美芳本丸短編
窓辺から差し込む陽光に誘われるように、鶯丸は陽のあたる特等席に腰を下ろした。本丸の二階、以前は書庫となっていたここは現在は彼の部屋となっている。
窓から下を見ると丁度ぐるりと建物に囲まれるようにしてある中庭が、眼下に広がっていた。暦の上ではまだ三月であり、花の香る季節には少し早い。だが今の時期なら、庭にある梅の花の香りは部屋へと漂ってきてくれる。
「良い天気だな」
穏やかで、暖かな昼下がり。暦はまだ春から少し遠いものの、昼の気温は十分春のそれに近い。
桃色の梅が黒々とした幹とともに青々とした空へと伸びていく眺めは、まさに絶景だ。日だまりの恩恵を受けて、鶯丸の口元も緩む。
視線を下に向ければ、この本丸にいる少女が先日据えていた野鳥用の餌台が置かれていた。傍に置かれている水の入った器が盛んに揺れ、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。その中心には、今まさに水浴びに興じている小鳥が目に入る。
「何か、面白いものでも見つけましたかな」
背後から声をかけられて、鶯丸は視線を部屋の入り口へとやった。声から既に察してはいたが、そこには浅葱色の髪をした刀剣男士――一期一振が立っていた。お盆にあるお茶とお菓子と思しき小さな包みから推察するに、茶飲み相手でも探していたのだろうか。
「鳥が、水浴びをしていてな」
ほら、と窓から下に見える餌台を指すと、盆を置いた一期が鶯丸の背後から顔を覗かせた。二人分の視線に晒されているとも知らず、激しく水を散らしながら、小鳥はひとときの休息を楽しんでいるようだった。
「これはなんとも微笑ましい……おや」
これでもう十分と言わんばかりに、小鳥は器から飛び出て、あっという間に空へと羽ばたいていく。後に残るのは揺れる水面だけだ。
飛んでいく小さな小鳥の姿を眺めながら、一期はぽつりと呟く。
「天津風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ……というところでしょうか」
「それは?」
「古い歌の一つです。あの鳥の姿を見て、天女の伝説を思い出したもので」
一期はお盆の上にある茶を鶯丸に渡し、彼と向き合うように座る。勧められるがままに飲んだ茶は、湯飲みに入っていたにも関わらず、日本茶とは違う清涼感のあるものだった。恐らくは一期が好きな紅茶の一種だろう。
「天女の伝説というのは、どんな話なんだ?」
「諸説はあるのですが、概ねこのような話です」
ある日、山奥の泉に用があってやってきた男は、泉にとても美しい天女が舞い降りて、水浴びをする姿を目にする。その艶やかな容姿に一目惚れした男は、彼女を天に帰したくないと、彼女が空へと上がるときに使っていた羽衣をこっそり隠してしまう。
水浴びを終えた天女は羽衣がないために天へと帰ることができず、たいそう困り果ててしまう。そこに素知らぬ顔でやってきた男に助けられ、やがて二人は夫婦となる。しかし、天女は男が留守の間に彼が隠していた羽衣を見つけ、結局天に帰ってしまった。
「……という話です。いくら相手に恋い焦がれて側に留め置きたいと思ったとしても、人を騙すのは結果的には良い結果をもたらさないということですね」
「だが男にとっては、それ程の事をしてもなお、側にいてほしいと願いたくなる者だったのだろう。気持ちは分からないでもない」
鶯丸は空へと伸びる梅へと、再び目をやる。何年も変わることなく伸び続ける木々、そして同じように変わることなくその姿を留める物(じぶん)たち。
だが、変わりゆく者もあるということを彼は知っている。
「俺たちは、どちらかというとその天女の側になるのかもしれないがな。しかし、置いてかれるのはいつも俺たちばかりのように思える」
「それも、悪いことばかりではないですよ」
一期に差し出された茶菓子を口に含み、鶯丸は「そうだろうか」と首を傾げてみせようとした。だが、それよりも先に舌に訪れた予想外の味に口を噤んでしまう。
無意識に包みを解いて口に入れたと同時に広がったのは、餡子の濃くしっとりとした甘みだった。飲んでいる紅茶に合わないわけではないが、洋菓子を無意識に想像していた鶯丸は珍しく目を見開き、驚きを露わにしていた。
「和洋折衷というのも、たまには良いかと思いまして」
「君は、新しいものにも貪欲に挑戦していくのだな」
「和風は和風で、洋風は洋風で、と考えを留め続けていたら思いつかない組み合わせです。変わらないが故の安心も、変わりゆく故の変革も、どちらも悪いことではありますまい」
一期の回答が、置いていかれることを嘆くような言葉に対する返事だと気がついた鶯丸は、気を遣わせたかと軽く肩を竦めてみせた。
再度外へと目をやれば、先ほど変わることなく空へと伸びる梅の枝が彼の瞳に映る。どこかで囀る小鳥の鳴き声は、先ほど去って行った小鳥のものだろうか。だが、その中でも先ほどまでと違うものが一つあった。
「あれは……」
ひらひらと青い空を舞うのは、真っ白な一枚の布。いつもなら物干し竿に並べて干してある手ぬぐいの一枚が、どういうわけか窓の向こうで舞っていた。羽が生えたように布は空を泳ぎ、あれよあれよという間に梅の枝の一つに引っかかって、ようやくその動きを止める。
続いて聞こえてきたのは、小さな悲鳴のような声。少しばかり身を乗り出すと、中庭を囲うように建てられた建物の廊下から、一人の少女が表れた。二階からでははっきりしないが、梅を見上げておろおろと歩き回っている様子から察するに、風に手ぬぐいを攫われたのは彼女なのだろう。
「一期、少し席を外す」
「おや、私と茶を飲むのはお嫌でしたか」
「そういうわけではないが、天女の落とし物を取りに行ってやらなくてな」
窓の向こうを見ていない一期は、首を傾げるばかりだ。彼には思わせぶりな微笑だけを向け、鶯丸は階段を降り、中庭へと向かった。
梅の木のすぐ下で、その少女はぴょんぴょんと飛び跳ねていた。外に干していた洗濯物を取り込み、こうして中庭に面した廊下を歩いていたのはほんの数分前のことだ。そのとき、いたずらな春風に攫われて手ぬぐいの一枚が飛んでいき、結果として彼女の手の届かない高さにある枝に、引っかかってしまった。
「無理に登ったら折れちゃうでしょうし、でもこのままにもできませんし……」
もう一度ぴょんと跳んでみるが、あと一歩のところで届きそうにない。自分の背がもう少し大きかったら、と歯噛みしても、背は急に伸びてくれるわけでもない。
「でも、もうちょっと、もうちょっとだけ……!」
彼女が再び背伸びをしたその瞬間、横から伸びてきた手がひょいと手ぬぐいを掴んだ。思わず隣を見て、少女は目を丸くする。
「鶯さん!?」
「君が随分と面白い仕草をしていたのが、上から見えていてな」
「それは……はしたないところを見せてしまい、すみません」
普段からどこか浮き世離れしている彼から見ても、面白いと思えるようなことをしていたのか、と彼女は羞恥で頬を赤くする。対する鶯丸は、相変わらずの飄々とした様子を崩すこともせずに、真意の見えない笑みを浮かべているだけだ。
「ありがとうございます。わざわざ取ってくださって」
「大したことじゃない」
感謝を述べながら、娘は手を伸ばす。だが、鶯丸は手ぬぐいを持ったまま彼女になかなか渡そうとしなかった。
「鶯さん?」
少女がおずおずと手拭いへと手を伸ばせども、鶯丸の手によって彼女の手の届かないところにひょいと持ち上げてしまう。右手を伸ばしても、左手を伸ばしても、自分の上背を使って、彼は彼女の手に手ぬぐいが届かないようにしてしまう。
「ど、どうして意地悪するんですか!?」
「これを渡したら、君は行ってしまうだろうと思うと、惜しくてな」
彼が目で示した先には、廊下に置きっぱなしになっている洗濯物が山と積まれた籠があった。彼女が片付けの途中だったのは明らかだ。
「隠してしまったら、一緒にいてくれるかと思った」
羽衣を隠してしまえば、天女と共に居られると思った男のように、彼は手ぬぐいを背中に隠してしまう。そうしたら、目の前の娘がずっと一緒にいてくれるかと思っているかのように。
定命の者である彼女が、永遠にある者である彼と共にいられるのではと、願うように。
「……鶯さんも、大包平さんに負けず劣らず、しようがない人ですね。構って欲しいなら、そう言ってください」
無論、彼女は彼らの話を聞いていなかったのだから、鶯丸の思いも考えも分かるわけがない。腰に手を当てて怒っています、と示すポーズをとった彼女に、鶯丸は降参だと言わんばかりに両手を軽くあげ、彼女の手に手ぬぐいを置いた。
結局、羽衣は天女のそばにあるべきだったのだ。そうでなければ、あの男のようにいずれ悲しい別れとなってしまうだろうと、思ったからが故の行動だった。しかし、
「そういうことなら、一緒にお片づけを手伝ってください。そうしたら、その後に遊ぶこともできますよ」
彼女は鶯丸の手を引いて、片手に手ぬぐい、片手に彼の手を引いて歩き出す。そして、廊下に置かれた洗濯物が積まれた籠から半分ほどの衣類を抱え上げ、目を白黒させる彼の腕にぐいと押し付けた。その手際の鮮やかさといったら、鶯丸が何か言う隙を与えないほどだ。
「行きましょう、鶯さん。これが終わったらお茶にしましょう。それなら、ずっと一緒にいられますよ?」
羽衣を返しても、この娘は離れることなく側にいてくれる。おとぎ話とは違う結末が、諦念を浮かべかけていた彼の緑の瞳によぎる。やがて鶯丸は、
「ああ。行こうか」
いつものように、梅がほころぶような優しげな笑みと共に彼女と肩を並べて歩き出した。
天津風よ 雲の隙間に広がる道を どうか閉ざしてくれないか
彼女の姿をもう少しだけ 自分のそばに留めておきたいのだ
窓から下を見ると丁度ぐるりと建物に囲まれるようにしてある中庭が、眼下に広がっていた。暦の上ではまだ三月であり、花の香る季節には少し早い。だが今の時期なら、庭にある梅の花の香りは部屋へと漂ってきてくれる。
「良い天気だな」
穏やかで、暖かな昼下がり。暦はまだ春から少し遠いものの、昼の気温は十分春のそれに近い。
桃色の梅が黒々とした幹とともに青々とした空へと伸びていく眺めは、まさに絶景だ。日だまりの恩恵を受けて、鶯丸の口元も緩む。
視線を下に向ければ、この本丸にいる少女が先日据えていた野鳥用の餌台が置かれていた。傍に置かれている水の入った器が盛んに揺れ、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。その中心には、今まさに水浴びに興じている小鳥が目に入る。
「何か、面白いものでも見つけましたかな」
背後から声をかけられて、鶯丸は視線を部屋の入り口へとやった。声から既に察してはいたが、そこには浅葱色の髪をした刀剣男士――一期一振が立っていた。お盆にあるお茶とお菓子と思しき小さな包みから推察するに、茶飲み相手でも探していたのだろうか。
「鳥が、水浴びをしていてな」
ほら、と窓から下に見える餌台を指すと、盆を置いた一期が鶯丸の背後から顔を覗かせた。二人分の視線に晒されているとも知らず、激しく水を散らしながら、小鳥はひとときの休息を楽しんでいるようだった。
「これはなんとも微笑ましい……おや」
これでもう十分と言わんばかりに、小鳥は器から飛び出て、あっという間に空へと羽ばたいていく。後に残るのは揺れる水面だけだ。
飛んでいく小さな小鳥の姿を眺めながら、一期はぽつりと呟く。
「天津風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ……というところでしょうか」
「それは?」
「古い歌の一つです。あの鳥の姿を見て、天女の伝説を思い出したもので」
一期はお盆の上にある茶を鶯丸に渡し、彼と向き合うように座る。勧められるがままに飲んだ茶は、湯飲みに入っていたにも関わらず、日本茶とは違う清涼感のあるものだった。恐らくは一期が好きな紅茶の一種だろう。
「天女の伝説というのは、どんな話なんだ?」
「諸説はあるのですが、概ねこのような話です」
ある日、山奥の泉に用があってやってきた男は、泉にとても美しい天女が舞い降りて、水浴びをする姿を目にする。その艶やかな容姿に一目惚れした男は、彼女を天に帰したくないと、彼女が空へと上がるときに使っていた羽衣をこっそり隠してしまう。
水浴びを終えた天女は羽衣がないために天へと帰ることができず、たいそう困り果ててしまう。そこに素知らぬ顔でやってきた男に助けられ、やがて二人は夫婦となる。しかし、天女は男が留守の間に彼が隠していた羽衣を見つけ、結局天に帰ってしまった。
「……という話です。いくら相手に恋い焦がれて側に留め置きたいと思ったとしても、人を騙すのは結果的には良い結果をもたらさないということですね」
「だが男にとっては、それ程の事をしてもなお、側にいてほしいと願いたくなる者だったのだろう。気持ちは分からないでもない」
鶯丸は空へと伸びる梅へと、再び目をやる。何年も変わることなく伸び続ける木々、そして同じように変わることなくその姿を留める物(じぶん)たち。
だが、変わりゆく者もあるということを彼は知っている。
「俺たちは、どちらかというとその天女の側になるのかもしれないがな。しかし、置いてかれるのはいつも俺たちばかりのように思える」
「それも、悪いことばかりではないですよ」
一期に差し出された茶菓子を口に含み、鶯丸は「そうだろうか」と首を傾げてみせようとした。だが、それよりも先に舌に訪れた予想外の味に口を噤んでしまう。
無意識に包みを解いて口に入れたと同時に広がったのは、餡子の濃くしっとりとした甘みだった。飲んでいる紅茶に合わないわけではないが、洋菓子を無意識に想像していた鶯丸は珍しく目を見開き、驚きを露わにしていた。
「和洋折衷というのも、たまには良いかと思いまして」
「君は、新しいものにも貪欲に挑戦していくのだな」
「和風は和風で、洋風は洋風で、と考えを留め続けていたら思いつかない組み合わせです。変わらないが故の安心も、変わりゆく故の変革も、どちらも悪いことではありますまい」
一期の回答が、置いていかれることを嘆くような言葉に対する返事だと気がついた鶯丸は、気を遣わせたかと軽く肩を竦めてみせた。
再度外へと目をやれば、先ほど変わることなく空へと伸びる梅の枝が彼の瞳に映る。どこかで囀る小鳥の鳴き声は、先ほど去って行った小鳥のものだろうか。だが、その中でも先ほどまでと違うものが一つあった。
「あれは……」
ひらひらと青い空を舞うのは、真っ白な一枚の布。いつもなら物干し竿に並べて干してある手ぬぐいの一枚が、どういうわけか窓の向こうで舞っていた。羽が生えたように布は空を泳ぎ、あれよあれよという間に梅の枝の一つに引っかかって、ようやくその動きを止める。
続いて聞こえてきたのは、小さな悲鳴のような声。少しばかり身を乗り出すと、中庭を囲うように建てられた建物の廊下から、一人の少女が表れた。二階からでははっきりしないが、梅を見上げておろおろと歩き回っている様子から察するに、風に手ぬぐいを攫われたのは彼女なのだろう。
「一期、少し席を外す」
「おや、私と茶を飲むのはお嫌でしたか」
「そういうわけではないが、天女の落とし物を取りに行ってやらなくてな」
窓の向こうを見ていない一期は、首を傾げるばかりだ。彼には思わせぶりな微笑だけを向け、鶯丸は階段を降り、中庭へと向かった。
梅の木のすぐ下で、その少女はぴょんぴょんと飛び跳ねていた。外に干していた洗濯物を取り込み、こうして中庭に面した廊下を歩いていたのはほんの数分前のことだ。そのとき、いたずらな春風に攫われて手ぬぐいの一枚が飛んでいき、結果として彼女の手の届かない高さにある枝に、引っかかってしまった。
「無理に登ったら折れちゃうでしょうし、でもこのままにもできませんし……」
もう一度ぴょんと跳んでみるが、あと一歩のところで届きそうにない。自分の背がもう少し大きかったら、と歯噛みしても、背は急に伸びてくれるわけでもない。
「でも、もうちょっと、もうちょっとだけ……!」
彼女が再び背伸びをしたその瞬間、横から伸びてきた手がひょいと手ぬぐいを掴んだ。思わず隣を見て、少女は目を丸くする。
「鶯さん!?」
「君が随分と面白い仕草をしていたのが、上から見えていてな」
「それは……はしたないところを見せてしまい、すみません」
普段からどこか浮き世離れしている彼から見ても、面白いと思えるようなことをしていたのか、と彼女は羞恥で頬を赤くする。対する鶯丸は、相変わらずの飄々とした様子を崩すこともせずに、真意の見えない笑みを浮かべているだけだ。
「ありがとうございます。わざわざ取ってくださって」
「大したことじゃない」
感謝を述べながら、娘は手を伸ばす。だが、鶯丸は手ぬぐいを持ったまま彼女になかなか渡そうとしなかった。
「鶯さん?」
少女がおずおずと手拭いへと手を伸ばせども、鶯丸の手によって彼女の手の届かないところにひょいと持ち上げてしまう。右手を伸ばしても、左手を伸ばしても、自分の上背を使って、彼は彼女の手に手ぬぐいが届かないようにしてしまう。
「ど、どうして意地悪するんですか!?」
「これを渡したら、君は行ってしまうだろうと思うと、惜しくてな」
彼が目で示した先には、廊下に置きっぱなしになっている洗濯物が山と積まれた籠があった。彼女が片付けの途中だったのは明らかだ。
「隠してしまったら、一緒にいてくれるかと思った」
羽衣を隠してしまえば、天女と共に居られると思った男のように、彼は手ぬぐいを背中に隠してしまう。そうしたら、目の前の娘がずっと一緒にいてくれるかと思っているかのように。
定命の者である彼女が、永遠にある者である彼と共にいられるのではと、願うように。
「……鶯さんも、大包平さんに負けず劣らず、しようがない人ですね。構って欲しいなら、そう言ってください」
無論、彼女は彼らの話を聞いていなかったのだから、鶯丸の思いも考えも分かるわけがない。腰に手を当てて怒っています、と示すポーズをとった彼女に、鶯丸は降参だと言わんばかりに両手を軽くあげ、彼女の手に手ぬぐいを置いた。
結局、羽衣は天女のそばにあるべきだったのだ。そうでなければ、あの男のようにいずれ悲しい別れとなってしまうだろうと、思ったからが故の行動だった。しかし、
「そういうことなら、一緒にお片づけを手伝ってください。そうしたら、その後に遊ぶこともできますよ」
彼女は鶯丸の手を引いて、片手に手ぬぐい、片手に彼の手を引いて歩き出す。そして、廊下に置かれた洗濯物が積まれた籠から半分ほどの衣類を抱え上げ、目を白黒させる彼の腕にぐいと押し付けた。その手際の鮮やかさといったら、鶯丸が何か言う隙を与えないほどだ。
「行きましょう、鶯さん。これが終わったらお茶にしましょう。それなら、ずっと一緒にいられますよ?」
羽衣を返しても、この娘は離れることなく側にいてくれる。おとぎ話とは違う結末が、諦念を浮かべかけていた彼の緑の瞳によぎる。やがて鶯丸は、
「ああ。行こうか」
いつものように、梅がほころぶような優しげな笑みと共に彼女と肩を並べて歩き出した。
天津風よ 雲の隙間に広がる道を どうか閉ざしてくれないか
彼女の姿をもう少しだけ 自分のそばに留めておきたいのだ