短編置き場

 それは、あまりにも突然彼らのもとにやってきた。

「……主。何を持ってきたんだい」

 ある日の午後。
 少し周囲に買い物に出かけたと思ったら、歌仙の主は買い物袋ではなく、大ぶりの重箱のようなものを風呂敷で包んで持って帰ってきた。
 それだけの事実があれば、たとえ本丸の大黒柱である歌仙でなくてもこんな質問がしたくなるというのが筋だった。

「話すと長くなるんだけど」
「手短に頼むよ」
「これを預かることになりました」
「それは端折りすぎと言うんだ。それで、これは何なんだい」

 預かると言うには、ひょっとしたら骨董品か美術品か。自称文系であり目利きでもある歌仙は、口ではあれこれ文句を並べながらも、ほんのりと風呂敷の中のものに期待を抱く。
 が、続いて主が口にした言葉は、

「えっと、ハムスター」

 彼にとってはあまりに聞き慣れない単語だった。

「はむ……なんだって?」
「ハムスター。キヌゲネズミとも言う」
「ネズミ……?」
「うん。ペット……飼育している生き物としてよく飼われてる。顔なじみのコンビニの店員さんが旅行に行きたいけど、預かる予定の友達の都合が悪くなったとかで、預ける先がなくて困ってたから僕が代わりに引き受けることにした。三泊四日してから帰ることになる」

 端折らずに説明された内容を聞いて、歌仙はため息をつく。どうやら、知らない間に勝手に約束をして、相談もせずに引き取ってきたらしい。
 耳慣れない単語に面食らってしまったが、要は小鳥や犬猫を飼育するのと変わりない。一旦自分の理解を進めてから、歌仙は彼女が抱えている風呂敷に目を向ける。

「三泊四日とはいえ、この本丸の住人になるのだから顔を見せるのが筋だろう。ほら、風呂敷を解いてごらん」
「とは言っても、寝てるんじゃないかな」

 言いながら、藤は机の上に重箱もどきを置いて風呂敷を広げる。中には四角い鉄製の籠があった。
 鳥籠のように四方を格子で囲まれており、この中で例のハムスターは生活をしているようだ。中には、細い紙が裂かれて敷き詰められている。

「歌仙が顔だしてってさ。起きられる?」

 籠の中に藤が話しかけると、籠の片隅に置いてある木の小屋の入り口からピンク色のふわふわした小さなものが見えた。どうやら、それがハムスターの鼻のようだ。
 しかし、一瞬見えた鼻面はすぐさま引っ込んでしまう。

「眠いってさ。ハムスターって夜行性らしいから、夜になったらまた見にきてあげて」
「……それはいいとして。主は、その、ハムなんとかの世話なんてしたことあるのかい?」
「ないけど、でも餌の交換と汚れた所の掃除くらいなら。歌仙、野菜を食べるらしいから野菜を切ってあげて」

 若干、自信なさげに呟く藤。
 一抹の不安を覚えながらも、折角だから美味しい野菜を用意しようと思う歌仙は、既にハムスターに興味を抱きつつもあった。


「とは言ってみたものの……」

 その日の夜。
 ハムスターとの同居を開始した藤は、飼い主から教えられた通り餌を交換してからは、まるで睨めっこのように籠の中を見ていた。

「ちゃんと食べてくれるかな。小動物って、あまり世話したことないしなあ」

 聞いた話ではメダカや小鳥を学校単位で育てる所もあるらしいが、生憎藤はそのような経験がなかった。
 家の事情があるからと、保護者も動物を家に入れることを良しとしなかった。強いて言えば、学生時代に知人の家へあがらせてもらったときに、数度目にした経験がある程度だ。
 不安そうに籠を見ていた彼女は、不意に小屋から再び桃色の鼻面が登場したのを発見し、顔を輝かせる。そのまま息を殺して見守ると、ズルズルと布団がわりの綿から、金色の毛並みのネズミ――もといハムスターが、姿を見せた。
 耳のあたりがほんのりと薄黒く、金の毛並みにアクセントとなっている。ボタンのようにつやつやした黒い瞳は相変わらず眠そうに細められていたが、小動物特有の可愛さは十分に藤の心を掴んでいた。

「主様、はむねずみ君の様子はどうですか?」

 藤が籠を注視していると、物吉の声とコンコンと襖の柱をノックする音が聞こえた。

「入ってきて大丈夫だよ。今はご飯食べてる」

 藤の許可を得て、物吉は入室する。
 彼女の言うように、籠の片隅では金色の毛並みのずんぐりしたネズミがシャクシャクとキャベツを食べていた。そのキャベツは、当然歌仙が用意した餌である。

「へえ……。これが外の国のネズミなんですね」
「うん。よかった、ご飯食べてくれた」

 藤はホッと安堵の息を吐く。野菜と水と少しの穀物、あとは用意した飼料をあげればいいと言われていたものの、不安は拭い切れていなかったのだ。

「主様。折角だから、触ってみてもいいですか?」
「えっ。大丈夫かな」
「触ってはいけないと、言われたのですか?」
「ううん。むしろ人馴れしてるから、多少ならいいって」

 飼い主曰く、いつも手の上でご飯を食べていて、それが可愛いのだとかなんとか。しかし、許可されているといえども、はいそうですかと触りに行けるほどの勇気はない。
 何せ、相手は小動物だ。ねずみを見かけた経験はあれど、触ったことはない。まして、掌の上に載せるなど想像すらしたことがなかった。

「……怪我させたりしないかな」
「大丈夫ですよ。主様は優しいですから」

 物吉の後押しを受けて、藤はおそるおそる籠の入り口を開き自分の手を差し入れる。中の住人は最初こそ驚いたような素振りを見せたが、人馴れしていると言うだけあって、のそのそと掌に近寄り、

「わ、わぁ」

 重たい足取りで、掌の上に載った。何か探しているように、ひくひくと鼻を動かしている。一緒に細長いヒゲが動いて、彼女の手を微かにくすぐった。

「ち、ちいさい、それに柔らかい」

 そーっとそのまま掌の上に載せて、籠の外にハムスターを出す。肝心の本人は、掌の探検をまだ続けていた。慣れない匂いがしていて、落ち着かないのだろうか。
 安心させようと藤は空いている方の指を近付けて、その金色の毛並みを撫でる。ふわふわした毛ざわりと、程よい温もりが彼女の指をじんわりと伝わっていく。

「主様、触れましたね!」
「うん……。でも、なんか動かしたら怪我させそうで怖い」
「大丈夫ですよ。ほら、何かあげてみましょう。たしかネズミの仲間なら、穀物とか好きなんじゃないですか?」
「えっと、ヒマワリの種なら……」

 飼い主から、遊ぶときに少しだけ渡してと頼まれていたヒマワリの種を取り出し、そーっと指先で摘んでハムスターに近寄せてみる。
 果たして、その鋭敏なレーダーのようなヒゲのおかげか、ハムスターは顔を上げた。小さな両手でヒマワリの種を受け取り、パリパリと音を立てて、藤の掌の上で歯で種を割り始める。

「すごい。食べてる」
「こんなに小さいのに、手先が器用なんですね」

 藤と一緒に、物吉も感嘆の吐息を漏らす。
 食べ終わったハムスターは、くるくると猫が顔を洗うような仕草をした。お尻や背中を舐めるような動きは、人間でいう身嗜みを整えているといったところだろう。

「ボクも触ってもいいですか?」
「いいよ。そっとね」

 それから、物吉の手の上でも同様の寛ぎっぷりを見せた豪胆な性格のハムスターは、小さな冒険を終えて籠に戻された。夜になったからか、籠に取り付けられている滑車のようなものを、今は一心不乱に回している。

「ふわふわしてたね」
「はい。それに小さくて、暖かかったです」
「ご飯も食べてくれた」
「ネズミって近くで見ると可愛いんですね。あ、また食べてます」

 一心不乱に、与えられた野菜を頬に詰めているハムスター。卑しん坊の彼の頬は、藤が用意したご飯でいっぱいになり、丸々と膨らんでいた。
 懸命に食事を続けるハムスターを見つめる藤は、思わず笑顔をこぼす。物吉も瞬きする間すら忘れて、じっと小さな外国のねずみを観察していた。二人はすっかり、この小さな生き物に魅せられてしまったのだ。


「はむねずみ、もう触らせてもらった?」
「ボクは初日に触ったんですよ。乱は?」
「ボクはさっき! もう、ちっちゃくて、でも虎くんに負けないくらい柔らかくて、びっくりしたよ?!」
「と、虎くんたちだってふわふわです。……だけど、小さくて可愛くて、こんなちっちゃい手でも、ちゃんとご飯を持ってて、凄かったです」

 物吉と五虎退、乱はワイワイと集まって例の小さな住人の話で盛り上がっている。いったい、どこから話が広がるのか不思議に思うほど、ハムスターの存在は一夜にして本丸中に知れ渡るところとなった。それからというものの、顔を合わせれば皆が、ハムスターの話題に持ちきりになっているのだ。

「あ、髭切さんに膝丸さん! 二人も、もう見に行きました?」

 ちょうど通りがかった兄弟に、乱がすぐさま声をかける。彼らは、昨日まで遠征終了後の報告に出かけていて、ハムスター騒動にはまだ染まりきっていなかった。

「ああ。主の部屋に行ったついでにな。もっとも肝心の彼は眠っていたようで、主から話を聞かされただけだ」
「出迎えにも来ないから、何が起きたかと思ったよ。お土産も後でいいって、言われてしまってね」

 報告がてら、万屋に寄ったのだろう。彼は片手に紙袋を提げていたが、どうやら渡すタイミングを逸してしまったようだ。
 髭切が話す通り、預かりものに何かあったらと思うからか、ハムスターが来たその日から、藤は部屋に籠もって仕事を続けていた。昼間は寝ているのだから、放っておいてもいいはずなのだが、時折見せる顔が可愛くて仕方がないらしい。
 実際、小動物特有の愛らしさを目の当たりにした物吉たちからすると、自分たちも観察の輪の中に入りたいと思っているほどだった。

「随分と愛らしいネズミと聞いているからな。俺も兄者とまた夜に顔を見に行こうと考えている」
「…………」
「兄者?」
「……うん、なんでもないよ。なんでも」

 何気なく髭切を誘った膝丸は、しかし隣にいる兄を目にして、思わずぎくりとした。
 顔は笑っている。
 だが、これは兄が猛烈に機嫌が悪い時の笑顔だ。

「遠征から帰ってきたと思ったら、知らない動物に主がすっかり夢中になってたって、なんとも思ってないよ。ほら、嫉妬は良くないよね。本物の妖の鬼になってしまうから」
「あ、ああ。そう、だな」

 膝丸は形だけは同意をしたものの、内心で冷や汗をだらだらと流していた。

(……絶対、機嫌が悪い)

 喉の端まで出かかった言葉は、ぐっと胃の底に流し込む。
 けれども、兄から漂う不穏な空気に、膝丸は自身の胃がきりきりと痛んだような気がした。


「ねえ、主」
「ん?」
「この前万屋に行った時に買ったんだけどね」
「うん」
「主、聞いてる?」
「あ、ごめん。聞いてるよ。で、何の用だっけ?」
「……いや、後でいいよ」

 ハムスターを預かって三日目の夜。
 明日の朝には飼い主の元に戻るからと、藤はここぞとばかりにこの小さな金色の客人、もとい客鼠を掌の上で遊ばせていた。その周りには物吉や五虎退、乱のような少年たちから、果てはなんだかんだで、野菜の準備をずっとしてくれた歌仙まで集まって、別れを惜しんでいた
 彼らの輪から、一歩外れたところにいる髭切が声をかけただけで、彼女の関心を引けるわけがなかった。

「兄者は触らせてもらったのか?」
「僕はいいよ。何だか良くないことをしてしまいそうだから」

 夕方の掃除のときにハムスターに触れた膝丸は、物吉たち同様すっかりこの鼠の虜になっていた。けれども兄はどうやらそう簡単にはいかないようだと察していたので、口に出すのは控えていた。

「兄者。土産の件はまた機を改めた方が良いのではないか」
「…………そうだね」

 掌の上の小動物に笑いかける彼女の顔は、髭切から見てもとても楽しそうだ。なら、水を差すものではないのだろう。
 と言いつつも、髭切には言葉にならないモヤモヤがずっと付き纏っていた。それが何なのかは分かるが、かといってネズミに当たり散らすほど幼稚でもない。

「主は小さくて柔らかい生き物が、好きなのかなあ」
「女人は大抵そう言うものではないか?」
「うーん……主は五虎退の虎にもよく抱きついているんだよねえ」

 髭切は自分の体躯を、ついでに自分自身とも言える刃についても想いを馳せる。
 お世辞にも小さいとはいえない。背丈なら、主より頭一つ分以上高いくらいだ。柔らかいなどというのは、むしろ縁遠い類だ。ならば、主の思う『可愛い』と、自分はやはり繋がらないのだろう。

(主のこととなると、兄者は冷静でいられぬところがあるからな……。いや、無関心よりはいいのだろうが)

 だが、隠しきれない不満のオーラを間近で受けることになった膝丸としては、早く兄の機嫌をなんとかして欲しいと思わざるを得ない。
 視界の端では、送別会の贈答品と称して数粒のひまわりの種を貰ったハムスターが、主の掌の上でせっせと殻を割っていた。その仕草がまたどこか愛嬌を感じさせるようで、満足そうに主は微笑んでいる。

「……ねえ」
「どうした、兄者」
「あの仕草は、主のいう『可愛い』になるのかな。僕には分からないんだけど、お前はどう思う?」
「いや、俺にはそういう感性はないが……兄者が好む者がああいった仕草をしたら、兄者も可愛いという感情が分かるかもしれないな」
「それもそうだね。うん。流石僕の弟だ。今度試してみるよ」
「ああ。兄者のお役に立てたなら、何よりだ」

 適当にお茶を濁しながら、膝丸はハムスターには悪いが、早く家に戻ってくれと切に祈っていた。


 楽しい時というのは、得てして過ぎるのが早いものである。
 四日前に本丸にやってきた小さな訪問者は、四日目の朝には無事に、本来の飼い主の元に帰っていった。

「あー。もっと可愛がればよかったなあ」

 部屋の定位置から消えた籠と中のハムスターを思うと、藤の胸にはぽかんと穴が開いたようだった。寂しさを紛らわすために布団の中をゴロゴロしたところで、ハムスターが戻ってくるわけではない。
 それでも別れにしばらくは心を痛めるだろうと、切ない思いを抱えていると、コンコンと襖の柱を叩く音が部屋に響く。
 主の許可を待ってから開いた襖の向こうには、源氏の重宝こと膝丸と髭切がいた。

「二人とも、どうしたの?」
「昨日も話したと思うけれど」

 切り出したのは髭切だが、その前振りの言葉が妙に力がこもっているように聞こえる。

「う、うん」
「主の好きな焼き菓子あったから、買ってきたんだよね。食べる?」
「それは、食べたい。食べたいけど……髭切、なんか怒ってる?」
「別に?」

 たしかに、笑ってはいる。笑ってはいるが、まるでライオンの前に放り出された子うさぎのような気持ちになるのはなぜだろうか。そういえば彼は、別名が獅子ノ仔といったか。
 藤がぶるりと寒気に身を震わせていると、視界の端で膝丸が手招きしているのが見えた。髭切が机の準備をしている隙に彼に近寄ると、

「主。兄者は先日から、少し、その……虫の居所が悪くてな。何とかして欲しいのだ」

 とても真剣そうな顔で、耳打ちをされてしまった。

「そうなの? でも、僕にどうしろっていうの……」
「さあな。俺には分からぬが主ならきっと何とかしてくれると信じているぞ」
「ええっ、膝丸が助けてよ」
「俺は急用を思い出した。失礼する」

 どう見ても口から出まかせなのだが、膝丸はそそくさと部屋を後にする。予想をしていたのか、髭切は止めるそぶりすら見せない。

「主。この三日間は随分楽しかったみたいだね」
「うん。たまには小動物の世話もいいね。五虎退の虎より小さかったんだよ。最初はちょっとびっくりしたけど、すぐに僕の手からご飯を受け取ってね」

 いなくなった愛らしい友人の話を振られて、藤は早速思い出話を語り始める。うんうんと話を聞いている髭切は、変わらない笑顔のままだ。

(意外と、怒ってない……?)

 そのまま、話を続けようとした時。
 ずいと藤の前に焼き菓子――クッキーと呼ばれるものが差し出された。クッキーにしては少し大きい型で焼かれているこの菓子は、藤のお気に入りの一つである。

「あ、ありがとう」

 片手で受け取ろうとすると、焦らすようにひょいと躱されてしまった。
 藤が首を捻ると、

「両手で受け取ってくれる?」
「ん……? いいけど、どうして?」
「いいから」

 全くぶれない笑顔に気圧されて、藤は渡されたクッキーを何か賞状でも貰うかのように両手で受け取る。片手で持ち直すのも不自然かと思い、彼女はそのまま両手でつまみながらカリカリとクッキーを食べ始めた。

「うん。確かに、弟の言う通りかもしれない」
「何が?」
「何でも無いよ。それで、そのはむねずみ君はどんな生き物なんだい?」

 そういえば結局髭切はハムスターをほとんど見に来なかったと思い直し、藤は滔々とこの三日間で見つけたハムスターの仕草について話していく。
 毛並みは虎の子たちよりもふわふわで、暖かいこと。
 背中を撫でると、気持ちよさそうにじっとしていること。
 食べ物を詰めるための袋が、ほっぺたにあること。
 食いしん坊で、与えたら与えた分だけ、よく食べること。
 夜になると、流石ネズミの仲間と思うほど俊敏に動くが、寝起きはのそのそと動き回ること。
 ご飯を与えると、いつも両手で受け取ること。
 そこまで話して、藤はある符合に気がつく。

(僕の今の食べ方、何かハムスターみたいになってる?)

 わざわざ髭切が指定したのだから、もしかしたら彼もご飯をあげてみたかったのかもしれない。
 そんなことを考えながらクッキーを食べ終えた彼女の前に、お代わりが差し出された。これも両手で受け取りつつ、藤は自分の推測を投げかけてみる。

「もしかして、髭切。ハムスターと遊んでみたかったの?」
「ううん。僕はこれから十分楽しませてもらうつもりだから、気にする必要はないよ」
「そ、そう……?」

 気を遣わせてしまっただろうかと藤が考えていると、徐に彼の手が伸びて、藤の頭を撫でる。ぽんぽんと頭に手を置かれることはよくあるが、今日はまるで毛並みを整えるように、表面をするすると撫でられていた。

「ど、どうしたの?」
「だって、主もこうしてたよね? 掌の上……は流石に無理だけど、胡座の上ぐらいには載せられそうだね」
「待って。いつの間にか、僕がハムスター扱いされてる?」
「いいよね?」

 またこの人は突拍子もないことを、と藤は訝しむような瞳を向けかける。
 だが、短刀たちばかりハムスターと遊んでいる様子を見て、もしかしたら声をかけづらくなってしまっていたのかもしれないし、太刀の彼が触れるのは怪我をさせそうで、怖いと思っていたのかもしれない。ならば、ハムスターの代役という少々疑問に残る役回りも、引き受けるべきだろう。
 藤は髭切の胡座の中にちょんと収まり、手に持っていたクッキーを両手で摘まんだまま、カリカリと食べ始めた。

「髭切も、遊びたくなったら遠慮なく言っていいんだからね?」
「うん。もう既に遠慮なく声をかけさせてもらっているし、これからもかけていくよ」

 妙に会話が噛み合っていない気がするが、藤は首を傾げつつ、彼の遊びに付き合うことにした。
 時々髪の毛を通り越して背中まで撫でられているのは、ハムスターの背を撫でているつもりなのだろうか。そのままの姿勢で、藤は遠征先であったという、髭切の話に耳を傾ける。

(膝丸の言う通りだね。ネズミじゃよく分からなかったけど、主がするなら、可愛いの意味も分かる気がする)

 髭切の思惑に気がつくこともなく、彼女はすっかり聞き手に回ってくれた。どこかに逃げないように、片腕で軽く彼女を抱えるようにしながら、膝の上の主に彼は語り続ける。

 その後、一日分感じた空白を十二分に埋めた彼は、膝丸が主に「どんな術を使ったのか」と問うほど、上機嫌になっていたのだった。
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