番外編
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これは今から50年前、夏目レイコがまだ奴良組を訪れていた頃のお話。
「レイコ!今日こそ俺の嫁に……「ならないわよ」
「だったらデートにでも……」
「行かないわ」
「じゃ、じゃあ……」
「しつこいわよ、鯉伴。」
「だってよぉ~~」
鯉伴から日々口説かれているレイコであったが、毎度の如く鯉伴から受ける求婚の言葉も、甘い愛の囁きも、果てはデートの誘いすらバッサリと切り捨てている。
それはもう、心に入る隙などないと言いたげに……
嘗て遊び人の鯉さんとまで呼ばれた鯉伴でも、流石に間髪入れず断られてしまえばたじろぐ訳で……
「なあレイコ……」
「求婚は受けないし、デートもしないわ。何度も言っているでしょう?私は妖怪と恋愛したくないの。」
「何でそんなに頑なに妖怪を否定するだよ。妖怪嫌いなのか?」
「好きでも嫌いでもないわ。よく考えなさい。人間が妖怪と上手くいくわけないでしょ。」
「んなことねーよ。俺の親父とおふくろは相思相愛だったぞ!」
「それは貴方の両親が特殊なだけよ。第一、人間と妖怪以前に私は貴方にそういう意味では興味がないの。」
「んでだよー」
「好みじゃないわ」
「なっ!?」
「――あっ!ぬらりひょん、私と勝負しなさい。今日こそ勝つわ!」
バッサリと今度こそ本当に一刀両断され、鯉伴は撃沈した。
落ち込んで膝から崩れ落ちた鯉伴など見向きもせず、レイコは今日も宿敵ぬらりひょんに勝負を挑むのであった。
「こ……好みじゃねーて初めて女に言われた……」
「ふはは!流石の二代目もレイコには形無しだなぁ!」
「がんばってくださいよ~二代目!」
「「あははは!」」
「……てめーら……他人事だと思って楽しみやがって……くっそ~~!ぜってぇ振り向かせるぞレイコ!!」
今日も奴良組は変わらず賑やかで、毎度の如くレイコを口説く鯉伴とそれを一刀両断するレイコとのやり取りは、この頃にはすっかり奴良組の日常と化していたのであった。
ずっとこんな日が続くと誰もが思っていた。
そして皆、いつ鯉伴がレイコを落とすのか、それとも諦めるのかその結末を賭けたりして楽しみにしていた。
中には鯉伴がレイコを口説き落とし、三代目の誕生を夢見ていた者も少なくはなかった。
だが、その終わりは本当に突然やって来た。
「ねぇ鯉伴。今日は私とデートをしましょう。」
「…………は?」
誰もが我が耳を疑った。
鯉伴なんかは驚きすぎて食べていた饅頭を手から落としている。
「……ワリィ。もう一回言ってくれねぇか?」
「デートよ。デート!私に付き合いなさい。」
「……聞き間違いじゃなかった……」
どんなに毎日鯉伴が口説いてもデートに誘っても断り続けていたレイコが、まさか自分から鯉伴をデートに誘うとは……
その場にいた誰もが信じられないと言いたげに驚き、あれはレイコの偽物なのでは?なんて疑い出す輩までいたのだ。
誘われた鯉伴なんて、驚きすぎて冷や汗がすごいことになっている。
「……え、どういう風の吹き回しだい?」
「別に。たまには付き合ってあげてもいいかなって。と言うより、行きたい所があるのよ。」
「……へえ。何か企んでるな?」
「失礼ね。貴方は私を何だと思ってるのよ。」
「何って……惚れた女だよ。」
「ふーん。」
レイコは興味なさそうにそう呟くと、クルクルと髪を一房掴んで遊び始めた。
「……で、どうなの?付き合ってくれるの?くれないの?」
「お……おう!任せとけ!」
「……そう。じゃあ今から行きましょうか。」
「え、今から!?」
「そうよ。今から。ほら、さっさと行くわよ。」
「いて!いてて!いてーて!耳を引っ張るなよ!」
耳を人質に?レイコに強制的に連れていかれた鯉伴であったが、どこか嬉しそうにその声は弾んでいたと言う。
後にこの日を語る妖怪たちにはそう見えたのだと言う。
******
「……なあ、レイコよぉ……」
「――何?」
「俺たちはデートするんじゃなかったのか?」
「だから、デートしてるじゃない。」
「…………俺の知ってるデートってのは、男女が街を歩いたりだなぁ……」
「あら?年頃の男女が一緒に出掛ければ、それは何処たろうとデートではないの?もっとも……貴方は私よりも何百歳も年上だけど……」
「だからよぉ~、何で山なんて登ってんだい?」
――そう。現在レイコと鯉伴の二人は何故か山を登っていた。
てっきり街に行くものだとばかり思っていた鯉伴は困惑した。
何故に山?……と。
しかし当のレイコはまったく気にしていないようで、ズンズンと山の中を突き進んでいく。
「うーん、中々丁度いい大きさの物がないわねぇ~……」
「……何か探してるのか?そういや、お前が行きたいところって何処だ?この山の先か?」
「そうね。もっと奥かしら……仕方ないわね。少し細くて心持たないけど、これでいいわ。」
「……おい、何で木の枝なんて拾ってんだ?」
「この後必要になるからよ。」
レイコは山の奥へと進みながら、その途中で落ちている木の枝の中でも少し太いものを手に取ると、何故かそれを拾って再び歩き出した。
――この時、鯉伴は少しだけ嫌な予感を感じ始めていた。
*****
「――そろそろかしら……着いたわよ鯉伴。」
「あ?……おい、レイコ……」
道なき道を進み、時に足場の悪い岩場や崖などでは鯉伴に自分を運ばせたりなどして、人の足では危なくて決して進むことのできない道を突き進んでいくと、随分と山の奥までやって来てしまった。
山の奥へ奥へと進む度に濃くなる妖気。
それを感じないレイコではないのだが、鯉伴が途中で引き返そうと説得しようとしてもレイコは頑なに首を横に振り、進み続けた。
そして言われるままにここまで来てしまったのだが……
「何だ貴様らは!」
「ここがこの山の主(ぬし)、鬼入道様の領域と知ってのことか!」
「……おい、レイコ……どういうことだ?」
現在、鯉伴たちは沢山の妖怪たちに囲まれていた。
どうやらこの山の主の領域へと足を踏み入れてしまったらしい。
いや、薄々気付いてはいたが……
「……レイコ……お前まさか……」
「あなたたち、そこを退きなさい。私はそこでふんぞり返っている鬼入道とかいう奴に用があるのよ。」
「何ィ!人の子風情が鬼入道様に何の用だ!」
「決まってるでしょ?子分にするのよ。」
「……やっぱりな。」
さも当然の如く言い放ったレイコに、鯉伴はやっぱりかと深いため息をついた。
要するにあれだ。自分は都合良く利用されたのである。
やっとレイコの目論見が解った鯉伴であったが、やはりデートなどではなかった事実に、ちょっぴり泣きそうになった。
少しばかり楽しいデートを期待していただけに、余計にである。
そんな彼の悲しみなど知ったこっちゃないレイコは、子分らしい妖怪たちに自分たちの主を子分にする発言をしたせいで怒りを買っていた。
「何だと貴様!」
「人の子風情が鬼入道様を子分にするなど笑止千万!」
「あなたたちに用はないの。退きなさい。」
「――っ、この、小娘が!!」
レイコの見下した一言は、子分妖怪たちをより苛立たせた。
一斉にレイコたちに襲い掛かってきた子分妖怪たちに、鯉伴はやれやれと肩を竦めると、腰から刀を鞘ごと抜いた。
「レイコ……下がってな……「雑魚はお願いね!」……は?おいレイコ!?」
鯉伴がレイコを護るように背に庇おうとすると、それよりも早くレイコが鯉伴の横をすり抜けて妖怪たちの群れに突っ込んでいった。
「小娘ぇー!」
「えい!」
ボカっ!
「死ねー!」
「やあっ!」
ドゴォッ!
「…………」
鯉伴はレイコへと手を伸ばしたまま、固まった。
彼の視線の先には、たった一人で子分妖怪を蹴散らしているレイコの姿があった。
あんな今にも折れそうな程細くて頼りない木の枝一本で、何故あんなにも強いのか……
「……俺、いる意味あったか?」
「貴様は何者だー!」
「おっと!」
ゴスッ!
「ぐはっ!」
「――たくっ、相変わらず無茶苦茶な女だねぇ。」
鯉伴はレイコの強さに呆れながらも、彼女が動きやすいように子分たちの相手を引き受けていった。
そして、レイコはたった一人で熊よりも大きな鬼を相手に果敢に立ち向かったのであった。
*****
「――意外に呆気なかったわねぇ~」
「……そーかい。」
レイコの手には、先程倒した鬼入道に名を書かせた紙があった。
レイコは物の見事に山の主を倒したのである。
鯉伴の手を借りず、たった一人で……
「――本当に、レイコは人間とは思えねぇよな。」
「失礼ね。」
「褒めてんだよ。」
「どうかしら」
穏やかに会話をしながら、二人並んで街を歩く。
そんな中で、鯉伴は探るような視線をレイコに向けていた。
鯉伴は時折、本当にレイコが人間なのか疑いたくなることがある。
それが今回のような出来事である。
いくら霊力が強いとはいえ、陰陽師でも祓い屋でもない普通の人間の女にしては強すぎるのだ。
それに……気になることがある。
(――レイコから時折、妖気のような気配を感じることがある……それにさっきの戦いで、こいつ"畏"を発してなかったか?)
子分の相手をしていてハッキリとは見ていなかったが、あの妖気は確かにレイコから感じたように思う。
疑うあまり、鯉伴は無意識に「二代目」の顔をしてしまっていた。
じっと怪訝そうに目を細めてレイコを見つめていると、不意にレイコが足を止めた。
「――どうした?(やべ、見すぎたか?)」
「ここまででいいわ。」
「……何だ?家まで送るぜ?」
「結構よ。今日は楽しかったわ。ありがとう、鯉伴。」
「そーかい。きーつけて帰んな。」
「ええ」
「また明日な。」
「……さようなら。」
にっこりと笑ってそう言ったレイコは、振り返ることなく去って行った。
――いつもと変わらない笑顔に見えた。
そして、鯉伴はまた明日になればレイコに会えるのだと本気で思っていた。
これが彼女の最後の姿になるなどと……夢にも思わなかったのである。
その日から、レイコはぱったりと奴良組に訪れることがなくなった。
数日が経っても、数週間経ってもやって来ない。
堪らずに鯉伴がレイコの家に向かえば、そこで知った事実に、鯉伴は愕然とした。
――レイコはあの日の翌日、別の遠い親戚の家へと引き取られていったらしい。
鯉伴に何も告げず、奴良組の誰にも話さずに……
レイコを失った鯉伴の悲しみは計り知れなかっただろう。
鯉伴は最初、必死になってレイコの居場所を探そうとした。
――だが、それをするのを止めたのだ。
何故ならば、レイコは何も告げずに自分たちの前から姿を消したから……
引っ越すことが分かっていながら何も話さずにいなくなったのは、知られたくないからだ。
探して欲しくないのだと、鯉伴は悟った。
レイコにとって、奴良組は離れがたい場所ではなかったのだ。
それが解ってしまったから、鯉伴はレイコを探さなかった。
だって……少しでも自分たちを大切に思ってくれていたのならば、話してくれた筈だ。
もしもレイコがここに……奴良組にいたいと言ってくれたのならば、鯉伴は喜んでレイコを拐った。
だが、レイコはそれを望んではくれなかったのだ。
ある日の夜、鯉伴はレイコを失って初めて涙を流した。
乙女に続き、大切な女を二人も失った彼の悲しみが癒えるのは、ずっと先の事になる。
ある一人の女性――若菜と出会うまで……
「レイコ!今日こそ俺の嫁に……「ならないわよ」
「だったらデートにでも……」
「行かないわ」
「じゃ、じゃあ……」
「しつこいわよ、鯉伴。」
「だってよぉ~~」
鯉伴から日々口説かれているレイコであったが、毎度の如く鯉伴から受ける求婚の言葉も、甘い愛の囁きも、果てはデートの誘いすらバッサリと切り捨てている。
それはもう、心に入る隙などないと言いたげに……
嘗て遊び人の鯉さんとまで呼ばれた鯉伴でも、流石に間髪入れず断られてしまえばたじろぐ訳で……
「なあレイコ……」
「求婚は受けないし、デートもしないわ。何度も言っているでしょう?私は妖怪と恋愛したくないの。」
「何でそんなに頑なに妖怪を否定するだよ。妖怪嫌いなのか?」
「好きでも嫌いでもないわ。よく考えなさい。人間が妖怪と上手くいくわけないでしょ。」
「んなことねーよ。俺の親父とおふくろは相思相愛だったぞ!」
「それは貴方の両親が特殊なだけよ。第一、人間と妖怪以前に私は貴方にそういう意味では興味がないの。」
「んでだよー」
「好みじゃないわ」
「なっ!?」
「――あっ!ぬらりひょん、私と勝負しなさい。今日こそ勝つわ!」
バッサリと今度こそ本当に一刀両断され、鯉伴は撃沈した。
落ち込んで膝から崩れ落ちた鯉伴など見向きもせず、レイコは今日も宿敵ぬらりひょんに勝負を挑むのであった。
「こ……好みじゃねーて初めて女に言われた……」
「ふはは!流石の二代目もレイコには形無しだなぁ!」
「がんばってくださいよ~二代目!」
「「あははは!」」
「……てめーら……他人事だと思って楽しみやがって……くっそ~~!ぜってぇ振り向かせるぞレイコ!!」
今日も奴良組は変わらず賑やかで、毎度の如くレイコを口説く鯉伴とそれを一刀両断するレイコとのやり取りは、この頃にはすっかり奴良組の日常と化していたのであった。
ずっとこんな日が続くと誰もが思っていた。
そして皆、いつ鯉伴がレイコを落とすのか、それとも諦めるのかその結末を賭けたりして楽しみにしていた。
中には鯉伴がレイコを口説き落とし、三代目の誕生を夢見ていた者も少なくはなかった。
だが、その終わりは本当に突然やって来た。
「ねぇ鯉伴。今日は私とデートをしましょう。」
「…………は?」
誰もが我が耳を疑った。
鯉伴なんかは驚きすぎて食べていた饅頭を手から落としている。
「……ワリィ。もう一回言ってくれねぇか?」
「デートよ。デート!私に付き合いなさい。」
「……聞き間違いじゃなかった……」
どんなに毎日鯉伴が口説いてもデートに誘っても断り続けていたレイコが、まさか自分から鯉伴をデートに誘うとは……
その場にいた誰もが信じられないと言いたげに驚き、あれはレイコの偽物なのでは?なんて疑い出す輩までいたのだ。
誘われた鯉伴なんて、驚きすぎて冷や汗がすごいことになっている。
「……え、どういう風の吹き回しだい?」
「別に。たまには付き合ってあげてもいいかなって。と言うより、行きたい所があるのよ。」
「……へえ。何か企んでるな?」
「失礼ね。貴方は私を何だと思ってるのよ。」
「何って……惚れた女だよ。」
「ふーん。」
レイコは興味なさそうにそう呟くと、クルクルと髪を一房掴んで遊び始めた。
「……で、どうなの?付き合ってくれるの?くれないの?」
「お……おう!任せとけ!」
「……そう。じゃあ今から行きましょうか。」
「え、今から!?」
「そうよ。今から。ほら、さっさと行くわよ。」
「いて!いてて!いてーて!耳を引っ張るなよ!」
耳を人質に?レイコに強制的に連れていかれた鯉伴であったが、どこか嬉しそうにその声は弾んでいたと言う。
後にこの日を語る妖怪たちにはそう見えたのだと言う。
******
「……なあ、レイコよぉ……」
「――何?」
「俺たちはデートするんじゃなかったのか?」
「だから、デートしてるじゃない。」
「…………俺の知ってるデートってのは、男女が街を歩いたりだなぁ……」
「あら?年頃の男女が一緒に出掛ければ、それは何処たろうとデートではないの?もっとも……貴方は私よりも何百歳も年上だけど……」
「だからよぉ~、何で山なんて登ってんだい?」
――そう。現在レイコと鯉伴の二人は何故か山を登っていた。
てっきり街に行くものだとばかり思っていた鯉伴は困惑した。
何故に山?……と。
しかし当のレイコはまったく気にしていないようで、ズンズンと山の中を突き進んでいく。
「うーん、中々丁度いい大きさの物がないわねぇ~……」
「……何か探してるのか?そういや、お前が行きたいところって何処だ?この山の先か?」
「そうね。もっと奥かしら……仕方ないわね。少し細くて心持たないけど、これでいいわ。」
「……おい、何で木の枝なんて拾ってんだ?」
「この後必要になるからよ。」
レイコは山の奥へと進みながら、その途中で落ちている木の枝の中でも少し太いものを手に取ると、何故かそれを拾って再び歩き出した。
――この時、鯉伴は少しだけ嫌な予感を感じ始めていた。
*****
「――そろそろかしら……着いたわよ鯉伴。」
「あ?……おい、レイコ……」
道なき道を進み、時に足場の悪い岩場や崖などでは鯉伴に自分を運ばせたりなどして、人の足では危なくて決して進むことのできない道を突き進んでいくと、随分と山の奥までやって来てしまった。
山の奥へ奥へと進む度に濃くなる妖気。
それを感じないレイコではないのだが、鯉伴が途中で引き返そうと説得しようとしてもレイコは頑なに首を横に振り、進み続けた。
そして言われるままにここまで来てしまったのだが……
「何だ貴様らは!」
「ここがこの山の主(ぬし)、鬼入道様の領域と知ってのことか!」
「……おい、レイコ……どういうことだ?」
現在、鯉伴たちは沢山の妖怪たちに囲まれていた。
どうやらこの山の主の領域へと足を踏み入れてしまったらしい。
いや、薄々気付いてはいたが……
「……レイコ……お前まさか……」
「あなたたち、そこを退きなさい。私はそこでふんぞり返っている鬼入道とかいう奴に用があるのよ。」
「何ィ!人の子風情が鬼入道様に何の用だ!」
「決まってるでしょ?子分にするのよ。」
「……やっぱりな。」
さも当然の如く言い放ったレイコに、鯉伴はやっぱりかと深いため息をついた。
要するにあれだ。自分は都合良く利用されたのである。
やっとレイコの目論見が解った鯉伴であったが、やはりデートなどではなかった事実に、ちょっぴり泣きそうになった。
少しばかり楽しいデートを期待していただけに、余計にである。
そんな彼の悲しみなど知ったこっちゃないレイコは、子分らしい妖怪たちに自分たちの主を子分にする発言をしたせいで怒りを買っていた。
「何だと貴様!」
「人の子風情が鬼入道様を子分にするなど笑止千万!」
「あなたたちに用はないの。退きなさい。」
「――っ、この、小娘が!!」
レイコの見下した一言は、子分妖怪たちをより苛立たせた。
一斉にレイコたちに襲い掛かってきた子分妖怪たちに、鯉伴はやれやれと肩を竦めると、腰から刀を鞘ごと抜いた。
「レイコ……下がってな……「雑魚はお願いね!」……は?おいレイコ!?」
鯉伴がレイコを護るように背に庇おうとすると、それよりも早くレイコが鯉伴の横をすり抜けて妖怪たちの群れに突っ込んでいった。
「小娘ぇー!」
「えい!」
ボカっ!
「死ねー!」
「やあっ!」
ドゴォッ!
「…………」
鯉伴はレイコへと手を伸ばしたまま、固まった。
彼の視線の先には、たった一人で子分妖怪を蹴散らしているレイコの姿があった。
あんな今にも折れそうな程細くて頼りない木の枝一本で、何故あんなにも強いのか……
「……俺、いる意味あったか?」
「貴様は何者だー!」
「おっと!」
ゴスッ!
「ぐはっ!」
「――たくっ、相変わらず無茶苦茶な女だねぇ。」
鯉伴はレイコの強さに呆れながらも、彼女が動きやすいように子分たちの相手を引き受けていった。
そして、レイコはたった一人で熊よりも大きな鬼を相手に果敢に立ち向かったのであった。
*****
「――意外に呆気なかったわねぇ~」
「……そーかい。」
レイコの手には、先程倒した鬼入道に名を書かせた紙があった。
レイコは物の見事に山の主を倒したのである。
鯉伴の手を借りず、たった一人で……
「――本当に、レイコは人間とは思えねぇよな。」
「失礼ね。」
「褒めてんだよ。」
「どうかしら」
穏やかに会話をしながら、二人並んで街を歩く。
そんな中で、鯉伴は探るような視線をレイコに向けていた。
鯉伴は時折、本当にレイコが人間なのか疑いたくなることがある。
それが今回のような出来事である。
いくら霊力が強いとはいえ、陰陽師でも祓い屋でもない普通の人間の女にしては強すぎるのだ。
それに……気になることがある。
(――レイコから時折、妖気のような気配を感じることがある……それにさっきの戦いで、こいつ"畏"を発してなかったか?)
子分の相手をしていてハッキリとは見ていなかったが、あの妖気は確かにレイコから感じたように思う。
疑うあまり、鯉伴は無意識に「二代目」の顔をしてしまっていた。
じっと怪訝そうに目を細めてレイコを見つめていると、不意にレイコが足を止めた。
「――どうした?(やべ、見すぎたか?)」
「ここまででいいわ。」
「……何だ?家まで送るぜ?」
「結構よ。今日は楽しかったわ。ありがとう、鯉伴。」
「そーかい。きーつけて帰んな。」
「ええ」
「また明日な。」
「……さようなら。」
にっこりと笑ってそう言ったレイコは、振り返ることなく去って行った。
――いつもと変わらない笑顔に見えた。
そして、鯉伴はまた明日になればレイコに会えるのだと本気で思っていた。
これが彼女の最後の姿になるなどと……夢にも思わなかったのである。
その日から、レイコはぱったりと奴良組に訪れることがなくなった。
数日が経っても、数週間経ってもやって来ない。
堪らずに鯉伴がレイコの家に向かえば、そこで知った事実に、鯉伴は愕然とした。
――レイコはあの日の翌日、別の遠い親戚の家へと引き取られていったらしい。
鯉伴に何も告げず、奴良組の誰にも話さずに……
レイコを失った鯉伴の悲しみは計り知れなかっただろう。
鯉伴は最初、必死になってレイコの居場所を探そうとした。
――だが、それをするのを止めたのだ。
何故ならば、レイコは何も告げずに自分たちの前から姿を消したから……
引っ越すことが分かっていながら何も話さずにいなくなったのは、知られたくないからだ。
探して欲しくないのだと、鯉伴は悟った。
レイコにとって、奴良組は離れがたい場所ではなかったのだ。
それが解ってしまったから、鯉伴はレイコを探さなかった。
だって……少しでも自分たちを大切に思ってくれていたのならば、話してくれた筈だ。
もしもレイコがここに……奴良組にいたいと言ってくれたのならば、鯉伴は喜んでレイコを拐った。
だが、レイコはそれを望んではくれなかったのだ。
ある日の夜、鯉伴はレイコを失って初めて涙を流した。
乙女に続き、大切な女を二人も失った彼の悲しみが癒えるのは、ずっと先の事になる。
ある一人の女性――若菜と出会うまで……