Fight!
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「あれ、美奈子、なんで弁当二つも持ってんだ。おまえも早弁用か?」
休み時間。
カバンの底へ沈んでしまったポケットティッシュを取るため、その上にドッカリ胡座をかいるお弁当入りランチトートを机の上に出すと、嵐くんが声をかけてきた。
「ううん。この大きい方は、琥一くん用なの」
私が大きい方のお弁当箱を指すと、嵐くんは考えこむようにジッと見つめたかと思えば、すぐこちらへ向きなおった。
「なぁ美奈子、弁当オレにも作って」
「うん、いいよ」
「そりゃあ、ダメだな」
聞き慣れた低い声が耳に飛び込んできた。
噂をすれば影とはよくいったもので、ズボンのポケットへ手を入れた琥一くんが現れ、嵐くんの隣に立った。
「なんで?」
「そりゃあ…アレだ。美奈子が一人分余計に作るとなりゃあ、もっと早起きしなきゃなんねぇだろうがよ」
何だか、琥一くんが気を遣ってくれてるみたい?
「別に一人分増えたところで、どうってことないよ。気にしないで」
琉夏くんの分も作ることがあるし、一緒一緒。
「だってよ」
私の言葉をうけ、嵐くんが琥一くんを見る。
「…いや、ホラ、食材だって一人分増えりゃあ、カネもかかんだろうが。不二山、オマエそこらへん考えたことなんかねぇだろ?」
「じゃあ、美奈子、俺の分だけ作って」
「ハァー?!」
「金かかんだから、次回おまえは遠慮したら。今回食うんだしさ」
「何が何でも美奈子の手作り弁当食う気か」
「琥一だけじゃずりーだろ。俺、食ったことねーんだもん。そもそもなんで琥一に弁当作ってんの?」
「幼なじみだし、色々と心配だから」
「じゃ、俺のことも心配しろ、美奈子」
「なんで美奈子がわざわざテメェの心配しなきゃなんねぇんだ」
琥一くんがすごんでみても、嵐くんは華麗にスルーし、腕組みしたかと思えば直ぐに何かが浮かんだようで、飄々と喋り出した。
「そういやさ、俺、おまえに腕試しさせろって言ったことあるよな?」
「ああ?あー、そんなこと聞いたような気ぃすんな」
「今させろ。俺が勝ったら、次回美奈子の手作り弁当は俺のもん。おまえは無しだ」
「ハァ?バカバカしい。んなこた、やってられっか」
「…負けんのが怖いか」
「おい、今なんて言ったコラ。やってやろうじゃねぇか」
周りの空気が一瞬にしてざわつき、ザザッと引き潮のように人が引いていく。
えっ、まさかここで喧嘩をおっぱじめるとか言わないよね…?
ダメだよ、教室内で喧嘩なんて!
体を張ってでも阻止しなくちゃ。
私の小さな体でも、飛び込んだら何とかなるよね。
「喧嘩なんかしちゃダメだからね!」
「こんなとこで喧嘩なんかするわけねーじゃん。問題起こして廃部になんかなりたくねぇからな」
嵐くんがしれっとした顔して否定した。
…そうだよね、柔道部が軌道にのってきたところなのに、喧嘩なんてするわけないよね。
念の為琥一くんの様子を窺うと、小さく頷いてる。
良かった。
琥一くんだって無闇に手を出す人じゃない。
「じゃ、なにで決着つけるよ」
「腕相撲なんかどうだ?」
「上等だ」
二人が不敵な笑いを浮かべながら教卓へ移動すると、思いっきり遠巻きに引いてた男の子達が、これまたザザッと満ち潮のように引き寄せられてきた。
柔道家と喧嘩屋、どっちが勝つのか、興味津々といった表情で野次馬が群がり、一種のお祭り騒ぎとなった。
二人がブレザーをバッと脱ぎ捨てるので、慌てて拾う。
「やっぱ桜井じゃね?体もデカイしさ」
「でも、不二山の筋肉見ろよ。すげーじゃん」
「桜井もすげーぞ」
男の子達は盛り上がってきて、どっちが勝つか明日の昼食代を賭け始めた。
「美奈子、俺勝つから」
嵐くんが、私をまっすぐ見据えてガッツポーズした。
ガッシリした逞しい腕。強そ!
「おい、何言ってやがんだ。俺が勝つに決まってんだろーがよ」
琥一くんは舌打ちしてから、私をチラリと見た。
ズボンのポケットから出した腕は、筋トレして鍛えてるだけあって、これまたガッシリしてる。
ううっ、こっちも強そ!
どっちを応援したらいいんだろう…。
「あの、二人とも頑張ってね」
「ああ」
「おう」
二人は教卓の上に右肘をつき、右手でお互いの手をガシッと握った。
左手は教卓の端をシッカリと掴んでいる。
もう既に睨み合ってて、威圧感満載。
隙をみては少しでも有利になるよう、自分の陣地へ腕を微妙に傾けている。
「おい、琥一。腕真っ直ぐしろよ」
「テメェこそ何気に傾けてやがるじゃねーか。スポーツマンシップはどうしたよ」
「これ、スポーツじゃねーもん」
「不二山…、テメェってヤツは…」
既にジリジリしている二人を見て、誰かが叫んだ。
「これじゃ、いつまでたっても始まらねーよ。小波さんが手握って合図したら」
えっ、私がレフリー?
「うんうん。小波さんが勝って欲しい方に、こっそり傾けちゃってもいいよ」
「じゃ、俺だな」
「バカ言うな。俺だろ」
二人はそう言い放って、同時にこちらへグッと凝視してくる。
獣に狙われた小鹿の気分。ひぇ、眼力凄いよ。
プレッシャーをかけられても…。
「小波さん、不二山に!」
「ダメダメ!俺桜井に賭けたんだから桜井ね!」
もうー、みんな好き勝手言って…。
私は二人のゴツゴツした手を、両手でギュッと覆った。
あれ?琥一くんの耳が赤くなった気がする。
「隙あり!」
そう思った途端、間髪入れず嵐くんが自分の右腕を一気に押しこみ、琥一くんの腕が教卓に叩きつけられた。
まだ、合図してないはずなんだけど…。
「ヨッシャ!勝った!」
嵐くんが拳を突き上げると、周囲は色んな意味でどよめいた。
「おい待ちやがれ。何勝利宣言してやがる。今のはフライングだろーが!」
「もう握ったとこから勝負は始まってる。一瞬でも気を抜いた方の負けだ」
キリッと腕組みしながら言い放つ嵐くんに、そうかな、と思ってしまいそうなこのマジック。
「汚ねぇぞ、コラ。不二山テメェ、スポーツマンだろーが」
「勝負事に卑怯もクソもねぇ。それにさっきも言ったけど、コレ、スポーツじゃねーから」
「なんだよ不二山!正々堂々とやれよ!反則負けだ」
「いや、不二山の勝ちでいいじゃん。桜井も普段はよくズルしてんだし!」
それぞれに賭けた男の子たちが、口々にまくしたてた。
嵐くんのマジックに簡単にひっかかるのは、どうも私くらいみたい?
「な?ほら、よくズルしてんじゃん、おまえもさ」
嵐くんは、ちっとも悪びれてる様子が無い。
「んだとー?不二山、テメェ…」
琥一くんが嵐くんの胸ぐらを掴むと、その腕を嵐くんがギリッと握り締める。
わわっ、一触即発…!
ギャラリーは一斉に数歩退いた。
みんな、男でしょ。止めようって人は、いないの?意気地なしー!
私は慌てて両手を挙げながら、二人の間に割って入った。
「待って待って」
真ん中に入ってくる私を二人が見下ろす。
「あのー、もう一回仕切り直しで、ね?」
「美奈子、琥一の肩持つんか」
嵐くんが不服そうに口をちょっと尖らせた。
「そういうわけじゃないけど、不意打ちは良くないかなーなんて…」
「わかった。おまえがそう言うんならやり直す」
「当然だろーが」
二人は再び教卓の前で向き合いガチッと手を組むと、ギャラリーがまた元の定位置に戻った。
火花がバチバチ散っていて、既にお互いジワジワと力を込めてるし、もう私の合図なんて必要ないんじゃない?
カッコだけでも、二人の手に置いた。
「では、いきます。…レディー、ゴー!」
最後はギャラリーも一斉に叫び、教室内には野太い歓声が響く。
腕を曲げた二人の盛り上がった筋肉は、ギュッと触りたくなっちゃうくらい逞しく、一進一退の攻防で、見ている方も思わずググッと手に汗握ってしまう。
二人の真剣な表情は本当にカッコよくて、その横顔につい見とれてしまった。
この真剣な表情を作っているモトは、私のお弁当って…。
そんなんでいいのかな?お弁当くらい作ってあげるのにね。
どっちが勝つんだろう。
「あれー。何してんの?楽しそ」
二人が男の意地をかけて、攻防を繰り広げてるところに、ふらりと琉夏くんが教室に入ってきた。
「琉夏くん」
「何これお弁当?うまそ。もーらいっ」
「あっ、それは琥一くんの分なの」
「俺の分は…?」
「琉夏くんは、別の人のお弁当貰うって聞いてたから、無いんだけど…」
「えー」
「ゴメンね…」
「なーんて、いいよ」
「おっ、琉夏じゃねーか。おまえもどっちに勝つか賭けね?明日の昼食賭けてんの」
「のった。じゃ、俺不二山」
「え、琥一くんじゃないの?」
「うん。不二山に賭けたけど、コウも頑張れ」
そう言いながら琥一くんの背後にまわり、彼のお尻をさり気なくサラッと撫でた。
「グワッ!」
琥一くんの力が一瞬緩んだところを見逃さず、嵐くんは右腕に体重を乗せるような感じで、一気にたたみかけた。
琥一くんの手の甲が、教卓へバンッと叩きつけられた音が響く。
一瞬シーンとした。
「バカルカァー!!」
沈黙を破ったのは、琥一くんの怒りの雄叫びだった。
「へ?何もしてねーよ」
「今、ルカッ、ケツ触っただろーが!もっぺんやり直しだ!」
琥一くんが噛みつくように、嵐くんへ再戦を要求すると、キョトンとした顔をして私を見た。
「なんで?却下。俺勝ったよな、美奈子」
「えっ…」
「俺はズルしてねーもん、な?」
「嵐くんは何もしてないけど…」
「ヨッシャー!」
私が言葉を続けるようとすると、まるで遮るように嵐くんは片手を挙げた。
その勝利宣言に、歓喜と怒号が入り混じったどよめきが起こった。
「今度は不二山なんもしてねーもんな!よくやった」
「なんでだよ、琉夏がチャチャ入れてきたからだろ!俺もケツ触ってんの見た。やり直しだ!」
嵐くんは頭を撫でられたり腕を掴まれたり、賞賛を浴びている。
かたや、琥一くんは教卓を蹴って、嵐くんにつかみかかろうとする
ギャラリー達も必死だ。
阿鼻叫喚って、こういうのかもしれない。
「おーい、何騒いでる?授業始めるぞー!席につけー!」
大迫先生の登場で、琥一くんの抗議はむなしくかき消された。
「あの…、琥一くん」
「後でルカをシメてやんべ」
「シメるだなんて。琥一くん、許してあげてよ」
そう言って頭から湯気が沸いてる琥一くんの手を押さえると、また耳が赤くなったような気がした。
「チッ…今日のところはオマエのメシにありつけるから、勘弁してやらぁ」
ああ、良かった。もう喧嘩とか嫌だよ。
ホッとしながら、既に席に着いてる嵐くんと琉夏くんの横を通り過ぎようとした。
二人の席は前後に列んでて、通路側に背を向け、こそこそと何か話している。
二人はコツンと拳をつきあわせていた。
「よくやった、琉夏」
「どういたしまして」
「早く来ねーから、時間稼ぎしたぞ」
「そうなんだ?」
「そう。アレで決着ついたら、それはそれで良かったんだけど」
「それは困る」
「ふーん?俺さ、おまえがあんなんしなくても勝つ自信はあったぞ」
「いや、俺も懲らしめたかったからさ。それにしても、ラッキーだった。昼飯代の賭けまでやってるとは思わなかった」
「うん。あいつキレてんだろーな」
「こっそり美奈子の手作り弁当を食おうとしたから、天罰なんだ」
「そだな」
二人は悪そうな顔してニヤリと笑った。
ああ…。この二人、タッグ組んでたんだ…。
琥一くんは、離れた席から二人の背中を射るような目で睨んでいた。
怖っ!
血を見ないようにするには、自分の分も含めてお弁当四人分用意しよう…。
私は三人の好きなおかずを思いだしながら、急いで献立をノートに書き記した。
end
20100902
休み時間。
カバンの底へ沈んでしまったポケットティッシュを取るため、その上にドッカリ胡座をかいるお弁当入りランチトートを机の上に出すと、嵐くんが声をかけてきた。
「ううん。この大きい方は、琥一くん用なの」
私が大きい方のお弁当箱を指すと、嵐くんは考えこむようにジッと見つめたかと思えば、すぐこちらへ向きなおった。
「なぁ美奈子、弁当オレにも作って」
「うん、いいよ」
「そりゃあ、ダメだな」
聞き慣れた低い声が耳に飛び込んできた。
噂をすれば影とはよくいったもので、ズボンのポケットへ手を入れた琥一くんが現れ、嵐くんの隣に立った。
「なんで?」
「そりゃあ…アレだ。美奈子が一人分余計に作るとなりゃあ、もっと早起きしなきゃなんねぇだろうがよ」
何だか、琥一くんが気を遣ってくれてるみたい?
「別に一人分増えたところで、どうってことないよ。気にしないで」
琉夏くんの分も作ることがあるし、一緒一緒。
「だってよ」
私の言葉をうけ、嵐くんが琥一くんを見る。
「…いや、ホラ、食材だって一人分増えりゃあ、カネもかかんだろうが。不二山、オマエそこらへん考えたことなんかねぇだろ?」
「じゃあ、美奈子、俺の分だけ作って」
「ハァー?!」
「金かかんだから、次回おまえは遠慮したら。今回食うんだしさ」
「何が何でも美奈子の手作り弁当食う気か」
「琥一だけじゃずりーだろ。俺、食ったことねーんだもん。そもそもなんで琥一に弁当作ってんの?」
「幼なじみだし、色々と心配だから」
「じゃ、俺のことも心配しろ、美奈子」
「なんで美奈子がわざわざテメェの心配しなきゃなんねぇんだ」
琥一くんがすごんでみても、嵐くんは華麗にスルーし、腕組みしたかと思えば直ぐに何かが浮かんだようで、飄々と喋り出した。
「そういやさ、俺、おまえに腕試しさせろって言ったことあるよな?」
「ああ?あー、そんなこと聞いたような気ぃすんな」
「今させろ。俺が勝ったら、次回美奈子の手作り弁当は俺のもん。おまえは無しだ」
「ハァ?バカバカしい。んなこた、やってられっか」
「…負けんのが怖いか」
「おい、今なんて言ったコラ。やってやろうじゃねぇか」
周りの空気が一瞬にしてざわつき、ザザッと引き潮のように人が引いていく。
えっ、まさかここで喧嘩をおっぱじめるとか言わないよね…?
ダメだよ、教室内で喧嘩なんて!
体を張ってでも阻止しなくちゃ。
私の小さな体でも、飛び込んだら何とかなるよね。
「喧嘩なんかしちゃダメだからね!」
「こんなとこで喧嘩なんかするわけねーじゃん。問題起こして廃部になんかなりたくねぇからな」
嵐くんがしれっとした顔して否定した。
…そうだよね、柔道部が軌道にのってきたところなのに、喧嘩なんてするわけないよね。
念の為琥一くんの様子を窺うと、小さく頷いてる。
良かった。
琥一くんだって無闇に手を出す人じゃない。
「じゃ、なにで決着つけるよ」
「腕相撲なんかどうだ?」
「上等だ」
二人が不敵な笑いを浮かべながら教卓へ移動すると、思いっきり遠巻きに引いてた男の子達が、これまたザザッと満ち潮のように引き寄せられてきた。
柔道家と喧嘩屋、どっちが勝つのか、興味津々といった表情で野次馬が群がり、一種のお祭り騒ぎとなった。
二人がブレザーをバッと脱ぎ捨てるので、慌てて拾う。
「やっぱ桜井じゃね?体もデカイしさ」
「でも、不二山の筋肉見ろよ。すげーじゃん」
「桜井もすげーぞ」
男の子達は盛り上がってきて、どっちが勝つか明日の昼食代を賭け始めた。
「美奈子、俺勝つから」
嵐くんが、私をまっすぐ見据えてガッツポーズした。
ガッシリした逞しい腕。強そ!
「おい、何言ってやがんだ。俺が勝つに決まってんだろーがよ」
琥一くんは舌打ちしてから、私をチラリと見た。
ズボンのポケットから出した腕は、筋トレして鍛えてるだけあって、これまたガッシリしてる。
ううっ、こっちも強そ!
どっちを応援したらいいんだろう…。
「あの、二人とも頑張ってね」
「ああ」
「おう」
二人は教卓の上に右肘をつき、右手でお互いの手をガシッと握った。
左手は教卓の端をシッカリと掴んでいる。
もう既に睨み合ってて、威圧感満載。
隙をみては少しでも有利になるよう、自分の陣地へ腕を微妙に傾けている。
「おい、琥一。腕真っ直ぐしろよ」
「テメェこそ何気に傾けてやがるじゃねーか。スポーツマンシップはどうしたよ」
「これ、スポーツじゃねーもん」
「不二山…、テメェってヤツは…」
既にジリジリしている二人を見て、誰かが叫んだ。
「これじゃ、いつまでたっても始まらねーよ。小波さんが手握って合図したら」
えっ、私がレフリー?
「うんうん。小波さんが勝って欲しい方に、こっそり傾けちゃってもいいよ」
「じゃ、俺だな」
「バカ言うな。俺だろ」
二人はそう言い放って、同時にこちらへグッと凝視してくる。
獣に狙われた小鹿の気分。ひぇ、眼力凄いよ。
プレッシャーをかけられても…。
「小波さん、不二山に!」
「ダメダメ!俺桜井に賭けたんだから桜井ね!」
もうー、みんな好き勝手言って…。
私は二人のゴツゴツした手を、両手でギュッと覆った。
あれ?琥一くんの耳が赤くなった気がする。
「隙あり!」
そう思った途端、間髪入れず嵐くんが自分の右腕を一気に押しこみ、琥一くんの腕が教卓に叩きつけられた。
まだ、合図してないはずなんだけど…。
「ヨッシャ!勝った!」
嵐くんが拳を突き上げると、周囲は色んな意味でどよめいた。
「おい待ちやがれ。何勝利宣言してやがる。今のはフライングだろーが!」
「もう握ったとこから勝負は始まってる。一瞬でも気を抜いた方の負けだ」
キリッと腕組みしながら言い放つ嵐くんに、そうかな、と思ってしまいそうなこのマジック。
「汚ねぇぞ、コラ。不二山テメェ、スポーツマンだろーが」
「勝負事に卑怯もクソもねぇ。それにさっきも言ったけど、コレ、スポーツじゃねーから」
「なんだよ不二山!正々堂々とやれよ!反則負けだ」
「いや、不二山の勝ちでいいじゃん。桜井も普段はよくズルしてんだし!」
それぞれに賭けた男の子たちが、口々にまくしたてた。
嵐くんのマジックに簡単にひっかかるのは、どうも私くらいみたい?
「な?ほら、よくズルしてんじゃん、おまえもさ」
嵐くんは、ちっとも悪びれてる様子が無い。
「んだとー?不二山、テメェ…」
琥一くんが嵐くんの胸ぐらを掴むと、その腕を嵐くんがギリッと握り締める。
わわっ、一触即発…!
ギャラリーは一斉に数歩退いた。
みんな、男でしょ。止めようって人は、いないの?意気地なしー!
私は慌てて両手を挙げながら、二人の間に割って入った。
「待って待って」
真ん中に入ってくる私を二人が見下ろす。
「あのー、もう一回仕切り直しで、ね?」
「美奈子、琥一の肩持つんか」
嵐くんが不服そうに口をちょっと尖らせた。
「そういうわけじゃないけど、不意打ちは良くないかなーなんて…」
「わかった。おまえがそう言うんならやり直す」
「当然だろーが」
二人は再び教卓の前で向き合いガチッと手を組むと、ギャラリーがまた元の定位置に戻った。
火花がバチバチ散っていて、既にお互いジワジワと力を込めてるし、もう私の合図なんて必要ないんじゃない?
カッコだけでも、二人の手に置いた。
「では、いきます。…レディー、ゴー!」
最後はギャラリーも一斉に叫び、教室内には野太い歓声が響く。
腕を曲げた二人の盛り上がった筋肉は、ギュッと触りたくなっちゃうくらい逞しく、一進一退の攻防で、見ている方も思わずググッと手に汗握ってしまう。
二人の真剣な表情は本当にカッコよくて、その横顔につい見とれてしまった。
この真剣な表情を作っているモトは、私のお弁当って…。
そんなんでいいのかな?お弁当くらい作ってあげるのにね。
どっちが勝つんだろう。
「あれー。何してんの?楽しそ」
二人が男の意地をかけて、攻防を繰り広げてるところに、ふらりと琉夏くんが教室に入ってきた。
「琉夏くん」
「何これお弁当?うまそ。もーらいっ」
「あっ、それは琥一くんの分なの」
「俺の分は…?」
「琉夏くんは、別の人のお弁当貰うって聞いてたから、無いんだけど…」
「えー」
「ゴメンね…」
「なーんて、いいよ」
「おっ、琉夏じゃねーか。おまえもどっちに勝つか賭けね?明日の昼食賭けてんの」
「のった。じゃ、俺不二山」
「え、琥一くんじゃないの?」
「うん。不二山に賭けたけど、コウも頑張れ」
そう言いながら琥一くんの背後にまわり、彼のお尻をさり気なくサラッと撫でた。
「グワッ!」
琥一くんの力が一瞬緩んだところを見逃さず、嵐くんは右腕に体重を乗せるような感じで、一気にたたみかけた。
琥一くんの手の甲が、教卓へバンッと叩きつけられた音が響く。
一瞬シーンとした。
「バカルカァー!!」
沈黙を破ったのは、琥一くんの怒りの雄叫びだった。
「へ?何もしてねーよ」
「今、ルカッ、ケツ触っただろーが!もっぺんやり直しだ!」
琥一くんが噛みつくように、嵐くんへ再戦を要求すると、キョトンとした顔をして私を見た。
「なんで?却下。俺勝ったよな、美奈子」
「えっ…」
「俺はズルしてねーもん、な?」
「嵐くんは何もしてないけど…」
「ヨッシャー!」
私が言葉を続けるようとすると、まるで遮るように嵐くんは片手を挙げた。
その勝利宣言に、歓喜と怒号が入り混じったどよめきが起こった。
「今度は不二山なんもしてねーもんな!よくやった」
「なんでだよ、琉夏がチャチャ入れてきたからだろ!俺もケツ触ってんの見た。やり直しだ!」
嵐くんは頭を撫でられたり腕を掴まれたり、賞賛を浴びている。
かたや、琥一くんは教卓を蹴って、嵐くんにつかみかかろうとする
ギャラリー達も必死だ。
阿鼻叫喚って、こういうのかもしれない。
「おーい、何騒いでる?授業始めるぞー!席につけー!」
大迫先生の登場で、琥一くんの抗議はむなしくかき消された。
「あの…、琥一くん」
「後でルカをシメてやんべ」
「シメるだなんて。琥一くん、許してあげてよ」
そう言って頭から湯気が沸いてる琥一くんの手を押さえると、また耳が赤くなったような気がした。
「チッ…今日のところはオマエのメシにありつけるから、勘弁してやらぁ」
ああ、良かった。もう喧嘩とか嫌だよ。
ホッとしながら、既に席に着いてる嵐くんと琉夏くんの横を通り過ぎようとした。
二人の席は前後に列んでて、通路側に背を向け、こそこそと何か話している。
二人はコツンと拳をつきあわせていた。
「よくやった、琉夏」
「どういたしまして」
「早く来ねーから、時間稼ぎしたぞ」
「そうなんだ?」
「そう。アレで決着ついたら、それはそれで良かったんだけど」
「それは困る」
「ふーん?俺さ、おまえがあんなんしなくても勝つ自信はあったぞ」
「いや、俺も懲らしめたかったからさ。それにしても、ラッキーだった。昼飯代の賭けまでやってるとは思わなかった」
「うん。あいつキレてんだろーな」
「こっそり美奈子の手作り弁当を食おうとしたから、天罰なんだ」
「そだな」
二人は悪そうな顔してニヤリと笑った。
ああ…。この二人、タッグ組んでたんだ…。
琥一くんは、離れた席から二人の背中を射るような目で睨んでいた。
怖っ!
血を見ないようにするには、自分の分も含めてお弁当四人分用意しよう…。
私は三人の好きなおかずを思いだしながら、急いで献立をノートに書き記した。
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