夢短編
がつんと大きな音がした。
「いっでぇ…」
ハッとして後ろを振り返ると足元に右目を押さえながらしゃがみ込むちづるがいた。
「ちづる、大丈夫!?」
声をかけようと思ったが、俺より先に九門が動いた。さっきまで何を理由で摂津と喧嘩していたのかも忘れてしまうくらいの衝撃だった。
ちづるに怪我をさせてしまった。
「目に入った!?大丈夫!?」
「いや、右目ってか若干頬骨…」
「泣いてんじゃん!」
「違う出てくるんだって、右目しか濡れてないだろ…いて」
固まった俺の後ろからも声がかかる。
「ちづる、わりぃ。大丈夫か…」
「いいですよ別に、喧嘩止まったし」
「だけど」
「当たったのが俺じゃなくて団員の誰かだったら俺も2人を殴ってました。役者は怪我すんな」
「ちづ、」
「十座さんも、反省して」
「……悪い」
「いいですよ。さ、ご飯だって。監督が呼んでるんだから早くしてください」
九門に心配されながらちづるは談話室へ向かっていく。
俺と摂津も先ほどまでの熱はどこにいったのか、大人しく2人揃って談話室へと向かった。
昨日、十座さんと万里さんがいつも以上に熱の入った喧嘩をしていると聞いてはいたけどご飯の時間は迫っているし、集団生活をしている以上合わせるべき時間は合わせないとダメだと思う。
喧嘩を止める気持ちは少しだけ。まあ俺には無理だろうから後から左京さんか臣さんを呼ばないといけないなと思いながら、九門と一緒に104号室へと向かった。
それどころじゃなかった。
一触即発。いつもみたいに既に殴り合っているわけではなくて、いつも以上にピリピリと空気が張り詰めていた。
椋や太一さんが部屋の外から心配そうに見ていたので、もし巻き込まれたりしたら大変だから臣さんか左京さんを呼んで欲しいと伝えて、先に談話室に戻ってもらった。
部屋の2人は喧嘩どころか殺し合いでも始まるのかってくらい空気が張り詰めていて、正直俺も触れたくなかった。でも隣に九門もいるし、九門に止めに入らせて怪我をされるのがいちばん怖かったので俺が止めに入ろうと思った。
その時点で大人しく臣さんと左京さんを待って入ればよかったのにとすごく反省している。
2人とも俺に気づいてないのか互いから目を逸らそうとしなかった。手前にいた十座さんに声をかけようと手を伸ばした瞬間、殴り合いが始まった。
タイミングというものは綺麗に重なるものみたいで。
胸ぐらを互いに掴んで一発目を入れるために引いたであろう十座さんの右肘と、そのタイミングでちょうどこけてしまった俺の顔面が綺麗にヒットした。そして俺の呻く声で喧嘩は収まり、痛みと引き換えに目的を達成した俺らが談話室に戻ったところで、左京さんから大目玉を喰らう十座さんと万里さんを横目に夕飯を食べることになった。
これが昨日までの出来事。
今日のピンチは俺の顔面。右目と頬骨にある。
綺麗な円に形取られたアザがそこに鎮座している。それはもう綺麗な紫。
これを十座さんに見られたらあの人は罪悪感で死ぬかもしれない。
アザが治るまで顔を合わせない方が良いと判断した俺は、急いで支度をして寮を出ることにした。
タイミングというものは綺麗に重なるものみたいで。
そこからすれ違いにすれ違いを重ね。3日であらかた元に戻ったにも関わらず、十座さんと次に顔を合わせたのは2週間後。不安と罪悪感と稽古や日常の疲れで体調をボロボロに崩した十座さんのお見舞いの日だった。
終
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