思わせぶりのたんぽぽが咲く
「赤城くん、これ、頼まれもの」
彼女が僕に差し出してきたものは、僕が氷上くんに貸していた本だった。
「ありがとう。荷物になったんじゃない?」
「それくらい全然」
律儀な氷上くんならば人づてなんかじゃ無く、直接自分から返してくるはずだけど、そんな彼が彼女を介して本を返しに来たのには訳がある。
はば学で生徒会の会議があった時、氷上くんが天文に興味があると話し出した。
そこで僕の読んでいた本を貸してあげると、彼は目を輝かせて喜んでくれた。
そして、どういった流れでその話題になったのかは定かじゃないけれど、僕に向かって君も彼女のことが好きなんだよね、と訊いてきた。
今まで態度に出していたつもりは無かったのに、鋭い彼の指摘にドキリとした。
引っかかったのは、君もという箇所。
氷上くんが気づいたのは、彼も彼女に好意を寄せていたからなのかと合点がいった。
彼はそれに勘づいたようで、彼女とは親友なのでそんなんじゃないんだと、必死に言い繕ってきた。
僕は彼の弁明を素直に受け取るふりをした。
あまり突っ込んでは彼のプライドを傷つけてしまうと直感が働いたからだ。
そして、驚いたことに氷上くんが君達を応援したいと申し出てきた。
僕が怪訝な表情をしていたんだろう。
氷上くんはあわてたように言葉を継いだ。
「僕がこんなことを勝手にするのは間違ってるかもしれない。でも、お似合いの二人なのに勿体無いよ。僕は大好きな人の為に力になりたいだけなんだ」
氷上くんは、言葉を重ねてきた。
「僕はね、小波くんも赤城くんも大好きなんだよ。おかしいかな?」
氷上くんをマジマジと見たが、表情は晴れ晴れとしていて邪推する余地すら与えない。
彼は、意地っ張りな僕よりもずっと素直で私欲を捨てて動けるヤツなんだ。
なかなか自分から切り出せない僕に助け舟を出してくれた彼へ敬意を払い、ありがたくその好意を受け取ることにした。
氷上くんは学校が違ってなかなか会う機会が無い僕に、今回彼女と会う口実を作ってくれた。
その口実とは、彼女が氷上くんの代理で僕の本を返却するという任務。
今日はそんな経緯があって、晴れて彼女と会うことが出来た。
見上げると、文字通りすっきり晴れた青空からは紫外線をビシビシ感じて痛いくらいだ。
「気持ちいいなー。寝転んじゃお」
君は雑草がびっしり生えてる地面へ、てらいもなく仰向けにゴロンと寝転がり始めた。
細かい草が彼女の髪に絡まり始めたけれど、一向に気にする様子は無い。
相変わらず自由な感じだな。
眺めていると、彼女がクスリと笑って呟いた。
「赤城くんは横にならないの?あ、制服が汚れるから気になるかな」
「別に気にしないよ」
そんな言い方されると、まるで僕が神経質な男みたいじゃないか。
でも、君の隣りへ寝転がるにはあまりにも距離が近すぎるので、少し離れて仰向けに寝転がる。
「ねぇ、赤城くんって、どんな本読んでるの?」
僕の鞄の上に置いてあるさっきの本を指差してきた。
「まあ、君は興味無いと思うよ」
「あっ、バカにしてー!貸してよ」
「いいよ、どうぞ」
君は勇んで本を開いてみたものの、二段組の文章に目を白黒させている。
「うわあ、字が小さくて多いね。書いてる内容も難しそうだし。あー、ダメ!普段漫画くらいしか読まないから、眠くなってきた」
「はは、その本は君に必要ないみたいだな」
「そんなことないよ。ほら」
そう言って開いた本を自分の目の上に覆う。
「はは、アイマスク代わりか。そんな使い道もあるんだな」
僕がからかうと、イタズラが見つかった子供のように、少し本を持ち上げてニヤリとする。
「ねえ、もう少しこっち来ない?喋るのにちょっと遠いんだけど」
右手に本を小脇に抱え、左手を肘枕にしながら、僕の方へ寝そべったままゴロリと体を向けてきた。
お互い寝そべった状態なので、不覚にも心拍数が上がる。
「来ないの?」
「そのまま君に襲われそうだからね」
「襲うって失礼な」
「冗談だよ」
そう笑って君の傍へにじり寄った。
間近に迫る君の顔は予想以上に瞳が澄んでいて、ちょっとドギマギする。
可愛らしい顔だと思っていたが、目と鼻の先でじっくり眺めてみると、とても綺麗な顔だちをしているんだなと新たに発見した。
「このたんぽぽ、可愛いよね」
君が少し目を伏せて、僕達の間にチョコンと咲いてるたんぽぽを見つめだしたので、僕も僅かに目線を下げた。
「君みたいだ」
「え?」
「たんぽぽって雑草だろ?たくましい君にピッタリだな」
「どうせたくましいですよ」
そう言って大きく息を吸い込んだかと思うと、黄色いたんぽぽの隣りに並んでいる綿毛を勢いよく僕の顔へ吹きかけた。
たんぽぽの綿毛が舞い上がり、僕の顔やら髪やらに纏わりついてくる。
「ひどいなあ」
「ひどいこと言ったのは赤城くんでしょ」
「あはは、ごめん。でもさ、僕はたくましい女の子が好きなんだけど」
「ふーん」
口をとがらせるものの、頬の緩みが隠せていない。そんなところが可愛くて、こっちの頬も緩む。
「じゃあさ、そんなたくましくて可愛い女の子にしてみたいことってある?」
「そうだなあ。こんなに近いんだし、キスしてみたいな」
「えっ?」
「なんてな。止めとく。噛みつかれそうだから」
軽口をたたいてごまかした。
・・実はキスをしたことがない。
こっちも、なんかこう、心の準備がいるし。
キスの話はそれで終わったと思い、別の話題をふろうとした時。
「いいよ」
君が発した肯定に、今度は僕がええっ!?と聞き返しそうになる。
何でもないと言った口調で返答するもんだから、彼女は経験有りかと一瞬焦ったけれど、そう言ってギュッと目を閉じた君は微かに震えていた。
緊張がグイグイ伝わってきて、強がる君にこのままキスをしてしまっていいのか躊躇する。
「じゃ、遠慮なく」
そんな気持ちはさらさら無かったのに、つい自分の気持ちとは裏腹な言葉を口にしてしまう。
僕もこう返事してしまった以上は引っ込みがつかない。
彼女も経験無しっぽいから、僕が初めてだということはバレないはず・・。
いや、どうだろう。
片肘をつき、君の肩へ空いた方の手を添えてキスしようとすると、いきなり目の前に壁が立ちふさがった。
「ちょっと待って」
僕達の間へ無粋にも入り込んできたものは、彼女がアイマスク代わりにしていた僕の本だった。
この本はストッパーという使い道まで兼ねるんだな。
遮断されて残念な気持ちと安堵した気持ちがない交ぜに行き来した。
「何だよ。思わせぶりなことしておいてさあ」
ちゃっかり悪態はついてみるものの、どうやら安堵する気持ちの方が勝っているのが何とも情けない。
僕もまだまだだな。
「この本返すね」
有無をいわさず僕の胸に本を押し付け、立ち上がった。
僕も苦笑しながら起き上がり、本を鞄にしまおうとすると、しおりがハラリと落ちた。
そのしおりを君が拾って照れくさそうに渡してくれる。
「ありがとう」
受け取ると、しおりのイラストが目に飛び込んできた。
たんぽぽのイラストだ。
花言葉に思わせぶりと印字されている。
まさに今の君にピッタリだな。
僕が戦意喪失しているのに気づいたのか、チョコンと僕の隣りへ屈んできた。
「今日は氷上くんのおかげだね」
「え?」
「何でもない」
そう言いながら、また思わせぶりな表情でニッコリ笑いかけてくる。
氷上くんは何と言って彼女に本を渡したんだろうか。
きっと嘘がつけない真っ直ぐな彼のことだから、何かしらボロが出てしまって、ニブイ彼女も察したに違いない
思わず苦笑してしまった。
他力本願はいけなかったな。
手の内を全部見すかされたようで、気恥ずかしい。
所在なく佇んでると、何事も無かったかのように足元にあるたんぽぽを見ながら君が僕を見る。
「今度は、キス出来たらいいな。私がキスを奪ってみるくらいの」
「それはどうかなあ?」
あてにならない君の宣言に場の空気が和み、顔を見合わせてどちらからともなく笑った。
やっぱり笑うと、君はたくましくて可愛いたんぽぽみたいだ。
ああ、思わせぶりのたんぽぽが咲く。
しおりを本にポンと挟み、何はともあれ氷上くんに口実を作ってくれたお礼をしないとな、なんて考えながら君の手をとった。
end
20100615
彼女が僕に差し出してきたものは、僕が氷上くんに貸していた本だった。
「ありがとう。荷物になったんじゃない?」
「それくらい全然」
律儀な氷上くんならば人づてなんかじゃ無く、直接自分から返してくるはずだけど、そんな彼が彼女を介して本を返しに来たのには訳がある。
はば学で生徒会の会議があった時、氷上くんが天文に興味があると話し出した。
そこで僕の読んでいた本を貸してあげると、彼は目を輝かせて喜んでくれた。
そして、どういった流れでその話題になったのかは定かじゃないけれど、僕に向かって君も彼女のことが好きなんだよね、と訊いてきた。
今まで態度に出していたつもりは無かったのに、鋭い彼の指摘にドキリとした。
引っかかったのは、君もという箇所。
氷上くんが気づいたのは、彼も彼女に好意を寄せていたからなのかと合点がいった。
彼はそれに勘づいたようで、彼女とは親友なのでそんなんじゃないんだと、必死に言い繕ってきた。
僕は彼の弁明を素直に受け取るふりをした。
あまり突っ込んでは彼のプライドを傷つけてしまうと直感が働いたからだ。
そして、驚いたことに氷上くんが君達を応援したいと申し出てきた。
僕が怪訝な表情をしていたんだろう。
氷上くんはあわてたように言葉を継いだ。
「僕がこんなことを勝手にするのは間違ってるかもしれない。でも、お似合いの二人なのに勿体無いよ。僕は大好きな人の為に力になりたいだけなんだ」
氷上くんは、言葉を重ねてきた。
「僕はね、小波くんも赤城くんも大好きなんだよ。おかしいかな?」
氷上くんをマジマジと見たが、表情は晴れ晴れとしていて邪推する余地すら与えない。
彼は、意地っ張りな僕よりもずっと素直で私欲を捨てて動けるヤツなんだ。
なかなか自分から切り出せない僕に助け舟を出してくれた彼へ敬意を払い、ありがたくその好意を受け取ることにした。
氷上くんは学校が違ってなかなか会う機会が無い僕に、今回彼女と会う口実を作ってくれた。
その口実とは、彼女が氷上くんの代理で僕の本を返却するという任務。
今日はそんな経緯があって、晴れて彼女と会うことが出来た。
見上げると、文字通りすっきり晴れた青空からは紫外線をビシビシ感じて痛いくらいだ。
「気持ちいいなー。寝転んじゃお」
君は雑草がびっしり生えてる地面へ、てらいもなく仰向けにゴロンと寝転がり始めた。
細かい草が彼女の髪に絡まり始めたけれど、一向に気にする様子は無い。
相変わらず自由な感じだな。
眺めていると、彼女がクスリと笑って呟いた。
「赤城くんは横にならないの?あ、制服が汚れるから気になるかな」
「別に気にしないよ」
そんな言い方されると、まるで僕が神経質な男みたいじゃないか。
でも、君の隣りへ寝転がるにはあまりにも距離が近すぎるので、少し離れて仰向けに寝転がる。
「ねぇ、赤城くんって、どんな本読んでるの?」
僕の鞄の上に置いてあるさっきの本を指差してきた。
「まあ、君は興味無いと思うよ」
「あっ、バカにしてー!貸してよ」
「いいよ、どうぞ」
君は勇んで本を開いてみたものの、二段組の文章に目を白黒させている。
「うわあ、字が小さくて多いね。書いてる内容も難しそうだし。あー、ダメ!普段漫画くらいしか読まないから、眠くなってきた」
「はは、その本は君に必要ないみたいだな」
「そんなことないよ。ほら」
そう言って開いた本を自分の目の上に覆う。
「はは、アイマスク代わりか。そんな使い道もあるんだな」
僕がからかうと、イタズラが見つかった子供のように、少し本を持ち上げてニヤリとする。
「ねえ、もう少しこっち来ない?喋るのにちょっと遠いんだけど」
右手に本を小脇に抱え、左手を肘枕にしながら、僕の方へ寝そべったままゴロリと体を向けてきた。
お互い寝そべった状態なので、不覚にも心拍数が上がる。
「来ないの?」
「そのまま君に襲われそうだからね」
「襲うって失礼な」
「冗談だよ」
そう笑って君の傍へにじり寄った。
間近に迫る君の顔は予想以上に瞳が澄んでいて、ちょっとドギマギする。
可愛らしい顔だと思っていたが、目と鼻の先でじっくり眺めてみると、とても綺麗な顔だちをしているんだなと新たに発見した。
「このたんぽぽ、可愛いよね」
君が少し目を伏せて、僕達の間にチョコンと咲いてるたんぽぽを見つめだしたので、僕も僅かに目線を下げた。
「君みたいだ」
「え?」
「たんぽぽって雑草だろ?たくましい君にピッタリだな」
「どうせたくましいですよ」
そう言って大きく息を吸い込んだかと思うと、黄色いたんぽぽの隣りに並んでいる綿毛を勢いよく僕の顔へ吹きかけた。
たんぽぽの綿毛が舞い上がり、僕の顔やら髪やらに纏わりついてくる。
「ひどいなあ」
「ひどいこと言ったのは赤城くんでしょ」
「あはは、ごめん。でもさ、僕はたくましい女の子が好きなんだけど」
「ふーん」
口をとがらせるものの、頬の緩みが隠せていない。そんなところが可愛くて、こっちの頬も緩む。
「じゃあさ、そんなたくましくて可愛い女の子にしてみたいことってある?」
「そうだなあ。こんなに近いんだし、キスしてみたいな」
「えっ?」
「なんてな。止めとく。噛みつかれそうだから」
軽口をたたいてごまかした。
・・実はキスをしたことがない。
こっちも、なんかこう、心の準備がいるし。
キスの話はそれで終わったと思い、別の話題をふろうとした時。
「いいよ」
君が発した肯定に、今度は僕がええっ!?と聞き返しそうになる。
何でもないと言った口調で返答するもんだから、彼女は経験有りかと一瞬焦ったけれど、そう言ってギュッと目を閉じた君は微かに震えていた。
緊張がグイグイ伝わってきて、強がる君にこのままキスをしてしまっていいのか躊躇する。
「じゃ、遠慮なく」
そんな気持ちはさらさら無かったのに、つい自分の気持ちとは裏腹な言葉を口にしてしまう。
僕もこう返事してしまった以上は引っ込みがつかない。
彼女も経験無しっぽいから、僕が初めてだということはバレないはず・・。
いや、どうだろう。
片肘をつき、君の肩へ空いた方の手を添えてキスしようとすると、いきなり目の前に壁が立ちふさがった。
「ちょっと待って」
僕達の間へ無粋にも入り込んできたものは、彼女がアイマスク代わりにしていた僕の本だった。
この本はストッパーという使い道まで兼ねるんだな。
遮断されて残念な気持ちと安堵した気持ちがない交ぜに行き来した。
「何だよ。思わせぶりなことしておいてさあ」
ちゃっかり悪態はついてみるものの、どうやら安堵する気持ちの方が勝っているのが何とも情けない。
僕もまだまだだな。
「この本返すね」
有無をいわさず僕の胸に本を押し付け、立ち上がった。
僕も苦笑しながら起き上がり、本を鞄にしまおうとすると、しおりがハラリと落ちた。
そのしおりを君が拾って照れくさそうに渡してくれる。
「ありがとう」
受け取ると、しおりのイラストが目に飛び込んできた。
たんぽぽのイラストだ。
花言葉に思わせぶりと印字されている。
まさに今の君にピッタリだな。
僕が戦意喪失しているのに気づいたのか、チョコンと僕の隣りへ屈んできた。
「今日は氷上くんのおかげだね」
「え?」
「何でもない」
そう言いながら、また思わせぶりな表情でニッコリ笑いかけてくる。
氷上くんは何と言って彼女に本を渡したんだろうか。
きっと嘘がつけない真っ直ぐな彼のことだから、何かしらボロが出てしまって、ニブイ彼女も察したに違いない
思わず苦笑してしまった。
他力本願はいけなかったな。
手の内を全部見すかされたようで、気恥ずかしい。
所在なく佇んでると、何事も無かったかのように足元にあるたんぽぽを見ながら君が僕を見る。
「今度は、キス出来たらいいな。私がキスを奪ってみるくらいの」
「それはどうかなあ?」
あてにならない君の宣言に場の空気が和み、顔を見合わせてどちらからともなく笑った。
やっぱり笑うと、君はたくましくて可愛いたんぽぽみたいだ。
ああ、思わせぶりのたんぽぽが咲く。
しおりを本にポンと挟み、何はともあれ氷上くんに口実を作ってくれたお礼をしないとな、なんて考えながら君の手をとった。
end
20100615
1/1ページ