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夢短編


「よし、今日はこれで終わりにしましょうか」
「あいよ、そんじゃお疲れっした」
「お疲れ様っス!」
「お疲れした」
「お疲れ」
「っす」
「お疲れ様。監督の代わりに稽古見てくれてありがとうな」
「いや、俺は手伝いできるならなんでもやるんで」

そう、今日は監督こと姉がいない。
次のイベントに備えて打ち合わせが急遽入ったため不在。代わりに稽古は俺が見ることになったけど、基本万里さんと左京さんが勧めてくれたから名前だけの代理。
現場監督ってこんな感じか?

「俺はほぼいるだけだったんで。2人が勧めてくれたし、安心しました」
「それでも助かったよ。手伝ってくれてありがとな」

そう言って臣さんは俺の頭を撫でた。手が大きいから安心感がすんごい。年下組はよくこの手の餌食になっているのを見るけど、餌食になる理由がわかる…
節が骨張っていて、ざ男の手って感じの手だ。

「臣さん手でかいですね。頭掴まれて持ち上げられそう、宇宙人みたいに」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「でも臣クン、バスケットボールは片手で持てるよね!」
「え、やば、本当に握りつぶされる」

そそくさと臣さんの魔性の手から離れる。

「あれはコツを掴めば誰でもできるだろ」
「それができないから言ってるんスよ!」
「そうだそうだ!俺たちそこまで手がでかくないし、力もないんだぞ!」
「む!?聞き捨てならないっス!ちづクンよりも手はでかいし力もあるよ!ボールが掴めないだけで!」
「いやいや身長に対してそこそこ手はでかいっすよ俺」

そう言いながら太一さんと手のひらを合わせる。
あー…太一さん思ってたより手がでかいな…!?手のひらってか指?長いしよく見ると骨がでっぱってて男の手をしてる。かわいい顔してるからこの人には勝てると思ってたのに…

「ほらね!俺っちの方がでかいっスよ!」
「ぐぬ…顔はかわいいのに手が可愛くない…」
「これがギャップモテっス!」
「そうだな」
「いやでもどう頑張っても臣さんには勝てないだろ」

臣さんとも手を合わせて見る。

「うわ、臣クンでっか!」
「まじででかいっすね…背と言い、手と言い…」
「それが取り柄だからな」
「臣クン俺っちともやって!」

今度は臣さんと太一さんが合わせたり。

「何女子みたいなことやってんだよ」
「万チャン!万チャンも手、貸して!」
「なあ、飯の時間だって綴さんが」
「莇、手貸して」

万里さんと莇も巻き込んで、誰の手がでかいのか選手権が始まった。

「万チャン指なが!手の形綺麗だし!」
「太一は手小さいな。身長からしてそんなもんか」
「ちょっと!皆がでかいだけで俺っちは小さくないっス!臣クン!万チャンの手を包んで!」
「ちづるさんはなんつーか予想通りだな。ちっさい、でも指ながい」
「聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど?…莇の手は綺麗だな、さすが魔法の手」
「今使ってるハンドクリームが肌にあってんだよ。ちづるさんも肌綺麗じゃん」
「莇からもらったやつつけてるからさ」
「ほら!臣クンの方が大きいじゃん!」
「そりゃそうだろ!…待て臣そのまま包み込むな!曲がらない方向に曲がる!」
「人間の骨の限界ってどこだろうな」
「臣クン悪い顔!さすがに怖いっス!ば、万チャ〜〜ン!」

「お前ら!いつまでやってるんだ!」

稽古場の扉が勢いよく開け放たれ、いつの間にか稽古場から出ていた左京さんの雷が落ちた。
後ろから十座さんがひょこりと顔を出す。

「綴さんが昼飯準備して待ってるぞ…何してんだ」
「手の大きさ比べっス!」
「ったく…お前らは人を呼びにいくとこもできないのか」
「ならお前が行けばよかっただろクソ左京」
「あ?」
「左京さん、俺らも戻りますから。莇も行こうな」
「あー、腹へった。綴の飯ってことはチャーハンかな」
「俺っちちょうどチャーハンの気分なんスよね!」

ばらばらと秋組が稽古場から出ていく。扉の向こうで「左京さん手首ほっそ!」「離せ!」という万里さんと左京さんの声が聞こえる。

「俺は監督に渡すノートを書いてから戻るんで、先に行っててください」
「あぁ」

最後まで残っている十座さんに声をかけるが動かない。待っていてくれるらしい。それ以上言うのはやめて、さっきまで座っていた椅子に腰掛けて机に向かう。
監督不在の稽古の時は、どんな稽古をしたのか、団員の様子はどうだったかをノートに記入して監督に渡すという使命がある。
そんなに細かく書かなくてもいいよと監督は言うが、俺はなるべくみんなの負担が減るように事細かに書いて行きたい。その分時間もかかるけど、この劇団のためなら苦ではない。

いつの間にか十座さんは俺の向かいに座っていた。
待てをさせられた犬のように、じっと視線が刺さる。
団員の顔面偏差値には慣れてきたが、こうも、じっと見られると…

「十座さん、あんまり見られると、…恥ずかしいんだけど」
「悪い」

指摘されても動かない。視線が外れることもない。さっきの悪いはなんだったんだ。

「ちづる、手、止まってるぞ」
「…わかってやってるだろ」
「?」

まじかこの人…
ため息をつき、おとなしく手を止めて十座さんを正面に捉える。

「なんですか、さっきからじっとみて。なんか言いたそうですよ」

十座さんは黙ったまま俺の手をじっと見てる。
こう言うときに無口な人はちょっとだけ困る。人の心が読める訳じゃないし、十座さんが何を考えてるのかもわからない。なんでこんなに見てくるんだ?困った…

「さっきから俺の手を見てますけど、なんか気になることあります?」

黙ったまま。どうしたもんかと考えていると急に手を取られた。

「!」

十座さんの、多分ずっと触ろうと考えていた体温の上がった手が、俺の左手を握っている。
にぎにぎ、すりすり。俺の左手を十座さんの右手が握っている。手の大きさ、感触を調べるように指と指の間をするする滑っていく。
十座さんの手は俺の手よりも、一回り、二回り大きくて、それこそ簡単に包まれてしまうんじゃないか?というか包まれている。暖かく、安心できる、優しい大きな手。でもそれを上回るように俺の心臓は今にも弾けるんじゃないかと思う程跳ねた。

「じ、十座さ」
「手、小さいな。あとなんかすべすべしてる」

そりゃ莇からもらったハンドクリーム毎日つけてるからな。でもそれを十座さんに伝える術を持っていない。と言うか取られている。驚きすぎて頭が回らないことってあるんだな。

「それから爪が綺麗だ。でも女みたいな手じゃない。骨がでっぱって、少しゴツゴツしてる」
「十座さん待って」
「手首は細いな。ここも骨が出てる」

するりと指先から手首へ指がなでる。どっちの体温で手があったまってるのかもうわからない。
頼むからこの天然を誰かどうにかしてくれ!

「十座さん!」
「おい兵頭!ちづる呼ぶだけでどんだけ時間かかってんだ!」

稽古場の扉が再び思い切り開かれる。
俺の救世主は万里さんだった。

「…摂津か」
「摂津か。じゃねーよ!いつまでやってんだ!飯だっつってんだろ!」
「ちづる、行くぞ…」

行くぞと声をかけてきたはずの十座さんは、なぜか万里さんから俺が見えないように立ち上がってしまった。

「もう行くから、先行ってろ」
「マジでこいよ!俺が左京さんにどやされんだからな!」

ドタドタと怒りを床にぶつける足音が遠くに去っていく。
俺たちも行かないと、さすがに怒られてしまう。

「十座さん、俺らも行こう」

心臓に悪い時間が終わった…嫌なわけないけどあんまり接近されるとマジで心臓がもたない…

「…そんな顔でか」
「は?」
「お前、今顔真っ赤だぞ」

そう言って俺の頬に手を添わせて笑う十座さんは、満足そうに笑った。
だから…!

「マジでそういうのやめろって!」


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ええな!