第22章「邪魅編」
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虫のさえずりだけが響く静かな夜に、神社の小さな境内の中で、ランプの明かりだけを付けて大の大人の男たちが大勢集まっていた。
ランプの傍にはこの土地の地図が置かれており、人々が家を手放して空き家になった家には×マークがつけられていた。
×マークの中央に一際大きな土地がある。それは品子の家である菅沼家である。
「ガハハ……迷信を利用してまた上手くいったなぁ〜。これで“菅沼家“の土地も落ちるぞぉ。」
「ここの住民共はバカだからよー!“邪魅“なんて信じ込んでよー!」
「どーします!?ラブホ街にしますか?」
「いーんじゃないそれ!ハハハハ!」
「あいつらもまさか俺らと神主さんがグルになってるとは思わねーだろうな!」
「今頃、オレらが渡した式神に怯えてるだろうな!」
「あのガキたちも、まさか俺らが“邪魅“の正体だなんて気付かねーだろうなぁ〜!ガハハ!ねぇ、神主さん?」
ヤクザのリーダーと思われるサングラスをつけた男が愉快そうに神主を見る。
すると神主はニヤリと口角を釣り上げて笑った。
「くくく……昔ちょっと京都で習った式神がこんな風に上手く大金を生むとはねぇ〜……この件が上手くいけば……」
「わかってますって、先生。割合は7:3で勉強させてもらいます。」
「何故かあの娘の家だけは手こずったが……今日貼ったあの札が命取りになるとは夢にも思わなかっただろう。助けも呼べず……一晩中恐怖に怯えることになる!」
「神主さんこそ、本物の悪ですよ。」
「それは集英建設さんの方ですよ。」
ハハハハと二人は勝利を確信して高笑いを浮かべる。
そんな二人の声を遮るにはとても小さいが、はっきりとこの静かな神社にその少女の声は響いた。
「そういう事だったのね……」
「誰だ!……て、お前は品子ー!?」
「どうして!?何故出られたんだ!?」
突然現れた品子にヤクザたちは慌てふためく。
神主は品子を宥めようと、にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべてた。
「神主さん……貴方たちグルだったのね。」
「誤解だよ品子ちゃん。ダメじゃないか。ちゃんと結界の中に入っていないと……」
「うるさーい!おかしいと思ったのよ!みんなあんた達が仕組んだことだったのね!」
「………ちっ、知ってしまったか。ならば痛い目を見てもらう他ないね。そしてあの土地から出ていけ。」
「……っ」
じりっと品子が一歩後ずさる。
すると暗闇の影から、すっと一本の木の棒が振り下ろされる。
ゴンッ!
「うがっ!」
「この土地から出ていくのはあんた達よ!」
「彩乃さんあまり前へ出ないでください。危ないです!」
「そーたぜ彩乃。」
「誰だー!テメェら!どっから現れやがった!」
「ずーっと品子と一緒に居たぜ?お前らには見えねぇだろうがな。」
そう言ってリクオは祢々切丸をヤクザの首元に突きつけると、暗闇からすっと現れた。
ヤクザたちにはリクオがまるで暗闇から突然現れたように見えたことだろう。
本当はずっと品子たちと一緒にいたと言うのに。
それがぬらりひょんの血筋の畏であり、能力なのだ。
「くそっ、話を聞かれた!殺っちまえー!」
「外へ出てな彩乃。」
「うん!品子さんこっちへ!」
「えっ、ええ!」
リクオの言葉に慌てて品子を連れて境内の外へ出る。
それと同時に境内から盛大な炎が燃え上がった。
ゴオオオっと大きな音を立てて一気に燃え広がる神社に、彩乃は冷や汗をかく。
(リクオくん……やりすぎだよ。)
品子さんの前であるため、リクオくんの名は出さないが、中のヤクザたちは無事だろうか?
リクオくんのことだから殺しはしないだろうか、流石に神社を燃やすのはやりすぎではないだろうか?
そんな事を思っていると、神社からヤクザや神主たちが慌てて神社から飛び出してくるのが見えた。
彼等は所々火傷はしているようだが、皆元気そうだった。
それにほっとしていると、邪魅が飛び出してきた彼等に手刀を当てて気絶させていた。
神主とヤクザたちの会話はスマホで録音してあるので、後のことは警察に任せればいいだろう。
無事に事が終わり、私はほっと胸を撫で下ろした。
そんな私の隣で、品子さんはじっと邪魅を見つめていた。
「邪魅……どうして?私たち一族を恨んでいたんじゃないの?」
「……品子さん、それは違うよ。」
「え?」
「お前は……殺した妻の子孫でもあるが、主君の子孫でもある。こいつはただ、“主君“に尽くしていただけだ……」
「邪魅はずっと、長い間一族を守っていたんだよ。」
私たちの言葉に、品子さんは驚いたように目を大きく見開く。
そして意を決したようにごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりと邪魅に近づいた。
それに気付いた邪魅がフッと品子さんに向き直る。
「あの……誤解しててごめんなさい。お陰で……助かったわ……」
おずおずと言葉を伝える品子さんだったが、やがて邪魅への恐怖心が和らいだのか、ふわりと微笑んで言ったのだ。
「守ってくれて……ありがとう。」
「……」
邪魅は品子さんからお礼を言われても、無言で立ち尽くすだけであったが、なんだか主君の子孫から感謝されて、喜びに打ち震えているような気がした。
(……良かったね、邪魅。)
「……見上げた忠誠心だな。」
リクオくんが邪魅に声をかけると、邪魅はふとリクオくんに向き直った。
「何処の者かは知らぬが……この御恩は……」
「俺は奴良組若頭、奴良リクオだ。」
「は……」
邪魅はリクオから感じる主としての風格に気圧されたのか、ごくりと息を飲み込んだ。
「俺はいずれ魑魅魍魎の主となる。その為に……自分の百鬼夜行を集めている。俺はお前のような妖怪が欲しい!」
「魑魅魍魎の……主……?」
「邪魅、俺と盃を交わさねぇか?」
邪魅にはきっと、リクオくんがかつての主君に重なって見えたのだろう。
こくりと頷いたその姿は、新たに仕える主君を見つけた喜びに歓喜しているように思えた。
(……邪魔しちゃ悪いかな。)
「氷麗ちゃん、私たちは先に戻ってるね。」
「ええ、分かりました。」
この場は氷麗ちゃんに任せて、私は品子さんと家に戻ろうと品子さんの手を引いて歩き出す。
折角の邪魅という信頼できる部下をリクオくんが見つけたのだ。
その大切な盃の場を、邪魔したくなかった。
私に手を引かれながら歩く品子さんはずっと無言だったが、神社から少し離れると、名残惜しそうに後ろを振り返る。
きっと邪魅のことが気になるのだろう。
「……それにしても、驚いたわ。」
「そうだよね。ビックリしたよね。」
「あの人、奴良くんなのね。彼は妖怪だったの?それと及川さんも。」
「えっ!あっ!?」
(そう言えばリクオくん思いっきり名乗っちゃってたーー!そして私も氷麗ちゃんの名前普通に呼んじゃってたーー!)
品子さんにリクオくんたちの正体が思わぬ形でバレてしまい、どうしたらいいのかアワアワと焦る私に、ニャンコ先生はあっけらかんと口にする。
「もう説明してしまえ!」
「そんなニャンコ先生!」
「あっ、いいのよ。あまり言いたくないなら何も聞かないわ。ごめんなさい。ちゃんとみんなには黙ってるから。」
「品子さん……ありがとう。」
気になることはいっぱいあるだろうに。
なんて優しい人だろう。私は有難い気持ちと何も説明できない申し訳なさでいっぱいになりながら、お礼を言った。
こうして、邪魅の事件は幕を閉じたのである。
リクオくんはこの地で新たに邪魅という仲間を見つけることができたし、品子さんもこれで安心してこの土地で暮らせるだろう。
本当に大きな自体にならなくて良かったと心から安堵していた。
ーー翌朝になり、私たちは東京に戻ることになった。
荷造りをして、昼には新幹線で帰る予定だ。
「……夏目、ちょっといいか?」
「あれ?田沼くんに透ちゃん。2人共どうしたの?」
部屋で一人荷造りをしていると、不意に田沼くんと透ちゃんに声をかけれた。
2人共妙に神妙な顔つきで、私に話しかけるのを躊躇っているように思えた。
「えっと……」
「あのね……」
「どうしたの?」
口ごもる2人に、私は不思議そうに首を傾げる。
そんな私に、2人はますます言いにくそうに目を逸らす。
私は2人の様子がおかしい事に不安になってくる中、やがて田沼くんが意を決した様子で私に向き直る。
「奴良のこと……なんだが。」
「リクオくん?」
「彼って……妖怪なの?」
「え……」
二人の口から出た言葉に、一瞬頭が理解できずにフリーズした。
首筋に嫌な汗がつたう。
「えっ、何で……」
「ごめんなさい!実は昨日の夜中、私、彩乃ちゃんが部屋を出ていくのが見えて、それで気になって……知らない人と屋敷を出ていくのが見えて、心配で田沼くんを起こしたの。」
「多軌は悪くないんだ。俺が跡をつけようって言ったから!」
「本当にごめんなさい。神社での会話を……聞いてしまったの。」
「そっ、か……」
という事は、リクオくんの夜の姿を見られた上に、氷麗ちゃんとリクオくんが妖怪だと話しているのも聞かれたということだ。
まさか二人に尾行されてるなんて思わなかった。
気づかなかった私のせいだ。リクオくんになんて説明すれば……
「ーーめ、夏目!」
「……あっ!」
考え事をしていたせいか、田沼くんに呼ばれていることに気づかなかった。
「大丈夫か?真っ青だぞ。」
「ごめんなさい。私たちのせいよね。」
「いや……」
「俺たち、何も聞かなかったことにするよ。」
「ーーえ?」
「夏目や奴良にとって都合が悪くなるなら、何も知らなかった事にする。」
「でも……」
「絶対に誰にも言わないわ!約束する!」
「えっ、うん、二人ならそれは心配してないけど……」
二人は私を心配してそう言ってくれてるのだろう。
きっと私はこれからリクオくんにどう説明したらいいのか考えて真っ青になっているのだろう。
心配してくれる二人に申し訳ないくらい、きっと情けない顔をしている自信がある。
優しい二人は、きっと聞きたいことか山ほどあるだろうに、私のために聞かずにいた事にしようとしてくれてる。
私は本当に、この2人に何も言わなくていいんだろうか。
だけど、リクオくんの正体については私だけの問題じゃない。
勝手に私の口から話す訳には……
「ーー僕はぬらりひょんの血を引いてるんです。」
「リクオくん!?」
ぐるぐると考えがまとまらない私に変わるように、不意に声がした。
驚いて私たちが振り返ると、そこにはリクオくんが立っていた。
肩にはニャンコ先生を乗せて。
「ふん、世話のかかる奴だな。」
「ニャンコ先生!どうして!?」
「お前だけではどうにもならないと思って小僧を連れて来てやったんだ。」
「先生……」
「田沼先輩、多軌先輩、二人は彩乃ちゃんの事情を知っている友人だって聞いてます。」
「えっ、ええ。」
「そういう事になるかな。」
正体がバレてしまったというのに、リクオくんは妙に落ち着いていて、私は困惑していた。
(リクオくん、どうするつもりなんだろう……)
リクオくんには、透ちゃんと田沼くんが私が妖怪を見える事情を知る数少ない友人であり、友人帳のことは話していないという事は話してある。
透ちゃんたちなら、きっとリクオくんの事情を話しても秘密を守ってくれるだろう。
だけど、それを話すかどうするかはリクオくん自身の問題なのだ。
「……ちゃんと説明します。お2人は信頼できるって思ってますから。」
「リクオくん、いいの?」
「うん、二人は彩乃ちゃんにとって大切な友人なんだから。」
そう言って微笑んでくれるリクオくんに、私はじんわりと温かな気持ちになった。
私の友人として、信頼して話してくれるんだ。
リクオくんにとって、1番隠しておきたい秘密なのに。
申し訳なさと、妙な嬉しさが湧き上がってソワソワと心が落ち着かない。
私のことを信頼してくれてるんだと思うと、とても嬉しい。
でもなんだろう。この妙なくすぐったさは。
私が自分の気持ちに困惑しているうちに、リクオくんたちは話をしていた様で、いつの間にか和やかな雰囲気になっていた。
「……そっか。妖怪って組織立ってる所もあるんだな。」
「はい。奴良組は関東の中枢ですね。」
「おじい様、偉い方なのね。」
「……あれ?なんかいつの間にか意気投合してる?」
元々、田沼くんも透ちゃんも妖怪に対して偏見などないし、リクオくんもとても優しい人達だからか、正体がバレてもなんとかなりそうな雰囲気になっていた。
田沼くんも透ちゃんも、リクオくんの事情を知ってもちろん黙ってくれていると言ってくれたし、なんなら今後必要なら協力するとも言ってくれた。
そんな二人の気持ちを有難く受け取って、私たちは邪魅の土地に別れを告げるのだった。
「結局、昨晩も何も出会えなかったなぁ〜。まあ、先生と言う大妖怪とお知り合いになれただけ来た甲斐があったな!」
「今度お酒を貢ぐのだぞ!清継!」
「未成年なので無理です!」
「品子さん、笑ってお礼言ってたね。」
「ね。なんか元気になってて良かった。夏目先輩がいつの間にか解決してたし!」
「あははは!」
「お土産のカニもこんなに貰いましたしね!」
「重そうだな。半分持つぞ。」
「カニ鍋にしようかしら。コロッケやグラタンにするのもいいかも……」
「透ちゃん、お腹空いてる?」
わいわいとみんなと賑やかに話しながら、海の香りが漂うこの土地に別れを告げる。
リクオくんの背後にはみんなには見えないけれど、こっそりと邪魅という新たな仲間が共に来ていたのは、清継くんたちには秘密だ。
ランプの傍にはこの土地の地図が置かれており、人々が家を手放して空き家になった家には×マークがつけられていた。
×マークの中央に一際大きな土地がある。それは品子の家である菅沼家である。
「ガハハ……迷信を利用してまた上手くいったなぁ〜。これで“菅沼家“の土地も落ちるぞぉ。」
「ここの住民共はバカだからよー!“邪魅“なんて信じ込んでよー!」
「どーします!?ラブホ街にしますか?」
「いーんじゃないそれ!ハハハハ!」
「あいつらもまさか俺らと神主さんがグルになってるとは思わねーだろうな!」
「今頃、オレらが渡した式神に怯えてるだろうな!」
「あのガキたちも、まさか俺らが“邪魅“の正体だなんて気付かねーだろうなぁ〜!ガハハ!ねぇ、神主さん?」
ヤクザのリーダーと思われるサングラスをつけた男が愉快そうに神主を見る。
すると神主はニヤリと口角を釣り上げて笑った。
「くくく……昔ちょっと京都で習った式神がこんな風に上手く大金を生むとはねぇ〜……この件が上手くいけば……」
「わかってますって、先生。割合は7:3で勉強させてもらいます。」
「何故かあの娘の家だけは手こずったが……今日貼ったあの札が命取りになるとは夢にも思わなかっただろう。助けも呼べず……一晩中恐怖に怯えることになる!」
「神主さんこそ、本物の悪ですよ。」
「それは集英建設さんの方ですよ。」
ハハハハと二人は勝利を確信して高笑いを浮かべる。
そんな二人の声を遮るにはとても小さいが、はっきりとこの静かな神社にその少女の声は響いた。
「そういう事だったのね……」
「誰だ!……て、お前は品子ー!?」
「どうして!?何故出られたんだ!?」
突然現れた品子にヤクザたちは慌てふためく。
神主は品子を宥めようと、にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべてた。
「神主さん……貴方たちグルだったのね。」
「誤解だよ品子ちゃん。ダメじゃないか。ちゃんと結界の中に入っていないと……」
「うるさーい!おかしいと思ったのよ!みんなあんた達が仕組んだことだったのね!」
「………ちっ、知ってしまったか。ならば痛い目を見てもらう他ないね。そしてあの土地から出ていけ。」
「……っ」
じりっと品子が一歩後ずさる。
すると暗闇の影から、すっと一本の木の棒が振り下ろされる。
ゴンッ!
「うがっ!」
「この土地から出ていくのはあんた達よ!」
「彩乃さんあまり前へ出ないでください。危ないです!」
「そーたぜ彩乃。」
「誰だー!テメェら!どっから現れやがった!」
「ずーっと品子と一緒に居たぜ?お前らには見えねぇだろうがな。」
そう言ってリクオは祢々切丸をヤクザの首元に突きつけると、暗闇からすっと現れた。
ヤクザたちにはリクオがまるで暗闇から突然現れたように見えたことだろう。
本当はずっと品子たちと一緒にいたと言うのに。
それがぬらりひょんの血筋の畏であり、能力なのだ。
「くそっ、話を聞かれた!殺っちまえー!」
「外へ出てな彩乃。」
「うん!品子さんこっちへ!」
「えっ、ええ!」
リクオの言葉に慌てて品子を連れて境内の外へ出る。
それと同時に境内から盛大な炎が燃え上がった。
ゴオオオっと大きな音を立てて一気に燃え広がる神社に、彩乃は冷や汗をかく。
(リクオくん……やりすぎだよ。)
品子さんの前であるため、リクオくんの名は出さないが、中のヤクザたちは無事だろうか?
リクオくんのことだから殺しはしないだろうか、流石に神社を燃やすのはやりすぎではないだろうか?
そんな事を思っていると、神社からヤクザや神主たちが慌てて神社から飛び出してくるのが見えた。
彼等は所々火傷はしているようだが、皆元気そうだった。
それにほっとしていると、邪魅が飛び出してきた彼等に手刀を当てて気絶させていた。
神主とヤクザたちの会話はスマホで録音してあるので、後のことは警察に任せればいいだろう。
無事に事が終わり、私はほっと胸を撫で下ろした。
そんな私の隣で、品子さんはじっと邪魅を見つめていた。
「邪魅……どうして?私たち一族を恨んでいたんじゃないの?」
「……品子さん、それは違うよ。」
「え?」
「お前は……殺した妻の子孫でもあるが、主君の子孫でもある。こいつはただ、“主君“に尽くしていただけだ……」
「邪魅はずっと、長い間一族を守っていたんだよ。」
私たちの言葉に、品子さんは驚いたように目を大きく見開く。
そして意を決したようにごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりと邪魅に近づいた。
それに気付いた邪魅がフッと品子さんに向き直る。
「あの……誤解しててごめんなさい。お陰で……助かったわ……」
おずおずと言葉を伝える品子さんだったが、やがて邪魅への恐怖心が和らいだのか、ふわりと微笑んで言ったのだ。
「守ってくれて……ありがとう。」
「……」
邪魅は品子さんからお礼を言われても、無言で立ち尽くすだけであったが、なんだか主君の子孫から感謝されて、喜びに打ち震えているような気がした。
(……良かったね、邪魅。)
「……見上げた忠誠心だな。」
リクオくんが邪魅に声をかけると、邪魅はふとリクオくんに向き直った。
「何処の者かは知らぬが……この御恩は……」
「俺は奴良組若頭、奴良リクオだ。」
「は……」
邪魅はリクオから感じる主としての風格に気圧されたのか、ごくりと息を飲み込んだ。
「俺はいずれ魑魅魍魎の主となる。その為に……自分の百鬼夜行を集めている。俺はお前のような妖怪が欲しい!」
「魑魅魍魎の……主……?」
「邪魅、俺と盃を交わさねぇか?」
邪魅にはきっと、リクオくんがかつての主君に重なって見えたのだろう。
こくりと頷いたその姿は、新たに仕える主君を見つけた喜びに歓喜しているように思えた。
(……邪魔しちゃ悪いかな。)
「氷麗ちゃん、私たちは先に戻ってるね。」
「ええ、分かりました。」
この場は氷麗ちゃんに任せて、私は品子さんと家に戻ろうと品子さんの手を引いて歩き出す。
折角の邪魅という信頼できる部下をリクオくんが見つけたのだ。
その大切な盃の場を、邪魔したくなかった。
私に手を引かれながら歩く品子さんはずっと無言だったが、神社から少し離れると、名残惜しそうに後ろを振り返る。
きっと邪魅のことが気になるのだろう。
「……それにしても、驚いたわ。」
「そうだよね。ビックリしたよね。」
「あの人、奴良くんなのね。彼は妖怪だったの?それと及川さんも。」
「えっ!あっ!?」
(そう言えばリクオくん思いっきり名乗っちゃってたーー!そして私も氷麗ちゃんの名前普通に呼んじゃってたーー!)
品子さんにリクオくんたちの正体が思わぬ形でバレてしまい、どうしたらいいのかアワアワと焦る私に、ニャンコ先生はあっけらかんと口にする。
「もう説明してしまえ!」
「そんなニャンコ先生!」
「あっ、いいのよ。あまり言いたくないなら何も聞かないわ。ごめんなさい。ちゃんとみんなには黙ってるから。」
「品子さん……ありがとう。」
気になることはいっぱいあるだろうに。
なんて優しい人だろう。私は有難い気持ちと何も説明できない申し訳なさでいっぱいになりながら、お礼を言った。
こうして、邪魅の事件は幕を閉じたのである。
リクオくんはこの地で新たに邪魅という仲間を見つけることができたし、品子さんもこれで安心してこの土地で暮らせるだろう。
本当に大きな自体にならなくて良かったと心から安堵していた。
ーー翌朝になり、私たちは東京に戻ることになった。
荷造りをして、昼には新幹線で帰る予定だ。
「……夏目、ちょっといいか?」
「あれ?田沼くんに透ちゃん。2人共どうしたの?」
部屋で一人荷造りをしていると、不意に田沼くんと透ちゃんに声をかけれた。
2人共妙に神妙な顔つきで、私に話しかけるのを躊躇っているように思えた。
「えっと……」
「あのね……」
「どうしたの?」
口ごもる2人に、私は不思議そうに首を傾げる。
そんな私に、2人はますます言いにくそうに目を逸らす。
私は2人の様子がおかしい事に不安になってくる中、やがて田沼くんが意を決した様子で私に向き直る。
「奴良のこと……なんだが。」
「リクオくん?」
「彼って……妖怪なの?」
「え……」
二人の口から出た言葉に、一瞬頭が理解できずにフリーズした。
首筋に嫌な汗がつたう。
「えっ、何で……」
「ごめんなさい!実は昨日の夜中、私、彩乃ちゃんが部屋を出ていくのが見えて、それで気になって……知らない人と屋敷を出ていくのが見えて、心配で田沼くんを起こしたの。」
「多軌は悪くないんだ。俺が跡をつけようって言ったから!」
「本当にごめんなさい。神社での会話を……聞いてしまったの。」
「そっ、か……」
という事は、リクオくんの夜の姿を見られた上に、氷麗ちゃんとリクオくんが妖怪だと話しているのも聞かれたということだ。
まさか二人に尾行されてるなんて思わなかった。
気づかなかった私のせいだ。リクオくんになんて説明すれば……
「ーーめ、夏目!」
「……あっ!」
考え事をしていたせいか、田沼くんに呼ばれていることに気づかなかった。
「大丈夫か?真っ青だぞ。」
「ごめんなさい。私たちのせいよね。」
「いや……」
「俺たち、何も聞かなかったことにするよ。」
「ーーえ?」
「夏目や奴良にとって都合が悪くなるなら、何も知らなかった事にする。」
「でも……」
「絶対に誰にも言わないわ!約束する!」
「えっ、うん、二人ならそれは心配してないけど……」
二人は私を心配してそう言ってくれてるのだろう。
きっと私はこれからリクオくんにどう説明したらいいのか考えて真っ青になっているのだろう。
心配してくれる二人に申し訳ないくらい、きっと情けない顔をしている自信がある。
優しい二人は、きっと聞きたいことか山ほどあるだろうに、私のために聞かずにいた事にしようとしてくれてる。
私は本当に、この2人に何も言わなくていいんだろうか。
だけど、リクオくんの正体については私だけの問題じゃない。
勝手に私の口から話す訳には……
「ーー僕はぬらりひょんの血を引いてるんです。」
「リクオくん!?」
ぐるぐると考えがまとまらない私に変わるように、不意に声がした。
驚いて私たちが振り返ると、そこにはリクオくんが立っていた。
肩にはニャンコ先生を乗せて。
「ふん、世話のかかる奴だな。」
「ニャンコ先生!どうして!?」
「お前だけではどうにもならないと思って小僧を連れて来てやったんだ。」
「先生……」
「田沼先輩、多軌先輩、二人は彩乃ちゃんの事情を知っている友人だって聞いてます。」
「えっ、ええ。」
「そういう事になるかな。」
正体がバレてしまったというのに、リクオくんは妙に落ち着いていて、私は困惑していた。
(リクオくん、どうするつもりなんだろう……)
リクオくんには、透ちゃんと田沼くんが私が妖怪を見える事情を知る数少ない友人であり、友人帳のことは話していないという事は話してある。
透ちゃんたちなら、きっとリクオくんの事情を話しても秘密を守ってくれるだろう。
だけど、それを話すかどうするかはリクオくん自身の問題なのだ。
「……ちゃんと説明します。お2人は信頼できるって思ってますから。」
「リクオくん、いいの?」
「うん、二人は彩乃ちゃんにとって大切な友人なんだから。」
そう言って微笑んでくれるリクオくんに、私はじんわりと温かな気持ちになった。
私の友人として、信頼して話してくれるんだ。
リクオくんにとって、1番隠しておきたい秘密なのに。
申し訳なさと、妙な嬉しさが湧き上がってソワソワと心が落ち着かない。
私のことを信頼してくれてるんだと思うと、とても嬉しい。
でもなんだろう。この妙なくすぐったさは。
私が自分の気持ちに困惑しているうちに、リクオくんたちは話をしていた様で、いつの間にか和やかな雰囲気になっていた。
「……そっか。妖怪って組織立ってる所もあるんだな。」
「はい。奴良組は関東の中枢ですね。」
「おじい様、偉い方なのね。」
「……あれ?なんかいつの間にか意気投合してる?」
元々、田沼くんも透ちゃんも妖怪に対して偏見などないし、リクオくんもとても優しい人達だからか、正体がバレてもなんとかなりそうな雰囲気になっていた。
田沼くんも透ちゃんも、リクオくんの事情を知ってもちろん黙ってくれていると言ってくれたし、なんなら今後必要なら協力するとも言ってくれた。
そんな二人の気持ちを有難く受け取って、私たちは邪魅の土地に別れを告げるのだった。
「結局、昨晩も何も出会えなかったなぁ〜。まあ、先生と言う大妖怪とお知り合いになれただけ来た甲斐があったな!」
「今度お酒を貢ぐのだぞ!清継!」
「未成年なので無理です!」
「品子さん、笑ってお礼言ってたね。」
「ね。なんか元気になってて良かった。夏目先輩がいつの間にか解決してたし!」
「あははは!」
「お土産のカニもこんなに貰いましたしね!」
「重そうだな。半分持つぞ。」
「カニ鍋にしようかしら。コロッケやグラタンにするのもいいかも……」
「透ちゃん、お腹空いてる?」
わいわいとみんなと賑やかに話しながら、海の香りが漂うこの土地に別れを告げる。
リクオくんの背後にはみんなには見えないけれど、こっそりと邪魅という新たな仲間が共に来ていたのは、清継くんたちには秘密だ。