本編の話
微かに響く葉擦れの音。頬を吹き抜けていく冷たい空気は、この場を吹き渡る風と判じて間違いないだろう。
ゆっくりと体を起こし、彼は周りを見渡す。同時に、思わず鼻を軽く押さえる。
その噎せ返るような香気が、ここが目指すべき場所なのだと彼に教えてくれた。
周りには数本の木々が並び、生い茂った枝が地平線を覆い隠している。網の目のように広がる影の隙間から見える空は、終わることのない夕焼け空だ。
「……空が紅いと燃えているようだから、縁起が悪いと言って正解だったね」
木々が日差しを遮ってくれているものの、所々に散る日の光は地に生える花を――真っ白の百合の花を、淡い朱色に染め上げている。なまじっか、影で隠れて白さを残している部分があるために、尚のこと、点々と散らばった赤は不吉な想像を駆り立てさせた。
小さくかぶりを振り、彼は気持ちを切り替える。今は、この幻想的な眺めに心を奪われている場合ではないのだから。
一歩一歩、地面を確かめるように足を踏み出しながら、彼は喉の奥から振り絞ったような声で呟く。
「どこに行ったんだ、志乃――」
***
翌朝、寝ぼけ眼の主に「行ってきます」の挨拶を残し、髭切と膝丸は雨で煙る道を歩いていた。
ふと、水たまりが視界に入り、髭切はぴたりと足を止めた。無数に波紋を浮かべる水面を見つめ、髭切はふっと口元に弧を描く。
何かおかしかったから笑ったのではなく、どちらかというと苦笑いに近い笑みだった。
(あれだけ色々とあったのに、僕にとってはどうでもいいことの一つにしかならないんだよね)
鏡や水面に映り込む鬼に翻弄されたのは、ほんの一週間ほど前の話だ。だというのに、今はその話を蒸し返すこともなく、普段通りの日常を過ごしている。鏡も平気で覗き込むし、こうして水たまりを目にしても避けようとも思わない。きっと、この手の事件に触れる機会が多いせいで、少し感覚が麻痺してしまっているのだろう。
殊更に、怯えながら暮らしたいわけではない。
だが、非日常を当たり前にしてしまったら、嘗ての自分のように、大事なものをどんどん見落としていく切っ掛けにもなりかねない。
そうならないためにも、時々は自分が関わった者たちについて、意識をするべきかもしれない。
「兄者、どうかしたのか?」
「ううん。何でもないよ。雨が沢山降っているなあと思って」
「気が滅入るような雨だな。空が濁るだけで、こうも落ち着かない気持ちになるとは」
「弟は、青空が好きなんだよね」
「ああ。空が曇れば、己が押さえつけられたような気持ちになる。それに、雨が降ると……体が錆び付くような気がしてな。妙に体が重い」
膝丸は自分の肩の辺りに手を当て、不愉快そうに眉を顰める。まるで、そこに何かがおぶさっているかのような仕草だった。
「具合が悪いのかい?」
「まさか。さっさと庁舎に入れば、このだるさも収まるだろう」
「そうだね。本当に錆び付いてしまっても困るもの」
そうは言いつつも、流石に刀剣男士が雨に濡れて錆びることはないだろうとは、髭切も分かっていた。刀の付喪神である彼らは、性質こそ刀に寄っているが、現実の事象による劣化とは無縁の存在だ。
それでも、雨が降れば憂鬱になるし、湿気の多い場所では体が重くなる。その点は、人間と変わりない。
喋っている内に庁舎に到着した彼らは、玄関口の傘立てに傘を立てて、中へと入る。
昔の学校を流用した建物であるため、玄関も一部の職員には嘗ての通用口の利用が許可されている。人間の中には、登校しているみたいで妙な気分になると言う者もいるらしい。
「兄者、どこに行くつもりだ? そちらは俺たちの仕事部屋がある方ではないぞ」
「ああ、そうだった。弟には伝え忘れてたね。鬼丸が長義と話をしたいから、渡りをつけてくれって頼まれてるんだ」
「何故、兄者にわざわざそのようなことを」
「さあ。とりあえず、先にそっちの用事を済ませておきたいんだ」
それならば、と膝丸も髭切の後を追う。どうせ始業時刻までには、まだ時間がある。今日は急ぎの任務もないのだから、慌てる必要もない。
しとしとと降り続ける雨の音を聞きつつ、二振りは階段を上っていく。早朝の庁舎は、静かすぎるが故に少しの物音が強く響くという、ある種独特の空気に包まれていた。
二階にある長義の所属する管理課の部屋を見つけ、髭切はぞんざいなノックをしてから、返事も待たずにがらりと戸を開く。
「おはよう。ねえ、そこの君。山姥切長義ってもう来ているかい?」
たまたま入り口近くに立っていた職員を捕まえ、髭切はにこやかな笑顔で尋ねる。
順序が逆になってしまったが、質問した後にざっと室内を見渡してみるも、あの特徴的な灰色の外套を身につけた彼の姿はなかった。
見慣れない刀剣男士が入ってきたからか、部屋の中が一瞬ざわつく。始業前の少し緩んだ空気だったからこそ、注目を不必要に浴びてしまったようだ。中には、無遠慮にこちらを見たと思いきや、ふいっと目を逸らす者もいた。
「長義さんですか? まだ来ていないと思いますよ」
幸い、髭切が声をかけた相手は、じろじろとこちらを観察してはいたものの、すんなりと聞きたいことについて教えてくれた。
「長義って、意外とのんびり屋なんだね」
髭切の知る彼は、時間にうるさそうな神経質な部分がある。その彼が、この時間まで顔を見せないのは、髭切としては珍しいと感じていた。
「いえ、普段ならとうに来ている時間なんです。長義さんは、転送装置経由で通勤していますので、事故や渋滞の影響は受けないはずですし」
「何か、連絡は来ていないのか」
後ろから、膝丸が職員へと問う。
たとえ刀剣男士であっても、任務の予定に間に合わない場合は、彼らを管理する者に連絡をすることが義務づけられている。連絡がなかっただけで、危険な存在と判断される事例もあるからだ。
「いえ、全くないんですよ。だから、私たちも何かあったのかと……」
「なるほどねえ。さて、僕らはどうしようかな」
どうしようかと口にはしてみたものの、行動の方針は殆ど決まっているも同然だった。
さっさと帰って、鬼丸国綱にこのことを報告する。どういう理由かは知らないが、長義は不在で会えなかったと伝えれば、鬼丸も次策を講じられる。そして、自分は伝言係から解放される。万事問題なしだ。
そうと決まれば、と踵を返したときだった。
「え、ええと、あの……」
声をかけられて、髭切はそちらへと首を向ける。
そこには、長い黒髪を一つに結わえた二十代頃と思しき女性がいた。彼女は、何か言おうか言うまいか悩むように、落ち着きのない様子でこちらを見つめていた。
その視線には、髭切と膝丸を怖がるような、或いは疎むような気配が滲み出ている。会ったこともない人間の不審な態度に対して、しかし髭切の心は僅かも揺るがない。
彼の行動規範において、弟と、ついでに知り合いの刀剣男士以外の人間は、一括して『どうでもいい相手』だからだ。
「何か用?」
早く戻りたいんだけど、という気持ちをいくらか表に出しながら、髭切は彼女に続きを促す。
「長義さん、志乃さんがいなくなったから、彼女をまだ探しているのかもしれません」
「誰だ、それは」
今度は膝丸からぶっきらぼうに問われ、女性は益々気圧されたようだった。それでも、続きを話さねばという気持ちがあったのか、訥々と言葉を紡ぐ。
「ちょ、長義さんが仲良くしていた、この部署の巫覡――巫女の子です。昨日、景趣の試験運用に選ばれて、そのときにちょっとした事故があって、彼女がいなくなってしまったそうなんです。まだ、公にはなっていないんですが」
「長義が親しくしていた巫覡というのは、銀の髪の童か?」
「弟、知り合いなのかい?」
髭切の質問を受けて、膝丸は小さく頷き返す。
「先日、兄者が三階から落ちたことがあっただろう。あの、鏡の一件のときだ。許可が出るよりも早く、負傷した兄者の手入れを執り行ってくれたのが彼女だ」
「それなら、僕も一応恩はあるということだね。それで、その子供は見つかりそうなのかい?」
返ってきたのは、首を横に振る動作だけだった。どうやら、手がかりについてはまだ何もないようだ。
いなくなったというのがどういう状況かは、流石に髭切も膝丸も想像できなかったが、なかなかに厄介そうな案件だとは分かった。
仕事柄、行方不明という単語には縁がある。そして、大体行方不明になっている者は、見つからないか、変わり果てた姿で発見される場合が多かった。
「ちょうど彼女の捜索については、退治課の人たちにも掛け合ってもらっているんです。えっと、お二人ってそちらの課の刀剣男士たち……です、よね?」
ただそれだけのことを問うために、どういう理由か、彼女は怯えたような口調で切り出していた。彼女の隣には、いつの間にか同僚と思しき女性がやってきて、じろりとこちらを見つめている。
長義に対しては、比較的有効そうな口ぶりであったから、彼女らが刀剣男士自体を嫌っているわけではないのだろう。しかし、兄弟への視線には、猜疑や恐れが混じっているように感じられた。
ともあれ、歓迎されていようがなかろうが、返事に答えない理由にはならないと、髭切は口を開く。
「うん、そうだよ。じゃあ、僕らにも話が来るかもしれないねえ」
「景趣の運用に関する事故なら、俺たちの管轄ではないような気もするが」
「事情は……私たちも、よく知りません。ただ、主任はそうするようにと、言っていましたので」
どうやら、ただの事故ではなさそうだと髭切は認識を改める。何にしても、これ以上ここにいても長義がやってくる気配はない。
適当な所で会話を打ち切り、二振りは部屋を後にした。
***
雨のせいで、どこかじめじめした空気の残る廊下をわたり、階段を降り、兄弟は一階にある自分たちの仕事部屋へと向かう。
その道中、不意に膝丸がぴたりと足を止めた。
「どうやら、歓迎はされていなかったようだな」
「そうだねえ。この前行ったときは、そうでもなかったんだけど……まあ、あのときは終業時刻の頃だったから、そんなに気にされていなかったのかな」
あの日、髭切が話しかけた相手も、こちらが何者であろうと気にするような性格の持ち主ではなかったようだ。こればかりは、人それぞれの価値基準に左右される部分なのだろう。
「我らについて、色々と勝手に噂を立てる者もいるのだろうな。元はといえば、ここの連中から見たら、俺たちは外様だ。仕方あるまい」
刀剣男士を怪異退治に用いると決めた後に、二振りはこの部署に配属された。
長義の所属する課とは別の課ではあるといえ、元を辿れば同じ部署であり、仕事を共にした経験もある。そのときは、あれほど遠巻きにされた覚えは膝丸にはなかったが、何が契機になるかは意外と分からないものだ。
膝丸自身、四月頃まで無理が祟って休んでいた――兄曰く、『ずっと眠ったまま起きなかった』身だ。己のあずかり知らぬところで、根も葉もない噂が流れたとも考えられる。
もっとも、膝丸は己が他人に何と言われようが気にしない性格であるため、今回の反応にも傷ついたなどとは、露ほども感じていなかった。
「兄者、先程の長義の件だが」
寧ろ、今は周りの反応よりも、こちらの方が膝丸にとっては重要だった。
「うん?」
「昨日、兄者が話していた景趣の件と、関係があるのではないか」
膝丸につられて足を止めた髭切は、昨日弟と交わした会話を辿っていく。
「関連はあるのかもしれないね。でも、それがどうかしたの?」
「もし、長義や先程話していた童がそこに迷い込んだのなら、そのせいで戻れなくなっているのではないかと考えたのだ。それなら、俺たちに依頼が来るのも納得がいく」
「ああ、そうだね。その可能性はあり得そうだね」
当たり前すぎるぐらいの結論を口にしてから、ふと髭切は思う。
景趣がどういう理由で呪われている代物になっているかは知らないが、今回は以前体験した神隠しのときとは訳が違う。あの事象には、相応の原因と経緯があった。故に、そこから辿って、膝丸や主が囚われていた世界に、かなり近い部分まで辿り着けた。
けれども、今回は呪われた云々の理由については聞かされていない。理由があるならば、そこから因果を辿れる。
だが、もし、ないのなら。
あの鏡の中に潜んだ化け物のように、人の噂が一人歩きして『物語』を作ったのなら。
「……ちょっと嫌な感じがするなあ」
弟に聞こえないように、髭切はぽつりと呟く。
彼の懸念は、雨音が静かに隠してくれた。
***
「断ると言っている」
仕事部屋に入った瞬間、髭切の耳に飛び込んできた低い音は、否定の言葉だった。
その内容もさることながら、普段聞いている彼の声とはまるで違う。さながら地の底から響くような苛立ち混じりの声音に、髭切は一瞬部屋を間違えたかと思ってしまったほどだ。
だが、眼前にいるのは紛れもなく、上司の鬼丸国綱に違いない。彼は今、線の細そうなスーツ姿の一般職員に対して、静かに、明確な否定をぶつけていた。
「いえ、ですが、これは上の決定でして」
「先程も言った。断ると、おれは言っている」
「しかし」
「鬼切と蜘蛛切に、そのような任務を押しつけるな。あいつらには、どうすることもできない。『上』とやらに、そう伝えろ」
鬼切とは、髭切を指す名だ。蜘蛛切は、膝丸の方の呼称である。
流石に、自分たちの名前が出てきているのに素知らぬふりもできず、髭切と膝丸は部屋へと足を踏み入れる。
「僕たちのこと、呼んだかい?」
「任務についてなら、断る前に俺たちに相談をするのが筋ではないか」
有無を言わさずに怒られている職員を憐れに思って、庇ったわけではない。
もとより、名も知らぬ職員に対して、二振りは一欠片も興味などない。ただ、自分たちが過小評価されているような物言いに、僅かだが反感を覚えたが故の発言だった。
「お前ら兄弟には、向いていない任務だ。あやかし退治については確かに一家言あるのだろうが、これは――」
「しかし、先だっての神隠し事件では、見事に異界を打ち破って戻ってきた功績がありますので、適役であるというのが、上層部の結論でして……」
どうやら、相当その『上』から圧力をかけられているらしい。職員の方も、負けじと鬼丸に食い下がる。
あたかも職員が鬼丸に威圧されているように見えるが、実際のところ、刀剣男士たちの地位は、人間たちの地位より低いと見なされる場合が多い。
刀剣男士が任務を『下される』側の存在であり、任務を『選ぶ』側でないことが、その証拠の一つだ。断る権利もゼロではないが、断り続ければ立場は益々悪化の一途を辿る。
だが、上層部も無用な軋轢は避けたいためか、基本的には現場に事態を一任している。どうしても大がかりな任務になってしまう状況でも、それぞれの刀剣男士の個性や経歴を知る者の意見を聞いて、刀剣男士が嫌がらないような任務を割り振っている。
だというのに、今回に限ってこの態度だ。何やら、こちら側のあずかり知らぬ所で、良からぬ方向に物事が進んでいるらしい。
髭切が水面下でじわじわと思考を進めている傍らで、職員は必死に言葉を並び立てていた。
「そ、それに、この件に関して、連携して調査にあたっている監査室の方からも、唯一の生存者と話ができる機会を設けると申し出がありまして。つまりですね、生存者がいるということは、決して無茶な内容では」
「僕らは構わないよ。ただ、僕らの部隊長はあくまで鬼丸だからね」
いまいちぱっとしない物言いの職員の言葉を、己の言葉でたたき切り、髭切は一人と一つの会話に割って入る。
当人たちが行くと言っているのに、部隊長の鬼丸だけが首を横に振っている状況はあまり外聞がよくない。流石に、鬼丸もこれ以上は反対しないのではと、髭切は予想していた。だが、それでも鬼丸の首は横に振られもしなかったが、縦にも振られなかった。
職員と髭切、そして鬼丸の間に一触即発の空気が生まれていく。
「あなたがいくら拒否しても、髭切と膝丸の管理者からは許可を貰っています。当該刀剣男士二振りを、今回の任務において自由に使用してよいと」
奥の手と言わんばかりに、職員はもったいぶった調子で端末を取り出し、空中にホログラムで何かを映し出す。そこに書かれている文字は、確かに髭切と膝丸の上司の名であった。
もっとも、彼はあくまで二振りに対する『管理』の権限があるだけで、実際に任務を下したり精査をしたりといった雑務は、部隊長である鬼丸や、他の地位が低い職員たちが執り行っている。
名義上の管理者。
だが、今はその名義上の意味合いが、何よりも鬼丸の反対を黙らせるための力を持つ。
「そこまで言われちゃ、僕らは断れないね」
自由に使用してよい、と断言されるのはやや業腹だが、髭切としても己の立場を弁えてはいる。無理に拒絶を続ければ、刀解されるのは自分たちだ。
「それに、誰かに庇われねばならぬほど、俺たちは柔ではないのだが」
膝丸も、鬼丸の擁護を突っぱねるような発言をする。髭切も弟の意見に賛成の意を示すように、首を縦に振った。
「じゃあ、行こうか。悪いものがいたら、すぱっと斬ってくるよ」
元々、黙っているだけでも強面である鬼丸の顔が、益々剣呑な空気を纏い始める。しかし、髭切は全く意に介さず、背を向けた。
職員や膝丸が出て行くのを見送ってから、髭切も後に続こうとしたとき、
「生存者に話を聞きに行くだけだ。それ以上は、おれが許可をしない」
「……あのさ。君って、どうしてそんなに僕らを庇うんだい? 前は、そんなことしてなかったよね」
首だけ背後にいる鬼丸に向けながら、髭切は根本的な疑問を口にした。
髭切の知る限り、この部署に就任した一年前は、鬼丸はここまで過剰に自分たちに干渉してこなかった。髭切たちも、矢継ぎ早に送り込まれる任務に忙殺されていたため、碌に会話をしたことすらなかったはずだ。
髭切の覚えている範疇において、鬼丸に何かしてあげた記憶もない。身に覚えがない以上、後は本人の答えを聞くしかないと、髭切は待ち続ける。
「…………」
そして、岩より硬い彼の口は動かなかった。
「僕らに恩を売っても、何も返さないよ?」
今はそれだけを言い残し、髭切は部屋を後にしたのだった。
***
髭切が部屋を出たとき、既に先程の職員はいなくなっており、廊下の壁に凭れて立っている膝丸だけが残っていた。
「兄者、何かあったのか」
「ううん。大したことじゃないよ。それより、僕らはどこに行けばいいんだい?」
「ああ。行き先を教えてもらった」
膝丸は携帯端末を取り出し、慣れた手つきで画面を空中に投影させる。そこに表示されている地図は、二振りのいる庁舎とは異なる本館の地図だった。
都心部から少し外れた郊外の一角に建てられた政府庁舎の本館は、現代的なデザインが売りの小綺麗な建物だ。中心の吹き抜けを囲むように部屋が作られ、更にそれらがエレベーターや廊下で結ばれており、さながら蟻の巣のようになっている。
その中のとある階に、真っ赤な点がちかちかと点滅していた。そこが、二振りが行くように命じられている部屋なのだろう。
「生存者とやらは、ここにいるのかい?」
「いや、そちらの元に向かう前に、以前その者の監査をしていた者から、人となりを説明したいと申し出があったらしい。詳しいことは、そちらから聞いてもらいたいと」
「何だか回りくどいね。今日はそれが僕らの任務、というところかな」
「ああ。では行こう、兄者」
先導する膝丸の後ろを、髭切はゆったりとした足取りで追う。
今日は、ここに来てから腰を落ち着ける暇がなかった。故に、今は歩きながらではあるが、髭切は今日起きた出来事について考えを整理していく。
「……長義がいなくなった件は、どうなっているんだろうね」
今朝のやり取りをふと思い返し、そんな言葉がいつの間にか口をついて出ていた。
「さあな。誰かが、捜索を続けているのだろう」
膝丸の返事は、言葉だけ捉えれば冷たい発言のようにとれるが、自分たちが下された任務でもないのだから、彼にとっては至極当然の考えだった。
だが、彼の声音は聞くものが聞けば――たとえば、主が耳にしていたのなら、彼はこう尋ねただろう。「ひざまる、なにか気になるの?」と。
「もし、本当に帰ってこられない場所で迷っているのなら」
髭切は、自分でも何を言っているのだろうと躊躇う。それでも、口は勝手に動く。
「そんな場所にいるのなら、長義はもう戻ってこないんだろうね」
「そうなるな」
「つまり、それは……二度と会えないってこと、か」
遠回しではあるものの、自分が口にした言葉が何を示すかが分からないほど、髭切も愚かではない。
怪異現象に巻き込まれた人間の末路は、概ね悲惨だ。
死体が五体満足で見つかれば良い方で、生死すら不明なもの、人間の形を保てていないもの、或いは精神に異常をきたしている場合も少なくない。
刀剣男士は、その体が刀であると同時に付喪神という、一種の神や霊に近い存在ではある。だが、だからこそ怪異現象の影響も露骨に受けやすいとも言い換えられる。
元が人ならざるものであるからこそ、人と、そうでないものの境を容易く越えてしまうのだろうというのが通説だ。
詳細ははっきりしていないが、入ったら出られない呪われた景趣などという異界に踏み入れた先が、決して明るい未来ではないとは、流石に予想がつく。
(……もう、折れてるかもね)
今まで、何度も似たような経験はあった。
以前いた部署で、出陣に明け暮れていた日々の中、顔見知りの刀剣男士をいつの間にか見かけなくなった――なんてことは、いくらでもあった。
戦場で折れたのだろうとはすぐに考えついたが、そのことで心が痛んだ日はなかった。
だが、今は。
立ち止まり、空を見上げ、目に映る景色を綺麗だと思えるようになった、今となっては。
「彼がいないと、何だか少し、退屈になりそうだね」
特段、山姥切長義を頻繁に見かけていたわけではなかったが、顔を見れば「ああ、元気にしているな」と思うことぐらいはあった。
成り行き上とはいえ、共に任務に赴いた日もあった。その礼に、焼き菓子を貰った。あれが何と言う名前だったか。もう一度、ちゃんと聞いておけばよかった。
また会ったら何か話をしてみようか、と考える当たり前の瞬間。
人が死ぬということは、刀剣男士が折れるということは、その当たり前が無くなるということだ。
髭切は、知っている――つもりだった。
(つもり、だったんだけどねえ)
半年ほど前には、同じ部署にいた者の訃報も聞かされていた。彼は、自分たちの直属の上司でもある、初老の男性だった。
部署に配属されたばかりの髭切と膝丸を気に掛け、何かと声をかけてきた人間だった。そんな彼も、あっさりと何かの怪異に食われ、命を落とした。
悲しくはなかった。
そもそも、悲しいと感じる心がなかった。
だから、そういうものかと受け流せた。
空の青さも、咲き乱れる桜の美しさも、何もかもを視界の外に追いやり、どうでもいいとしていた昔の髭切だったなら。
「僕は、別にどうでもいいんだけど」
今回も同じように、取るに足らないことだろうと、考えを口にする。
それでも、心の中に小さな痛みが走る。
「ああ。仕方の無いことだろう」
膝丸も、言葉では兄に同意する。ただ、彼の声音は、いつもよりほんの少しだけ、沈鬱な気配を纏っていた。
どうやら今は、素直に状況を受け入れて、記憶の彼方にすぐさま追いやるのが存外難しくなってしまったらしい。
だからといって、与えられた任務を放棄するつもりもない。
自らの立場を擲って助けにいくほどの気概も、自分たちの中にはないと、兄弟は誰よりもよく知っていた。
そんなどうしようもない現実を確認し合っている内に、二振りは目的地に辿り着いていた。
***
「たのもー」
「兄者、それでは道場破りだぞ」
「だって、こちらの方が気が付いてもらえるだろう?」
髭切の言葉を聞いて、明らかに空気はざわめいていた。その半分以上が、動揺と混乱と面倒ごとに関わりたくないという気持ちの表れであったが、当の髭切が知る由もない。
他の部署からやってきた、奇妙な刀剣男士二振りの相手をすすんでしようとする物好きは、この部署にはいなかったようだ。
入り口で手持ち無沙汰になって、きょろきょろと周りを見渡すも、目が合った人間の職員はおろか、刀剣男士ですら目を逸らす始末である。
これでは任務にならないと、髭切はとりあえず手近な所を通った不運な刀剣男士の腕を、がしっと掴み、
「ねえ、君でいいや。退治課の方からここの監査官から話を聞くようにって言われて来たんだけど、ちょっといいかな」
明らかに『ちっともよくない』という顔をした青年が、まじまじと髭切を見つめる。
額が見えるように分けられた黒髪に、切れ長の紅い瞳。一房だけ伸ばした髪は、今は白い髪留めで緩く結わえられている。耳には、金色に光る大ぶりの耳飾りが揺れ、髭切に掴まれた弾みでゆらゆらと左右に振れていた。
「ああ、じじいが言っていたのって、あんた達のことか」
やや気怠げな様子を隠さずに、青年は何事か納得したように独り言めいた言葉を呟く。どうやら、話自体は伝わっていたらしい。
「あんた、いきなりあんなこと言うから、道場破りにでも来たのかと思ったんだけど」
「まあまあ。細かいことは気にしないで。じゃあ、案内してくれるよね?」
疑問の形をとっていながら、その質問は肯定を前提にしていた。
目の前の刀剣男士が顕現して何年目かは知らないが、少なくとも、この髭切の『お願い』に抵抗できるほど、図太くはなれなかったようだ。
「分かった。それなら、ついてきて」
辛うじてのプライドが、青年にそんなぶっきらぼうな言い方をさせたのか。ともあれ、彼に先導されて二振りは奥へと向かう。
兄弟の所属する課とは異なり、広大で見晴らしもいい部屋には、多くの人間と刀剣男士の姿が見える。彼らを横目に通路をずんずんと奥に進んでいき、その先の一室の扉を青年は開いた。
ぎぃ、と扉が軋む音と共に目に入ったのは、会議に使うと思しき無機質な白い部屋だ。
「おお、坊主。やっとのご到着か」
するりと吹き抜けるつむじ風のように、つかみ所のない声。それは、部屋の中心でくるりと振り返った、金の髪の青年が発していた。彼は、人好きのされそうな笑みを浮かべて、髭切と膝丸を出迎える。
癖の多い髪の毛で片目を隠しているためか、表情は少し読みづらい。冬の空を思わせる薄い色の瞳には、空に差し込む太陽の如き光輪が僅かに浮かび、見ているだけでも吸い込まれそうな不思議な色合いを放っている。
真っ赤なシャツに、複雑に織り込まれた洒落た柄のネクタイをぶら下げ、穿いているズボンは白一色と、とにかく目立つ格好をしていた。
「はいはい、連れてきたよ。じゃあ、後はごゆっくりー。お茶は後で持っていくね」
ひらひらと手を振り、青年は部屋を後にする。猫の尻尾のように、後ろに縛った一房の髪の毛が、遅れて後を辿った。
「それで、君は?」
部屋に足を踏み入れ、良いとも言われない内に勝手に椅子へと座り、髭切は目の前の青年に微笑みかける。
「僕は一文字則宗。見ての通り、監査室の刀剣男士だ」
「なら、あなたが、今回の生存者の監査をしていた経験があるという、刀剣男士か?」
髭切同様、膝丸も無断で兄の隣に腰を下ろす。彼らの傍若無人の振る舞いについて、則宗は特に何も言わず、自身も向かいへと腰掛けた。
「ああ。政府が知る限り、彼女が、百合の景趣に踏み込んで唯一帰ってきた人間だ」
則宗の言葉に、兄弟は揃って目を僅かに見開く。
「それって、入ったら出られないって噂の?」
「お、流石、怪異の専門家。話が早くて僕も助かる。どうやら、お前さん達も、何やら知っているようだな?」
今までの人のよさそうな笑顔がすっと引っ込み、代わりに滲み出たのは老獪な仕事人としての微笑だ。
髭切も、今まで何とはなしに浮かべていた口元の笑みに、ぐっと力を込める。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうかな」
ゆっくりと体を起こし、彼は周りを見渡す。同時に、思わず鼻を軽く押さえる。
その噎せ返るような香気が、ここが目指すべき場所なのだと彼に教えてくれた。
周りには数本の木々が並び、生い茂った枝が地平線を覆い隠している。網の目のように広がる影の隙間から見える空は、終わることのない夕焼け空だ。
「……空が紅いと燃えているようだから、縁起が悪いと言って正解だったね」
木々が日差しを遮ってくれているものの、所々に散る日の光は地に生える花を――真っ白の百合の花を、淡い朱色に染め上げている。なまじっか、影で隠れて白さを残している部分があるために、尚のこと、点々と散らばった赤は不吉な想像を駆り立てさせた。
小さくかぶりを振り、彼は気持ちを切り替える。今は、この幻想的な眺めに心を奪われている場合ではないのだから。
一歩一歩、地面を確かめるように足を踏み出しながら、彼は喉の奥から振り絞ったような声で呟く。
「どこに行ったんだ、志乃――」
***
翌朝、寝ぼけ眼の主に「行ってきます」の挨拶を残し、髭切と膝丸は雨で煙る道を歩いていた。
ふと、水たまりが視界に入り、髭切はぴたりと足を止めた。無数に波紋を浮かべる水面を見つめ、髭切はふっと口元に弧を描く。
何かおかしかったから笑ったのではなく、どちらかというと苦笑いに近い笑みだった。
(あれだけ色々とあったのに、僕にとってはどうでもいいことの一つにしかならないんだよね)
鏡や水面に映り込む鬼に翻弄されたのは、ほんの一週間ほど前の話だ。だというのに、今はその話を蒸し返すこともなく、普段通りの日常を過ごしている。鏡も平気で覗き込むし、こうして水たまりを目にしても避けようとも思わない。きっと、この手の事件に触れる機会が多いせいで、少し感覚が麻痺してしまっているのだろう。
殊更に、怯えながら暮らしたいわけではない。
だが、非日常を当たり前にしてしまったら、嘗ての自分のように、大事なものをどんどん見落としていく切っ掛けにもなりかねない。
そうならないためにも、時々は自分が関わった者たちについて、意識をするべきかもしれない。
「兄者、どうかしたのか?」
「ううん。何でもないよ。雨が沢山降っているなあと思って」
「気が滅入るような雨だな。空が濁るだけで、こうも落ち着かない気持ちになるとは」
「弟は、青空が好きなんだよね」
「ああ。空が曇れば、己が押さえつけられたような気持ちになる。それに、雨が降ると……体が錆び付くような気がしてな。妙に体が重い」
膝丸は自分の肩の辺りに手を当て、不愉快そうに眉を顰める。まるで、そこに何かがおぶさっているかのような仕草だった。
「具合が悪いのかい?」
「まさか。さっさと庁舎に入れば、このだるさも収まるだろう」
「そうだね。本当に錆び付いてしまっても困るもの」
そうは言いつつも、流石に刀剣男士が雨に濡れて錆びることはないだろうとは、髭切も分かっていた。刀の付喪神である彼らは、性質こそ刀に寄っているが、現実の事象による劣化とは無縁の存在だ。
それでも、雨が降れば憂鬱になるし、湿気の多い場所では体が重くなる。その点は、人間と変わりない。
喋っている内に庁舎に到着した彼らは、玄関口の傘立てに傘を立てて、中へと入る。
昔の学校を流用した建物であるため、玄関も一部の職員には嘗ての通用口の利用が許可されている。人間の中には、登校しているみたいで妙な気分になると言う者もいるらしい。
「兄者、どこに行くつもりだ? そちらは俺たちの仕事部屋がある方ではないぞ」
「ああ、そうだった。弟には伝え忘れてたね。鬼丸が長義と話をしたいから、渡りをつけてくれって頼まれてるんだ」
「何故、兄者にわざわざそのようなことを」
「さあ。とりあえず、先にそっちの用事を済ませておきたいんだ」
それならば、と膝丸も髭切の後を追う。どうせ始業時刻までには、まだ時間がある。今日は急ぎの任務もないのだから、慌てる必要もない。
しとしとと降り続ける雨の音を聞きつつ、二振りは階段を上っていく。早朝の庁舎は、静かすぎるが故に少しの物音が強く響くという、ある種独特の空気に包まれていた。
二階にある長義の所属する管理課の部屋を見つけ、髭切はぞんざいなノックをしてから、返事も待たずにがらりと戸を開く。
「おはよう。ねえ、そこの君。山姥切長義ってもう来ているかい?」
たまたま入り口近くに立っていた職員を捕まえ、髭切はにこやかな笑顔で尋ねる。
順序が逆になってしまったが、質問した後にざっと室内を見渡してみるも、あの特徴的な灰色の外套を身につけた彼の姿はなかった。
見慣れない刀剣男士が入ってきたからか、部屋の中が一瞬ざわつく。始業前の少し緩んだ空気だったからこそ、注目を不必要に浴びてしまったようだ。中には、無遠慮にこちらを見たと思いきや、ふいっと目を逸らす者もいた。
「長義さんですか? まだ来ていないと思いますよ」
幸い、髭切が声をかけた相手は、じろじろとこちらを観察してはいたものの、すんなりと聞きたいことについて教えてくれた。
「長義って、意外とのんびり屋なんだね」
髭切の知る彼は、時間にうるさそうな神経質な部分がある。その彼が、この時間まで顔を見せないのは、髭切としては珍しいと感じていた。
「いえ、普段ならとうに来ている時間なんです。長義さんは、転送装置経由で通勤していますので、事故や渋滞の影響は受けないはずですし」
「何か、連絡は来ていないのか」
後ろから、膝丸が職員へと問う。
たとえ刀剣男士であっても、任務の予定に間に合わない場合は、彼らを管理する者に連絡をすることが義務づけられている。連絡がなかっただけで、危険な存在と判断される事例もあるからだ。
「いえ、全くないんですよ。だから、私たちも何かあったのかと……」
「なるほどねえ。さて、僕らはどうしようかな」
どうしようかと口にはしてみたものの、行動の方針は殆ど決まっているも同然だった。
さっさと帰って、鬼丸国綱にこのことを報告する。どういう理由かは知らないが、長義は不在で会えなかったと伝えれば、鬼丸も次策を講じられる。そして、自分は伝言係から解放される。万事問題なしだ。
そうと決まれば、と踵を返したときだった。
「え、ええと、あの……」
声をかけられて、髭切はそちらへと首を向ける。
そこには、長い黒髪を一つに結わえた二十代頃と思しき女性がいた。彼女は、何か言おうか言うまいか悩むように、落ち着きのない様子でこちらを見つめていた。
その視線には、髭切と膝丸を怖がるような、或いは疎むような気配が滲み出ている。会ったこともない人間の不審な態度に対して、しかし髭切の心は僅かも揺るがない。
彼の行動規範において、弟と、ついでに知り合いの刀剣男士以外の人間は、一括して『どうでもいい相手』だからだ。
「何か用?」
早く戻りたいんだけど、という気持ちをいくらか表に出しながら、髭切は彼女に続きを促す。
「長義さん、志乃さんがいなくなったから、彼女をまだ探しているのかもしれません」
「誰だ、それは」
今度は膝丸からぶっきらぼうに問われ、女性は益々気圧されたようだった。それでも、続きを話さねばという気持ちがあったのか、訥々と言葉を紡ぐ。
「ちょ、長義さんが仲良くしていた、この部署の巫覡――巫女の子です。昨日、景趣の試験運用に選ばれて、そのときにちょっとした事故があって、彼女がいなくなってしまったそうなんです。まだ、公にはなっていないんですが」
「長義が親しくしていた巫覡というのは、銀の髪の童か?」
「弟、知り合いなのかい?」
髭切の質問を受けて、膝丸は小さく頷き返す。
「先日、兄者が三階から落ちたことがあっただろう。あの、鏡の一件のときだ。許可が出るよりも早く、負傷した兄者の手入れを執り行ってくれたのが彼女だ」
「それなら、僕も一応恩はあるということだね。それで、その子供は見つかりそうなのかい?」
返ってきたのは、首を横に振る動作だけだった。どうやら、手がかりについてはまだ何もないようだ。
いなくなったというのがどういう状況かは、流石に髭切も膝丸も想像できなかったが、なかなかに厄介そうな案件だとは分かった。
仕事柄、行方不明という単語には縁がある。そして、大体行方不明になっている者は、見つからないか、変わり果てた姿で発見される場合が多かった。
「ちょうど彼女の捜索については、退治課の人たちにも掛け合ってもらっているんです。えっと、お二人ってそちらの課の刀剣男士たち……です、よね?」
ただそれだけのことを問うために、どういう理由か、彼女は怯えたような口調で切り出していた。彼女の隣には、いつの間にか同僚と思しき女性がやってきて、じろりとこちらを見つめている。
長義に対しては、比較的有効そうな口ぶりであったから、彼女らが刀剣男士自体を嫌っているわけではないのだろう。しかし、兄弟への視線には、猜疑や恐れが混じっているように感じられた。
ともあれ、歓迎されていようがなかろうが、返事に答えない理由にはならないと、髭切は口を開く。
「うん、そうだよ。じゃあ、僕らにも話が来るかもしれないねえ」
「景趣の運用に関する事故なら、俺たちの管轄ではないような気もするが」
「事情は……私たちも、よく知りません。ただ、主任はそうするようにと、言っていましたので」
どうやら、ただの事故ではなさそうだと髭切は認識を改める。何にしても、これ以上ここにいても長義がやってくる気配はない。
適当な所で会話を打ち切り、二振りは部屋を後にした。
***
雨のせいで、どこかじめじめした空気の残る廊下をわたり、階段を降り、兄弟は一階にある自分たちの仕事部屋へと向かう。
その道中、不意に膝丸がぴたりと足を止めた。
「どうやら、歓迎はされていなかったようだな」
「そうだねえ。この前行ったときは、そうでもなかったんだけど……まあ、あのときは終業時刻の頃だったから、そんなに気にされていなかったのかな」
あの日、髭切が話しかけた相手も、こちらが何者であろうと気にするような性格の持ち主ではなかったようだ。こればかりは、人それぞれの価値基準に左右される部分なのだろう。
「我らについて、色々と勝手に噂を立てる者もいるのだろうな。元はといえば、ここの連中から見たら、俺たちは外様だ。仕方あるまい」
刀剣男士を怪異退治に用いると決めた後に、二振りはこの部署に配属された。
長義の所属する課とは別の課ではあるといえ、元を辿れば同じ部署であり、仕事を共にした経験もある。そのときは、あれほど遠巻きにされた覚えは膝丸にはなかったが、何が契機になるかは意外と分からないものだ。
膝丸自身、四月頃まで無理が祟って休んでいた――兄曰く、『ずっと眠ったまま起きなかった』身だ。己のあずかり知らぬところで、根も葉もない噂が流れたとも考えられる。
もっとも、膝丸は己が他人に何と言われようが気にしない性格であるため、今回の反応にも傷ついたなどとは、露ほども感じていなかった。
「兄者、先程の長義の件だが」
寧ろ、今は周りの反応よりも、こちらの方が膝丸にとっては重要だった。
「うん?」
「昨日、兄者が話していた景趣の件と、関係があるのではないか」
膝丸につられて足を止めた髭切は、昨日弟と交わした会話を辿っていく。
「関連はあるのかもしれないね。でも、それがどうかしたの?」
「もし、長義や先程話していた童がそこに迷い込んだのなら、そのせいで戻れなくなっているのではないかと考えたのだ。それなら、俺たちに依頼が来るのも納得がいく」
「ああ、そうだね。その可能性はあり得そうだね」
当たり前すぎるぐらいの結論を口にしてから、ふと髭切は思う。
景趣がどういう理由で呪われている代物になっているかは知らないが、今回は以前体験した神隠しのときとは訳が違う。あの事象には、相応の原因と経緯があった。故に、そこから辿って、膝丸や主が囚われていた世界に、かなり近い部分まで辿り着けた。
けれども、今回は呪われた云々の理由については聞かされていない。理由があるならば、そこから因果を辿れる。
だが、もし、ないのなら。
あの鏡の中に潜んだ化け物のように、人の噂が一人歩きして『物語』を作ったのなら。
「……ちょっと嫌な感じがするなあ」
弟に聞こえないように、髭切はぽつりと呟く。
彼の懸念は、雨音が静かに隠してくれた。
***
「断ると言っている」
仕事部屋に入った瞬間、髭切の耳に飛び込んできた低い音は、否定の言葉だった。
その内容もさることながら、普段聞いている彼の声とはまるで違う。さながら地の底から響くような苛立ち混じりの声音に、髭切は一瞬部屋を間違えたかと思ってしまったほどだ。
だが、眼前にいるのは紛れもなく、上司の鬼丸国綱に違いない。彼は今、線の細そうなスーツ姿の一般職員に対して、静かに、明確な否定をぶつけていた。
「いえ、ですが、これは上の決定でして」
「先程も言った。断ると、おれは言っている」
「しかし」
「鬼切と蜘蛛切に、そのような任務を押しつけるな。あいつらには、どうすることもできない。『上』とやらに、そう伝えろ」
鬼切とは、髭切を指す名だ。蜘蛛切は、膝丸の方の呼称である。
流石に、自分たちの名前が出てきているのに素知らぬふりもできず、髭切と膝丸は部屋へと足を踏み入れる。
「僕たちのこと、呼んだかい?」
「任務についてなら、断る前に俺たちに相談をするのが筋ではないか」
有無を言わさずに怒られている職員を憐れに思って、庇ったわけではない。
もとより、名も知らぬ職員に対して、二振りは一欠片も興味などない。ただ、自分たちが過小評価されているような物言いに、僅かだが反感を覚えたが故の発言だった。
「お前ら兄弟には、向いていない任務だ。あやかし退治については確かに一家言あるのだろうが、これは――」
「しかし、先だっての神隠し事件では、見事に異界を打ち破って戻ってきた功績がありますので、適役であるというのが、上層部の結論でして……」
どうやら、相当その『上』から圧力をかけられているらしい。職員の方も、負けじと鬼丸に食い下がる。
あたかも職員が鬼丸に威圧されているように見えるが、実際のところ、刀剣男士たちの地位は、人間たちの地位より低いと見なされる場合が多い。
刀剣男士が任務を『下される』側の存在であり、任務を『選ぶ』側でないことが、その証拠の一つだ。断る権利もゼロではないが、断り続ければ立場は益々悪化の一途を辿る。
だが、上層部も無用な軋轢は避けたいためか、基本的には現場に事態を一任している。どうしても大がかりな任務になってしまう状況でも、それぞれの刀剣男士の個性や経歴を知る者の意見を聞いて、刀剣男士が嫌がらないような任務を割り振っている。
だというのに、今回に限ってこの態度だ。何やら、こちら側のあずかり知らぬ所で、良からぬ方向に物事が進んでいるらしい。
髭切が水面下でじわじわと思考を進めている傍らで、職員は必死に言葉を並び立てていた。
「そ、それに、この件に関して、連携して調査にあたっている監査室の方からも、唯一の生存者と話ができる機会を設けると申し出がありまして。つまりですね、生存者がいるということは、決して無茶な内容では」
「僕らは構わないよ。ただ、僕らの部隊長はあくまで鬼丸だからね」
いまいちぱっとしない物言いの職員の言葉を、己の言葉でたたき切り、髭切は一人と一つの会話に割って入る。
当人たちが行くと言っているのに、部隊長の鬼丸だけが首を横に振っている状況はあまり外聞がよくない。流石に、鬼丸もこれ以上は反対しないのではと、髭切は予想していた。だが、それでも鬼丸の首は横に振られもしなかったが、縦にも振られなかった。
職員と髭切、そして鬼丸の間に一触即発の空気が生まれていく。
「あなたがいくら拒否しても、髭切と膝丸の管理者からは許可を貰っています。当該刀剣男士二振りを、今回の任務において自由に使用してよいと」
奥の手と言わんばかりに、職員はもったいぶった調子で端末を取り出し、空中にホログラムで何かを映し出す。そこに書かれている文字は、確かに髭切と膝丸の上司の名であった。
もっとも、彼はあくまで二振りに対する『管理』の権限があるだけで、実際に任務を下したり精査をしたりといった雑務は、部隊長である鬼丸や、他の地位が低い職員たちが執り行っている。
名義上の管理者。
だが、今はその名義上の意味合いが、何よりも鬼丸の反対を黙らせるための力を持つ。
「そこまで言われちゃ、僕らは断れないね」
自由に使用してよい、と断言されるのはやや業腹だが、髭切としても己の立場を弁えてはいる。無理に拒絶を続ければ、刀解されるのは自分たちだ。
「それに、誰かに庇われねばならぬほど、俺たちは柔ではないのだが」
膝丸も、鬼丸の擁護を突っぱねるような発言をする。髭切も弟の意見に賛成の意を示すように、首を縦に振った。
「じゃあ、行こうか。悪いものがいたら、すぱっと斬ってくるよ」
元々、黙っているだけでも強面である鬼丸の顔が、益々剣呑な空気を纏い始める。しかし、髭切は全く意に介さず、背を向けた。
職員や膝丸が出て行くのを見送ってから、髭切も後に続こうとしたとき、
「生存者に話を聞きに行くだけだ。それ以上は、おれが許可をしない」
「……あのさ。君って、どうしてそんなに僕らを庇うんだい? 前は、そんなことしてなかったよね」
首だけ背後にいる鬼丸に向けながら、髭切は根本的な疑問を口にした。
髭切の知る限り、この部署に就任した一年前は、鬼丸はここまで過剰に自分たちに干渉してこなかった。髭切たちも、矢継ぎ早に送り込まれる任務に忙殺されていたため、碌に会話をしたことすらなかったはずだ。
髭切の覚えている範疇において、鬼丸に何かしてあげた記憶もない。身に覚えがない以上、後は本人の答えを聞くしかないと、髭切は待ち続ける。
「…………」
そして、岩より硬い彼の口は動かなかった。
「僕らに恩を売っても、何も返さないよ?」
今はそれだけを言い残し、髭切は部屋を後にしたのだった。
***
髭切が部屋を出たとき、既に先程の職員はいなくなっており、廊下の壁に凭れて立っている膝丸だけが残っていた。
「兄者、何かあったのか」
「ううん。大したことじゃないよ。それより、僕らはどこに行けばいいんだい?」
「ああ。行き先を教えてもらった」
膝丸は携帯端末を取り出し、慣れた手つきで画面を空中に投影させる。そこに表示されている地図は、二振りのいる庁舎とは異なる本館の地図だった。
都心部から少し外れた郊外の一角に建てられた政府庁舎の本館は、現代的なデザインが売りの小綺麗な建物だ。中心の吹き抜けを囲むように部屋が作られ、更にそれらがエレベーターや廊下で結ばれており、さながら蟻の巣のようになっている。
その中のとある階に、真っ赤な点がちかちかと点滅していた。そこが、二振りが行くように命じられている部屋なのだろう。
「生存者とやらは、ここにいるのかい?」
「いや、そちらの元に向かう前に、以前その者の監査をしていた者から、人となりを説明したいと申し出があったらしい。詳しいことは、そちらから聞いてもらいたいと」
「何だか回りくどいね。今日はそれが僕らの任務、というところかな」
「ああ。では行こう、兄者」
先導する膝丸の後ろを、髭切はゆったりとした足取りで追う。
今日は、ここに来てから腰を落ち着ける暇がなかった。故に、今は歩きながらではあるが、髭切は今日起きた出来事について考えを整理していく。
「……長義がいなくなった件は、どうなっているんだろうね」
今朝のやり取りをふと思い返し、そんな言葉がいつの間にか口をついて出ていた。
「さあな。誰かが、捜索を続けているのだろう」
膝丸の返事は、言葉だけ捉えれば冷たい発言のようにとれるが、自分たちが下された任務でもないのだから、彼にとっては至極当然の考えだった。
だが、彼の声音は聞くものが聞けば――たとえば、主が耳にしていたのなら、彼はこう尋ねただろう。「ひざまる、なにか気になるの?」と。
「もし、本当に帰ってこられない場所で迷っているのなら」
髭切は、自分でも何を言っているのだろうと躊躇う。それでも、口は勝手に動く。
「そんな場所にいるのなら、長義はもう戻ってこないんだろうね」
「そうなるな」
「つまり、それは……二度と会えないってこと、か」
遠回しではあるものの、自分が口にした言葉が何を示すかが分からないほど、髭切も愚かではない。
怪異現象に巻き込まれた人間の末路は、概ね悲惨だ。
死体が五体満足で見つかれば良い方で、生死すら不明なもの、人間の形を保てていないもの、或いは精神に異常をきたしている場合も少なくない。
刀剣男士は、その体が刀であると同時に付喪神という、一種の神や霊に近い存在ではある。だが、だからこそ怪異現象の影響も露骨に受けやすいとも言い換えられる。
元が人ならざるものであるからこそ、人と、そうでないものの境を容易く越えてしまうのだろうというのが通説だ。
詳細ははっきりしていないが、入ったら出られない呪われた景趣などという異界に踏み入れた先が、決して明るい未来ではないとは、流石に予想がつく。
(……もう、折れてるかもね)
今まで、何度も似たような経験はあった。
以前いた部署で、出陣に明け暮れていた日々の中、顔見知りの刀剣男士をいつの間にか見かけなくなった――なんてことは、いくらでもあった。
戦場で折れたのだろうとはすぐに考えついたが、そのことで心が痛んだ日はなかった。
だが、今は。
立ち止まり、空を見上げ、目に映る景色を綺麗だと思えるようになった、今となっては。
「彼がいないと、何だか少し、退屈になりそうだね」
特段、山姥切長義を頻繁に見かけていたわけではなかったが、顔を見れば「ああ、元気にしているな」と思うことぐらいはあった。
成り行き上とはいえ、共に任務に赴いた日もあった。その礼に、焼き菓子を貰った。あれが何と言う名前だったか。もう一度、ちゃんと聞いておけばよかった。
また会ったら何か話をしてみようか、と考える当たり前の瞬間。
人が死ぬということは、刀剣男士が折れるということは、その当たり前が無くなるということだ。
髭切は、知っている――つもりだった。
(つもり、だったんだけどねえ)
半年ほど前には、同じ部署にいた者の訃報も聞かされていた。彼は、自分たちの直属の上司でもある、初老の男性だった。
部署に配属されたばかりの髭切と膝丸を気に掛け、何かと声をかけてきた人間だった。そんな彼も、あっさりと何かの怪異に食われ、命を落とした。
悲しくはなかった。
そもそも、悲しいと感じる心がなかった。
だから、そういうものかと受け流せた。
空の青さも、咲き乱れる桜の美しさも、何もかもを視界の外に追いやり、どうでもいいとしていた昔の髭切だったなら。
「僕は、別にどうでもいいんだけど」
今回も同じように、取るに足らないことだろうと、考えを口にする。
それでも、心の中に小さな痛みが走る。
「ああ。仕方の無いことだろう」
膝丸も、言葉では兄に同意する。ただ、彼の声音は、いつもよりほんの少しだけ、沈鬱な気配を纏っていた。
どうやら今は、素直に状況を受け入れて、記憶の彼方にすぐさま追いやるのが存外難しくなってしまったらしい。
だからといって、与えられた任務を放棄するつもりもない。
自らの立場を擲って助けにいくほどの気概も、自分たちの中にはないと、兄弟は誰よりもよく知っていた。
そんなどうしようもない現実を確認し合っている内に、二振りは目的地に辿り着いていた。
***
「たのもー」
「兄者、それでは道場破りだぞ」
「だって、こちらの方が気が付いてもらえるだろう?」
髭切の言葉を聞いて、明らかに空気はざわめいていた。その半分以上が、動揺と混乱と面倒ごとに関わりたくないという気持ちの表れであったが、当の髭切が知る由もない。
他の部署からやってきた、奇妙な刀剣男士二振りの相手をすすんでしようとする物好きは、この部署にはいなかったようだ。
入り口で手持ち無沙汰になって、きょろきょろと周りを見渡すも、目が合った人間の職員はおろか、刀剣男士ですら目を逸らす始末である。
これでは任務にならないと、髭切はとりあえず手近な所を通った不運な刀剣男士の腕を、がしっと掴み、
「ねえ、君でいいや。退治課の方からここの監査官から話を聞くようにって言われて来たんだけど、ちょっといいかな」
明らかに『ちっともよくない』という顔をした青年が、まじまじと髭切を見つめる。
額が見えるように分けられた黒髪に、切れ長の紅い瞳。一房だけ伸ばした髪は、今は白い髪留めで緩く結わえられている。耳には、金色に光る大ぶりの耳飾りが揺れ、髭切に掴まれた弾みでゆらゆらと左右に振れていた。
「ああ、じじいが言っていたのって、あんた達のことか」
やや気怠げな様子を隠さずに、青年は何事か納得したように独り言めいた言葉を呟く。どうやら、話自体は伝わっていたらしい。
「あんた、いきなりあんなこと言うから、道場破りにでも来たのかと思ったんだけど」
「まあまあ。細かいことは気にしないで。じゃあ、案内してくれるよね?」
疑問の形をとっていながら、その質問は肯定を前提にしていた。
目の前の刀剣男士が顕現して何年目かは知らないが、少なくとも、この髭切の『お願い』に抵抗できるほど、図太くはなれなかったようだ。
「分かった。それなら、ついてきて」
辛うじてのプライドが、青年にそんなぶっきらぼうな言い方をさせたのか。ともあれ、彼に先導されて二振りは奥へと向かう。
兄弟の所属する課とは異なり、広大で見晴らしもいい部屋には、多くの人間と刀剣男士の姿が見える。彼らを横目に通路をずんずんと奥に進んでいき、その先の一室の扉を青年は開いた。
ぎぃ、と扉が軋む音と共に目に入ったのは、会議に使うと思しき無機質な白い部屋だ。
「おお、坊主。やっとのご到着か」
するりと吹き抜けるつむじ風のように、つかみ所のない声。それは、部屋の中心でくるりと振り返った、金の髪の青年が発していた。彼は、人好きのされそうな笑みを浮かべて、髭切と膝丸を出迎える。
癖の多い髪の毛で片目を隠しているためか、表情は少し読みづらい。冬の空を思わせる薄い色の瞳には、空に差し込む太陽の如き光輪が僅かに浮かび、見ているだけでも吸い込まれそうな不思議な色合いを放っている。
真っ赤なシャツに、複雑に織り込まれた洒落た柄のネクタイをぶら下げ、穿いているズボンは白一色と、とにかく目立つ格好をしていた。
「はいはい、連れてきたよ。じゃあ、後はごゆっくりー。お茶は後で持っていくね」
ひらひらと手を振り、青年は部屋を後にする。猫の尻尾のように、後ろに縛った一房の髪の毛が、遅れて後を辿った。
「それで、君は?」
部屋に足を踏み入れ、良いとも言われない内に勝手に椅子へと座り、髭切は目の前の青年に微笑みかける。
「僕は一文字則宗。見ての通り、監査室の刀剣男士だ」
「なら、あなたが、今回の生存者の監査をしていた経験があるという、刀剣男士か?」
髭切同様、膝丸も無断で兄の隣に腰を下ろす。彼らの傍若無人の振る舞いについて、則宗は特に何も言わず、自身も向かいへと腰掛けた。
「ああ。政府が知る限り、彼女が、百合の景趣に踏み込んで唯一帰ってきた人間だ」
則宗の言葉に、兄弟は揃って目を僅かに見開く。
「それって、入ったら出られないって噂の?」
「お、流石、怪異の専門家。話が早くて僕も助かる。どうやら、お前さん達も、何やら知っているようだな?」
今までの人のよさそうな笑顔がすっと引っ込み、代わりに滲み出たのは老獪な仕事人としての微笑だ。
髭切も、今まで何とはなしに浮かべていた口元の笑みに、ぐっと力を込める。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうかな」