縹・月影(清明)本丸短編
「にっかり青江。君に頼みたいことがある」
師走も半ばの頃、にっかり青江がこたつの中で程よい温もりに浸っていると、不躾な侵入者がやってきた。その侵入者は、山姥切長義という名前をしていた。
「君が僕に、というのは珍しいね。一体僕は何を頼まれるのかな」
「話せば長くなるんだが、君はサンタクロースというものを知っているかな」
青江は、柳のように細い目を柄にもなく見開く。長義の口からサンタクロースなどという単語が飛び出てくるなどと、誰が想像できるだろうか。
果たしてこの質問の意味はどういうことか、と、こたつで緩くなってしまっていた頭を回転させながら、青江はひとまず自分の知識を紐解いて言葉とする。
「サンタクロースねえ。まあ、知ってはいるよ。クリスマスにやってきて、子供に贈り物をしていく老人のことだろう」
「それを、あの子に教えてはいたかな」
あの子と彼が言外に言うのは、この本丸の審神者の娘である子供のことである。長義が父親代わりを務めているその子供は、どういうわけか青江を遊び相手として大層気に入っており、彼もしばしば彼女と行動を共にしていた。
「そういえば、彼女はサンタクロースのことを去年までは口にしていなかったね」
「俺たちの、誰も教えようともしていなかったからね。パーティーはしていたものの、彼女としては正月の一種のようなものだったらしい」
本来の子供なら、クリスマスと聞けば目の色を変えて喜ぶらしいが、幸か不幸か本丸での生活を主としていた彼女は、その手の話には疎くなってしまったらしい。クリスマスパーティの意味を、おせち料理が和風だから今日は洋風のご馳走を食べる日程度に考えていた、などと知ったら、世の親は普通目を丸くして驚くことだろう。
彼らの主はその辺りの季節ごとに対して強い関心がないので、刀剣男士たちも外の国の行事にはまだまだ疎い。流石にサンタクロースをまるで知らない者はいないが、子供に教えようと思うほど気にかけている者もまた、ゼロだったということである。
「ああ、もしかして──サンタクロースについて、君が聞かれたのかい」
「そういうことだよ。それもまた困った頼み事をされてね。サンタクロースにお願いをするならどうすればいいか、と問われたんだ」
「それで?」
「サンタクロースの代わりに俺が聞こうと言ったのだけれど、逆に警戒されてしまってね。長義はサンタクロースへの手紙を盗み見るつもりなんでしょう、と」
その話を聞いて、青江は思わず普段以上に笑みを深くしてしまった。吹き出さないようにするためには、正直顔中の筋肉を全制御する必要があった。他の刀剣男士なら大真面目に彼がこんなことを言ったら、たまらず笑い出してしまっただろう。
「君がサンタについて教えていないなら、君には警戒していないかもしれないね。実は、頼みというのは──」
「君にに代わって、あの子のサンタクロースへの頼み事を聞いてくること、かな」
ここまで話がまとまれば、青江もその先は読める。長義は無言で首肯だけ返すと、長々と息を吐きながら項垂れた。彼の様子を見て、青江は常の薄い笑みを浮かべつつ、子供に嫌われた哀れな父親に声をかける。
「疑われたのは流石に心外だったかい?」
「少しばかりね」
「父親としての宿命だろうと思うよ」
ポンポンと彼の肩を叩くと、「どうして君にあの子は懐くんだ」と恨みがましい目で睨まれてしまった。なかなかどうして、父親の嫉妬というものはこういう所からも生まれるのか、と青江は両手を挙げて降参のポーズをとったのだった。
同時刻。本丸の片隅で、件の娘は母親の書類仕事を片目で見ながらゴロゴロと転がっていた。母親が仕事を終えるのを、今か今かと待ち構えているのである。
「そういえば、あなた。長義を困らせたって聞きましたよ」
畳の上を芋虫のごとく転がっていた娘は、逆さまになっていた視界を戻した。ずりずりと腹ばいのまま机に近づき、申し訳程度に神妙な顔つきをして母のお小言を聞く姿勢をとる。
「サンタクロースへの手紙を渡してくれないって、あんな大真面目な顔で相談に来るので、どんな反応をしていいか困りました」
顎先にほっそりとした指を当て、その時のことを思い出したように彼女はくすくすと笑った。母が思い出し笑いしている様を見ながら、肝心の娘の方はこてんと首をかしげる。
「だって、ちょーぎは覗き見するだろうから」
「そうやって、彼をあまり邪険に扱わないであげてください。あれでも、傷つきやすい人なんですよ」
「お母様が言うなら虐めるのはやめるけど、手紙は渡さないぞ」
「あら、どうしてですか? 覗き見しないように言っておけば、彼もそんなことはしないと思うけれど」
言いつつも、父親代わりの彼はきっと娘への贈り物のために封を開くだろうということは、母である彼女も察してはいた。これは、いわば子供の夢を壊さないための方便だ。無論、本人にはそんな態度は露ほども見せるつもりはなかったのだが、
「青江に、聞きに来て欲しいからな」
不意に耳に入った言葉に、母である彼女は少しばかり目を見開く。五歳の子供とは思えない、まるで大人びた一人前の女性としての笑みを覗かせていたからだ。どうやら、既にこの年にして自分のお気に入りを見つけているらしいと、母親は目を細める。
「青江さんが随分と好きなんですね、あなたは」
「ああ。ちょーぎは自分の手に負えないと思ったら、きっと彼に頼むだろうから。彼なら、私の願いを叶えてくれるだろうし、からかうと楽しいんだ」
再び子供らしい無邪気で無垢な顔を取り繕い、彼女はふんふんと鼻歌を歌いながら「まだかなあ」と訪れるはずの思い人に想いを馳せる。
「あまり皆を困らせないようにね」
苦言を呈する母も、娘には何を言っても馬耳東風だろうと半ば諦めていたのだった。
***
それから数週間後の十二月二十五日。寒気が残る部屋に身震いしながら布団から身を起こした青江は、
「あ――お――え――!!」
子供独特の甲高い声という目覚ましの洗礼を受けることになる。襖がスターンと開かれ姿を見せた小さな影は、迷うことなく青江に向かって文字通り飛び込んできた。そのダイブときたら、さながら人間サイズの鉄砲玉だ。
「う……おはよう、今日は随分とご機嫌だね」
鳩尾が鈍い音を立てながらも、どうにかこうにか青江は彼女を受け止める。パッと顔を上げて微笑んだのは、予想通り、この本丸をまとめる審神者の娘である子供だ。年の頃はまだ五つほどであるというのに、その破天荒ぶりは小さな熊だと長義が呻いたほどである。
「あおえ、きいてくれ! サンタさんが来てくれたんだ!」
「おや、それは良かったじゃないか」
「あおえが、サンタさんへのお願い届けてくれたからだぞ!」
興奮で顔を真っ赤にしつつ、彼女は抱きしめていたぬいぐるみを青江に見せる。灰色の体に黒い小さな頭をつけたその丸いぬいぐるみは、先日テレビで見かけたペンギンという鳥の雛を模したものだ。
青江が彼女に依頼されたプレゼントは、このぬいぐるみだった。取り寄せたのは長義なので、実際青江のしたことは文字通り聞き出してきただけなのだが。
「気に入ってくれて、きっとサンタさんも喜んでいるだろうね」
少女の頭を撫でながら、サンタクロースこと山姥切長義のことを青江は思い返す。抜かりない彼のことだ。娘が喜ぶ様子も、きっとどこからか見ているのだろう。
「今度お礼の手紙をかくから、青江が届けてくれるか?」
「もちろん。いっぱいだと喜ばれるだろうね」
「手紙のことだな。よぅし、頑張るぞー!」
嬉しさのあまり彼女は自分が青江が組んだ上にいることも忘れて、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。五歳児とはいえ、それなりの重量のものが跳ねれば重い。ついでに痛い。
「あ、主には見せてきたのかな……。きっと、彼女も気になっていたと思うよ」
「あ、そうだ! お母様にも挨拶に行かせないと!」
ぬいぐるみを抱えて、彼女はやってきた時と同じように竜巻のごとく去っていく。残された青江は、いつものごとくやれやれと肩を竦めてみせた。ここ数年で、この仕草をする回数が随分と増えたように思う。
「まあ、悪いことじゃないよね」
朝日に照らされながら、彼は笑ったのだった。その名の通り、にっかりと。
師走も半ばの頃、にっかり青江がこたつの中で程よい温もりに浸っていると、不躾な侵入者がやってきた。その侵入者は、山姥切長義という名前をしていた。
「君が僕に、というのは珍しいね。一体僕は何を頼まれるのかな」
「話せば長くなるんだが、君はサンタクロースというものを知っているかな」
青江は、柳のように細い目を柄にもなく見開く。長義の口からサンタクロースなどという単語が飛び出てくるなどと、誰が想像できるだろうか。
果たしてこの質問の意味はどういうことか、と、こたつで緩くなってしまっていた頭を回転させながら、青江はひとまず自分の知識を紐解いて言葉とする。
「サンタクロースねえ。まあ、知ってはいるよ。クリスマスにやってきて、子供に贈り物をしていく老人のことだろう」
「それを、あの子に教えてはいたかな」
あの子と彼が言外に言うのは、この本丸の審神者の娘である子供のことである。長義が父親代わりを務めているその子供は、どういうわけか青江を遊び相手として大層気に入っており、彼もしばしば彼女と行動を共にしていた。
「そういえば、彼女はサンタクロースのことを去年までは口にしていなかったね」
「俺たちの、誰も教えようともしていなかったからね。パーティーはしていたものの、彼女としては正月の一種のようなものだったらしい」
本来の子供なら、クリスマスと聞けば目の色を変えて喜ぶらしいが、幸か不幸か本丸での生活を主としていた彼女は、その手の話には疎くなってしまったらしい。クリスマスパーティの意味を、おせち料理が和風だから今日は洋風のご馳走を食べる日程度に考えていた、などと知ったら、世の親は普通目を丸くして驚くことだろう。
彼らの主はその辺りの季節ごとに対して強い関心がないので、刀剣男士たちも外の国の行事にはまだまだ疎い。流石にサンタクロースをまるで知らない者はいないが、子供に教えようと思うほど気にかけている者もまた、ゼロだったということである。
「ああ、もしかして──サンタクロースについて、君が聞かれたのかい」
「そういうことだよ。それもまた困った頼み事をされてね。サンタクロースにお願いをするならどうすればいいか、と問われたんだ」
「それで?」
「サンタクロースの代わりに俺が聞こうと言ったのだけれど、逆に警戒されてしまってね。長義はサンタクロースへの手紙を盗み見るつもりなんでしょう、と」
その話を聞いて、青江は思わず普段以上に笑みを深くしてしまった。吹き出さないようにするためには、正直顔中の筋肉を全制御する必要があった。他の刀剣男士なら大真面目に彼がこんなことを言ったら、たまらず笑い出してしまっただろう。
「君がサンタについて教えていないなら、君には警戒していないかもしれないね。実は、頼みというのは──」
「君にに代わって、あの子のサンタクロースへの頼み事を聞いてくること、かな」
ここまで話がまとまれば、青江もその先は読める。長義は無言で首肯だけ返すと、長々と息を吐きながら項垂れた。彼の様子を見て、青江は常の薄い笑みを浮かべつつ、子供に嫌われた哀れな父親に声をかける。
「疑われたのは流石に心外だったかい?」
「少しばかりね」
「父親としての宿命だろうと思うよ」
ポンポンと彼の肩を叩くと、「どうして君にあの子は懐くんだ」と恨みがましい目で睨まれてしまった。なかなかどうして、父親の嫉妬というものはこういう所からも生まれるのか、と青江は両手を挙げて降参のポーズをとったのだった。
同時刻。本丸の片隅で、件の娘は母親の書類仕事を片目で見ながらゴロゴロと転がっていた。母親が仕事を終えるのを、今か今かと待ち構えているのである。
「そういえば、あなた。長義を困らせたって聞きましたよ」
畳の上を芋虫のごとく転がっていた娘は、逆さまになっていた視界を戻した。ずりずりと腹ばいのまま机に近づき、申し訳程度に神妙な顔つきをして母のお小言を聞く姿勢をとる。
「サンタクロースへの手紙を渡してくれないって、あんな大真面目な顔で相談に来るので、どんな反応をしていいか困りました」
顎先にほっそりとした指を当て、その時のことを思い出したように彼女はくすくすと笑った。母が思い出し笑いしている様を見ながら、肝心の娘の方はこてんと首をかしげる。
「だって、ちょーぎは覗き見するだろうから」
「そうやって、彼をあまり邪険に扱わないであげてください。あれでも、傷つきやすい人なんですよ」
「お母様が言うなら虐めるのはやめるけど、手紙は渡さないぞ」
「あら、どうしてですか? 覗き見しないように言っておけば、彼もそんなことはしないと思うけれど」
言いつつも、父親代わりの彼はきっと娘への贈り物のために封を開くだろうということは、母である彼女も察してはいた。これは、いわば子供の夢を壊さないための方便だ。無論、本人にはそんな態度は露ほども見せるつもりはなかったのだが、
「青江に、聞きに来て欲しいからな」
不意に耳に入った言葉に、母である彼女は少しばかり目を見開く。五歳の子供とは思えない、まるで大人びた一人前の女性としての笑みを覗かせていたからだ。どうやら、既にこの年にして自分のお気に入りを見つけているらしいと、母親は目を細める。
「青江さんが随分と好きなんですね、あなたは」
「ああ。ちょーぎは自分の手に負えないと思ったら、きっと彼に頼むだろうから。彼なら、私の願いを叶えてくれるだろうし、からかうと楽しいんだ」
再び子供らしい無邪気で無垢な顔を取り繕い、彼女はふんふんと鼻歌を歌いながら「まだかなあ」と訪れるはずの思い人に想いを馳せる。
「あまり皆を困らせないようにね」
苦言を呈する母も、娘には何を言っても馬耳東風だろうと半ば諦めていたのだった。
***
それから数週間後の十二月二十五日。寒気が残る部屋に身震いしながら布団から身を起こした青江は、
「あ――お――え――!!」
子供独特の甲高い声という目覚ましの洗礼を受けることになる。襖がスターンと開かれ姿を見せた小さな影は、迷うことなく青江に向かって文字通り飛び込んできた。そのダイブときたら、さながら人間サイズの鉄砲玉だ。
「う……おはよう、今日は随分とご機嫌だね」
鳩尾が鈍い音を立てながらも、どうにかこうにか青江は彼女を受け止める。パッと顔を上げて微笑んだのは、予想通り、この本丸をまとめる審神者の娘である子供だ。年の頃はまだ五つほどであるというのに、その破天荒ぶりは小さな熊だと長義が呻いたほどである。
「あおえ、きいてくれ! サンタさんが来てくれたんだ!」
「おや、それは良かったじゃないか」
「あおえが、サンタさんへのお願い届けてくれたからだぞ!」
興奮で顔を真っ赤にしつつ、彼女は抱きしめていたぬいぐるみを青江に見せる。灰色の体に黒い小さな頭をつけたその丸いぬいぐるみは、先日テレビで見かけたペンギンという鳥の雛を模したものだ。
青江が彼女に依頼されたプレゼントは、このぬいぐるみだった。取り寄せたのは長義なので、実際青江のしたことは文字通り聞き出してきただけなのだが。
「気に入ってくれて、きっとサンタさんも喜んでいるだろうね」
少女の頭を撫でながら、サンタクロースこと山姥切長義のことを青江は思い返す。抜かりない彼のことだ。娘が喜ぶ様子も、きっとどこからか見ているのだろう。
「今度お礼の手紙をかくから、青江が届けてくれるか?」
「もちろん。いっぱいだと喜ばれるだろうね」
「手紙のことだな。よぅし、頑張るぞー!」
嬉しさのあまり彼女は自分が青江が組んだ上にいることも忘れて、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。五歳児とはいえ、それなりの重量のものが跳ねれば重い。ついでに痛い。
「あ、主には見せてきたのかな……。きっと、彼女も気になっていたと思うよ」
「あ、そうだ! お母様にも挨拶に行かせないと!」
ぬいぐるみを抱えて、彼女はやってきた時と同じように竜巻のごとく去っていく。残された青江は、いつものごとくやれやれと肩を竦めてみせた。ここ数年で、この仕草をする回数が随分と増えたように思う。
「まあ、悪いことじゃないよね」
朝日に照らされながら、彼は笑ったのだった。その名の通り、にっかりと。