私が生まれて暫く父と暮らし、今は廃屋になっている小さな家が売りに出される事になり、最後にもう一度だけ見に行かせてもらうことになった。
何故か一緒に来ることになったリクオくんと一緒に電車に乗り、今はゆらゆらと電車に揺られながらぼんやりとしていた。

「――そうだリクオくん。ちょっと寄り道しなきゃいけない所があるんだ。」
「え？」
「実家から一番近い叔父さんの家に鍵を預けてるらしくて、それを取りに行かないと……」
「道はわかるの？」
「うん、なんとなくだけど憶えてる。……その家にも小さい頃何度かお世話になったから……」

そう言って窓を見つめる彩乃ちゃんの瞳はまるでガラス玉の様で、懐かしいとか、久しぶりに会う叔父さんとの再会を喜んでいるような人間らしい感情はまるで感じられなかった。
彩乃ちゃんの瞳には、何も映ってないように感じたんだ……

＊＊＊＊＊＊

電車を何度か乗り継いで、バスで移動すること30分。
随分と遠くまで来てしまったが、あるバス停で彩乃達は降りた。

「……えーと……」
「彩乃ちゃん、右？左？」
「……ちょっと待って。えーと……」

地図を片手に悩む彩乃。
どうやら道がわからないらしい。
冷や汗をダラダラと流しながら地図を見つめ、必死に思い出そうとしている。

「えーと……確か……「おい彩乃。うどん屋があるぞ」そううどん屋……え？」

不意にとても聞き慣れた声が背中に背負ったリュックから聞こえ、彩乃は嫌な予感がして恐る恐るゆっくりと振り返った。
そこには真っ白なまるまると太った猫……いや、ニャンコ先生がひょっこりと顔を出してこちらを見つめていた。

「――先生！？」
「私を置いていこうなど千年早いぞ」
「ついてきちゃったのか斑」
「当たり前だ！さあうどんを奢れ彩乃！」
「ええ～、やだよ。」

勝手についてきておいてうどんを奢れと言う図々しいニャンコ先生にきっぱりと断る彩乃。

「なにぃ！長いこと狭いリュックに押し込まれてたんだぞ！腹へった！何か寄越せ！！」
「どうりで重いと思った。何も持ってないよ。」
「腹へった～！うーどーんー！！」
「彩乃ちゃん。丁度お昼になるし、いいんじゃないかな？」
「……リクオくんがそう言うなら……先生は人に化けてよね。」
「ふん。まあうどんの為なら仕方あるまい。」

リクオの提案でうどん屋でお昼を済ませることになった三人。
先生は面倒くさそうながらもうどんを食べる為ならとレイコさん似の女子高生の姿に化け、三人で仲良くきつねうどんを食べたのだった。

「ありがとうございましたー」
「……ふう。お腹いっぱい。」
「そうだね。それで、叔父さんの家なんだけど……」

彩乃がどうやって辿り着こうか迷っていると、不意にある細い道が目に入って、彩乃はそこをぼんやりと見つめた。

「……彩乃ちゃん？」
「あの道……見たことあるかも……」
「え？」
「――そうだ。このうどん屋さんだって、下校で通る時いつも美味しそうな匂いがして、いつか食べてみたいなって思ってて……そうだった。そこの角を曲がるんだよ。あの家は椿の花が綺麗に咲いてて、――ああ、そっちの家にはとても優しいおばあさんがいて、時々こっそりお菓子をくれたんだ。」

――何で忘れていたんだろう。
――そうだった。この道を……よく一人でとぼとぼと……

「おい彩乃。さっさと行くぞ。」
「――うん。」

段々思い出してきた記憶にぼんやりとしていた彩乃は、ニャンコ先生の声にハッとして慌てて先を急ぐのだった。