短編置き場

 本丸に住まう刀剣男士が増えれば増えるほど、彼らが着る服も増えていき、洗濯ものの数も多くなる。
 刀剣男士の衣類にも洗濯が必要かどうかということに疑問を抱くところではあるが、とにかく服を着れば洗濯というものはこの本丸では必ず付属してくる問題だ。

「別に、いいん、だけど、ね!」

 本丸の主である藤は、よろよろとした頼りない足取りで洗濯籠を室内に持ち込み、ドスンと部屋の畳の上に置いた。籠の中には、物干し竿から取り込まれた衣類が山のように積み上がっている。

「一人で片付けることになっても、全然怒ったりしてないけどね! みんなお出かけ中だからね!!」

 怒っていないと言いつつも声にそこはかとなく怒りが籠もっているのは、主であるにも関わらず彼女に留守番が命じられているからだった。
 しかもただの留守番ではない。昨日夕飯のから揚げをつまみ食いして、歌仙に叱られた結果としての留守番だった。要するに、つまみ食いの罰であり、藤自身仕方ないと思いつつも雑用を押しつけられると怒りの一つくらいは覚えるというものである。
 泥棒対策に近侍の刀剣男士は残してあるものの、肝心の近侍の物吉貞宗は厨で料理の真っ最中だ。呼んだら飛んでくるだろうが、実質手伝ってくれる者はおらず、一人で雑事を片付けなければいけないことに変わりはない。

「しかもよりによって、今日は戦装束干す日だから服も多いし畳みにくいし」

 誰にも聞こえないだろうと思っていることもあり、藤の声はどんどん大きくなっていく。
 刀剣男士の戦装束というのは、着る物が多いので必然的に洗う衣類の数が増える原因となる。そして、衣服の枚数が増えればその分、一時に運ぶ際の重量が増す。藤がふらふらしながら洗濯物を運んでいたのは、そういうわけだった。
 文句を言っても、洗濯物が勝手に畳まれるわけでもない。ため息をつきながら藤は籠から一枚一枚服を取り出して畳んでいった。だが、畳む途中、ふと彼女の手が止まる。

「これ、堀川のジャケットだっけ」

 短刀の刀剣男士が着ている衣服を畳むときには気にならなかったことだが、彼女の頭の中でにわかに一つの発想が首をもたげる。すなわち、ひょっとしたらこれは自分も着られるのじゃないかということだ。

「確か堀川の身長は、僕よりちょっと大きいくらいだから……」

 目算で大きな差はなかったはずだと納得して、彼女はそろそろと青に白の縦じまが入ったジャケットに腕を通してみる。
 思った以上にしっくり合ったジャケットのボタンを留めて、部屋の片隅にある鏡の前に彼女はやってきた。そこには、堀川のジャケットに包まれた藤の姿があった。
 調子に乗った彼女はいつも彼がしているように片手は腰に、片手は胸に添えて、

「『僕は兼さんの相棒で、助手ですからね』」

 堀川の口癖を真似して、彼のような少し明るい声音で言葉を口にしてみた。
 我に返ると何だか恥ずかしくもあるが、どうせ今日は本丸に誰もいない。思った以上になりきりが楽しくなってきた藤は、

「闇討ち、暗殺、お手の物っ!」

 物騒な発言を、腰に両手を当てて高らかに言ってみる。以前、道場に訓練の様子を覗きにいった際に彼がそんなことを口にしていたのを、藤はしっかりと覚えていた。可愛らしい顔をしているのに、なかなか物騒な発言をするんだなと、その時は背筋に寒気を覚えたものである。
 言葉を発した瞬間、どこかでゴンと何か重たいものがぶつかるような音が聞こえた。上から物でも落ちてきたのだろうかと、藤は天井を見上げる。

「うん。堀川みたいに後ろに装飾があるジャケットもいいね」

 鏡の前でくるくる回ってひとしきり楽しんだ後、藤はジャケットを脱いで丁寧にたたみ直した。
 こうなってくると、いろいろ試してみたくなるのは人の性というものだ。続いて目に入ったのは、堀川に続くものといえば当然と言うべきか、和泉守の羽織だった。藤からすると、これは羽織というよりはマントか肩掛けの部類ではないかと思っている代物だ。布を広げると、長身の彼に合わせてあるため思った以上に大きく感じられる。

「この布、そのまま風呂敷とかにも使えそうだね」

 独り言を漏らしながら、ばさりと自分の肩にかけてみる。やはりというか、彼の肩幅に合わせて作られたそれは藤には大きすぎるものだった。腕組みをして胸を張ると、何だか自分が偉くなったような気がする。審神者は本丸の主であるので実際偉いのだろうが、今日の留守番といい藤はあまり目上の存在として扱われたことがなかった。
 彼は普段どんなことを口にしていただろうかと、彼女は思いを馳せる。結果、出会った時に自信満々に告げていた自己紹介を思い出した彼女は、

「『かっこ良くて強い! 最近流行りの刀だぜ!!』」

 できる限りお腹に力を籠めて、精一杯声を張ってみた。
 自分でも思った以上に声が出てしまい、藤は咄嗟に口を手に塞いだ。幸い、聞こえたのは風のざわめきだけである。ついでにガタガタと何かが揺れるような音がまた聞こえたが、それは厨の料理の音だろう。物吉はいったい何を作っているのだろうか。

「うん。これを羽織ってると新撰組の一員になったみたいな気分になれるね」

 満足そうに頷いた藤は、これまた丁寧にたたみ直し、今度は形の違う大きな黒いマントを広げる。裏地に描かれているのは鮮やかな牡丹の数々、すなわちこれは歌仙が羽織っているものだった。

「歌仙が羽織っているものってだけで、何だかいい匂いがしそう」

 藤にとって、歌仙兼定は最初に自分が選んだ刀である。口うるさいところはあるが、何だかんだで自分のことを常に考えてくれている刀剣男士だと主としても思っていた。
 けれども、今はその感謝はさておいて好奇心を優先する。ばさっとマントを広げて、常日頃出陣に向かう彼がしているように肩にかけてみた。やはり、こちらも藤にとっては大きかったようで、羽織るというよりは彼女はマントに包まれるようになってしまった。

「えーと、『首を差し出せ!』……だっけ」

 鏡の前でマントをつまみ、ぐるりと回ってみせる。ふわりと垣間見えた裏地が、彼女の周囲に万華鏡のように広がった。

「『万死に値するぞ!』とかも言ってたよね。歌仙って結構物騒だよね。どこが文系なんだろう」

 みしりという音が遠くから聞こえた気がするが、幸か不幸か藤の耳には届かなかったようだった。彼女はマントを畳の上に置き直し、広げてしまったそれをしずしずと片付ける。
 続いて洗濯かごから引き出されたのは、まるでどこかの軍の礼装を思わせるかっちりとした上着だった。似たようなつくりのものが黒と白の二つ――となれば、それが何かが分からない藤ではない。

「ああ、髭切と膝丸のだね。また一緒に洗ったのかな。色移りするって、歌仙に怒られるのは僕なのに」

 ブツブツ言いつつ、藤は膝丸のジャケットをばさっと広げてみた。成人男性用のサイズなので、着たところで自分には合わないものだろうということはすぐに分かる。しかし、合う合わないを抜きにしても、彼らの衣装を彼女はかっこいいと思っていた。
 憧れの制服を身に着ける新米の兵士か何かのように、藤はそろそろと腕を通してみる。分かりきっていたことだが、腕の長さは全く足りない。

「二人とも背高いし体もがっしりしてるものね。えーっと、『源氏の重宝、膝丸だ』」

 腰に手を当ててみるものの、丈がぶかぶかでどうにも格好がつかない。一応彼と初めて会ったときの言葉を思い出して口にしてみたが、他の三人の時には感じなかった恥ずかしさを感じてしまう。彼の武人のような固い口調は、彼以外の者が口にしても似合わないと思っているからだろう。
 照れ隠しに膝丸の上着を手早く脱いでから、藤は兄の方の上着をふと手に取った。膝丸とは対照的に、白を基調として黒のアクセントが所々に入った服だ。
 この上着を初めて目にしたのは、もう一年以上の前のことになる。顕現した後も彼とは色々あったが、その度に藤の前にはこの真っ白な上着があった。
 様々な思い出を脳裏によぎらせてから、藤は普段彼がそうしているようにふわりと肩に乗せてみる。無論、髭切も細身に見えて上背はかなりある方だ。羽織るだけでも、自然と服に着られているような格好になってしまう。しかし、どこか満足げに彼女は頬を緩めた。

「彼の口癖は覚えてるよ。やあやあ我こそは、源氏の重宝!」
「「髭切なり!」」

 藤の威勢のいい声と、柔らかな男性の声が重なる。同時にスパーンと襖を開く音が室内に響き渡った。藤の顔がぐるっと入り口の方に向けられる。
 入ってきたのは、上着の本来の持ち主である髭切だった。後ろには膝丸、歌仙、和泉守、堀川の姿が続く。
 どうやら既に帰宅していたらしい彼らの姿を目の当たりにして、更に自分のしていたことを思い出し、藤の頬はみるみるうちに秋の夕日のように赤くなった。

「ありゃ、主が鬼灯みたいになってるね」
「兄者、俺は流石に主に同情するぞ……」

 楽しげに笑う兄とは逆に、膝丸は固まっている彼女に心の底から気の毒に思っていた。もし自分が同じような目に遭ったら、まず間違いなく穴を掘って入りたい気分になったことだろう。

「い、いつからそこに」
「僕の物真似のあたりからです、主さん」
「それ、全部って言わない?」

 怒りと恥ずかしさが混ざったじとっとした目つきで藤に睨まれて、堀川は「あはは」と笑ってその視線を受け流した。

「ところで、誰が物騒で文系じゃないって?」

 様々な物真似の中、唯一軽口を叩かれた歌仙が大股で主に近づく。彼にぐいぐいと近寄られ、藤は二、三歩後ろに下がったがその後ろには壁しかなかった。

「いや、首落ちて死ねみたいなこと言ってるの、演練で聞いたことあるような気がするし」
「それを言っているのは、別の本丸の大和守安定だろう! 彼と僕を一緒にしないでもらいたいね」
「『首を差し出せ』も、意味としては同じだろうがよ」

 言わなくてもいい余計な一言を和泉守が口にしたため、歌仙の怒りの矛先は彼に向いたようだった。おかげで、藤は歌仙の追撃から逃げおおせることができた。
 だが、彼女の羞恥自体が消えたわけではない。とりあえず羽織りっぱなしだった髭切のジャケットを脱いで、藤はそそくさと畳み直した。

「もう僕の真似はおしまい?」

 後ろから覗き込むように話しかける髭切に、藤はわざと目を合わせないようにしながら唇を尖らせる。

「いいの。大体、君たちは聞いてたなら入って来ればいいのに」
「それはねえ、面白そうだったから聞いておこうと思って」
「兼さんが最初に言い出したんですよね」

 いきさつを語り始めた髭切の言葉を、堀川が受け取る。彼らから経緯を聞いた藤は、一層据わった目で和泉守を睨んだ。肝心の彼はというと、歌仙からの小言を受けているので藤の無言の抗議には気づかなかったようだった。

「恥ずかしいから、さっさと忘れてくれない?」
「どうしようかなあ。結構堂に入っていたと思うよ」
「真面目に思い切りやっちゃったから、忘れてほしいの!!」

 不服そうに眉間に皺を刻んで、藤は畳んだ洗濯物を積み上げてから、わいわい騒いでいる男士たちを掻い潜って廊下に出た。その頬は、まだほんのりと赤い。
 やれやれとため息をついて視線を落としたとき、彼女は廊下の床一面に散らばっている薄桃に気が付いた。それは、桜の花びらのような形をしていた。

「……これって」

 桜が咲くような季節でもないこの時期のこんな場所で、花びらが落ちている理由。それに気が付いた彼女は、ふわりと蕾が花開くように柔らかく微笑んだ。
 刀剣男士は、嬉しいことがあったり感極まったりするといった感情の高ぶりがあると、それを桜の花びらという形で現出させるという。主に、戦いにおいて誉を得た喜びで現れるそれらは誉桜と称されていた。
 きっと部屋を覗きながら、自分の真似をされることを喜んでいたのだろう。或いは、次は己の番かと一喜一憂しながら待っていたのだろうか。

「まあ、今回は大目に見てあげようかな」

 なら、彼らが黙ってこちらの様子を見て恥ずかしい思いをさせたということも、許してやってもいいかもしれない。
 藤は落ちている花びらを一つ拾い上げ、洗濯物の上に置いてから鼻歌交じりに歩いて行った。
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