子供時代
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
子の上刻を少し過ぎた頃、鈴虫の歌声に耳を傾けながら太郎は自室で書き物をしていた。自室に灯している蝋燭が時折隙間風によってゆらりと流れ、影を揺らす。筆を動かし墨で紙の上を滑らすと、真っ白な紙はすぐに黒い文字で埋め尽くされる。今日はここでやめようかと筆を机に置くと、襖の向こうから小さな気配を感じた。
「………」
よく知っている者の気配だ。小さな足音が、ペタ、ペタ、と廊下を歩くたびに響いていた。本人は部屋の主を起こさないように慎重に歩いてたかもしれないが。
やがて太郎のいる襖で足を止めるとどこか遠慮したような声色で囁いた。
「太郎、起きてる?」
「ええ。起きてますよ」
太郎が襖を開けるとそこには薄着の小さな女の子がいた。名はひよりという。この本丸の審神者の孫娘だ。
「どうしたのですかこんなに夜遅くに。今日は大広間で宴会だったでしょう」
太郎のいる本丸は、主である審神者の意向で月に何度か大規模な宴会が行われる。主曰く、日頃闘いや遠征、内番をする刀剣男子に対するささやかなお礼なのだそうだ。賑わいを好む刀剣男子も多いため、この提案は心良く受け入れられた。
たまに本丸に遊びに来る主の孫娘、ひよりも大宴会に放り込まれていたはずだ。てっきり頃合いを見て短刀たちが部屋に寝かせていると思っていたが。
「みんな大広間で寝ちゃった」
「短刀たちも…ですか」
「まずい水飲まされたらいつのまにか寝ちゃったの」
どうやら酔っ払いに捕まって逃げ遅れたらしい。いやちょっと待て。
「まずい水、とは」
「おじいちゃんに飲め、って言われたお水、喉が熱くて不味かった」
「ほう」
太郎の瞳がすぅ、と細められた。視界が暗く、ひよりは気が付かなかったが瞳孔が若干開いていた。
蝋燭を揺らす程度の風が二人を撫でるとひよりは小さく可愛らしいくしゃみをした。太郎は手招きをして幼子を部屋に入れる。
少しだけ墨の香りが残る部屋を見渡すと、二つの目は机の上の書き物で止まった。ひよりは机の前に座ると墨の字が綴られてる書面を睨みつける。太郎はひよりを持ち上げるとそこに座り、膝の上にゆっくりと幼子を乗せた。小さな身体はすっぽりと太郎の身体で覆われる。
ひよりはなおも書面を睨みつけて、やがて眉を寄せ、下げた。
「…なんて書いてるかわかんない」
太郎は吹き出しそうになるのを堪えて代わりに小さな頭を撫でた。柔らかく、サラサラした髪が指をすり抜けていく。ひらがなを勉強中の子供にはまだ難しいだろう。
「国語のべんきょう頑張る…」
「これを読める頃には貴女は立派なここの主になっているかもしれませんね」
「ほんとに?」
「ええ」
ひよりは大きな瞳をいっぱいに広げてキラキラと輝かせた。この子は幼いながらもここの本丸を引き継ぐつもりらしい。熱心に語っていたのを次郎から聞いた。
「はせべがね、私が主になったらおれを近侍にしてくださいって」
頭を撫でていた手が止まった。
「次郎姉さんも近侍にしてねって」
薬研兄さんや、一兄、あとね、あとね。
指を折ってひよりは一生懸命数えた。途中、あ、と小さな声を漏らす。
「みんなには内緒っていわれた」
「ひよりは隠し事が苦手ですね」
「な、内緒話は太郎にだけだよ」
慌てたようにひよりは手を振った。
「でもね、きんじってよく分からなくてね、皆んな内緒話みたいに話すからうんって言っちゃったの」
「近侍というのは主のそばにいて手助けやお世話をしたりする事をさすのです」
「そうなんだぁ。じゃあ今の私のきんじは太郎になるの?」
「ええ」
髪の毛を指で梳くとひよりはくすぐったそうに声を上げて頰を緩めた。柔らかい髪先を指で弄べばひよりはくるりとこちらを向いた。そして、内緒話をするようにそぉっと声を忍ばせて、
「私が大きくなったら、きんじは太郎にするね」
「おや、私で良いのですか」
「みんなのこと同じくらい大好きだけど、きんじは太郎がいい。太郎がいいの」
それを聞いて太郎はどこか満たされるような気持ちがふつりとわいた。この感情はなんていうのだろうか。はらりと桜の花びらが舞う。ひよりの柔らかな髪の毛先を持ち上げて、そこに唇を落とした。
ひよりはまたくすぐったそうに頰を染めて小さく口を動かした。
『 』
1/3ページ