緑一荘の彼女
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月曜午後の昼下がり、とある冬の日だった。
外では雪がまばらに降っていて、おかげであまり雀荘にも人が来ていないようだった。
雀荘『緑一荘』。これがこの店の名前だ。ふざけた名前だが、これでも10年続いている。
「カオルちゃん、相変わらず強いねぇ!」
下家の常連客が、持ち金をほとんどむしられてへらへらと笑っている。
カオルは下家から点棒を受け取りながら苦笑いをした。
「先週は負けちゃいましたからね、今週取り返しますよー」
カオルはここの雇われ店長として働いている。
緑一荘は、他の雀荘と同じく負けた分は給料から天引きされてしまう。
カオルが緑一荘で働き始めたときは負け続きだったし、オーナーに頼み込んで給料を前借りしたこともあった。ただ、昔から懇意にしてくれている常連さん達が気を遣って、緑一荘を存続させようとカオルにコツを教えたり、フードメニューを多く頼んだりしてくれていた。そんな経緯もあり、2年たった今でもお店を開くことができている。
先週は偶然負けがこんでいたが、最近は確率麻雀を勉強したり、押し引きを覚えたため負けることはそうそうなかった。だから、今週に先週の負けを取り返すことができてカオルは安心していた。
そんな矢先の出来事だった。
1人の男が突然入ってきた。その男はどこか現実離れしていて、緑一荘にいた常連たちが二度見してしまったほどだった。
「おい、あの男…」
「…え?…いや、でも確かに…?」
常連たちがヒソヒソとなにかを話していた。
カオルもどこかで聞いたような風貌の彼を、見つめることしかできなかった。
「あんた、ここの店員か」
彼は綺麗な白髪で、白の縦じまのスーツを着こなしている。シャツの柄は虎柄だ。
「ええそうです、いらっしゃいませ。」
「ほう、雀荘に若い女店員1人とは珍しいもんだな」
良かったらどうですかと言って一人抜けた所に白髪の彼はどかっと座った。
カオルの対面だ。
「あの、もしかしてあの赤木しげるさんではないですか?」
ぺこりとお辞儀をしながら、震えた声で上家の男が言った。
「ああ、そうさ」
赤木しげるという男は、あっさりと答えた。下家の男が小さな声で「すげぇ…」と言ったのが聞こえた。
ざわ… ざわ…
ざわ… ざわ…
店内がざわめき始めた。
赤木しげるといったら伝説の雀士で、右にでる者はいないと聞く。
これから伝説の雀士の麻雀をお目にかかれるのか。
そう思うと少しドキドキするが、カオルはさっき負けを取り返したばかりで、負けるわけにはいかなかった。震える手で太ももをつねった。ピリッとした空気が緑一荘に漂っている。
「よろしくおねがいします。」
「おう、よろしく」
◇◆◇◆◇◆◇
結果は、赤木しげるの圧勝だった。
カオルはギリギリ浮くことはできたものの、おじさん二人はハコテンになるまで追い詰められた。
カオル自身、途中からかなり焦っていた。
得体の知れない目の前の化け物に焦っていたし、その上興奮もしていた。
「あんた、女のくせになかなか手強いじゃねえの」
「…皮肉ですか。あなたが勝ったのに。」
「カオルちゃん…って呼ぶのは失礼だよな。上の名前は?」
「…柳瀬です。」
「よし、柳瀬さん、もう一戦。もう一戦やろう。」
結果は、何度やっても同じだった。
カオルは赤木の攻撃を耐えるだけで反撃はなかなかできず、赤木は圧勝の上に圧勝を重ねていた。次々と挑んでも赤木がみんな丸裸にしてしまうので、常連客は居心地が悪くなってぽつりぽつりと帰ってしまった。最後の2人が今日はもう遅いからと切り上げたところで、赤木も最後に帰ろうとした。
「柳瀬さん、あんたはいい打ち手だ。そういえば昔、あんたと同じ苗字の代打ちがいたが…ソイツもいい打ち筋をしていた。柳瀬さんはまだ若いから、きっといつかソイツ以上にいい雀士になれると思う。」
赤木は優しい口調でそう言うと、精算したあとの万札を雑にポケットにいれて出口へ向かっていった。
「また、ぜひ打ちましょう。」
カオルがそう言うと、赤木は扉の前に立ち止まった。なにか忘れ物があったかなと思い、カオルは赤木のいた席を見たが、何も忘れていないようだった。
「…そういえば、ここには仮眠室はあるかい」
「ありますけど、でもここは貸し出してないんですよ」
「どうして?」
「私が寝てるからです」
「それじゃあ、この辺に寝れる所はあるかい」
「ホテルはかなり離れてますけど…家はどこなんですか?」
「ああ、いや…ないならいいんだ。」
赤木が出ていこうとしたとき、雪がしんしんと降るのが窓から見えた。
この雪だと、とても寒いだろうに…カオルは、なんとかできないかと考えた。
「ちょっと、待ってください。
…ソファでよければいいですよ」
毛布と掛け布団がもう1式あることを思い出して、ソファで寝てもらうことを提案した。
赤木は振りかえると、申し訳なさそうな顔でカオルの手を握って、「ありがとう」と笑った。
その子供のような笑顔にカオルは少しドキッとしてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
「悪いな、無理に泊まっちまって…」
「いえいえ、いいんですよ。むしろこんなにお金貰っちゃって、申し訳ないくらいです。」
「まあ無理言って泊めて貰ったからな、このくらい出して当然だろう」
赤木はタバコをふかしながら笑った。
赤木の声はタバコの吸いすぎで枯れているが、どこか色気のある声だ。
「でもな…柳瀬さんよぉ。嫁入り前の娘がこんな見ず知らずの男と一晩を共にするのはな…俺が言い出したことだが、気をつけた方がいいぜ。」
「うーん、確かにそうなんですけど…。赤木さんならいいかなって思ったんです」
カオルは赤木が自分になにかしてくるようには見えなかった、だから泊まるのを許可したつもりだった。赤木は「そりゃ光栄だな」と、肩を落としたが、すぐに顔をほころばせて、カオルもつられて笑ってしまった。
二人は顔を見合わせて、ケラケラと笑った。
外では雪がまばらに降っていて、おかげであまり雀荘にも人が来ていないようだった。
雀荘『緑一荘』。これがこの店の名前だ。ふざけた名前だが、これでも10年続いている。
「カオルちゃん、相変わらず強いねぇ!」
下家の常連客が、持ち金をほとんどむしられてへらへらと笑っている。
カオルは下家から点棒を受け取りながら苦笑いをした。
「先週は負けちゃいましたからね、今週取り返しますよー」
カオルはここの雇われ店長として働いている。
緑一荘は、他の雀荘と同じく負けた分は給料から天引きされてしまう。
カオルが緑一荘で働き始めたときは負け続きだったし、オーナーに頼み込んで給料を前借りしたこともあった。ただ、昔から懇意にしてくれている常連さん達が気を遣って、緑一荘を存続させようとカオルにコツを教えたり、フードメニューを多く頼んだりしてくれていた。そんな経緯もあり、2年たった今でもお店を開くことができている。
先週は偶然負けがこんでいたが、最近は確率麻雀を勉強したり、押し引きを覚えたため負けることはそうそうなかった。だから、今週に先週の負けを取り返すことができてカオルは安心していた。
そんな矢先の出来事だった。
1人の男が突然入ってきた。その男はどこか現実離れしていて、緑一荘にいた常連たちが二度見してしまったほどだった。
「おい、あの男…」
「…え?…いや、でも確かに…?」
常連たちがヒソヒソとなにかを話していた。
カオルもどこかで聞いたような風貌の彼を、見つめることしかできなかった。
「あんた、ここの店員か」
彼は綺麗な白髪で、白の縦じまのスーツを着こなしている。シャツの柄は虎柄だ。
「ええそうです、いらっしゃいませ。」
「ほう、雀荘に若い女店員1人とは珍しいもんだな」
良かったらどうですかと言って一人抜けた所に白髪の彼はどかっと座った。
カオルの対面だ。
「あの、もしかしてあの赤木しげるさんではないですか?」
ぺこりとお辞儀をしながら、震えた声で上家の男が言った。
「ああ、そうさ」
赤木しげるという男は、あっさりと答えた。下家の男が小さな声で「すげぇ…」と言ったのが聞こえた。
ざわ… ざわ…
ざわ… ざわ…
店内がざわめき始めた。
赤木しげるといったら伝説の雀士で、右にでる者はいないと聞く。
これから伝説の雀士の麻雀をお目にかかれるのか。
そう思うと少しドキドキするが、カオルはさっき負けを取り返したばかりで、負けるわけにはいかなかった。震える手で太ももをつねった。ピリッとした空気が緑一荘に漂っている。
「よろしくおねがいします。」
「おう、よろしく」
◇◆◇◆◇◆◇
結果は、赤木しげるの圧勝だった。
カオルはギリギリ浮くことはできたものの、おじさん二人はハコテンになるまで追い詰められた。
カオル自身、途中からかなり焦っていた。
得体の知れない目の前の化け物に焦っていたし、その上興奮もしていた。
「あんた、女のくせになかなか手強いじゃねえの」
「…皮肉ですか。あなたが勝ったのに。」
「カオルちゃん…って呼ぶのは失礼だよな。上の名前は?」
「…柳瀬です。」
「よし、柳瀬さん、もう一戦。もう一戦やろう。」
結果は、何度やっても同じだった。
カオルは赤木の攻撃を耐えるだけで反撃はなかなかできず、赤木は圧勝の上に圧勝を重ねていた。次々と挑んでも赤木がみんな丸裸にしてしまうので、常連客は居心地が悪くなってぽつりぽつりと帰ってしまった。最後の2人が今日はもう遅いからと切り上げたところで、赤木も最後に帰ろうとした。
「柳瀬さん、あんたはいい打ち手だ。そういえば昔、あんたと同じ苗字の代打ちがいたが…ソイツもいい打ち筋をしていた。柳瀬さんはまだ若いから、きっといつかソイツ以上にいい雀士になれると思う。」
赤木は優しい口調でそう言うと、精算したあとの万札を雑にポケットにいれて出口へ向かっていった。
「また、ぜひ打ちましょう。」
カオルがそう言うと、赤木は扉の前に立ち止まった。なにか忘れ物があったかなと思い、カオルは赤木のいた席を見たが、何も忘れていないようだった。
「…そういえば、ここには仮眠室はあるかい」
「ありますけど、でもここは貸し出してないんですよ」
「どうして?」
「私が寝てるからです」
「それじゃあ、この辺に寝れる所はあるかい」
「ホテルはかなり離れてますけど…家はどこなんですか?」
「ああ、いや…ないならいいんだ。」
赤木が出ていこうとしたとき、雪がしんしんと降るのが窓から見えた。
この雪だと、とても寒いだろうに…カオルは、なんとかできないかと考えた。
「ちょっと、待ってください。
…ソファでよければいいですよ」
毛布と掛け布団がもう1式あることを思い出して、ソファで寝てもらうことを提案した。
赤木は振りかえると、申し訳なさそうな顔でカオルの手を握って、「ありがとう」と笑った。
その子供のような笑顔にカオルは少しドキッとしてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
「悪いな、無理に泊まっちまって…」
「いえいえ、いいんですよ。むしろこんなにお金貰っちゃって、申し訳ないくらいです。」
「まあ無理言って泊めて貰ったからな、このくらい出して当然だろう」
赤木はタバコをふかしながら笑った。
赤木の声はタバコの吸いすぎで枯れているが、どこか色気のある声だ。
「でもな…柳瀬さんよぉ。嫁入り前の娘がこんな見ず知らずの男と一晩を共にするのはな…俺が言い出したことだが、気をつけた方がいいぜ。」
「うーん、確かにそうなんですけど…。赤木さんならいいかなって思ったんです」
カオルは赤木が自分になにかしてくるようには見えなかった、だから泊まるのを許可したつもりだった。赤木は「そりゃ光栄だな」と、肩を落としたが、すぐに顔をほころばせて、カオルもつられて笑ってしまった。
二人は顔を見合わせて、ケラケラと笑った。