短編置き場
「二人ってさ、双子?」
炬燵に座っていた審神者──藤は、向かい側に収まっている二つの顔を見比べておもむろに尋ねた。
彼女の前にいたのは、自らを源氏の重宝と語る刀剣男士──髭切と膝丸だ。炬燵にしがみついて離れない兄に引きずられ、弟でもある膝丸もこうして炬燵の中に収まり、今は主の前で雁首を並べている。
二人が横並びに収まっている所を久しぶりに見た藤が最初に口にした言葉が、この双子なのかという問いだった。
「双子……なのか?」
「双子なのかなあ」
彼女の問いかけに、二人も思わず顔を見合わせる。
アーモンド型の眼窩にはまっている全く同じ金がかったブラウンの瞳が、鏡合わせのように互いを写していた。
癖のある金髪と薄緑の髪は全く似ても似つかないし、浮かべる表情も柔和で穏やかなものと生真面目そうな凜々しいものであり、お世辞にも似通っているとは言いがたい。
けれども、顔のパーツ一つ一つを見れば確かに似ている──のかもしれないと藤は思う。
「刀は全く同じなんだよね」
「ああ。二振一具だからな。重ねてみせても良いぞ」
「いや、そこまではしなくてもいいけど」
敬愛してる兄と揃いの姿なのが嬉しいのか、膝丸は桜を少しばかり散らしながら身を乗り出す。
慌ててお断りの意を示しながらも、藤は角度を変えてじーっとこの兄弟を眺め続けた。
「髪の毛の色とか違うから見間違えたりはしないはずだけど、でも実際似てるよね。あ、それと表情が結構違う。髭切は膝丸みたいにキリッとしてない!」
「そうかなあ。なら、髪は無理でも表情を合わせてみようか」
言いつつ、髭切はぐっと眉に力を込めて唇を引き結ぶ。弟そっくりの表情をしているつもりのようだが、普段の彼を知っている藤としてはその極端な差に思わず吹き出してしまった。
「そんなに変な顔かなぁ」
「いや、なんか……無理しなくてもいいと思うよ、うん。髭切の顔の筋肉が悲鳴あげちゃう」
「じゃあ、今度はお前が僕の顔をしてみなよ」
突如火の粉が降りかかった膝丸だったが、兄の言葉を否定することもできず、言われるがままに髭切が普段見せる優しげな微笑を浮かべようとする。
しかし、緩やかな弧を描くはずの唇は不自然に力が入って引き攣ってしまい、穏やかに下がるはずの眉は逆に顔の筋肉に力を入れすぎたのか、下がりすぎていた。
「ひ、膝丸、無理は……ふふっ、しない方がいいよ、ふふふっ」
「あはは、お前、そんな顔もできるんだねえ」
「二人とも、揃って笑わなくとも良いだろう!」
失敗した福笑いのような笑顔を引っ込めて、膝丸は自分を指して笑う髭切の人差し指を掴み、不服そうなしかめ面を見せた。
「やっぱりこんなに違うんだから、双子というのは違うかなあ」
「そうだねえ。主がそう思うなら、双子じゃないかもね」
そもそも人間と同じ括りで評する方が無理のあることなのかもしれない、と藤は考え直す。そして、その話は一旦終わりになった。
明けて翌日。手合わせのための道場に顔を出した藤は、ちょうど入り口の近くで歌仙を目にして声をかけた。
「髭切と膝丸、いる? 昨日の畑仕事の後に鍬をどこにやったか訊きたいんだけど」
「ああ、いるよ。今まさに手合わせの最中だね」
歌仙に案内されながら道場に足を踏み入れた藤は、昨日の話題を歌仙に教えようと「そういえば」と口火を切った。
「あの二人、顔立ちは双子みたいに似てるのに全然他は似てないよねえって話をしてたんだよ。特に表情とか」
「いや、僕は似てると思うけどね。うり二つと言ってもいいんじゃないかな」
予想に反して歌仙に否定をされ、藤はおや、と眉を持ち上げる。
初期刀として普段から刀剣男士たちのことをよく目にしている歌仙がそう言うのには、何か理由があるのだろう。不思議に思いながら、道場に入ったときだった。
「きぇああああぁっ!!」
「しゃあああぁぁっ!!」
二人の覇気のある掛け声が、藤の耳朶を打つ。同時にガンッと手合わせ用の木刀がぶつかる音がビリビリと体に伝わってきて、まるで電流でも走ったような衝撃に藤は目を白黒させた。
「ほら、よく見るといい。あの二人を」
歌仙に言われ、藤は道場の真ん中辺りでぶつかりあっている兄弟へと目を凝らす。
髭切も膝丸も眉を釣り上げ、目の前の相手に対して一歩も譲らぬ姿勢で向かい合っていた。唇の端から覗く尖った犬歯と相まって、人というよりは獰猛な獣がそこにいるのではないかと、藤は己の錯覚に一瞬身震いする。
「敵に向かうときは、彼らの顔はそっくりになるんだよ。意外と血が上りやすいところも良く似ている」
歌仙の説明を聞くまでもなく、藤も先の自分の意見は撤回せねばなるまいと思っていた。今も脇目も振らず試合に夢中になっている彼らの姿、その動きはまるで鏡写しのように酷似している。
「なんだ、やっぱり似てるんじゃないか」
主の言葉が聞こえたのか、二人は全く同じタイミングで木刀を止める。入り口にいる主に向かってくる兄弟の表情は先ほどとは打って変わって穏やかなものになり、纏う空気は二振一具の言葉に相応しく瓜二つだ。
似ているようで似ていない。似ていないようで似ている。髭切と膝丸はそんな相似と相違が重なった存在なのだろうと、藤は思う。
「まさに水波 の隔て、というところかな」
「歌仙、それってどういう意味?」
「水と波のように、同じものでその現れ方が違うという意味だよ」
「ああ、まさにそれだね」
駆け寄ってきた二人の兄弟へと手を振りながら、穏やかに凪いだ水面を思わせる兄と荒々しい波濤を思わせる弟に藤はにこりと笑いかけたのだった。
炬燵に座っていた審神者──藤は、向かい側に収まっている二つの顔を見比べておもむろに尋ねた。
彼女の前にいたのは、自らを源氏の重宝と語る刀剣男士──髭切と膝丸だ。炬燵にしがみついて離れない兄に引きずられ、弟でもある膝丸もこうして炬燵の中に収まり、今は主の前で雁首を並べている。
二人が横並びに収まっている所を久しぶりに見た藤が最初に口にした言葉が、この双子なのかという問いだった。
「双子……なのか?」
「双子なのかなあ」
彼女の問いかけに、二人も思わず顔を見合わせる。
アーモンド型の眼窩にはまっている全く同じ金がかったブラウンの瞳が、鏡合わせのように互いを写していた。
癖のある金髪と薄緑の髪は全く似ても似つかないし、浮かべる表情も柔和で穏やかなものと生真面目そうな凜々しいものであり、お世辞にも似通っているとは言いがたい。
けれども、顔のパーツ一つ一つを見れば確かに似ている──のかもしれないと藤は思う。
「刀は全く同じなんだよね」
「ああ。二振一具だからな。重ねてみせても良いぞ」
「いや、そこまではしなくてもいいけど」
敬愛してる兄と揃いの姿なのが嬉しいのか、膝丸は桜を少しばかり散らしながら身を乗り出す。
慌ててお断りの意を示しながらも、藤は角度を変えてじーっとこの兄弟を眺め続けた。
「髪の毛の色とか違うから見間違えたりはしないはずだけど、でも実際似てるよね。あ、それと表情が結構違う。髭切は膝丸みたいにキリッとしてない!」
「そうかなあ。なら、髪は無理でも表情を合わせてみようか」
言いつつ、髭切はぐっと眉に力を込めて唇を引き結ぶ。弟そっくりの表情をしているつもりのようだが、普段の彼を知っている藤としてはその極端な差に思わず吹き出してしまった。
「そんなに変な顔かなぁ」
「いや、なんか……無理しなくてもいいと思うよ、うん。髭切の顔の筋肉が悲鳴あげちゃう」
「じゃあ、今度はお前が僕の顔をしてみなよ」
突如火の粉が降りかかった膝丸だったが、兄の言葉を否定することもできず、言われるがままに髭切が普段見せる優しげな微笑を浮かべようとする。
しかし、緩やかな弧を描くはずの唇は不自然に力が入って引き攣ってしまい、穏やかに下がるはずの眉は逆に顔の筋肉に力を入れすぎたのか、下がりすぎていた。
「ひ、膝丸、無理は……ふふっ、しない方がいいよ、ふふふっ」
「あはは、お前、そんな顔もできるんだねえ」
「二人とも、揃って笑わなくとも良いだろう!」
失敗した福笑いのような笑顔を引っ込めて、膝丸は自分を指して笑う髭切の人差し指を掴み、不服そうなしかめ面を見せた。
「やっぱりこんなに違うんだから、双子というのは違うかなあ」
「そうだねえ。主がそう思うなら、双子じゃないかもね」
そもそも人間と同じ括りで評する方が無理のあることなのかもしれない、と藤は考え直す。そして、その話は一旦終わりになった。
明けて翌日。手合わせのための道場に顔を出した藤は、ちょうど入り口の近くで歌仙を目にして声をかけた。
「髭切と膝丸、いる? 昨日の畑仕事の後に鍬をどこにやったか訊きたいんだけど」
「ああ、いるよ。今まさに手合わせの最中だね」
歌仙に案内されながら道場に足を踏み入れた藤は、昨日の話題を歌仙に教えようと「そういえば」と口火を切った。
「あの二人、顔立ちは双子みたいに似てるのに全然他は似てないよねえって話をしてたんだよ。特に表情とか」
「いや、僕は似てると思うけどね。うり二つと言ってもいいんじゃないかな」
予想に反して歌仙に否定をされ、藤はおや、と眉を持ち上げる。
初期刀として普段から刀剣男士たちのことをよく目にしている歌仙がそう言うのには、何か理由があるのだろう。不思議に思いながら、道場に入ったときだった。
「きぇああああぁっ!!」
「しゃあああぁぁっ!!」
二人の覇気のある掛け声が、藤の耳朶を打つ。同時にガンッと手合わせ用の木刀がぶつかる音がビリビリと体に伝わってきて、まるで電流でも走ったような衝撃に藤は目を白黒させた。
「ほら、よく見るといい。あの二人を」
歌仙に言われ、藤は道場の真ん中辺りでぶつかりあっている兄弟へと目を凝らす。
髭切も膝丸も眉を釣り上げ、目の前の相手に対して一歩も譲らぬ姿勢で向かい合っていた。唇の端から覗く尖った犬歯と相まって、人というよりは獰猛な獣がそこにいるのではないかと、藤は己の錯覚に一瞬身震いする。
「敵に向かうときは、彼らの顔はそっくりになるんだよ。意外と血が上りやすいところも良く似ている」
歌仙の説明を聞くまでもなく、藤も先の自分の意見は撤回せねばなるまいと思っていた。今も脇目も振らず試合に夢中になっている彼らの姿、その動きはまるで鏡写しのように酷似している。
「なんだ、やっぱり似てるんじゃないか」
主の言葉が聞こえたのか、二人は全く同じタイミングで木刀を止める。入り口にいる主に向かってくる兄弟の表情は先ほどとは打って変わって穏やかなものになり、纏う空気は二振一具の言葉に相応しく瓜二つだ。
似ているようで似ていない。似ていないようで似ている。髭切と膝丸はそんな相似と相違が重なった存在なのだろうと、藤は思う。
「まさに
「歌仙、それってどういう意味?」
「水と波のように、同じものでその現れ方が違うという意味だよ」
「ああ、まさにそれだね」
駆け寄ってきた二人の兄弟へと手を振りながら、穏やかに凪いだ水面を思わせる兄と荒々しい波濤を思わせる弟に藤はにこりと笑いかけたのだった。