短編置き場

 コンコン、と襖の柱を叩く音がして、この本丸の主である審神者は顔を上げる。名を藤と呼称している彼女は、夜遅くにも関わらず皆が提出してきた戦績に目を通していた。

「はーい、誰?」
「主、僕だよ。ちょっといいかい?」
「いいよ。どうしたの?」

 失礼するね、と前置きをして部屋に入ってきたのはこの本丸の髭切だ。
 夜寝る前ではあるものの、主の部屋の訪問という用事を鑑みてか、彼は内番で着ているような長袖のシャツにジャージの姿だった。対する藤も寝間着代わりのジャージを纏っている。首元まできっちりとファスナーを上げていることもあって、夜の部屋に男女二人きりなのに色気の欠片もなかった。

「主宛に荷物が届いていたんだ。渡すのが遅くなってごめんね。はい、これ」
「そうだったんだ。ありがとう。えーっとこっちはいつものダイレクトメールで、こっちは演練の手続き書類で」

 慣れた手つきで藤は必要なものと必要では無いものを分けていく。審神者である彼女の元には時々こうしてまとまって手紙や荷物が届く。それを届けるのは受け取った刀剣男士であり、今回はそれがたまたま髭切だったようだ。
 彼とはそれなりに深い仲──自惚れでなく正真正銘恋仲のはず──にはなっているが、不必要に一線を越えてはこないので四六時中身構える必要はないと彼女は思っていた。故に、こうして夜中に突然訪れても狼狽えずに対応することができる。

「主、こっちの大きな紙袋は何の袋かな」
「えっと……あれ、こんなの頼んだっけ?」

 藤が手を止めたのは、質素な茶色の紙袋だった。比較的大きな包装の割に、存外軽い。届け先の住所も見た覚えはないものだ。とはいえ、宛先にこの本丸を指定しているのなら間違いということはあまり考えにくい。政府は一応本丸宛の荷物に検閲をしているはずだからだ。

「主、覚えが無いなら開けない方がいいんじゃない?」
「でも、僕宛って書いてあるから開けても文句は言われないよ」

 屁理屈を並べつつ、びりびりと包装を破いていく。躊躇無く紙袋の中に手を突っ込み、ぐいと引きずり出されたそれを見て、

「主、服を買ってたの?」
「わーーーーっ!!」

 二人はそれぞれ真逆の反応をした。
 彼女が引きずり出したものは、フリルやレースをふんだんにあしらった衣類──ではある。しかし、ワンピースやスカートのような外出用の服では無かった。
 衣服の下に身に纏い、肌にぴったりとくっつけるようにして着るもの。
 俗に下着と呼ばれるものを前にして、藤は急速に思い出す。それは、一ヶ月ほど前のことだった──。


***


 彼女には、胸がなかった。
 それだけ聞けば胸の小さい人もいるだろうと慰められることもあったが、そうではないと藤はその度に思っている。小さいとか、パッとしないとかではなく、ゼロと言ってもいいくらいの絶壁なのだ。中学生と張り合っても負ける自信がある。そんな絶望的な敗北宣言を自分で掲げなければならないほど、彼女の胸部は慎ましいを通り越したぺったんこだった。

「もうぺったんこなのは諦めているけどさ」

 体質とか生まれつきではない理由があることを知っているため、殊更に騒ぐ気にもなれない。揉もうが牛乳を飲もうが民間療法を試そうが、何をしても無駄だということはこの数年で分かりすぎるほど分かっている。
 学生の時分はそのことで随分と落ち込んだこともあったが、今はぺったんこなのも悪くないと開き直るぐらいの気持ちにもなっている。例えば、と思い返して藤はみるみるうちに顔を赤くする。

「好きな人に抱きついた時、距離が近い、とか」

 胸が小さいとこぼした時、よりにもよって思いを寄せてくれている相手の髭切から言われたのだ。彼曰く「主の心臓の音が近くで聞こえるから、こっちの方がいいよ」だそうだ。そんなことをサラリと言ってのけるものだから、藤はその後自分が何を言ったのかもよく覚えていない。
 ともかく、彼という存在のおかげもあってコンプレックスも多少はマシになってくれた。
 だが、しかし、である。

「僕だってこう、可愛い下着が欲しいし、それを好きな人に見てほしいなあと思うこともあるわけで」

 そんなことをしなくても好いてはくれるのだろうが、と思いつつも今、藤はベッドの上に寝転びながら端末で通販用のページを巡っていた。要するに、自分が満足できるデザインの下着を身につけて、その姿をできれば見てほしいというささやかな女性としての顕示欲の表れである。
 それまで彼女にとって下着といえば、子供向けのスポーティなものかパッドがついているシャツだった。胸部を覆う必要がないのだから、当然ブラジャーの類など不必要だったのだ。が、子供向けの下着はどう見ても恋人に見せるものとしてはあまり向いていない。ただでさえ子供扱いされているのではと思うときが多いのに、これでは益々お子様扱いされてしまう。
 そう一念発起したはいいものの、数分もしないうちに彼女は現実にぶちあたった。

「サイズがない」

 そもそも胸がある人の保護のために作られたものなのだから、胸がない人には必要ないということではないか。しかし、それではあんまりだと藤は端末を握る手に力を入れる。
 粘り強く検索を続けること約三十分。彼女はようやく小さい胸の人向けという記述を見つける。だが、そこには予約受付中という文字も添えられていた。

「……じゃあ、とりあえず予約しよう。うん。あとは来た時に考えよう」

 よくよく考えれば下着姿で相手の前に立つのは、それなりに覚悟もいる。ならば予約という間が取られているのは悪いものではない。勝手に一人で納得して藤は手続きを進めたのだった。


***


「……ちょっと、普段は着ないタイプのものを買おうとしたんです」

 そして今、送られてきたものを前にして藤は簡潔にことの経緯を説明していた。当然コンプレックス云々や好きな相手に見てもらいたい等々は省いて、単に心機一転普段は着ないタイプの下着を探していたという体裁にはしている。主としての威厳もあるので、辛うじて落ち着いた態度を装いはしているものの、何故好きな相手に買ってきた下着を御開帳しなければならないのだと彼女は内心で七転八倒していた。

「つまり、えーっとこれは主の新しい服ってことかい?」
「うん、そうです。そういうことにしておいてください」

 まだその理解ならダメージが少ないと、藤は適当に相槌を打つ。
 しかし、

「じゃあ、着てみせてくれる? たしか、採寸が合わなかったら返品をしなきゃいけないんだよね。それに、新しい服着た主の姿を見てみたいな」

 続く言葉に、藤は今すぐ穴を掘って埋まりたくなった。自分で作った墓穴が益々大きくなっていっているのを目の当たりにしているとは、まさにこのことだ。

「髭切、待って。これ下着なんだけど」
「主だって僕たちのえーっと……下に着ている服だけのときも見ているよね」
「そうだけど、そうだけども!!」

 手入れのために服を脱いでもらうことが多いので、今更刀剣男士たちの下着程度では騒がないようにはしている。
 だが、それはそれで、これはこれだ。
 普段は妙に鋭いくせに、何でこんな時に限って天然発言を連発するのだと藤は頭を抱えたくなった。

「主の下着と僕たちの着ているものは何か違うのかい。随分とひらひらふわふわしてるよね」
「もしかして髭切、興味があるだけ?」
「だけじゃないけど、興味はあるよ。このふわふわしたものが、どうやって服になっているの?」

 男所帯の本丸では、どうしてもこの手の類の知識が彼らから欠如してしまう。まして、唯一の女性である藤が自分が女である意識を最近まで殊更に持ち合わせていなかったのだから、彼の反応も当然というものだと藤は考え直す。
 恐らく目の前の彼は、恋人の下着がどうこうではなく、未知の衣服がどのような形のものかという好奇心で尋ねてるのだろう。
 髭切の「だけじゃない」という発言をすっかり聞き流してしまっていた藤は、そのような結論を得た。

「でも、流石に今ここじゃ」

 辛うじての抗弁はしてみたものの、何か期待を込めた飴色の瞳がじっとこちらを見つめている。これは、うんと言うまで譲る気がない顔だ。そして、彼のその顔に勝てた試しがない。

(下着といえど子供用下着がちょっと可愛くなった程度のデザインだろうし、髭切もただの好奇心で聞いていたわけだし、まあ……いいか)

 どのみち着た姿を見せたいという気持ちもゼロではない。恥ずかしさの方もないわけではないが、彼は下心ではなくて好奇心で聞いてるだけだという前提が少しばかり彼女の中のハードルを下げる。

「わかった。少しだけね。本当にそんな、期待してるような大したものじゃないけど」
「うんうん、そういうことは言わないようにね」
「う、はい」

 息をするように自分を下げるような物言いをしてしまうのは、悪い癖だと髭切に何度も窘められていることだ。またやってしまったと、藤は申し訳なさに胃が縮む思いがした。
 が、ぽんと頭に載せられた彼の手がやわやわと頭を撫でると、気持ちも不思議と落ち着いていく。全く分かりやすいと藤は我ながら思うのだった。

「じゃあ、僕は外に出て待ってるね。着替え終わったら教えて」

 流石に生着替えを凝視するような不躾さは彼にはなかったようで、言われるより先に髭切は外に出てくれた。
 故に、藤が気がつくことはなかった。
 髭切の浮かべている笑顔に、ただの無邪気な好奇心以外のものが垣間見えているということに。



 襖を後ろ手に閉めてから、髭切は微かに聞こえる衣擦れの音にほっと安堵の息を吐いた。ああ言ったものの、やっぱりやめたと彼女が言い出すのでは無いかと心配していたのだ。

(主は恥ずかしがり屋さんだから、ああでも言わないと僕に見られたのが恥ずかしいって押し入れの肥やしにしちゃいそうなんだよね)

 藤が予想していたように、髭切には主に対する邪な下心のようなものはそこまでなかった。それよりも寧ろ、主が自分で選んだ服というものに対しての興味があった。
 とはいえ、自分を着飾るということに対しては引っ込み思案になってしまう主のことだ。何かと理由をつけて着ようとしなかったり、似合わないからと勝手に判断してしまい込んでしまう可能性がゼロではない。なら、荒療治ではあるが髭切の好奇心を満たすという大義名分を与えて、一度着せてしまえばいい。

(それに僕も興味がないわけじゃないから。これが一石二鳥だったかな)

 下着というものが衣服の下に着る装束であるということは理解しているが、今まで彼が見てきたものに比べて先ほど垣間見たものは随分と趣が違う。ひらひらした飾りや薄手の布地は、実際身につけるとどのようなものになるのか、まるで想像がつかなかい。主の着替えが終わるまでの間、楽しげに口元を緩ませて彼は想像の翼を広げていた。
 待つこと数分。衣擦れの音が止み、彼女が意を決するまでに部屋をうろうろする足音も止んだ。

「ひ、髭切」

 襖越しに耳に入ったのは、随分と上ずった声だ。下着を着るというのは、そこまで緊張しなければならないものだったのだろうかと思っていると、

「入っても、いいよ」

 お許しの言葉が後に続く。緩んでいた頬をぺしぺしと一度叩いてから、髭切は襖に手をかけ、スッと開いた。



「……あの、どうかな」

 部屋に入った髭切が目にしたのは、部屋の中心部で居心地悪そうに立ちすくむ主の姿だった。着ていたジャージも寝間着代わりの薄手のシャツも全て部屋の隅に片付けられている。代わりに彼女の肌を隠している物は、最低限の部分だけ覆い隠せるような薄手の布だけだった。

「ちょっと地味かもしれな、っくしゅん」
「主、風邪をひいてしまうよ」

 思わずそんな言葉が出てしまうのも、無理もないことだった。下着というものが薄手の服であるという認識はしていたが、まさか肩はおろかお腹も太股も全て剥き出しの格好になっているとまでは思っていなかったのだ。
 咄嗟に羽織っていた上着を脱ぎ、彼女の肩にかける。その弾みで緊張が抜けたのだろうか、藤はへなへなとその場に座り込んでしまった。

「……風邪をひきそうってだけ?」
「え?」
「他に、思うことはないのかなって。やっぱり、変だったかな」

 どうやら気が抜けたというよりは、何も感想を言われなかったことに傷ついているらしいと髭切は理解する。とはいえ、いきなり目の当たりにした光景があまりに衝撃的過ぎたため、髭切は彼女が何を着けているのかすらもまるで覚えていなかった。理解を進めまいと無意識にブレーキがかかってしまったのかもしれない。
 すっかりしょげてしまった藤は、上着でしっかり前を隠して小さくなってしまっていた。

「ごめんね。ちょっとその、びっくりしちゃったから」
「びっくりすることかな」
「うん。だって、主はあまり僕に肌を見せようとしないでしょ?」

 尋ねられて、藤はぎこちなく頷く。体型に自信がないからと普段からズボンにシャツのようなシンプルな装いか、体のラインが見えにくいような衣服を選んでいるのは事実だった。

「だから、もっとよく見せて?」

 ずいと顔を近づけて頼むと、彼女の顔は面白いぐらいに真っ赤になっていく。

「その主が選んだ下着っていうのがどんなものか、気になるから。ね?」

 あくまでただの好奇心を装って声をかけてみる。無論、言葉にした通り主が選んだ服が気になるという気持ちも残っている。
 けれども、それ以上に。一瞬とはいえ目に焼き付いてしまった彼女の露わになった肌が気になって仕方ないという気持ちが、いつしか生まれ始めていた。無論、顔にも言葉にもそんな感情は見せていない。

「う……興味が、あるんだよね。それだけだよね」

 藤は何やらぶつぶつ自分に言い訳を重ねながら、体の前に重ねていた上着をずらす。
 ぶかぶかの上着の隙間から見えたのは、ふんわりとした優しい桃色がかった白だった。レースをあしらった柔らかそうな布地が、羽を広げるような形で彼女の両胸を守るように覆っている。肩を通している細いしなやかな紐が布と繋がっているため、簡単にはずり落ちないようになっているらしい。胸元の布には小さなリボンが縫い付けられており、明らかに隠すためではなく装飾としてのレースが胸を柔らかく包んでいた。
 だが、覆われているのは胸の部分だけだ。当然、肩の紐が隠せる面積などあってなきがごとく、健康的な色をした首筋や鎖骨が剥き出しになっている。加えて両胸の間に布地はなく、やんわりと押し上げられた肌と肌が薄ら溝を作っていた。

「髭切、その、そんなにまじまじと見ても」
「えい」
「ひゃぅ」

 彼女が何か言い出す前に、髭切はその溝──胸が豊かな人なら谷間と言うべきだろう部分を指でなぞる。普段触られない部分を思わせぶりに触れられて、驚いた彼女の口からは嬌声のような悲鳴が漏れた。

「な、な、何するの、突然!」
「ごめんごめん。これは何だろうって思ったから」
「だからって急になぞったりしないでっ。びっくりした!」

 怒りからかそれとも羞恥からか、或いはその両方からか、彼女のの顔はまるで熟れたリンゴのように赤い。

「それで、女性の下着というのは皆、こういう形をしているものなの?」
「う、うん。普通の女の人は、こういうので胸が落ちてこないように保護しているの。大体の人は僕より大きいから、何もつけていないと重みで垂れてきてしまうんだって。まあ、それは僕には関係ないんだけどね……」

 自分で言っていてショックを受けたのか、藤は明後日の方向を見て少しばかりうつろに笑っていた。彼女の自虐的な笑いを聞きながらも、髭切は真面目にじっと彼女の身につけているものを見つめる。
 先ほどから好奇心とは異なる感情――彼女に触れたいという衝動がゆっくり芽生え始めているようにも思えるが、今はそれを抑えて当初の目的の一つである好奇心を満たす方を優先することにした。

「ねえ、主。質問があるんだけど。どうして、普段は上の服で隠れちゃうものを、こんなにふわふわのひらひらにするの?」
「見えないけど、その方が気分が上がるからじゃないかな」
「そういうものかな?」

 女性にとっては、見えないおしゃれというのも大事なのだろうかと髭切は素直に首を傾げる。だが、彼女は更に何かごにょごにょと下を向いて呟いていた。なんだろうと髭切が耳を傾けると、

「これは好きな人に見てもらいたくても、あるんだけど」

 耳に滑り込んできた彼女の囁きを聞き、髭切の頭が理解の線を結ぶ。確かに本人の気分的なものもあるのだろうが、この衣服が活躍する場が他にもあるということだ。

「その下着っていうものは、主にとっては夜伽のための服も兼ねてるってことだね」
「──なっ、ま、ちょっ、まって」

 声にならない声をあげて、藤はわたわたと手をばたつかせる。顔は最早リンゴを通り越して、火鉢の炭のように熱を持っているのではないかと思うほど赤い。

「な、何でそうなるの!?」
「だって、主が僕にここまで肌を見せるときって、可能性があるとしたらお風呂と共寝をするときだけだよね? でもお風呂の中で着るにしては、前に教えてくれた水着みたいな布じゃなさそうだから」

 消去法でそうかなって思った、とにこにこする髭切を、彼女は羞恥のあまり直視することすらできなかった。
 何だかんだ理由をかこつけて彼に下着姿を見せたかっただけの破廉恥な女に思えて、しかもその目的を言い当てられてしまって、恥ずかしさのあまりこのまま地中深く潜っていきたいくらいである。
 だが悲しいかな、地面が彼女を逃がしてくれるわけもなく、藤は辛うじて上着でしっかり体を隠して縮こまることしかできなかった。

「ありゃ。どうして隠しちゃうんだい」
「恥ずかしい……。穴があったら入りたい」
「可愛かったのに。ほら、もう一度見せて」
「うう」

 とんとんと肩を軽く叩いて促され、藤は半ば涙混じりになった瞳を向けながら体を起こす。
恥じらいで朱色に染まった頬と、潤んだ瞳を向けられた彼は、

(ああ、これ──多分、ただ励ましてあげるだけじゃ終わらないなあ)

笑顔は少しも崩さずに、しかし彼女の下着姿を見たときから芽生えていた気持ちを自覚する。
 可愛らしいと思う気持ちも、嘘では無い。だがそれと同じくらい、いやそれ以上に、自分の中にある欲が疼いている。今も彼女の肩にかけてある邪魔な上着をさっさと取り払いたい、などと思ってしまうくらいだ。かけたのは自分なのに全くひどいものだと、髭切は思わず内心で苦笑いを浮かべる。

「この下着、変じゃない?」
「変じゃないよ。ちゃんと見せてくれたら、いい子だねって頭撫でてあげる」
「僕はそんなに子供じゃないよ」

 やっといつものペースを取り戻した彼女は、しっかりと前を隠していた上着を少し緩める。
 上着の隙間から覗く肌は、彼女がわたわたと動き回ったせいで先ほどよりほんのり桜色に染まっていた。期待をこめた眼差しを受け止めて、髭切は宣言通りに頭をそっと撫でる。
 けれども、それで終わらずに彼女を抱き寄せて、剥き出しになった肩に顔を埋める。肩にかかる息がいつもより熱い気がして、彼女はようやく「もしかして」と気がついた。

「……あの、髭切?」
「ただ、いい子過ぎるのも考え物かもしれないよ?」

 体を離した彼の飴色の瞳を見つめて、藤は思わず唾を呑む。口元は笑っている。それはいつも通りなのに、彼の瞳にはちらちらと獣の陰が見え隠れしていた。
 たしかに彼は不必要に一線は越えてない。ただし──必要だと思ったなら、容易にその一線を越えてくる。

「大丈夫大丈夫。ちゃんと見てあげるから」

 何が大丈夫なんだろう。
 そうは思いながらも、可愛いといってくれたことに素直に喜んでしまう自分が、彼をその気にさせることができたことを喜ぶ自分がいることにも気がついてしまう。

「……すぐに脱がさないでね」

 ぽそりと呟いてから、彼女はゆっくりと髭切に身を委ねたのだった。
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