第24章「羽衣狐編」
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リクオが総大将の代理として四国の妖怪勢を返り討ちにしたことは、妖怪任侠の世界では急速に広まっていった。
弱まっていた奴良組の畏の威光は再び回復していった。
一時奴良組を離れていた者も帰る者が増えた。
逆に敵対する勢力の妖怪たちはリクオの勢いを脅威と感じていた。
そして――その勢いを脅威と感じ取る者は……"妖怪"だけではなかったのである。
「――明日から夏休みだねぇ~~」
「そうだねぇ~~」
終業式を終えた彩乃とリクオはいつもより早い時間に学校が終わったのもあり、いつものようにリクオの家に寄ることになった。
お目付け役の氷麗が先に帰宅していたのもあり、今は仲良く2人っきりで下校していた。
最早学校帰りにリクオの家に寄るのが当たり前になりつつある彩乃であったが、今日はいつもと様子が違っていた。
普段から賑やかな奴良組ではあったが、今日はいつにも増して庭が騒がしかった。
門をくぐって庭を覗いてみると、何やら妖怪たちが列をなしているではないか。
「ただいまー!」
「お邪魔しまーす。……何してるの?」
「あっ!リクオ様、彩乃さんも!おかえりなさい!」
彩乃とリクオで2人して状況が飲み込めずに不思議そうにしていると、2人の帰宅に気づいた氷麗がこちらに駆け寄ってきた。
氷麗の手には黒い布があり、駆け寄ってきた氷麗はそれをリクオに押し付けてきた。
「さあリクオ様!」
「えっ?えっ?」
「ささ、彩乃さんも!」
「え?私も?」
何やら羽織らしきその黒い布を着ろとばかりにリクオに押し付ける氷麗は、困惑した様子でリクオが受け取ったのを確認すると、今度は何故か彩乃にまで差し出してきたのである。
なぜ自分も?と彩乃は不思議に思ったが、氷麗があまりにもいい笑顔で押し付けてくるので、つい受け取ってしまった。
リクオが戸惑いながらもそれに袖を通したのを見て、彩乃も慌てて羽織った。
そんな2人を氷麗は満足気に見つめる。
「いいですか?お二人共、私と同じようにポーズをとってくださいね!」
「えっ?」
「ポーズ?」
氷麗の言葉にますます訳が分からないと首を傾げる2人。
そんな時、何やら後ろの方で妖怪たちに例の謎の黒い布を配っていた鴉天狗が叫んだ。
「よーし!みんな行き渡ったなー!せーの!」
「「???」」
鴉天狗のその声を合図に、みんなが黒い布を羽織ってリクオたちの周りに集まった。
そして揃ってキメ顔でポーズを決めたところで、漸く彩乃もリクオもその羽織がみんなとお揃いの物であると気付いたのである。
その黒い羽織の背には大きく「畏」と文字が書かれており、何故こんなものを自分まで着せられているのか分からない彩乃は混乱した。
「えっ、え?何これ?」
「うわー!恥ずかしいーー!」
「何言ってるんですかリクオ様!これくらいやった方がいいんです!」
「え?どういう事?」
訳が分からない彩乃に、氷麗はにっこりと可愛らしく笑って教えてくれた。
「リクオ様派の結束を固めるために、お揃いの羽織を作ったんです。」
「あっ、そうなの?でも何で私まで?」
「何言ってるんですか!彩乃さんはリクオ様の想い人!つまりは未来の奴良組の三代目奥方になるかもしれないお方!当然彩乃さんもリクオ様派なのですから、着ていただくのは当然です!」
「ちょっ!氷麗!?」
「えっ、ええーー!!」
氷麗の発言に彩乃もリクオも顔を真っ赤にして慌てたのは言うまでもなく、暫くは奴良組の妖怪たちの間でその羽織はブームとなったのであった。
******
『――花開院さんを探そう!』
『『――はっ?』』
清継のそんな一言から全ては始まった。
四国での出来事以来、ゆらはあまり学校に来なくなった。
部活にも顔を出さず、とうとう終業式にも出てこなかった。
痺れを切らした清継が、ついにゆらを探そうと言い出し、学校の後に皆で集まって彼女を探すことになったのである。
そして彩乃はリクオと先生と一緒にゆらを探していた。
「……ゆらちゃん、何処にいるんだろうね。家に行ってみたけど留守だったし。」
「うーん……多分、こっち……かなぁ?」
「リクオくん?」
ゆらを探すということで、最初に彩乃たちは彼女の家に行ってみたのだが、留守だったために手分けして探すことになった。
彩乃とリクオ、そしてニャンコ先生と浮世絵町を捜索することになったのだが、不意にリクオが何かに気付いたように何処かを目指して歩き出したのである。
まるでゆらの居場所を知っているかのように、迷うことなく歩いていくリクオ。
そんなリクオに彩乃は不思議そうにしつつも、黙ってついていく。
これが後にあんなことになるなんて……
*
彩乃たちがゆらを探している頃、当のゆらは浮世絵町の町外れにある廃ビルにいた。
しかし、学校の制服の上に着ていた着物はボロボロに破れ、スカートはまるで大きな獣に切り裂かれたかのように所々引き裂かれていた。
靴下も、靴も、ゆらの身につけている物全てズタボロになっている。
そして極めつけは彼女の視界を奪うかのように目に巻き付けられた目隠しの布である。
その姿はまるで尋常ではなく、誰が見ても異常であった。
そんなゆらの周りには、彼女が用意したのか、的のようなものが廃部屋の至る所に置かれていた。
ゆらはすうっと息を大きく吸い込むと、集中する。
(――人式一体!!)
彼女が頭の中でそう術の名を唱えると、一枚の紙切れだった札から、色鮮やかな赤い金魚が一匹現れた。
それはゆらの左腕に同化するように巻き付くと、そのまま金魚の姿は変化し、まるで腕に張り付いた大砲のようになった。
そしてゆらは目隠しをした状態で走り出す。
大砲から強力な水弾を繰り出して、何度も何度も的に当てていく。
そうやって全ての的に水弾を当てた気配を感じて目隠しを外してみるが、的は全て当たってはいたが、中心を逸れているものばかりであった。
「ああ!!もう!!また微妙な!!外しとるやん!!才能ない!!才能ないーーー!!」
ゆらはもう何度目かになる失敗に、思わず大きな声で叫んでしまう。
そんな彼女は、倒れた的を立て直しながら思う。
自分につい才能がないと思って叫んでしまったが、そんな弱い心でどうするのかと。
(自信持て!!私は才能の塊や!!じいちゃんが言ってたんや……!!式神を使う才能を!!)
ゆらは思い出していた。かつて、祖父に言われた言葉を……
『いいかゆら……"式神"とは、陰陽師が自在に使役する超常の存在だ。鬼神であり、守護神でもあり……ワシらもお主の父も、それぞれ使う式神は違う。人間は能力や適性に差がある。花開院の一族には三日三晩使役し続ける持久型もいれば、守り専門の者もいる。それぞれが自分の"才能"に合わせた式神を使う。』
『私は――?』
じいちゃんの言葉に、思わず尋ねたことがあった。
そんな私に、じいちゃんは優しく頭を撫でながら言うてくれたんや。
『ゆら……お前は何体も攻撃型の式神を出せる"精神力"がある。不器用では、あるけれど……超攻撃的な陰陽師にお前はなれる才能がある。ゆら――修業に出ろ。』
――でも……何もできひんかった……
ゆらは悔しげに歯を食いしばる。
妖怪同士が争っていたあの晩、私は殺されてもおかしくなかった。
あいつがいなければ……
そうやって思い出すのは一人の妖怪の姿。
銀色の長い髪を靡かせて、私を助けてくれた。
そう……助けられたのだ。――妖怪に。
百鬼を率いるあいつに……
あれは陰陽師が倒さなければあかん敵の筈……そいつに……人を守れと言われた。
二度も私を救ったあいつは――ホンマに絶対的"悪"なんか――?
ゆらが妖怪に助けられたのは、旧鼠の時と捩眼山の時、そしてこの前の町での一件での三回目だ。
そのうちの二回を、あの百鬼夜行の主と思われる妖怪に助けられた。
こんなことはゆらにとって初めてであった。
浮世絵町に来てから、ゆらの中で妖怪に対しての認識が変わり始めていた。
今まで妖怪は、絶対敵悪だと教えられてきた。
本当にそうなのか、自分の中で確かに迷いが生じ始めていた。
「……」
無言で黙り込み、じっと夕焼け空を見上げる。
空にはカアカアと二羽の鴉が鳴きながら遠くへと飛んでいった。
悩むあまり修業を中断して黄昏てしまった。
ハッと我に返ると、ゆらは迷いを振り払うように首を横に振った。
「ダメや!!ダメやダメや!!そんなこと考えてたら……集中や!!妖怪は倒すべき悪なんや!!」
「――ゆらちゃん?」
その時、背後から誰かが自分に声を掛けてきた。
聞き慣れたその声に、ゆらがハッとして振り返ると、そこには彩乃が立っていた。
そしてその隣には……
「やっぱり……こっちに居たんだね。」
「……奴良……くん……?」
彩乃の隣に現れたリクオを、ゆらは酷く困惑した顔で見つめていたのだった。
******
一方、その頃巻たちはというと、浮世絵町の公園でゆらを探していた。
巻が例の不気味な人形携帯で清継と電話をしている間、鳥居は何故かガサゴソとゴミ箱の蓋を開けて中を探していた。
ゆらは鼠ではないので、当然ながらそんな所にはいない。
『どうだい?花開院さんは見つかったかい?』
「あのねー!!浮世絵町中探すったって、広いんだから無理だよ~~!!」
『そんなことないよ!!諦めなければいつかきっと通じ合えるさ!!早くしないと夏休みが終わってしまうよ!!』
そう言うと、清継は一方的に電話を切ってしまった。
それに巻は腹を立て、チッと舌打ちすると、苛立った様子で人形を鞄に押し込んだ。
「無茶言うよな~~清継くんは……みんなでゆらちゃん探すなんて……妖気でも感じ取れればいーんだけどね~~」
「んなこと……私等人間にできる訳ないでしょ。」
巻の言葉に鳥居が呆れたようにそう答えると、巻も笑いながら「だよねー!」とケラケラと可笑しそうに言うのであった。
――そう、本来であれば人間の気配など追えるはずもない。
けれどそれが"妖怪の血の混じった者"であればどうだろうか……
*******
彩乃はリクオに導かれるような形でついて行くと、彼は何故か町外れの廃屋に入っていった。
まさかこんな所にゆらがいるのだろうかと半信半疑になりながらも、妙に足取り軽く進んでいくリクオに彩乃は黙ってついて行くしかなかった。
しかしいざついて行ってみると、そこにはちゃんとゆらが居たのである。
どうやらゆらは修業していたようで、その姿は随分とボロボロになっていた。
リクオは周りを見回しながら、納得した様子でゆらに声をかけた。
「――そっか!学校に中々来ないと思ったら、こういう事してたんだね!」
「……」
「もう夏休みに入っちゃったよ。」
「知ってる……終業式は顔出したから。奴良くんや彩乃先輩は何でここに?」
「えっとね、実は今、みんなで手分けしてゆらちゃんを探していた所なの。」
「みんなで?」
ゆらの問いに彩乃が答えると、ゆらは怪訝そうに首を傾げた。
何故みんなが自分を探す必要があるのか分からないようだ。
「清継くんたち、心配してるんだよ!!連絡つかなくて。また旅行行くからって!!エースがいないと始まらないってさ!!」
リクオが捲し立てるような勢いでそう説明すると、みんなに心配してもらえたのが嬉しかったのか、ゆらはほんのりと頬を赤らめて、照れくさそうした。
けれどすぐにその表情は曇り、気まずそうにそっとリクオたちから目を逸らした。
「……私なんか、みんなの前に出られへんよ。情けなくて。全然妖怪から守れへんし……」
ゆらはずっと気にしていたのだ。
旧鼠の時にはカナを。捩眼山では巻と鳥居を妖怪から守ってやることができなかったことを。
だから少しでも強くなりたくて、こうして隠れて修業していたのだが、それを彩乃とリクオに見られてしまったことが、ゆらは恥ずかしかった。
「すごいね!」
「……えっ?」
「だってさ……一人だよ?進んでこんなとこ来て……修業なんて誰にでもできることじゃない。すごいな花開院さんは……憧れちゃうよ!!」
「……」
「――あっ!尊敬するって意味ね!」
ゆらはじっとリクオを探るように見つめてきたので、リクオは慌てた様子で訂正するように言葉をつけ足した。
ゆらは考えていた。
奴良くん……学校では、いつも目立たなくて、みんなのパシリみたいで、気弱で……でも……
ふと、ゆらはリクオが実は妖怪なのではと疑っていて、彼の幼馴染みである家長カナに頼んで、彼の昔のアルバムを見せてもらった日のことを思い出していた。
そこに写っていたリクオの周りには、全て小さな小妖怪がちらほらと写っていた。
(やっぱり、奴良くんは……)
そう思った時だった。
グウゥ~~
「あっ」
ゆらのお腹から空腹を訴える音がやけに大きく響いた。
これでも年頃の少女であるゆらは、恥ずかしそうに頬を赤らめて慌てる。
「いい!今のは!!お腹の音やないからね!!」
お腹を抑えて必死に言い訳するゆらに、リクオはポケットからお菓子を取り出すと、それをゆらにそっと差し出した。
「良かった。一つだけあった。花開院さん、チョコ……大丈夫だよね?」
「……くれるんか?」
「うん!」
ゆらはゴクリと物欲しげに喉を鳴らした。
(奴良くん……おじいちゃんと同じことした……)
奴良くんのおじいちゃんは……優しかった。
でも……何であの夜はあの場に?
リクオの祖父がぬらりひょんだと知らないゆらは、あの四国妖怪の騒動の時に現れたぬらりひょんに疑問を抱く。
ああ……ダメや。
一度疑うと……悪い方に辻褄が合ってしまう。
考えれば考えるほど、リクオが妖怪なのではないかという疑惑が大きくなっていく。
けれど……
ゆらはリクオのチョコにそっと手を伸ばす。
すると真っ直ぐにリクオを見つめた。
その目はやけに真剣であったが、リクオは気付かない。
「……ありがとう。」
チョコをリクオから受け取りながら、ゆらは思った。
こんなに優しいリクオくんが……妖怪な訳がないやん。
そうや、違う……
でも、そうだったら?
妖怪、は……絶対"悪"……,や。だから……
奴良くんを――?
ゆらの中で、リクオへの疑問がどんどん膨れ上がっていく。
そして、その矛先は彩乃へも……
(そうや……そういえば、彩乃先輩はリクオくんと仲がええ。今だってこうして一緒に行動しとるし……ということは、彩乃先輩も妖怪と通じとるん?あいつに?いや、まさか……祓い屋である先輩が?)
ゆらの背筋に、嫌な汗がつたう。
これは、良くない。
良くない考えだ。でも……
先輩に……奴良くんに正直聞いてみたい。
答えてくれるかも分からん。
奴良くん、彩乃先輩。2人は……
「――ゆら。」
思考を巡らせるゆらの元に、新たな来訪者がやって来る。
「やっと見つけたぜ。ゆらぁ……」
「――お兄ちゃん……?」
それは、音も無くやって来る。
ゆらに声を掛けてきたのは、彼女の兄の……花開院竜二であった。
弱まっていた奴良組の畏の威光は再び回復していった。
一時奴良組を離れていた者も帰る者が増えた。
逆に敵対する勢力の妖怪たちはリクオの勢いを脅威と感じていた。
そして――その勢いを脅威と感じ取る者は……"妖怪"だけではなかったのである。
「――明日から夏休みだねぇ~~」
「そうだねぇ~~」
終業式を終えた彩乃とリクオはいつもより早い時間に学校が終わったのもあり、いつものようにリクオの家に寄ることになった。
お目付け役の氷麗が先に帰宅していたのもあり、今は仲良く2人っきりで下校していた。
最早学校帰りにリクオの家に寄るのが当たり前になりつつある彩乃であったが、今日はいつもと様子が違っていた。
普段から賑やかな奴良組ではあったが、今日はいつにも増して庭が騒がしかった。
門をくぐって庭を覗いてみると、何やら妖怪たちが列をなしているではないか。
「ただいまー!」
「お邪魔しまーす。……何してるの?」
「あっ!リクオ様、彩乃さんも!おかえりなさい!」
彩乃とリクオで2人して状況が飲み込めずに不思議そうにしていると、2人の帰宅に気づいた氷麗がこちらに駆け寄ってきた。
氷麗の手には黒い布があり、駆け寄ってきた氷麗はそれをリクオに押し付けてきた。
「さあリクオ様!」
「えっ?えっ?」
「ささ、彩乃さんも!」
「え?私も?」
何やら羽織らしきその黒い布を着ろとばかりにリクオに押し付ける氷麗は、困惑した様子でリクオが受け取ったのを確認すると、今度は何故か彩乃にまで差し出してきたのである。
なぜ自分も?と彩乃は不思議に思ったが、氷麗があまりにもいい笑顔で押し付けてくるので、つい受け取ってしまった。
リクオが戸惑いながらもそれに袖を通したのを見て、彩乃も慌てて羽織った。
そんな2人を氷麗は満足気に見つめる。
「いいですか?お二人共、私と同じようにポーズをとってくださいね!」
「えっ?」
「ポーズ?」
氷麗の言葉にますます訳が分からないと首を傾げる2人。
そんな時、何やら後ろの方で妖怪たちに例の謎の黒い布を配っていた鴉天狗が叫んだ。
「よーし!みんな行き渡ったなー!せーの!」
「「???」」
鴉天狗のその声を合図に、みんなが黒い布を羽織ってリクオたちの周りに集まった。
そして揃ってキメ顔でポーズを決めたところで、漸く彩乃もリクオもその羽織がみんなとお揃いの物であると気付いたのである。
その黒い羽織の背には大きく「畏」と文字が書かれており、何故こんなものを自分まで着せられているのか分からない彩乃は混乱した。
「えっ、え?何これ?」
「うわー!恥ずかしいーー!」
「何言ってるんですかリクオ様!これくらいやった方がいいんです!」
「え?どういう事?」
訳が分からない彩乃に、氷麗はにっこりと可愛らしく笑って教えてくれた。
「リクオ様派の結束を固めるために、お揃いの羽織を作ったんです。」
「あっ、そうなの?でも何で私まで?」
「何言ってるんですか!彩乃さんはリクオ様の想い人!つまりは未来の奴良組の三代目奥方になるかもしれないお方!当然彩乃さんもリクオ様派なのですから、着ていただくのは当然です!」
「ちょっ!氷麗!?」
「えっ、ええーー!!」
氷麗の発言に彩乃もリクオも顔を真っ赤にして慌てたのは言うまでもなく、暫くは奴良組の妖怪たちの間でその羽織はブームとなったのであった。
******
『――花開院さんを探そう!』
『『――はっ?』』
清継のそんな一言から全ては始まった。
四国での出来事以来、ゆらはあまり学校に来なくなった。
部活にも顔を出さず、とうとう終業式にも出てこなかった。
痺れを切らした清継が、ついにゆらを探そうと言い出し、学校の後に皆で集まって彼女を探すことになったのである。
そして彩乃はリクオと先生と一緒にゆらを探していた。
「……ゆらちゃん、何処にいるんだろうね。家に行ってみたけど留守だったし。」
「うーん……多分、こっち……かなぁ?」
「リクオくん?」
ゆらを探すということで、最初に彩乃たちは彼女の家に行ってみたのだが、留守だったために手分けして探すことになった。
彩乃とリクオ、そしてニャンコ先生と浮世絵町を捜索することになったのだが、不意にリクオが何かに気付いたように何処かを目指して歩き出したのである。
まるでゆらの居場所を知っているかのように、迷うことなく歩いていくリクオ。
そんなリクオに彩乃は不思議そうにしつつも、黙ってついていく。
これが後にあんなことになるなんて……
*
彩乃たちがゆらを探している頃、当のゆらは浮世絵町の町外れにある廃ビルにいた。
しかし、学校の制服の上に着ていた着物はボロボロに破れ、スカートはまるで大きな獣に切り裂かれたかのように所々引き裂かれていた。
靴下も、靴も、ゆらの身につけている物全てズタボロになっている。
そして極めつけは彼女の視界を奪うかのように目に巻き付けられた目隠しの布である。
その姿はまるで尋常ではなく、誰が見ても異常であった。
そんなゆらの周りには、彼女が用意したのか、的のようなものが廃部屋の至る所に置かれていた。
ゆらはすうっと息を大きく吸い込むと、集中する。
(――人式一体!!)
彼女が頭の中でそう術の名を唱えると、一枚の紙切れだった札から、色鮮やかな赤い金魚が一匹現れた。
それはゆらの左腕に同化するように巻き付くと、そのまま金魚の姿は変化し、まるで腕に張り付いた大砲のようになった。
そしてゆらは目隠しをした状態で走り出す。
大砲から強力な水弾を繰り出して、何度も何度も的に当てていく。
そうやって全ての的に水弾を当てた気配を感じて目隠しを外してみるが、的は全て当たってはいたが、中心を逸れているものばかりであった。
「ああ!!もう!!また微妙な!!外しとるやん!!才能ない!!才能ないーーー!!」
ゆらはもう何度目かになる失敗に、思わず大きな声で叫んでしまう。
そんな彼女は、倒れた的を立て直しながら思う。
自分につい才能がないと思って叫んでしまったが、そんな弱い心でどうするのかと。
(自信持て!!私は才能の塊や!!じいちゃんが言ってたんや……!!式神を使う才能を!!)
ゆらは思い出していた。かつて、祖父に言われた言葉を……
『いいかゆら……"式神"とは、陰陽師が自在に使役する超常の存在だ。鬼神であり、守護神でもあり……ワシらもお主の父も、それぞれ使う式神は違う。人間は能力や適性に差がある。花開院の一族には三日三晩使役し続ける持久型もいれば、守り専門の者もいる。それぞれが自分の"才能"に合わせた式神を使う。』
『私は――?』
じいちゃんの言葉に、思わず尋ねたことがあった。
そんな私に、じいちゃんは優しく頭を撫でながら言うてくれたんや。
『ゆら……お前は何体も攻撃型の式神を出せる"精神力"がある。不器用では、あるけれど……超攻撃的な陰陽師にお前はなれる才能がある。ゆら――修業に出ろ。』
――でも……何もできひんかった……
ゆらは悔しげに歯を食いしばる。
妖怪同士が争っていたあの晩、私は殺されてもおかしくなかった。
あいつがいなければ……
そうやって思い出すのは一人の妖怪の姿。
銀色の長い髪を靡かせて、私を助けてくれた。
そう……助けられたのだ。――妖怪に。
百鬼を率いるあいつに……
あれは陰陽師が倒さなければあかん敵の筈……そいつに……人を守れと言われた。
二度も私を救ったあいつは――ホンマに絶対的"悪"なんか――?
ゆらが妖怪に助けられたのは、旧鼠の時と捩眼山の時、そしてこの前の町での一件での三回目だ。
そのうちの二回を、あの百鬼夜行の主と思われる妖怪に助けられた。
こんなことはゆらにとって初めてであった。
浮世絵町に来てから、ゆらの中で妖怪に対しての認識が変わり始めていた。
今まで妖怪は、絶対敵悪だと教えられてきた。
本当にそうなのか、自分の中で確かに迷いが生じ始めていた。
「……」
無言で黙り込み、じっと夕焼け空を見上げる。
空にはカアカアと二羽の鴉が鳴きながら遠くへと飛んでいった。
悩むあまり修業を中断して黄昏てしまった。
ハッと我に返ると、ゆらは迷いを振り払うように首を横に振った。
「ダメや!!ダメやダメや!!そんなこと考えてたら……集中や!!妖怪は倒すべき悪なんや!!」
「――ゆらちゃん?」
その時、背後から誰かが自分に声を掛けてきた。
聞き慣れたその声に、ゆらがハッとして振り返ると、そこには彩乃が立っていた。
そしてその隣には……
「やっぱり……こっちに居たんだね。」
「……奴良……くん……?」
彩乃の隣に現れたリクオを、ゆらは酷く困惑した顔で見つめていたのだった。
******
一方、その頃巻たちはというと、浮世絵町の公園でゆらを探していた。
巻が例の不気味な人形携帯で清継と電話をしている間、鳥居は何故かガサゴソとゴミ箱の蓋を開けて中を探していた。
ゆらは鼠ではないので、当然ながらそんな所にはいない。
『どうだい?花開院さんは見つかったかい?』
「あのねー!!浮世絵町中探すったって、広いんだから無理だよ~~!!」
『そんなことないよ!!諦めなければいつかきっと通じ合えるさ!!早くしないと夏休みが終わってしまうよ!!』
そう言うと、清継は一方的に電話を切ってしまった。
それに巻は腹を立て、チッと舌打ちすると、苛立った様子で人形を鞄に押し込んだ。
「無茶言うよな~~清継くんは……みんなでゆらちゃん探すなんて……妖気でも感じ取れればいーんだけどね~~」
「んなこと……私等人間にできる訳ないでしょ。」
巻の言葉に鳥居が呆れたようにそう答えると、巻も笑いながら「だよねー!」とケラケラと可笑しそうに言うのであった。
――そう、本来であれば人間の気配など追えるはずもない。
けれどそれが"妖怪の血の混じった者"であればどうだろうか……
*******
彩乃はリクオに導かれるような形でついて行くと、彼は何故か町外れの廃屋に入っていった。
まさかこんな所にゆらがいるのだろうかと半信半疑になりながらも、妙に足取り軽く進んでいくリクオに彩乃は黙ってついて行くしかなかった。
しかしいざついて行ってみると、そこにはちゃんとゆらが居たのである。
どうやらゆらは修業していたようで、その姿は随分とボロボロになっていた。
リクオは周りを見回しながら、納得した様子でゆらに声をかけた。
「――そっか!学校に中々来ないと思ったら、こういう事してたんだね!」
「……」
「もう夏休みに入っちゃったよ。」
「知ってる……終業式は顔出したから。奴良くんや彩乃先輩は何でここに?」
「えっとね、実は今、みんなで手分けしてゆらちゃんを探していた所なの。」
「みんなで?」
ゆらの問いに彩乃が答えると、ゆらは怪訝そうに首を傾げた。
何故みんなが自分を探す必要があるのか分からないようだ。
「清継くんたち、心配してるんだよ!!連絡つかなくて。また旅行行くからって!!エースがいないと始まらないってさ!!」
リクオが捲し立てるような勢いでそう説明すると、みんなに心配してもらえたのが嬉しかったのか、ゆらはほんのりと頬を赤らめて、照れくさそうした。
けれどすぐにその表情は曇り、気まずそうにそっとリクオたちから目を逸らした。
「……私なんか、みんなの前に出られへんよ。情けなくて。全然妖怪から守れへんし……」
ゆらはずっと気にしていたのだ。
旧鼠の時にはカナを。捩眼山では巻と鳥居を妖怪から守ってやることができなかったことを。
だから少しでも強くなりたくて、こうして隠れて修業していたのだが、それを彩乃とリクオに見られてしまったことが、ゆらは恥ずかしかった。
「すごいね!」
「……えっ?」
「だってさ……一人だよ?進んでこんなとこ来て……修業なんて誰にでもできることじゃない。すごいな花開院さんは……憧れちゃうよ!!」
「……」
「――あっ!尊敬するって意味ね!」
ゆらはじっとリクオを探るように見つめてきたので、リクオは慌てた様子で訂正するように言葉をつけ足した。
ゆらは考えていた。
奴良くん……学校では、いつも目立たなくて、みんなのパシリみたいで、気弱で……でも……
ふと、ゆらはリクオが実は妖怪なのではと疑っていて、彼の幼馴染みである家長カナに頼んで、彼の昔のアルバムを見せてもらった日のことを思い出していた。
そこに写っていたリクオの周りには、全て小さな小妖怪がちらほらと写っていた。
(やっぱり、奴良くんは……)
そう思った時だった。
グウゥ~~
「あっ」
ゆらのお腹から空腹を訴える音がやけに大きく響いた。
これでも年頃の少女であるゆらは、恥ずかしそうに頬を赤らめて慌てる。
「いい!今のは!!お腹の音やないからね!!」
お腹を抑えて必死に言い訳するゆらに、リクオはポケットからお菓子を取り出すと、それをゆらにそっと差し出した。
「良かった。一つだけあった。花開院さん、チョコ……大丈夫だよね?」
「……くれるんか?」
「うん!」
ゆらはゴクリと物欲しげに喉を鳴らした。
(奴良くん……おじいちゃんと同じことした……)
奴良くんのおじいちゃんは……優しかった。
でも……何であの夜はあの場に?
リクオの祖父がぬらりひょんだと知らないゆらは、あの四国妖怪の騒動の時に現れたぬらりひょんに疑問を抱く。
ああ……ダメや。
一度疑うと……悪い方に辻褄が合ってしまう。
考えれば考えるほど、リクオが妖怪なのではないかという疑惑が大きくなっていく。
けれど……
ゆらはリクオのチョコにそっと手を伸ばす。
すると真っ直ぐにリクオを見つめた。
その目はやけに真剣であったが、リクオは気付かない。
「……ありがとう。」
チョコをリクオから受け取りながら、ゆらは思った。
こんなに優しいリクオくんが……妖怪な訳がないやん。
そうや、違う……
でも、そうだったら?
妖怪、は……絶対"悪"……,や。だから……
奴良くんを――?
ゆらの中で、リクオへの疑問がどんどん膨れ上がっていく。
そして、その矛先は彩乃へも……
(そうや……そういえば、彩乃先輩はリクオくんと仲がええ。今だってこうして一緒に行動しとるし……ということは、彩乃先輩も妖怪と通じとるん?あいつに?いや、まさか……祓い屋である先輩が?)
ゆらの背筋に、嫌な汗がつたう。
これは、良くない。
良くない考えだ。でも……
先輩に……奴良くんに正直聞いてみたい。
答えてくれるかも分からん。
奴良くん、彩乃先輩。2人は……
「――ゆら。」
思考を巡らせるゆらの元に、新たな来訪者がやって来る。
「やっと見つけたぜ。ゆらぁ……」
「――お兄ちゃん……?」
それは、音も無くやって来る。
ゆらに声を掛けてきたのは、彼女の兄の……花開院竜二であった。