緑一荘の彼女
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※赤木不在です。
カオルは、古いガスコンロに火をつけ冷蔵庫からコーヒーの粉を取り出した。
はだか電球が天井から釣り下がって、寒そうにキッチンを照らしている。
「赤木さん」
ふとそんな声が漏れた。
きっと彼が伝説として語り継がれる理由は、麻雀が強いということ以上に、彼の存在があまりにも奇特で忘れられないことからきているのだろう。
赤木が緑一荘に泊まって、次の日の早朝に出ていってからもう1週間経った。赤木がきてから数日は、常連たちも赤木の話で持ち切りだったが、日に日に話すこともなくなり、今日は店で赤木の名を聞くことすら無かった。
今日も少しだけ雪の降る日だった。
こんな日なら来てくれるかもしれないと赤木のことを待っていたが、もうかなり夜遅くで客もいないため、店を閉めることにした。
外に出ると、見覚えのある大男がのたのたとこちらに向かって歩いてくる。
「…あれ?
…天さんじゃないですか!」
「カオル、まだ店閉めてなかったのか…!だめじゃないか」
「いや、だって…」
天は腕時計を見てカオルをにらんだ。
「……3時だろ?…終電もとっくに過ぎて、その上雪ときた。今から徹麻やろうなんてやつはいねぇさ。」
「天さんはどうなんですか?」
実際閉店があと少し早かったら、きっと天さんは締め出されて入れなかったでしょ。と、目だけで訴えかけた。
天はガハハとごまかすように笑ったあと、急に怖い顔になってカオルの持っていた閉店の札を乱暴に取り上げてドアに付けた。
「あっ、やかんかけたままでした。」
「おう、行ってこい」
「コーヒーでいいですか」
「おう」
カオルは不揃いのマグカップを2つだして並べた。
向こうでラジオをつけたのか、プツプツとした音と共に明るい音楽が流れてくる。
カオルがコーヒーを運ぶと、天は「どうも」と言って大きい方のマグカップを取った。
「最近、上手くいってるみたいだな」
「ええ、おかげさまで」
天は少しだけコーヒーを飲んでにやけた。
「しけたおっさんが、いきなり若くて可愛い女の子の店員に変わったんだからなぁ。客も増えるし活気はでるよ。先代店長も喜んでるだろうな」
「でも女だからって暴力沙汰にして解決しようとする人も多いんですよ。」
「始めたての頃は俺が出て解決してたけど、まだそういう奴はいるか…。今度常連にも根回ししとくよ。」
天は机の上の麻雀牌をなんとなく掴んでは盲牌していた。いつも豪快で大雑把な天が「根回し」をするのが意外で、カオルはありがとうございます、と言いながら少し笑ってしまった。
「…ああ、常連さんといえば…。最近は眼鏡をかけたサラリーマン風の人がいつも来てますね」
「……ほう?」
「確か、まわりからは井川さんとか、ひろとか呼ばれてて…私が見る限りだとかなりの打ち手でしたね。」
「ひろ…か。まあそいつも古い知り合い…かな。」
「顔が広いんですね。私、実はまだそんなにお話してないんです。なんかちょっと近寄りがたくて…」
天はその性格に合わない気難しそうな顔をして、コーヒーをいくらかすすった。
「うん。良い奴だし、今度打ってみるといいよ……。ひろは強いと思う。でも今はなにをやっているか……俺は知らん。」
「…わかりました。そういえば天さん、赤木さんって人に会ったことありますか?」
「赤木か……。なぜその名を知ってる?」
「この前うちに来てくれたので、一緒に打ったんです。それで………。
………………とまあ、そういうわけで、まあ勝てなかったわけです」
「なるほど、赤木は強いか」
「ええ、彼は強い。彼ほどの打ち手がうちに来ることは向こう何年かないでしょうね。」
カオルは、窓から外を見た。あの日もこんな雪の日だった。緑一荘は駅からそんなに近くないのに、どうやってきたんだろう。カオルはぼんやりと考えていた。
「もし、私が緑一荘の店員をやってなかったら……きっと彼にも会えなかったと思います」
「赤木とまともに勝負のできるカオルも、かなり強いんじゃないか?」
「いえ、私はまだまだです。まともと言ったって、ただ逃げてるだけでしたから。」
確かに、酒を飲んで判断力が鈍っている常連たちよりかは見通しを立てて打つことができたと思う。しかし、半荘を3回もして1度も勝つビジョンが浮かばないのは今まで経験したことがなかった。謙遜ではなく、カオルは本気で悔しいと思っていた。
「…今度、腕をみてやる。」
天は急に改まってこちらを見た。
「え?」
「日時は追って連絡する。ひろとカオルと、俺と…そうだな、あと一人は適当にカオルの知り合いを入れておいてくれ。仲のいい常連とかな。」
「ああ、はい。わかりました。」
「…じゃあ、帰る。」
天は用件が済んだらマグカップを流しに持っていき、まもなく帰ってしまった。
「天さんと…勝負か」
天和通しの快運児と呼ばれた彼と麻雀で勝負するのはこれで2回目だった。
1回目は、麻雀のルールをきちんと覚えているか見るという理由で対局した。天さんはカオルの麻雀の師匠でもあり、緑一荘のオーナーでもある。
彼は麻雀に真摯に向き合っているからか、時折厳しい一面も見せていた。しかし、怒鳴ったり声を荒らげるようなことは1度もなく、その日はマナーを中心に教えて貰い終わった。だから、天の実力は未だによくわかっていないのであった。
2回目は…どうなるのか。
勝たないと、なにかペナルティがあるのではないか。雀荘を任されている以上、緊張感を持って挑まないといけない。
そして残りひとりのメンツは誰に頼むべきか。
ソファでいろいろと考え事をしているうちに朝日が見えてきて、いつのまにか寝てしまっていた。
カオルは、古いガスコンロに火をつけ冷蔵庫からコーヒーの粉を取り出した。
はだか電球が天井から釣り下がって、寒そうにキッチンを照らしている。
「赤木さん」
ふとそんな声が漏れた。
きっと彼が伝説として語り継がれる理由は、麻雀が強いということ以上に、彼の存在があまりにも奇特で忘れられないことからきているのだろう。
赤木が緑一荘に泊まって、次の日の早朝に出ていってからもう1週間経った。赤木がきてから数日は、常連たちも赤木の話で持ち切りだったが、日に日に話すこともなくなり、今日は店で赤木の名を聞くことすら無かった。
今日も少しだけ雪の降る日だった。
こんな日なら来てくれるかもしれないと赤木のことを待っていたが、もうかなり夜遅くで客もいないため、店を閉めることにした。
外に出ると、見覚えのある大男がのたのたとこちらに向かって歩いてくる。
「…あれ?
…天さんじゃないですか!」
「カオル、まだ店閉めてなかったのか…!だめじゃないか」
「いや、だって…」
天は腕時計を見てカオルをにらんだ。
「……3時だろ?…終電もとっくに過ぎて、その上雪ときた。今から徹麻やろうなんてやつはいねぇさ。」
「天さんはどうなんですか?」
実際閉店があと少し早かったら、きっと天さんは締め出されて入れなかったでしょ。と、目だけで訴えかけた。
天はガハハとごまかすように笑ったあと、急に怖い顔になってカオルの持っていた閉店の札を乱暴に取り上げてドアに付けた。
「あっ、やかんかけたままでした。」
「おう、行ってこい」
「コーヒーでいいですか」
「おう」
カオルは不揃いのマグカップを2つだして並べた。
向こうでラジオをつけたのか、プツプツとした音と共に明るい音楽が流れてくる。
カオルがコーヒーを運ぶと、天は「どうも」と言って大きい方のマグカップを取った。
「最近、上手くいってるみたいだな」
「ええ、おかげさまで」
天は少しだけコーヒーを飲んでにやけた。
「しけたおっさんが、いきなり若くて可愛い女の子の店員に変わったんだからなぁ。客も増えるし活気はでるよ。先代店長も喜んでるだろうな」
「でも女だからって暴力沙汰にして解決しようとする人も多いんですよ。」
「始めたての頃は俺が出て解決してたけど、まだそういう奴はいるか…。今度常連にも根回ししとくよ。」
天は机の上の麻雀牌をなんとなく掴んでは盲牌していた。いつも豪快で大雑把な天が「根回し」をするのが意外で、カオルはありがとうございます、と言いながら少し笑ってしまった。
「…ああ、常連さんといえば…。最近は眼鏡をかけたサラリーマン風の人がいつも来てますね」
「……ほう?」
「確か、まわりからは井川さんとか、ひろとか呼ばれてて…私が見る限りだとかなりの打ち手でしたね。」
「ひろ…か。まあそいつも古い知り合い…かな。」
「顔が広いんですね。私、実はまだそんなにお話してないんです。なんかちょっと近寄りがたくて…」
天はその性格に合わない気難しそうな顔をして、コーヒーをいくらかすすった。
「うん。良い奴だし、今度打ってみるといいよ……。ひろは強いと思う。でも今はなにをやっているか……俺は知らん。」
「…わかりました。そういえば天さん、赤木さんって人に会ったことありますか?」
「赤木か……。なぜその名を知ってる?」
「この前うちに来てくれたので、一緒に打ったんです。それで………。
………………とまあ、そういうわけで、まあ勝てなかったわけです」
「なるほど、赤木は強いか」
「ええ、彼は強い。彼ほどの打ち手がうちに来ることは向こう何年かないでしょうね。」
カオルは、窓から外を見た。あの日もこんな雪の日だった。緑一荘は駅からそんなに近くないのに、どうやってきたんだろう。カオルはぼんやりと考えていた。
「もし、私が緑一荘の店員をやってなかったら……きっと彼にも会えなかったと思います」
「赤木とまともに勝負のできるカオルも、かなり強いんじゃないか?」
「いえ、私はまだまだです。まともと言ったって、ただ逃げてるだけでしたから。」
確かに、酒を飲んで判断力が鈍っている常連たちよりかは見通しを立てて打つことができたと思う。しかし、半荘を3回もして1度も勝つビジョンが浮かばないのは今まで経験したことがなかった。謙遜ではなく、カオルは本気で悔しいと思っていた。
「…今度、腕をみてやる。」
天は急に改まってこちらを見た。
「え?」
「日時は追って連絡する。ひろとカオルと、俺と…そうだな、あと一人は適当にカオルの知り合いを入れておいてくれ。仲のいい常連とかな。」
「ああ、はい。わかりました。」
「…じゃあ、帰る。」
天は用件が済んだらマグカップを流しに持っていき、まもなく帰ってしまった。
「天さんと…勝負か」
天和通しの快運児と呼ばれた彼と麻雀で勝負するのはこれで2回目だった。
1回目は、麻雀のルールをきちんと覚えているか見るという理由で対局した。天さんはカオルの麻雀の師匠でもあり、緑一荘のオーナーでもある。
彼は麻雀に真摯に向き合っているからか、時折厳しい一面も見せていた。しかし、怒鳴ったり声を荒らげるようなことは1度もなく、その日はマナーを中心に教えて貰い終わった。だから、天の実力は未だによくわかっていないのであった。
2回目は…どうなるのか。
勝たないと、なにかペナルティがあるのではないか。雀荘を任されている以上、緊張感を持って挑まないといけない。
そして残りひとりのメンツは誰に頼むべきか。
ソファでいろいろと考え事をしているうちに朝日が見えてきて、いつのまにか寝てしまっていた。