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零薫




「ん、さくまさん。起きて……」

 重たい遮光カーテンの端から覗く朝日の眩しさに目が開く。先に起きるのは決まって薫の方で、朝が、というより日光が苦手な零(学生時代よりはだいぶ克服した)を起こすことから、薫の一日ははじまる。

「う゛っ」

 ベッドから体を起こそうとすると、尋常でない倦怠感に我ながら色気の欠片もない声が漏れてしまう。寝ぼけて気づいていなかったが、裸で二人抱き合って寝ているのとこの体の怠さから察するに、昨夜はだいぶ盛り上がったのだろう。記憶があるのは最初の2回くらいで、そのあとは色々と曖昧だ。これ以上はきっと思い出さない方が身のためなので、そっと心にしまっておこう。
 怠いからと言ってこのままベッドに戻るわけにはいかないと、体に力をいれて無理矢理立ち上がる。ベッドのしたに落ちていた部屋着を着て、まだ眠っている零にもう一度声をかける。

「朔間さ~ん?もう六時半だからね、起きないと困るの自分でしょ~」

「あ~う゛ぅ……かおる、くん……んん…」

「ふふっ、もう仕方ないなあ。朝御飯できたらまた起こしに来るね」

 返事なのか寝言なのかよく分からない声に苦笑しながらも、薫は零の綺麗な黒髪をそっと撫でた。


 4月の初旬、暖かい時期ではあるが、まだ朝は冷え込むこの季節。暖房が効いていた寝室とは違って、ダイニングはすこし肌寒い。まず最初にカーテンを開けて、加湿器と暖房、それからテレビの電源をつけておけば、零が起きてくる頃にはちょうどよく部屋も暖まって、零が観たいTVコーナーも全部見られるはずだ。
「ふぁあ~、眠い・・・・・・」
 体も重けりゃ瞼も重い。自分がいつ頃寝たのか定かでないのでなんとも言えないが、夜更かしはやはり次の日に響く。学生の頃はそんなこと無かったのに、と最近の自分の衰えを実感するのは、今日のような所謂「事後の朝」だ。
 ふらふらとエプロンを着けながらキッチンに周り、最近買い替えた大きな冷蔵庫を開けて、今朝の献立を考える。昨日買い物行くの忘れたんだよな~、あ、漬け物丁度いい頃かも。じゃあ今日は和食か…、じゃあ納豆と漬け物と味噌汁と…お米はもうすぐ炊けるし、あ、お土産でもらった鮭焼こう。うんうん、いい感じ。
 決まったものからどんどん冷蔵庫の外に出していき、手早く朝食を作る。一緒に住み始めた時は大揉めに揉めた味噌汁の味噌の種類や具材も、今では赤味噌、具は豆腐と大根という無難なところに落ち着いた。薫としては、どうしてもたまねぎは譲れなかったが、吸血鬼的にどうもだめらしいので諦めた。具材がいっぱい入ってると作るのも面倒くさいし、なんだかんだこの形で正解かもしれない。
 小皿に少し味噌汁をすくって味見をする。やば、今日めちゃくちゃおいしく作れた。少し機嫌が良くなって、鼻歌混じりに出来た料理を二人お揃いの皿に盛り付けていく。実際に作ったのは味噌汁と焼き鮭くらいだけど、所謂「日本の朝食」みたいな、見栄えのいい献立が完成したのはとても気持ちいい。

「あ、やば。朔間さん起こさないと」

テレビの左上に表示されたポップなデジタル時計を見れば、起きたころから30分を少し過ぎている。いい加減零を起こさなければ、彼の仕事に支障が出てしまう。
タッタッタ、ガチャ。
扉をそっと開ければ、体を起こしつつも、ベッドの上でまだ眠そうに目を擦っている零の姿。

「かおるくんや、おはよう」

「おはよ~、今日はひとりで起きられたんだ」

「我輩とてたまには自分で起きれるぞい、薫くんは我輩をなんだと思ってるのかえ?」

 とは言いつつもどこか楽しそうな零に微笑めば、薫のその姿に零はまたむぅ、と頬を膨らませる。だって、“可愛くてかっこいい旦那さん”とか、思ってること言うの恥ずかしいもん。許して、ね?

「ほら、ご飯できたから。一緒に食べよう?」

「確かにいいにおいがしておるな……うむ、着替えたらすぐ行くぞい」

「わかった。待ってるね」

 彼より早く起きたり、彼のためにご飯をつくったり。ふたりが同棲を始めてもう長く経つが、相変わらずこうして恋人らしいことができることを、薫は誰かに自慢したいと思っている(恥ずかしいからできないけれど)。




『熱愛!UNDEADの二枚看板、同性愛の悲劇!!』そう週刊誌に大々的に載せられた記事に世間が揺れたのは、UNDEADの新曲発売と同じ日だった。事務所には報道各局からの電話がひっきりなしにかかり、その日あった撮影や収録に向かう最中も常に取材陣が本人たちを取り囲むという事態が起こった。事務所は「本人たちに確認いたします」、UNDEADの四人はその質問に対しては無言、という対応を貫いたため、この騒動が長引いてしまった。
「事実とは無関係です」と言えば話はすぐに片付いたであろうことだが、零も薫も、ファンへ嘘を吐くことになるその一言は、どうしても言いたくなかったのだ。二枚看板が付き合っているという事実は、晃牙やアドニス、ほかの夢ノ咲学院のみんなも知っていて、その関係を否定するものはどこにもいなかった。そのためこの騒動に一番動揺したのは、誰でもなく自分たちだった。
──周りの人たちが優しかったことに甘えて、自分たちの関係の特異さを忘れていた。
 そうだ、普通の人から見れば、自分たちの関係は“悲劇”と扱われても仕方の無いことだ。それを理解したとて、受け入れることは容易ではなく、特に薫は随分とやつれてしまっていた。
 そんな中UNDEADがついに沈黙を破ったのは、騒動から2週間が過ぎた頃。記者会見という形で、ふたりの関係を認め、公表するというものだった。


『羽風薫というこの世にひとりしか居らぬ我が相棒を、命をかけて愛することの何がわるいのか』


30分程度の短い会見の終わり、わずかに震える零の声が会場に響いた。


『認めろとは言わぬ。せめて、我輩たちなりの真実の愛を”悲劇”とは呼ばんでくれ』


 この会見の後、世間に溢れたのは会見のなかで謝罪を一度もしなかった二人への批判、ではなく、週刊紙などの報道各所に対するバッシング、そして二人への称賛だった。つい昨日まで二人の関係を叩いていたひとも、零の一言に、二人の強い愛に感化され、擁護するようになった。手のひら返しとはよく言うが、まさにこのことかと笑いあったのは、今となってはいい思い出話だ。そのあたりから薫の体力も回復しはじめ、少しだけ変わった、いつもの日常に戻っていった。

 それから2年ほど経った今では、世間はすっかりふたりを”おしどり夫婦”扱いしている。UNDEADとしての活動はユニット名がタイトルについた深夜のレギュラー番組ぐらいで、晃牙はソロで出したシングルが売れて以降毎日忙しそうにライブハウスを回っていたり、アドニスは男性向けのファッション誌で専属モデルをしていたり、零も一度やった猟奇的殺人鬼が話題沸騰、以後俳優業を中心に活動している。薫はと言えば、他の3人とは違ってメディアへの露出はユニットの番組と曜日レギュラーのお昼の情報番組程度に押さえ、零の主夫として日々を過ごしている。実を言えば騒動があったときに辞めてしまおうかとも思ったが、このまま居なくなって逃げだと思われたら負け、という気持ちから、露出を押さえつつ活動を続けることにしたのだ。きっかけこそネガティブ思考のそれだったが、今となっては「毎週火曜日、お昼4チャンネルの薫くん」というマダム層からの支持も得られたことだし、結果オーライだと何だかんだ楽しく過ごしている。

「朔間さん、今日は何時くらいに帰ってくるの?」

「う~む、たしか17時までには終わるはずじゃが……監督の機嫌によるかのう」

「了解、じゃあ晩御飯は用意しておくね」

 向かい合って食卓を囲みながら、本日の帰宅時間を確認する。これもまた、同棲をはじめてからずっと続いているものだ。”主夫の日”と自分で名付けた今日は、スーパーに買い出しと、掃除洗濯エトセトラ、とにかく家事をする。薫が心のなかで決めた「零さんが家にいるときに料理以外の家事はしない!」というルールを実行すべく、零の帰宅時間を確認し、一日のペース配分を決めるのだ。

「ごちそうさまでした。我輩、今日の夕飯はトマト鍋が良いのう~、薫くんや」

「う~ん、まだ肌寒いしね~。たしかに俺も鍋食べたいかも」
「楽しみに待っておるぞい♪」

「はいはい~。あ、そろそろ時間でしょ?急がないと」

 食べ終わった二人分の食器を下げて、着けていたエプロンを座っていた椅子の背もたれにかけてから、零を玄関まで送り出す。以前エプロンをつけたまま送り出したとき、零に「朝から新婚さんごっこみたいでムラっとするから外せ」と言われて、それからは忘れずちゃんとエプロンを外すようにしている(零の仕事に支障が出ては困るので)。零の言った言葉の意味はいまだによく分からないが言うことをちゃんと聞いてあげるあたり、我ながらだいぶ可愛いげがある気がする。

「いってらっしゃい、朔間さん」

「むぅ、薫くんはいつになったら我輩を名前で呼んでくれるのかえ?」

「い、今さら恥ずかしいから無理って言ってるでしょ。ほら、はやく」

「か~お~る~く~ん~?」

「~~!あああもうわかったから!遅刻するでしょ!……零さん」

「うむ、薫くんは今日も可愛いのう~」

 もうこのくだり何回目?毎回結局俺が折れちゃうのバレてるし……あ、おとなりさん通った。めっちゃ温かい目でみられてる!ほらもう朔間さんのせいだからね!ああ恥ずかしい~。

「おとなりさんが我輩たちを温かく見守ってくれるのはいつものことじゃろうて。今さら気にする話でないぞい」

「俺が!恥ずかしいの!ほらもう、ほんとに時間ヤバイでしょ」

「うむ、いい加減出るとするかの。行ってきます、薫く、んっ」

零の言葉を遮るように思いっきり零に抱きつき、その勢いで零の唇にキスをする。所謂『いってらっしゃいの”ちゅー”』をするルールを作った、昔の自分を呪いたい。でも仕方ない、決めたことだし、嫌かと言われればそうではないから、それに従うことにする。…おとなりさんがまだこちらを見てるのはこの際気にしないことにして。









「いってらっしゃい…零さん」



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