短編置き場

「違うよ。きっとあれは、土の中でゆっくりゆっくり育っていくものなんだよ。じゃがいもだってそうじゃない?」
「ぼ、僕は、この前見たぴーまんっていう野菜みたいに、ちょっと大きくなった苗の中で育つんだと思います」
「そうかなあ。ボクは土の上を這う蔓みたいなものの中から育つと思ってました。ほら、すいかみたいに!」

 昼下がりの縁側で三者三様の賑やかな声が聞こえる。順に乱、五虎退、物吉のものだ。彼らは庭を見ながらわいわいと何やら熱心に論議を重ねていた。

「おや。三人ともこんなところで何をしているんだい」

 彼らを見かけて声をかけたのは、畑仕事を終えたばかりの髭切だ。彼の後ろには弟の膝丸もいる。

「あ、髭切さんに膝丸さん。お疲れ様ー!」

 二人を見かけてすぐに声をかける乱。続けて少年二人の方も兄弟にぺこりと頭を下げた。

「そうだ。お二人にも聞いてみましょう。もしかしたらお二人ならご存知かもしれません!」

 物吉が顔を輝かせて、期待の視線を向ける。二人は顔を見合わせて揃って首を傾げた。

「質問は構わないが、何を尋ねるつもりだ?」

 問いかける膝丸に五虎退がおずおずと口を開く。

「実は、昨日の夕飯に出た黄色い酸っぱいものがどんな風に育つのかって話を、してたんです」
「ああ、膝丸が思い切り囓って口をきゅっとしてた、あれだね」
「兄者、その話はもうやめてくれ……」

 昨日の夕飯は鳥を焼いたものだったのだが、あわせて更に山盛りになった見慣れない黄色い果実のようなものも出された。
 薄く切られて山盛りにして出されたものであり、みかんのように柔らかかったが汁気が多いものだというのが第一印象だった。持ってきた歌仙に尋ねたところ、主が用意したものらしい。
 だが、当の主はそのあと政府に用があるからと堀川と和泉守を連れて出かけてしまった。彼女は最近多忙を極めており、同じ机に座って食事をとることもここ一週間は無かったほどなのだ。
 閑話休題。
 ともあれ、残された刀剣男士たちは、主抜きでこの未知の存在との渡り合いを強要されたのだった。
 まず兄者に未知のものを毒味させるわけにはいかないと勢いこんだ膝丸が齧り付き、髭切が言うように口を縮ませて暫く悶絶してしまった。結果として誰もが少し囓っただけで尻込みしてしまい、この謎の
食べ物はそっと片付けられてしまったのだ。用意してくれた主に申し訳ないという気持ちもあり、いまだに冷蔵庫に眠っているはずである。

「そもそも、あれは切ったものなんだよね。じゃあ切る前のものがあるってことじゃない?」
「切り口が丸いから、丸いもの……なんでしょうか」
「でも、人参みたいに細長いかもしれないね」

 乱の提案に五虎退が意見を述べ、髭切が反証を挟む。すでに切られたものから姿を想像するのは存外難しいものだと、その場にいる五人は思い知らさせれた。
 
「お二人も、あれから主様から聞いたりはしていませんでしたか……」
「うん。主は帰ってからも仕事で部屋に籠もりきりだったからね。膝丸のことを話そうと思ったんだけど、残念だよ」
「兄者、昨日のことは主には内密にしてほしいのだが」
「ええっ。せっかくお前の話が主にもできると思っていたのに」

 自分の失態を主に伝えたくない気持ちと、髭切に自分の話をしてもらいたい気持ち。双方に板挟みになった弟は、うーんと腕を組んで悩みこんでしまった。

「どんなものなのか、どうやって育つのかって話を、していたんです。でも、長細いなら僕が考えてたみたいに、苗が成長して実るというわけじゃないんでしょうか……」

 五人はそれから何度か推論を重ねてみたが、結局答えを得ることはなかった。




「それで、五人とも雁首そろえて僕の部屋に来たの?」
「主様ならご存知だと思ったんです!!」

 物吉、五虎退、乱がキラキラと目を輝かせ、その後ろから興味津々な様子を隠すつもりもない兄弟が続いている。
 彼らがいま相対しているのは、彼らを顕現させた審神者その人である。彼女にとっては些細な質問を刀剣男士が五人も──うち二人は大の大人の姿をしてる──揃って聞きにきたので、些か呆れていること
が漂う雰囲気から伝わってきていた。

「梅干しってわけでもないのに、あんなに酸っぱいんだもの。ボク、びっくりしたんだよ!?」
「レモンは酸っぱいものだからね。そうか、みんなレモンに馴染みないんだ」

 勢い込む乱を宥めながら、さらりと彼女が口にした未知の単語に、

「れもん」
「れもんって言うんですね」
「れ、もん……ですか?」

 三人の少年が揃って首をひねる。見た目どころか発音すらも馴染みないようだった。

「レモンはレモンだよ。柚子とかみかんの親戚みたいなもの。漢字は……あー、難しくて書けないから辞書とかで調べて」

 これで用は済んだだろうと背を向けようとする。しかし、六つの瞳にはまだ星のような期待が煌めいていた。そのことに気がついてしまった彼女は、たじろぐように少し引き攣った笑顔を見せる。そんな主
とは対照的に、少年たちはむしろぐいぐいと距離を詰めた。

「それで、そのれもんは、どんな見た目をしているの?」
「大きさは……どれくらいなんですか? 丸いんですか?」
「土の下で育つんですか、それともすいかみたいに育つんですか!?」
「待って待って。順番に答えるから!」

 もはや追い詰められた獲物のような有様になった彼女は、少年たちを落ち着かせるところから始めなければならなかった。彼らを座卓の前に並べさせ、ついでについてきた大人二人も座らせる。
 続けて、紙を取り出してペンで楕円のような形を描き始めた。少しだけ先が尖った奇妙な図形を書き終わると、

「レモンはこんな形をしていて、大きさはミカンと同じくらい。土の下じゃなくて木になるから、分類としては一応果物だったはずだよ」

 彼女なりに少年の疑問に答えようと、丁寧に説明を始める。

「果物だって」
「木になるんですね……だから酸っぱいのかな……」
「渋い柿と同じような感じでしょうか」

 主の説明を聞いて子供たちは口々に各々の感想を述べ、再び新たな情報を求めて期待の視線を向ける。彼らの主は助けを求めるように視線を彷徨わせたが、残念ながらどこからも助け舟はやってこなかっ
た。

「兄者。木になるものは皆果物なのか?」
「さあ、どうだろう。主に尋ねてみたらどうかな」

 髭切に促されて、膝丸も少年たちの輪に加わる。ついには図鑑と端末まで持ち出して、レモンに限らず未知の植物について主は矢継ぎ早に飛び交う質問に答えることになった。




「つーかーれーたー」

 二時間ほどの植物談義を終えた彼女は、自室の布団でごろりと寝転がる。あれから知識欲の塊となった子供達(と大人一人)の質問に答えることになり、彼女の頭は少しばかり疼痛を訴えていた。
 しかし、不平を述べながらも彼女の横顔には充足感をから生まれる笑みがゆっくりと広がっている。植物を育てるのが好きな彼女にとって、この話題は嫌いなものではない。話しっぱなしになったことを除
けば、むしろ新しいことを知ることができて楽しい時間を過ごせたとも言えるほどだ。

「お疲れ様。僕も色々勉強になって面白かったよ」

 寝転がる彼女の隣に、誰かが腰掛ける気配がした。布団から顔を上げると、髭切が楽しそうに笑いながらこちらを見ている。

「どういたしまして。まさかレモンをそのまま食べようとしてるとは思わなかったよ。あれ、汁をかけてほしいって意味で渡したのに」
「漬物とかと同じようなものかと思ったんだよねえ。だって、普通の果物は生で囓るよね?」
「生で食べられないこともないんだろうけど、あまり向いてはいないよ。僕も昔やったことあるから、膝丸には同情する」

 あれから結局自身の失態を主に開示され、顔を赤くしている青年の顔を思い浮かべて彼女はくすくすと思い出し笑いを零す。ひとしきり笑った後、主は髭切を見つめて、

「あのさ。髭切は、植物図鑑がどこにあるか知ってるよね。僕のところに聞きに来なくても、彼らに図鑑の場所を教えようとは思わなかったの?」

 彼が子供たちを連れてこの部屋にやってきたときから、僅かに疑問に思っていたことを口にする。
 畑仕事をよくしている彼には、図鑑の場所も教えてある。彼が少年たちに在処を教えれば、彼女の元で小さな講習会が開かれることはなかったはずだった。

「でも、そうしたら主はあの話題に入らずに終わったよね。主はああいう話結構好きだし、最近仕事続きだったし、いい息抜きになるかなあって」

 彼女は彼の言葉を聞き、目を数度瞬かせる。
 
「それに、彼らと話すのも結構久しぶりだったよね。色々あって時間も取れなかったし、ほら、一石二鳥ってやつだよ」
「……なんか、全部お見通しだね。髭切には」

 彼がいうように、仕事が忙しくて最近誰かと話す時間が取れなかったのは事実だ。図鑑を挟んであれこれと知識を得る時間も、有意義且つ楽しいものだった。
 それら全てを見透かして髭切が少年たちに主人の元に聞きに行くように促したのだとしたら、慧眼と言うべきなのだろう。

「良いように掌の上を転がされてる感じだなあ」
「掌の上で転がるのは嫌だった?」
「嫌ってほどじゃないけど、敵わないなあって思ったの。本人の知らないうちに息抜きさせるなんて、なかなかできることじゃないでしょう」
「どうだろう。僕は主にはできてると思うよ」
「そうかなー」

 彼女は布団に顔を埋めて、否定するように足をバタバタさせる。唇を尖らせたさまは、まるでレモンを食べた時の弟にそっくりだと髭切は声に出さずに思う。

「できてるから、主も程々のところで休んでね」
「うん。分かってるよ。休む休む……」

 宥めすかすように髭切が頭を撫でると、ばたつかせた足が大人しくなっていく。
 やがて布団の中に顔を突っ込んでいた彼女から、微かな寝息が聞こえてくると髭切は寝台から立ち上がった。寝台の隅に丸めて置かれている布団を広げ、彼女の上にかける。

「主も、知らないうちに僕の息抜きをしてくれているんだよ。主の知らないうちにって意味だけどね」

 声をかけてみても、彼女から返事はない。代わりに、寝言のような「ううん」という声がくぐもって聞こえる。

「話していると楽しいし、主が元気そうにしていると僕は嬉しくなるんだよ……ってことは、分かってないよねえ」

 愚痴っぽく声に出してみると、返事の代わりか、ごろりと彼女は寝返りを打った。布団の中に埋まっていた顔が、おかげでよく見える。
 暫く彼女の寝顔を見つめていても髭切の声に気がついた様子はまるでなく、小さくため息を吐いてから髭切はその場を後にした。
 胸中によぎるのは、甘さの中に混ざった少しばかりの酸っぱい感情。その気持ちはもしかしたら――レモンを囓ったときの味に似ているような気がした。
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