第23章「いつかくる日編」
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「葵さん、これ良かったら……」
「……おにぎり?」
「うん、夕飯食べれてないから。」
葵さんを藤原家に招待したのはいいが、妖である葵さんは藤原さんたちには見えないため、夕飯をご馳走することはできない。
だから夜食という名目で台所を借りて葵さんの為におにぎりを作ってきたのだ。
葵さんは最初は怪訝そうにしていたが、「ありがとう」と言って素直におにぎりを受け取ってくれた。
「彩乃!私にも!」
「先生はどら焼きで我慢してよ。今日の私の分のおやつあげるから。」
「ぬほー!どら焼き!」
嬉しそうにどら焼きの乗ったお皿に頭に乗せてはしゃぐニャンコ先生を呆れた目で見つめていると、おにぎりを食べながら葵さんが口を開いた。
「世話になってばかりで悪いな。」
「気にしないでよ。」
「いや、しかし……」
葵さんは本当に申し訳なさそうにしていて、招待したのはこちらなのだから本当に気にしないでいいのにと思う。
そして葵さんは少し考える素振りをすると、ここまで世話になってしまって何も話さないのは道理に反すると、葵さんは香さんとの事情をぽつりぽつりと話し始めてくれた。
「今は籠目岳にいるが、元々は欠岩山に住んでいたんだ。」
「確か隣町の市の向こうの山か……」
「俺と香はお互い幼い姿の頃、出会った。俺は森、香は町に住んでいたが、お転婆なあいつは人間のくせによく森に来た。俺を見かけてはからかってきたが、初めはこちらが妖だとは気付いてなかったようだ。そのうち人には真似できない俺の動きを見て、なんとなく気付いていったようだ。けれど……」
『ーーそっか、アオイちゃんは妖怪ってやつなのね!』
『ーーふぅ……よかったぁ〜……私、妖怪が見える力があって本当によかったぁ』
「あいつはそう言って、のんきに笑っていた。それからも相変わらず森に来て、人の世のことを色々と俺に話してくれた。」
そう懐かしそうに香さんのことを語る葵さんの表情はとても優しげで、葵さんにとって香さんがとても大切な人なのだということが感じ取れた。
葵さんの人間事情に明るい喋り方は香さんの影響なのかな……
「ーー香はやがて中学に上がり、俺の姿の成長も人のものと近かった。そんな頃、俺もちょっとした好奇心で町へ行ってみたくなったんだ。」
「あいつが住む町を見てみたくなった」そう目を細めて語る葵さんの表情がどこか陰ったように見えた。
それはきっと楽しい思い出とは違ったものだったのだろう。
「そして気付いた。中学にもなって森へ足しげく入ったり、友人との約束や関係よりこっちへ来ることを優先する彼女の行動は、周りの人間から見れば『奇異』であり、『変わり者』なんだ。」
「そうだろう?」とこちらを見ながら尋ねてくる葵さんに、私は何も言えなかった。
その通りだったからだ。自分も香さんと境遇は違えど、妖に関わりがある点では似た立場であったから。
藤原さんたちや西村くんたちは何も言わないでいてくれるけれど、心無い人々からの噂話は私の耳にも入ってくる。
『夏目さん、また教室で突然騒ぎ出したって話しよ。』
『森の中を泥だらけで走り回ってたって。』
『友達とも遊ばずに神社で一日中過ごしてるんですって。』
ーーああ、嫌だな。あの時は妖が嫌いで嫌いで堪らなかったけど、今はもう、彼らとの絆は大切なもので……
きっと町に行って、人と妖 が違うものだと気付いた葵さんは傷ついただろう。
なのに励ましの言葉も言えない。何を言っても、きっと気休めにしかならない軽い言葉になってしまうから。
「ーー離れるべきだとわかった。」
葵さんは今、香さんのことを想っているのだろう。
悲しげに話すその瞳の奥に、愛しさと優しさがちらついて見えた気がした。
「しかし中々言い出せず。次こそは……次こそはと……そう思っているうちに香が中学二年になった頃、俺に好意を寄せてくれるように……」
「で、逃げたという訳か。」
「先生。」
「ーーええ、恥ずかしながら。一定の高さまで伸びた樹木がそこからはゆっくり成長するように、俺は暫くこういう姿のまま、彼女との時間はズレ始める。共に生きるには無理がある。妖に惹かれている間は人間の恋人もできないだろう。それは不毛だ。」
葵さんを想う香さんの気持ちを不毛だと語る葵さん。
ーー本当にそうなのだろうか?
私の脳裏に、リクオくんが過ぎった。
妖と人間の血を引く男の子。彼の存在こそがその答えのような気がした。
人と妖の恋に正しい答えなんてないけれど、リクオくんの存在は、一つの答えから生まれた未来だ。
人と妖の恋愛が不毛だなんて、そう決めつけてしまったら、リクオくんの存在を否定することになってしまう。
それは嫌だと思った。私を好きだと言ってくれた男の子。
私はまだその想いに答える言葉を持っていないけれど、生きる時間が、生きる世界が違うからと、簡単に切り捨てていい気持ちではない気がした。
「ーーそれで、俺は踏ん切りがついた。俺は彼女との縁を切り、山々の向こうへと移り、銅鷹様の門下へ入り修行することに。今はそこで悪鬼などを祓う修行をしているから、さっきのような敵も増えたが。それはそれで楽しくやっている。俺は妖力が強い方だから、これでも兄者たちから見込まれてるんだぜ。修行に夢中で、最近まで香のことはすっかり忘れてたくらいだ。」
「……そう。」
そうは言うけど、葵さん。
香さんのことを忘れるため、修行に打ち込んでると言っているように聞こえるよ……
葵さんは嘘が下手なのだろう。結局そのまま先生と宴会に突入してしまい、話しは終わってしまった。
葵さんは手紙のことを話さずに済んで少しほっとしているようだった。
*
カリカリ
カリカリ
「ここだ。ここにいるぞ。」
その夜の晩、彩乃が眠っていると、ヒソヒソと誰かの話し声がした。
最初はニャンコ先生と葵さんが話でもしているのかも思ったが、どうやら違うらしい。
声は窓の方から聞こえてくる。しかもこの声は……
(ーー昼間の!)
昼間葵さんを襲ってきた鳥の妖だと気付いてがばりと布団から起き上がる。
すると私の傍には葵さんがいて、既に起きて窓を睨みつけていた。
「葵さん!」
「しっ!」
「銅鷹の生意気なガキめ。」
「忌々しい。忌々しい。」
(……仲間を連れて来たのか!?)
どうやら今度は1人ではないようで、葵さんが殺気を放って睨みつけると、鳥の妖たちはさっと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……逃げた。」
「口だけの小物だ。しかし面倒なことに変わりはない。悪いな夏目。変なのを連れて来ちまった。」
そう申し訳なさそうに謝る葵さんに、私は小さく首を横に振った。
「世話になったな。俺はもう行く。」
「待って葵さん!」
私は窓を開けて飛び立とうとする葵さんの服を掴んで呼び止めた。
このまま行かせてしまってはダメだ。ちゃんと伝えないと。
「ーー葵さんに、会って欲しい人がいるの!」
「……俺に?」
私の突然の言葉に、葵さんは怪訝な顔でこちらを見る。
葵さんの話を聞いていて、思ったのだ。
私の脳裏には、リクオくんともう一人の人物が浮かんでいた。
人間でありながら妖怪……いや、半妖の人と共に生きていくと決めた人。
優しくていつもリクオくんを見守っているあの人の話を聞いてみたいと思ったんだ。
ーー若菜さん。リクオくんのお母さん。
あの人と話をしたら、きっと何かわかる気がした。
きっと、葵さんも私も、彼女と話すことで見えてくるものがあるような気が……そんな気がするんだ。
「……おにぎり?」
「うん、夕飯食べれてないから。」
葵さんを藤原家に招待したのはいいが、妖である葵さんは藤原さんたちには見えないため、夕飯をご馳走することはできない。
だから夜食という名目で台所を借りて葵さんの為におにぎりを作ってきたのだ。
葵さんは最初は怪訝そうにしていたが、「ありがとう」と言って素直におにぎりを受け取ってくれた。
「彩乃!私にも!」
「先生はどら焼きで我慢してよ。今日の私の分のおやつあげるから。」
「ぬほー!どら焼き!」
嬉しそうにどら焼きの乗ったお皿に頭に乗せてはしゃぐニャンコ先生を呆れた目で見つめていると、おにぎりを食べながら葵さんが口を開いた。
「世話になってばかりで悪いな。」
「気にしないでよ。」
「いや、しかし……」
葵さんは本当に申し訳なさそうにしていて、招待したのはこちらなのだから本当に気にしないでいいのにと思う。
そして葵さんは少し考える素振りをすると、ここまで世話になってしまって何も話さないのは道理に反すると、葵さんは香さんとの事情をぽつりぽつりと話し始めてくれた。
「今は籠目岳にいるが、元々は欠岩山に住んでいたんだ。」
「確か隣町の市の向こうの山か……」
「俺と香はお互い幼い姿の頃、出会った。俺は森、香は町に住んでいたが、お転婆なあいつは人間のくせによく森に来た。俺を見かけてはからかってきたが、初めはこちらが妖だとは気付いてなかったようだ。そのうち人には真似できない俺の動きを見て、なんとなく気付いていったようだ。けれど……」
『ーーそっか、アオイちゃんは妖怪ってやつなのね!』
『ーーふぅ……よかったぁ〜……私、妖怪が見える力があって本当によかったぁ』
「あいつはそう言って、のんきに笑っていた。それからも相変わらず森に来て、人の世のことを色々と俺に話してくれた。」
そう懐かしそうに香さんのことを語る葵さんの表情はとても優しげで、葵さんにとって香さんがとても大切な人なのだということが感じ取れた。
葵さんの人間事情に明るい喋り方は香さんの影響なのかな……
「ーー香はやがて中学に上がり、俺の姿の成長も人のものと近かった。そんな頃、俺もちょっとした好奇心で町へ行ってみたくなったんだ。」
「あいつが住む町を見てみたくなった」そう目を細めて語る葵さんの表情がどこか陰ったように見えた。
それはきっと楽しい思い出とは違ったものだったのだろう。
「そして気付いた。中学にもなって森へ足しげく入ったり、友人との約束や関係よりこっちへ来ることを優先する彼女の行動は、周りの人間から見れば『奇異』であり、『変わり者』なんだ。」
「そうだろう?」とこちらを見ながら尋ねてくる葵さんに、私は何も言えなかった。
その通りだったからだ。自分も香さんと境遇は違えど、妖に関わりがある点では似た立場であったから。
藤原さんたちや西村くんたちは何も言わないでいてくれるけれど、心無い人々からの噂話は私の耳にも入ってくる。
『夏目さん、また教室で突然騒ぎ出したって話しよ。』
『森の中を泥だらけで走り回ってたって。』
『友達とも遊ばずに神社で一日中過ごしてるんですって。』
ーーああ、嫌だな。あの時は妖が嫌いで嫌いで堪らなかったけど、今はもう、彼らとの絆は大切なもので……
きっと町に行って、人と
なのに励ましの言葉も言えない。何を言っても、きっと気休めにしかならない軽い言葉になってしまうから。
「ーー離れるべきだとわかった。」
葵さんは今、香さんのことを想っているのだろう。
悲しげに話すその瞳の奥に、愛しさと優しさがちらついて見えた気がした。
「しかし中々言い出せず。次こそは……次こそはと……そう思っているうちに香が中学二年になった頃、俺に好意を寄せてくれるように……」
「で、逃げたという訳か。」
「先生。」
「ーーええ、恥ずかしながら。一定の高さまで伸びた樹木がそこからはゆっくり成長するように、俺は暫くこういう姿のまま、彼女との時間はズレ始める。共に生きるには無理がある。妖に惹かれている間は人間の恋人もできないだろう。それは不毛だ。」
葵さんを想う香さんの気持ちを不毛だと語る葵さん。
ーー本当にそうなのだろうか?
私の脳裏に、リクオくんが過ぎった。
妖と人間の血を引く男の子。彼の存在こそがその答えのような気がした。
人と妖の恋に正しい答えなんてないけれど、リクオくんの存在は、一つの答えから生まれた未来だ。
人と妖の恋愛が不毛だなんて、そう決めつけてしまったら、リクオくんの存在を否定することになってしまう。
それは嫌だと思った。私を好きだと言ってくれた男の子。
私はまだその想いに答える言葉を持っていないけれど、生きる時間が、生きる世界が違うからと、簡単に切り捨てていい気持ちではない気がした。
「ーーそれで、俺は踏ん切りがついた。俺は彼女との縁を切り、山々の向こうへと移り、銅鷹様の門下へ入り修行することに。今はそこで悪鬼などを祓う修行をしているから、さっきのような敵も増えたが。それはそれで楽しくやっている。俺は妖力が強い方だから、これでも兄者たちから見込まれてるんだぜ。修行に夢中で、最近まで香のことはすっかり忘れてたくらいだ。」
「……そう。」
そうは言うけど、葵さん。
香さんのことを忘れるため、修行に打ち込んでると言っているように聞こえるよ……
葵さんは嘘が下手なのだろう。結局そのまま先生と宴会に突入してしまい、話しは終わってしまった。
葵さんは手紙のことを話さずに済んで少しほっとしているようだった。
*
カリカリ
カリカリ
「ここだ。ここにいるぞ。」
その夜の晩、彩乃が眠っていると、ヒソヒソと誰かの話し声がした。
最初はニャンコ先生と葵さんが話でもしているのかも思ったが、どうやら違うらしい。
声は窓の方から聞こえてくる。しかもこの声は……
(ーー昼間の!)
昼間葵さんを襲ってきた鳥の妖だと気付いてがばりと布団から起き上がる。
すると私の傍には葵さんがいて、既に起きて窓を睨みつけていた。
「葵さん!」
「しっ!」
「銅鷹の生意気なガキめ。」
「忌々しい。忌々しい。」
(……仲間を連れて来たのか!?)
どうやら今度は1人ではないようで、葵さんが殺気を放って睨みつけると、鳥の妖たちはさっと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……逃げた。」
「口だけの小物だ。しかし面倒なことに変わりはない。悪いな夏目。変なのを連れて来ちまった。」
そう申し訳なさそうに謝る葵さんに、私は小さく首を横に振った。
「世話になったな。俺はもう行く。」
「待って葵さん!」
私は窓を開けて飛び立とうとする葵さんの服を掴んで呼び止めた。
このまま行かせてしまってはダメだ。ちゃんと伝えないと。
「ーー葵さんに、会って欲しい人がいるの!」
「……俺に?」
私の突然の言葉に、葵さんは怪訝な顔でこちらを見る。
葵さんの話を聞いていて、思ったのだ。
私の脳裏には、リクオくんともう一人の人物が浮かんでいた。
人間でありながら妖怪……いや、半妖の人と共に生きていくと決めた人。
優しくていつもリクオくんを見守っているあの人の話を聞いてみたいと思ったんだ。
ーー若菜さん。リクオくんのお母さん。
あの人と話をしたら、きっと何かわかる気がした。
きっと、葵さんも私も、彼女と話すことで見えてくるものがあるような気が……そんな気がするんだ。