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恋するチョコブラウニー

「今時男子にバレンタインにチョコなんて渡さないよねー」
「そうそう時代は友チョコだよ!」
何の取り柄もない私だけど、お菓子作りが大好き。だから、年に一度男の子にアピールできるはずの一大イベント。なのに、そういう時代じゃないんだね。高校生はもう男の子にバレンタインチョコを渡すってしないのかあ。はあ、溜め息。
「美奈子が作るお菓子は美味しいんだよねー、楽しみにして待ってる!」
女友達からキラキラした瞳でせがまれた。
嬉しい、嬉しいんだけど、本音をいうと、こんなふうにキラキラした瞳で待ってていてほしい人が他にいる。

そう、その名は不二山嵐くん。
柔道部勧誘のビラを配っている時には、私が既に別のクラブに所属していた。
思いきって柔道部に入部して接触するチャンスを作れば良かったのに、変に義理堅い性格が災いして、部活を乗りかえることができなかった。
こんな性格の私、浮気しないよ、お買い得だと思わない?なんて内心アピールしても、意味ないよね。

柔道部はマネージャーが不在なまま活動していて、とても申し訳ない気持ちになった。
少しでも力になれたらと、帰宅部の友達に柔道部マネージャーどう?と、私心を捨てて声を掛けてみたけど、亭主関白っぽい不二山くんは大変そうと突っぱねられ、けんもほろろに断られた。少しだけ話す男の子に柔道部部員にならない?って誘ってみても、もう不二山に断ってるからと拒否。柔道部にいない私が勧誘したところで何の説得力もない、わかってるよ。

誰か入部してーと願っていたある日、文化祭で柔道部が百人掛けイベントを開催していたので、料理部の交替時間の合間をぬってこっそり見学に行った。
男の子の壁にちっとも見えなくて諦めていると、気づいた男の子達が中に入れてくれて、あれよあれよと、どセンターという特等席に鎮座した。
皆の優しさに胸を熱くしながら見守り、その奮闘ぶりに更に胸を熱くする。
この興奮を胸に刻んだ私は、料理部を辞めようと決意した。

けれど、世の中そうは簡単に事が運ばないもので、いつも優しい部長から私の居る間は辞めさせないと脅迫されてしまい、つい笑顔で冗談ですと返してしまった。意志薄弱と責めないで!
そうすると、部長が先程とはうってかわって菩薩様のような微笑みをこちらに向け、大きく頷いた。
あー、怖かった。皆、いざという時は鬼にもなるのね。そんな鬼な部長も含め皆優しいし、部長が卒業するまで料理部で頑張っていくしかないと気を持ち直した。
その後、柔道部は何人か部員が入部したようで、私は密かに胸を撫で下ろした。
だって、嵐くんが独りで活動しなくて良くなったんだもの。

さて、柔道部の問題は解決したわ。あとは私の個人的問題よ。
私、不二山くんから柔道部勧誘の時に声を掛けられたっきりで、同じクラスという恩恵を受けないまま、まともに話したことがないのよ、信じられる?春からもう冬になっちゃったよー。
そんな男の子に突然チョコレートを渡すなんて、とってもハードルが高くない?友チョコだよって気軽に渡せたらいいんだけど、別に友達ですらないものね。
あー、柔道部に入部しなかった自分を恨んでも後の祭りよ、あーあ。

それでもなんとか不二山くんにささやかな気持ちを伝えたい私は、ある作戦が閃いた。
男女含めてクラス全員に配ったらいいんじゃない?そうしたら、不二山くんにもどさくさ紛れに渡せるし。
よーし、高校一年のバレンタイン、私は決めたよ!

さて、バレンタインデー前日。
家のキッチンでクラス全員分のチョコブラウニーを作り終えた。
ふうー。作りなれているとはいえ、終了時間がもう深夜よ。一人あたりのサイズが小さいけど、まず皆に配ることが目的なので許してね。
後はラッピングに取りかかる。不二山くんの分だけ少し大きいサイズで、チョコも別につけちゃった!ラッピングの見た目が全部同じだから、間違えないよう小さくマークをつけておこうっと。
もう今日だけど、明日頑張るぞ!

さあ、教室に足を踏み入れると、私のブラウニー屋さんが開店よー。
女の子とはチョコを交換し、男の子にも次々配給みたいに渡していく。
「えー、小波、いいの?」
義理とわかっていても、男の子達も結構喜んでくれている。
「美奈子のお菓子美味しいんだよー」
「小波がお菓子作って、女子同士で食ってるの見てたらいいよなーって思ってたんだよ」
そうなんだ。
「お口に合うかどうかわからないけど」
うふふーなんて喋りながら、視線はハンターのように嵐くんがどこにいるか確認する。肝心の人に渡せないと意味ないんだよー。
教室にはいない?どこにいるの?
私が焦っている横で、呑気に声を掛けてきた男の子。
「小波ー、オレもちょうだい」
おねだりされた男の子に、はいよとばかりにサッと手渡し、すぐさま教室を出た。

バレンタインは今日一日だけ。ああ、教室の壁を全部破壊しながら視界を広げ、不二山くんの居場所を見つけたいくらいよ。
不二山くん、どこー?

一人で探索は無理だと見切りをつけ、恥も外聞もかき捨てて、周囲の人に不二山くんを見かけなかったか探偵のように聞き込みをして回った。
「屋上行ったの見かけたな」
きゃー、ありがとう!
お礼を述べ私は階段をかけあがる…、と言いたいところだけど、すっかり疲れてノロノロ足を運んだ。文系女子のツライところよ。
はあー、いた。不二山くんの逞しいブレザー姿の背中が彼方に発見。
ただ、よくよく見ればその向こう側に女の子が立っていた。
それは、私がよく見知っている女の子。今時男子にバレンタインなんか渡さないって断言していた…。
見てはいけないものを見てしまった気がして、サッと背中を向け、景色を眺めているふりをした。
雲っているけど、いいお天気ー。ああ、風が吹いて寒い、凍えそう。
身を縮め、両腕を擦る。
間もなくして、パタパタと人が走っていく音が聞こえた。
どっちが残っているんだろう。ああ、頭の後ろに目があったら、髪を掻き分けて確認できるのに。
そろーっと振り返ってみると、不二山くんが屋上から下りるところだった。友達がいないから、彼女が先に出たようね。
私だって、ここで逃すわけにはいかない!
「不二山くん!」
大声出して呼び止めると、彼が振り返った。
「小波?」
ふと彼のブレザーの両ポケットに目をやると、ボコッと不恰好に膨らんでいた。ズボンの両ポケットもだ。よく見ると、ラッピングされたらしきものがはみ出ている。
きっとチョコレートだ!
みんなー、今時男子にチョコなんて渡さないんじゃなかったのー?ウソつきー。こんな友チョコ丸出しな簡素なブラウニーを渡すなんて、嫌だよ…、うっうっ。いいよ、いいよ、来年ちゃんとした本気のチョコ作るから!
「なに?寒ぃんだけど」
不二山くんの肩が少し上がってる。
「そうね、寒いよね」
私は急いで紙袋からブラウニーを取り出した。
「あの、これ、良かったらどうぞ」
ショボイラッピングがツライ。
「これ、おまえが作ったのか?」
「うん、皆に配ってて!友チョコかなっ」
よし、できるだけ軽く弾んだ声で言えたよ。
「へえ、すげー。じゃ、遠慮なく。どうもな」
ふうー、取りあえずミッション完成よ。
「そうだ、小波」
「はい」
なぜか敬語。だって、まともに話したのは春以来なんだよ、緊張するよね。
「おまえ、二年なったら柔道部来いよ」
「へ?」
「料理部の部長が、二年になったら小波渡すって」
なんの話をしているのか、さっぱり理解不能よ、説明してほしい。
「全然把握できていなんだけど、どういうこと?」
「春におまえを柔道部勧誘したろ。けど、料理部入部してるって聞いたから、小波寄越せって料理部部長に掛け合ったんだ」
私は目が点になった。
そんな、あなた、私があずかり知らないところで強引な。
「部長も自分が三年生でいる間は渡せねーって」
私、取り合いされてる。生まれて初めて味わうモテ気分。
「だから、勝負させろって言ったんだ」
カッコイイけど、相手は一応女の子よ、暴力沙汰は止めて、お願い!
「何をしたの」
ドキドキしながら手を合わせながら訊くと、不二山くんが腕を組んで仁王立ちした。
「じゃんけん」
内心おおいにずっこけたわ。うん、でも平和的な解決方法よね。
「で、負けた。絶対チョキ出すと思ったのに…。一発目で負けるとは。せめて三回戦くらいはやりたいよな?」
不二山くんが唇を噛んだ。
とにかく勝負に負けてしまったことが悔しいらしい。
「負けちまったし、この一年は小波に手ぇ出さねーって決めたんだ」
そんな、そんな、不二山くんが手ぇ出してくれたら、多分部長を振りきって柔道部に入部してたよ。そんな律儀に約束なんて守らなくていいんだよ?でも、そんな不二山くんが好き。
「ずっと、待っててくれたの?そんな、春に声掛けてくれたっきりなのに。他の子に声掛けてくれて良かったのよ」
違うけど、愛の告白を受けているような錯覚を起こして目眩がしてくる。
「空けとくって言ったろ。おまえのために」
だから、告白って勘違いしちゃうってば。恥ずかしい!
「あと、勝算はあったんだ。おまえが色んなヤツに柔道部勧誘してたってことも風の噂で耳に入ってた」
顔が赤くなってしまう。誰よ、口の軽い人は!
「文化祭んときの百人掛けも見にきてくれただろ。いつか絶対来るってな」
「気づいてたの?」
「男ばっかのなかでドセンターに女がいたら、嫌でも目に入る」
不二山くん視点だと、背後に男の子を従えてるように見えたんじゃないかと汗が出そうよ。
「来るだろ?来てほしい」
真っ直ぐな眼差しでそう問われたら。
「はい」
こう返事するしかないでしょ。
ただ柔道部のマネージャーになってほしいと言われているだけなのに、こんなに胸が弾むのは、嵐くんに必要とされているから。
教室へ向かう間、会話を交わせてとっても幸せ。柔道部の話をされただけだけど、内容云々じゃないのよ。私、頑張るからね!
ほくほくの気持ちで席につくと。
「小波」
クラスメイトの男の子。この人には教室出る寸前にブラウニー渡したよね。何の用かしら。二つもあげられないわよ。
彼は素早く周囲を見回すと、少し屈んで私に耳打ちしてきた。
どうしたの、距離が近い!
「さっき、皆で小波からもらったヤツ食ってたんだけど、オレのだけデカくて他にもチョコ入ってた。なんか意味ある?」
少し顔を赤くして、期待を込めたような表情でこちらを見つめてくる。
間違えて不二山くんの分を渡しちゃったみたい!不二山くんに渡す時もいっぱいいっぱいで、別口用マークなんて確認していなかったわ。
サーッと顔が青くなる。
「おい、小波に何か用?」
アワアワしていると、不二山くんがやってきた。
「不二山、いきなりなんだよ」
すると、不二山くんがバシッとひと言。
「こいつは俺んとこ来るんだから、気安く声掛けんな」
ドッキーン!なんなのその微妙に意味深なセリフは。
「えっ、そうなの?」
男の子が私を見下ろす。
こうなりゃ誤解でもなんでもいい!
私は首を縦に大きく振った。
あわよくば不二山くんのものになりたいっ!
「そっか。おめでとう!」
彼が両手を出して私達の肩へそれぞれ片方ずつポンと乗せた。
「触んな」
不二山くんが、私の肩に乗せられた彼の左手を軽く払う。
この展開に私は倒れそうよ。私達、あの春以来話していなかったというのに、この急接近はどうなってるの。
彼が去り、不二山くんに熱い視線で目を向けてしまう。
私、心臓破裂しそう!
「あぶねー。あいつもマネージャーにしようと企んでたのか」
えっ。
「小波が二年なったら、料理部辞める情報掴んだんかな。こっちはマネージャーなってもらう為にずっと辛抱してきたのに、横取りされてたまるか」
不二山くんが、真面目な顔して呟いた。
「それ?」
思わず私が問うと、不二山くんがこちらに向きなおった。
「は?それ以外に何があるんだ」
なんの邪心もなさそうな清清しい表情に、私はずっこけた。
うん、いいんだよ、不二山くん。私が勝手にお祭りしていただけだから!
「これから、よろしくな」
こんなちっぽけな乙女心なんて露知らず、さらっと爽やかな笑顔で向けられたら、ハートを撃ち抜かれた私はただただ頷くしかない。
不二山くんの大きな手のひらで、頭をくしゃっと撫でられる。
こちらこそよろしくね。
今年のバレンタインから、少しずつ何かが変わりそうです。


end

20200214
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