってしまうし、ずっと姿の変わらない妖と、短い生故に変わり続ける人との恋は、私が考えている以上に難しいものなのだと思う。
ましてや妖は、見える力を持つ人にか認知できない。
妖の中には人に姿を見せることができる存在もいるけれど、それでもずっと共に生きていくとなると、姿の変わらない妖は絶対に人々から恐れられることになる。
私を好きだと言ってくれたリクオくん。
彼も今はまだ私と同じように歳を取っているように見えるけれど、いつか彼の姿の成長も止まる時が来るのだろうか。
リクオくんはずっと若い姿のまま、私だけが歳をとっていく……
そんな想像をした未来は、とても寂しくて、悲しかった。
*
「ーーおい夏目。これはどういうことだ?」
「え?」
翌日、私は若菜さんに会うために、葵さんを連れて奴良組の屋敷を訪れたのだが、屋敷の門の前で葵さんは真っ青になって立ち止まってしまった。
「ここは奴良組本家じゃないか。関東を代表する妖の本拠地だぞ!こんな所に来て、殴り込みでもする気か!?」
「そんな訳ないでしょ。用があって来たんだから。ちゃんと連絡したからもうすぐ迎えが……」
「彩乃ちゃん!」
「ほら!」
門を開けてリクオが顔を出すと、彩乃は「ちゃんと家の人が出迎えてくれたでしょ?」と言いたげに葵を見る。
彩乃はすっかり忘れているが、奴良組は妖の中でもヤクザものとして知られる過激派の一派の集まりの場所である。
そんな恐ろしい場所に、祓い屋でもなんでもない人間の彩乃は、本当なら来るような場所ではない。
だからこそ葵は彩乃がここに来た理由がわからなかった。
本来群れることのない妖だが、奴良組の力にあやかって一派に加わる者も多い。
だが社守という神聖な妖に仕えている葵からしたら、本来あまり関わることのない場所であった。
「話は電話で聞いてたけど、その人が葵?」
「うん。若菜さんいる?」
「中で待ってる。」
「ありがとう。じゃあ、葵さんも中に……」
「まてまてまて!夏目は奴良組と繋がってるのか?」
「ん?そうなるのかな?リクオくんは奴良組三代目になるし。その友人ってことなら……」
「リクオ?その方が奴良組の“リクオ様“なのか?」
「うん、僕が奴良リクオだよ。」
「夏目……お前とんでもない方と友人なんだな。」
葵さんは話についていけないと言った様子で、あんぐりと口を開いて、驚いた表情を浮かべた。
私はそれに苦笑する。リクオくんと友達になって数ヶ月経つが、妖にとって奴良組はやはり特別な存在なのだなと自覚する。
ーー香を通して人の事情には詳しいが、妖としてはまだまだ若い葵は、妖の世界についてまだまだ疎い部分がある。
そんな葵ですら、奴良組の存在と三代目奴良リクオの名は噂で知っているくらいであった。
雲の上の存在のような、違う世界で生きている様なお方とこうして関わる日が来ようとは、葵は信じられない気持ちであった。
まさか偶然出会った霊力の高い人間の少女が、奴良組と繋がっているなんて誰が思うものだろう。
「あのね葵さん。リクオくんのお母さんは人間なの。」
「……は?」
「話は聞いてるよ、葵。香さん探し、僕も協力させて欲しい。」
「え?」
「まあ、こんな所で立ち話もなんだから、中に入ってよ。」
「ありがとう。葵さんも行こう!」
「は?」
あれよあれよという間に話が進む。
まだ思考が追いついていかないのか、葵がぼんやりとしている間に、彩乃は葵の背中を押してさっさっと屋敷に入っていくのであった。
「あっ、彩乃さんこんにちは。お待ちしてました!」
「氷麗ちゃんこんにちは!」
「おっ!彩乃、今日も来たのか!」
「うん!」
「彩乃遊んで!」
「用事が終わったらね。」
「……夏目、随分ここに馴染んでるんだな。」
屋敷に入ると次から次へと奴良組の妖怪たちに話しかけられる彩乃。
それを見て葵は何を思ったのか感心したような、驚いたような顔をしていた。
思わず呟いた葵の言葉に近くで聞いていた小妖怪が声をかける。
「そりゃそうよ。彩乃はもしかしたら未来のリクオ様の奥方になるかもしれねぇお人だからな!」
「はあ!?」
「ちょっ!葵さんに変なこと言わないで!」
リクオから告白されて以来、彩乃の奴良組での扱いはこんな感じだ。
最初は否定しまくっていた彩乃だったが、そうするとリクオや氷麗が悲しい顔をするし、いくら否定しても、注意しても、奴良組の妖怪たちが彩乃を「未来の奥方」として見てくるので、彩乃も今ではすっかり諦めてしまい、否定するのも忘れていた。
それが悪かったのか、いつものノリで葵さんに余計なことを吹き込んでくる小妖怪に彩乃は慌てた。
葵さんも葵さんで次から次へと発覚する情報に素っ頓狂な声ばかり上げている。
「夏目、お前……」
「違う違う!私は別にリクオくんと付き合ってる訳じゃないよ!普通に友人として!」
「……僕は彩乃ちゃんのこと好きだけどね。」
「うわぁ!リクオくん!?ごめ……!」
「いいんだよ。彩乃ちゃんの答えが出るまで待ってるって約束だから。」
「ううう、ごめん!」
「謝らないで……でも、未だに振られてないのはちょっとだけ期待はしちゃうかな。」
「リクオくん!?」
彩乃が全力で友人と否定したことで、リクオが落ち込んでしまったものだから、彩乃はアワアワと慌てふためく。
「……仲良いいんだな。」
「最近はずっとこんなやり取りをしてイチャついてるぞ。」
「ニャンコ師匠。……夏目はすごいお方の寵愛を受けているんですね。」
「それが本人にとっていい事かはわからないがな。」
「……そうですね。」
そんな仲の良い2人のやり取りをどこか懐かしそうに、眩しそうに見つめる葵を、葵さんの肩に乗っているニャンコ先生は静かに話を聞いてあげていた。
妖怪からの寵愛が人によって良いものであるかなんて……そんなことは愛された本人の受け取りが決めるものだからだ。
一方的な愛ならば、それはただの厄介な呪いでしかない。
葵はそう思っているからこそ、ニャンコ先生の言葉が重くのしかかる。
「彩乃ちゃんいらっしゃい!」
「若菜さんこんにちは。今日は急にお会いしたいなんて言ってすみません。」
「いいのよ!私も一度彩乃ちゃんとゆっくり話してみたかったし!電話もらってから嬉しくてお茶菓子いっぱい用意しちゃったの!」
「ありがとうございます。」
「それじゃあ僕は鴉たちと香さんの情報集めてくるから。母さん、何かあったら呼んで。」
「はいはい。」
「斑も行くよ。じいちゃんの秘蔵の酒とお茶菓子出してあげるから。」
「おー!酒酒!」
そう言うとリクオくんとニャンコ先生は若菜さんの部屋に私と葵さんを置いて何処かへと言ってしまった。
若菜さんも忙しそうにするリクオくんに軽く返事をし、私と葵さんにお茶を入れてくれた。
とりあえず若菜さんの正面に私、その横に葵さんが座ったが、葵さんは緊張しているのか先程から黙りだ。
対して若菜さんは落ち着いていて、のんびりとお茶を1口飲んでから、私たちに向き直った。
「……それで、私に話って何かしら?」
「リクオくんから話はどれくらい聞いてますか?」
「そうね。そこにいる葵くんが人間の女の子の幼なじみを探しているってことくらいかしら?」
「葵さん、私もリクオくんたちには香さんの名前と彼女を探してることしか話してない。昨日、葵さんから聞いた香さんとの話をしてもいい?」
香さんの葵さんへの気持ちや事情を勝手に話す訳にはいかず、私はリクオくんたちには人探しの協力だけをお願いした。
だけど、若菜さんに話を聞く上で今回の件を話さなければ話は進まないと思っている。
だから葵さんに話してもいいかと尋ねた。
葵さんは若菜さんが人間であること、リクオくんが混血であったことにはもう気付いているだろう。
それがどういうことは、私が何故若菜さんと葵さんを引き合わせたかったのか、それだけで葵さんはきっと理解してくれただろう。
「……ああ、そういうことか。お前が俺に会わせたかったのはこの方なんだな?」
「ーーそうだよ。葵さんにとっても、私にとっても、今会っておくべき人だと思ったから。」
「……わかった。俺と香のことを話そう。」
葵さんも何か思うところがあったのだろう。
私の意図を組んでくれたのか、若菜さんにぽつりぽつりと私に話してくれたことを話し始めた。
それを若菜さんは黙って聞いていて、葵さんが話終えるとふふっと小さく笑った。
「ーーふふ、ごめんなさいね。笑ったりして。なんだか懐かしくて……私も若い頃は鯉伴さんを困らせちゃったりしたなぁ〜って。」
「鯉伴さんって、リクオくんのお父さんですよね。」
「ええ、そうよ。奴良組二代目。リクオがまだ小さい頃に亡くなってしまったけれど……彩乃ちゃんが私から聞きたいのは私と鯉伴さんのことかしら?」
「そうです。……すみません、もしも話しにくい事なら……」
彩乃はリクオの父が半妖であることは知っていたが、亡くなっていることまでは知らなかった。
何度も奴良組を訪れているのに、ずっと会わずにいるから薄々そうじゃないかとは思っていたが……
彩乃が気遣うようにそう口にすると、若菜はにっこりと笑って首を横に振った。
「大丈夫よ。あの人が亡くなったのは悲しいけれど、鯉伴さんのことを思い出すのは嬉しいの。全部全部……私にとって大切な思い出だもの。」
「若菜さん……」
「私と鯉伴さんの馴れ初めか……なんだか恥ずかしいわね。」
うふふ、照れたように笑う若菜さんは本当に可愛らしくて、恋する乙女そのものだった。
「私の話が葵くんと彩乃ちゃんにとって役に立てるか分からないけれど、精一杯お話するわね。」
「ありがとうございます。」
「感謝します。奥方。」
私と葵さんはにっこりと優しく笑う若菜さんにお礼を言うと、若菜さんは懐かしむような顔でぽつりぽつりと語り始めた。
「ーー鯉伴さんとの出会いはね、私が高校生の頃。私の家がたちの悪い悪霊に取り憑かれてしまって、私の両親も私も少しずつ悪霊に命を削られていて、とても疲れきっていたわ。
ある日私が学校の帰り道に車に轢かれそうになった時、助けてくれたのが鯉伴さんだったの。」
『ーーあんた大丈夫かい?』
『……あなたは?』
そんな感じで私と鯉伴さんは出会ったの。
私の事故は悪霊が私の命を奪おうと引き起こしたものだったみたいで、私が呪われてるのに気付いて助けてくれたみたい。
それから鯉伴さんが悪霊を退治してくれて、私も両親も鯉伴さんに助けられたの。
それからかしら。鯉伴さんに私が一目惚れしちゃってね。
独身だって聞いて、私は毎日鯉伴さんに会いに行ったの。
最初は鯉伴さんも私のことは相手にしてくれなかったんだけど、段々私のことを受け入れてくれてるのがわかった。
それが嬉しくて、嬉しくて、私はますます鯉伴さんに夢中になっていったわ。
「それから鯉伴さんとは何度かデートをして、百鬼夜行のこと、奴良組のことを少しすつ色々と教えてくれて。1年後にはプロポーズしてくれたの。……本当に嬉しかったわ。」
「……若菜さんは、悩んだりしなかったんですか?妖と人間が夫婦になることに。」
「全然!」
「「!」」
若菜さんはあっけらかんとした笑顔で即答した。
あまりにもいい笑顔なので、逆にこちらが色々と気にしてしまった。
「えっと……その、でも生きる時間とか、世界とか……」
「それアタックしてる時に鯉伴さんにも言われたわ。『本当に後悔しないのか?』とか、『妖怪と人間が一緒に生きるって分かってるのか?』とか。しかも奴良組って大きな組織だから恨み事も多く抱えていて、人間の私がやっていけるのかとか本当に色々と心配してたわ。心配性なのよね。鯉伴さんって。」
(それって普通の反応だと思います。)
とは声に出して言えない。
若菜さんは頬に手を当てて、困ったように話を続ける。
「私が気にしないって言ってるのに、鯉伴さんの方が妖怪だとか人間だとか小さいこと気にしちゃってて……あの人自身が人と妖怪が結ばれた愛の結晶みたいな象徴なのに、なんて悲しいこと言うのかしらって。もう本当に落とすの大変だったのよ。」
「「はっ、はあ……」」
なんだから途中から愚痴のようなことを言っていたけれど、想像していた若菜さんの反応とはあまりにも違くて、私も葵さんも戸惑ってしまう。
もっと、色々と苦労して一緒になった的な話が出てくるのを覚悟していたのだ。
それなのに若菜さんはまるで鯉伴さんが半妖なんてことまるで気にしていなくて、落とすのに苦労したとかばかりの愚痴しか出てこない。
まるで人間同士の恋愛と何も変わらない話をしているようで、困惑してしまう。
私たちの困惑が伝わったのか、はっと我に返った若菜さんが恥ずかしげに頬を赤く染めて笑う。
「あらごめんなさい。話し出したらつい……」
「いえ……」
「……葵くんと彩乃ちゃんは、やっぱり妖怪と人間が結ばれるのは反対?」
「それは……わかりません。」
「俺は……お互いのために離れるべきだと思っています。」
「葵さん……」
「あら、どうしてそう思うの?」
若菜の問いかけに、葵さんは困惑する。
「それはそうでしょう?生きる時間が違う。成長する時間も、生きる世界も……他の人間には俺の姿は見えません。貴女や夏目のように見える力を持った人間にしか認知されない妖は、人と同じようには生きられない。人は人と結ばれて幸せになる方がいいに決まってるじゃないですか。
いつか絶対に苦しませてしまう。泣かせてしまうくらいなら、俺は……」
「それは葵くんが決めることじゃなくて、香さんが決めることよ。」
「ーーっ」
まっすぐな瞳でそう言葉にする若菜さんの目はとても優しく、けれど葵さんの言葉に少し怒っているように感じた。
「私は葵くんの話しか聞いていないから、一方の意見しか分からないけれど、葵くんを好きになった香さんの気持ちを勝手に決めて否定しないであげて。それはとても悲しいわ。」
「貴女は……本当に後悔しなかったんですか?少しも?」
「悩んだことはもちろんあるわ。」
「だったら……!」
「ーーそれでも、私は鯉伴さんと一緒になったことを後悔だけはしないわ。絶対に。だって……自分で決めたことですもの。」
「っ!」
「鯉伴さんが亡くなって、寂しかったことはある。悲しかったことも悩んだこともある。それでも、私はあの人と結婚したことを一度だって後悔したことはないの。何度だって……人生が何度あっても、私は鯉伴さんと一緒になることを諦めたりしないわ。だって、今の鯉伴さんと出会って、リクオが生まれた……そんな幸せな未来があるのに、それを失うなんでことできないわ。私には、そっちの方が余っ程怖い。……それは香さんだって同じかもしれない。そうは思わない?」
若菜さんが葵さんにそう語り掛けるが、葵さんは苦しげに顔を歪ませると、懐からあの手紙を取り出した。
「俺はもう……決めたんです。香はもう前に歩き出してる。それを俺が邪魔しちゃいけない。絶対に……ダメなんだ。」
そう言って机の上に放り投げられた手紙。
そこに入っていたのは、寿の文字。
「……香は、5日後に結婚するんだ。」
「えっ!」
「それは、香が俺に当てた……結婚式の招待状なんだ。」
そう苦しげに話す葵さんに、私も若菜さんも言葉を失ってしまうのだった。