千早と雪歩と貴音
Name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「雪歩、今日は小さいライブハウスの仕事だからお客さんとの距離が近いんだけど…」
「えぇ!?ど、どのくらいですか…?」
雪歩は顔を青ざめさせた。いつものことだが、この瞬間が1番気が重い。
「2mくらい…かな…近くに警備員さんは常に居るみたい。」
「うぅ…心配です…。」
「萩原さん、大丈夫よ。前に出すぎなければ触られることは無いわ。」
千早がフォローに入る。いざと言う時は貴音と千早が力になってくれるだろう。
本番が始まればカオルが助けにいけることは中々ない。事件性のあるものならもちろんすぐ行くが、それだって間に合うかどうかはわからない。貴音はその辺りの洞察力が特に優れているのでそういう意味でも信頼を置いていた。
「ごめんね…。大手事務所からのオファーだったし、これに出れば仕事が増えると思って…。」
「確かに、私たちより格上のアイドル達ばかりですね…。」
ライブの控え室で、千早たちは周りを見渡した。衣装はlapis lazuliのものより1桁か2桁高そうな質感で、よくオーディションで見る面々ばかりだ。
雪歩は「頑張らなきゃ」と自身に喝を入れた。
今回はとあるオーディションで大手事務所のプロデューサーとカオルが意気投合し貰えた仕事だった。
「やあ、折笠さんとlapis lazuliさん!今日は来てくれてありがとうございます。」
例の大手事務所のプロデューサーがこちらにやってきた。
後ろには年配の高そうなスーツに身を包んだ男性がニコニコしながら立っている。
「こちらこそこのような場に呼んでいただけて大変光栄です。ありがとうございます。」
千早達も「ありがとうございます」とお辞儀をした。
「どうも、あなたが765プロのプロデューサーさんですか?」
後ろにいた年配男性がカオルに話しかけてきた。
「あ、はい!私こういうものです!」
カオルは腰を低くして名刺を差し出した。
年配男性はニコニコとした表情を崩さず名刺を受け取り、ねっとり眺めた。
「はいどうも。私は小さなテレビ会社の総務部長をしております。」
「もう〇谷さん、嘘つかないでくださいよ!ご紹介遅れましたが、こちら〇△テレビの総務部長さんです。」
大手事務所のプロデューサーがつっこんで、〇谷はニヤニヤと笑った。
「〇△テレビ?!」
〇△テレビはキー局だ。総務部長が具体的にどんな仕事をするかは知らないが、怒らせるとまずい立場の方であるのは確かだろう。
「あ、あの、今日は本当によろしくお願いします…!」
カオルは再度頭を下げた。
「そんなに畏まらないでください。若いのにプロデューサーなんて大変ですね。」
「え、ええと…そんなことは…」
真っ先に千早の早朝ランニングに付き合った日のことや、3人がパフォーマンスのことで揉めたことを思い出したがここは謙遜することにした。
「どうです?終わったあと、ご飯でも。」
「プ、プロデューサー…」
雪歩が後ろで小さく怯えた声を出した。
貴音と千早は黙っている。
「それは、lapis lazuliも一緒にということではないですよね?」
カオルは威圧的な視線を向ける。そもそも未成年を夜遅くに連れ歩くのはコンプライアンス的にもアウトだ。
〇谷は大手事務所のプロデューサーの方をちらりと見た。
「ああ、そういえば!先週は僕とアイドル達との会食をしていただいたんですよ!仕事で悩んでることとか聞いてもらっちゃって!本当に助かりました!」
「そうだったんですね…」
複数人の会食なので恐らく変な意味はないと思うのだが、先程の雪歩との会話が頭をよぎった。数秒の間沈黙が続く。
「ぜ、ぜひ行きたいですぅ!」
「萩原さん?!」「雪歩?!」
真っ先に声をあげたのは雪歩だった。千早と貴音が隣で驚いている。
「大丈夫なの?」
カオルは雪歩を心配したが、雪歩はこくこくと頷いた。
「…千早と貴音は大丈夫?」
「萩原さんがいいなら…」
「…私も構いません。」
「決まったようですな。では、ライブが終わった頃にお迎えに上がりますよ。」
〇谷という男はハッハッと笑って名刺を渡した。裏に手書きで電話番号が書いてあった。プライベート用の電話番号なのだろう。あらかじめその名刺が用意してあったことに若干の違和感を覚えたがそれより雪歩がなぜ行きたいと言い出したのか気になる。
〇谷が控え室から退出し、最初に口を開いたのはカオルだ。
「雪歩!どうして…」
「…あの時、プロデューサーは私のこと心配してましたよね?」
「…まあ…うん。」
「私が男の人を怖いってだけで、lapis lazuliや765プロの看板に傷がついたり、貰えるはずのお仕事が貰えなくなるのは絶対に嫌なんです!だから……」
雪歩は泣きそうな顔で俯いた。
「雪歩、大丈夫です。私が守ります。」
「四条さんの言う通り、大丈夫よ。会食にはプロデューサーもいるし、いくら非公式の場でも不用意な発言は向こうも気をつけるんじゃないかしら。」
「lapis lazuliさん、入りのお時間でーす」
「一先ず、このライブを成功させなきゃね」
「は、はいぃ!」
ーーーーーーーーーーーー
ライブハウスから車で数十分。
格調高そうな老舗の旅館で会食は開かれた。
廊下を歩きながら、〇谷と女将が談笑しているのを聞いた。どうやら常連のようだ。
「いやー、本当にいいライブでしたな。」
「ありがとうございます!」
カオルと千早達は頭を下げた。
「はは、まあそう固くならずに。如月千早ちゃん、だったかな?あなたは本当に歌がお上手だ。」
「あ、ありがとうございます。」
「こう見えても私、こういう先見の明はある方でね。私が上手いと言った歌手はみんな売れるんだよ。」
(それは〇谷さんが影響力のある人だからじゃ…)
千早とカオルは同じことを考えていたのか気まずそうに顔を見合わせた。
「あと、四条貴音ちゃん!あなたは本当にスタイルがいい!ハリウッド女優のような風格があるよ。」
「ありがとうございます。英語は話せませんが…。」
「それは意外だ!どこの出身?」
「とっぷしーくれっとです。」
「これはやられた!そういうところも追いかけたくなるね。あとは萩原雪歩ちゃんだね。あなたはとにかくかわいい!いつの時代もアイドルとは皆の憧れですからな。私も学生時代だったら雪歩ちゃんに恋していたと思いますよ。」
「ええと…ありがとうございますぅ」
カオルはメンバーそれぞれを褒められて誇らしい気分だった。
「さあ、今日は楽しみましょう。折笠さんはお酒でもいかがですか?」
「帰りの運転がありますので…」
「そうおっしゃると思って代行は頼んであります。さ、遠慮なく…」
「あ、では1杯だけ…」
目の前にお猪口が置かれる。カオルは〇谷からとっくりを受け取った。
2時間後…。そろそろ帰りの時間だ。
〇谷の誘いは強引で随分飲まされてしまった。カオルは眠そうにしている。話はほとんど聞こえていない。
「あの、〇谷さん。」
千早が声をかけた。
「なんだい?」
「どうしてウチみたいな小さな事務所のアイドルと交流してくださるんですか?大手の方が色々と融通もきいてメリットが大きいですよね?」
「はは、ハッキリ言うね。プロデューサーさんが聞いてたら怒るんじゃない?
ま、僕からしたら大手も弱小も関係ないよ。気に入った子がいたらうちの番組で使いたいから声をかけるだけ。」
「会食を開いた理由はそれだけですか?」
貴音がさらにつっこんだ質問をした。
「痛いところ突くね。正直に言うなら雪歩ちゃんとは個人的に遊びに行きたいかな?」
「ひぅっ!」
その一言で雪歩は真っ青になった。
「隣の部屋も空けてあるんだけど、良かったら2人で…」
「お断りします。」
千早は〇谷を睨みつけた。
貴音はカオルを起こした。
「このユニットは愛想がよくないのが課題かな?これくらい普通だよ」
「ええ、確かにそれは課題ですね」
千早は反抗的な態度を見せる。雪歩はどうしたものかと頭を抱えている。
「雪歩と遊びに行くなら、わたくしと千早とプロデューサーも連れていってください。」
「ふむ、ではそうしよう。」
貴音の提案で一時は場が収まり、そのまま帰ることとなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「雪歩がいない?!」
カオルの声が765プロに響き渡った。
なにかあったのかとやよいと春香がこちらを覗いている。
今日はそれぞれ単体の仕事があったのだが、雪歩はお弟子さんという方が送迎してくれると言っていたので今日は任せていた。しかし、これから始まる〇△テレビの収録に来ていないそうなのだ。
〇△テレビといえば先日会食した〇谷だ。彼との間になにかあったのではないかと思い、とりあえず雪歩に電話をかけることにした。
呼出音が数回鳴ったあと、電話が繋がった。
「雪歩!あなた今どこに…」
「プロデューサーさん、ですか?!」
随分野太い声だ。雪歩に緊急事態が訪れていることだけはわかった。
「すみません、萩原組の者です。今お嬢を〇△テレビまで送迎したんですが、入口に〇谷という男がいて…。」
「〇谷さん?!」
「お嬢に対してあまりにも馴れ馴れしいと、カシラが怒ってまして…」
「今行きます!」
カオルは急いで現場まで向かった。
現場まで着くと、スキンヘッドで大柄の男性が何かを叫びながら暴れており、それを強面の男性と警備員達で抑えていた。
「雪歩!」
カオルは走りよって、雪歩を強く抱きしめた。
「プ、プロデューサー?!」
「大丈夫だった?!」
「わ、私は大丈夫です、けど…」
「おめぇがプロデューサーか! 」
「カシラ!相手はカタギです!」
「今お嬢はな、〇谷という男に待ち伏せされててな、会うなり尻を触られたんだ!」
「カシラ!お嬢のためにも抑えてください!」
「お嬢…って、雪歩のこと?雪歩の家って…」
「も、もう、帰ってくださいぃ!」
雪歩は顔を真っ赤にして叫んだ。
「……すみませんでした!失礼します!」
カシラと呼ばれていた男性は雪歩の一声であっさり引き上げた。
「はは…いや、参ったな」
〇△テレビの中から見ていた〇谷が申し訳なさそうに出てきた。
「あの、雪歩を待ち伏せしていたというのは本当でしょうか?」
「………まあ、うん。それは本当。」
「お尻も触ったんですか?」
「ええ、まあ出来心というか…」
「…………。」
「萩原さん、折笠さん、本当に申し訳ございませんでした…。」
カオルは虫けらを見るような目で縮こまった〇谷を見た。
「雪歩、どうす」
「この度は父の会社の社員がご迷惑をおかけしてしまいすみませんでした!」
カオルの言葉を遮って雪歩が謝罪した。
「…会社員っていうかヤ…」
〇谷が声を震わせている。いつもの威厳はすっかりない。
「建設会社の社員です!」
「いや…はは…まあそういうことでいいか」
「あの…このことは口外しないでいただけると…」
「まあ、こっちも困るからね…。絶対言いません。」
カオルは胸をなでおろした。
「あの、とりあえず雪歩は次の仕事があるから…」
「そ、そうでした!」
「あー…、それなら私も同行しますよ。ご迷惑かけちゃったんで、ね。」
2/2ページ