福本作品
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あの夜から、何日か経った日のこと。
どこから盗んだのかカオルは銀二の携帯の番号に電話をかけてきた。
「今夜、バーで待ってます。」
「おい、おまえどこから電話番号を」「待ってます」
突然切れた電話に銀二はため息をついた。
銀二はカオルの手のひらで転がされているような感覚が許せなかった。3歩後ろをついてくるカオルが好きだったのに、どうしてこうも傲慢で自己中な女になってしまったのだろう。だから、今日は彼女に一泡吹かせてまた昔のような関係に戻そうと考えていた。
銀二は仕事が終わったあとにあの時のバーに向かった。カウンターではカオルが氷の溶けかかった水割りを飲みながら本を読んでいた。
銀二はカオルの隣に座って適当なウイスキーを頼み、最初の一口をゆっくりと味わった。その後、胸ポケットから薔薇を取り出してカオルに差し出した。カオルは少し驚いたがすぐにまんざらでもなさそうな顔をして「人を間違えてませんか」と言いながら花を受け取った。
「今夜、カオルのうちに行きたい。」
「い、い、いいですよ?じゃあ先に外出てます」
カオルは顔を真っ赤にさせて、いそいそとバーを出ていった。
銀二は先に出た彼女のお会計もしつつ、心が弾んでいた。なんとなく以前の彼女が戻ってきた気がして、これからどんなことが起こるんだろうと目を輝かせながらタクシーに乗った。
---------------------------------
「私、カルーアミルクって初めて飲みました。美味しいんですね」
カオルは銀二が差し入れたカルーアミルクをあっという間に飲みほした。彼女のマンションの前のコンビニで買ったものだ。
彼女の住むマンションは、防犯装置もついていてそれなりに高そうだった。部屋は2LDKで、物が少ない感じがする。
「生活感がないが、本当に住んでるのか」
「もちろん。無駄に物を買うと捜索資金が減ります」
カオルはカルーアミルクを一気のみして、ニヤリと笑った。冗談なのか本気なのかイマイチわからないが、それならブランドのバッグや洋服は無駄使いにならないのだろうかと考えながら銀二は3杯目のカルーアミルクをカオルに差し出した。
「彼氏はどうなんだ。これが見つかったら彼氏と別れることになるぞ」
銀二は携帯を出して写真を撮った。
カオルは「やめてくださいよ」と顔を隠す素振りをしたが、嫌がっているようには見えなかった。
「……私の彼氏、5年前の銀二さんにそっくりなんです。だから告白されたとき、なんとなく付き合ったんです。」
カオルは冷蔵庫から取り出した高そうなチョコレートを美味しそうに頬張った。銀二は頬ずえをついてカオルの話を聞いている。
「本当になんとなくか?」
「どういう意味ですかぁ」
銀二は立ち上がると、キッチンの方へ歩いていった。
そしてガチャガチャと音がしたあと、銀二もカオルと同じグラスを持ってきた。自分は飲まないつもりだったのだが、あまりにも美味しそうに酒を飲むカオルを見て気が変わってしまった。
「そりゃあね、経済的にも大分彼に助けてもらってる面はあります。
このマンションだって、彼が買ってるやつなんです。だから私はタダでここに住んでる。
それに、バックだって家具だって、私はなにも頼んじゃいないのに、彼はまるで義務のように毎月私の部屋まで渡しにくるんです。
それで、半日ほど二人で過ごすと彼は満足そうに帰って行くんです。
銀二さんの話もしました。
銀二さんがどんなにかっこいいかとか、もし銀二さんに結婚してほしいと言われたらここは出ていくとか。彼にはたくさん酷いこと言いました。
ほっといて欲しかったんです。」
「でも、お前は出て行ったりしないんだな。金目当てじゃないんだろ。」
銀二はリキュールの配分を間違えて入れた。思ったより濃くなってしまった。
「私もずるい人間なんですよ。」
「そうか………。」
銀二は特になにも考えずに、椅子に座ったカオルの身体を後ろから抱いた。
バラの香りがふわふわとカオルから漂っていて、銀二の頭もふわふわしてきてしまう。夢の中でカオルに触れているような感覚になる。
「銀二さん。銀二さんは結婚したくないんでしょう」
「女は苦手なんだ。」
カオルは銀二の手に自分の手を合わせた。
「……私、銀二さんが好き。」
「………ああ。俺もさ」
「ね、銀二さん。私を銀二さんの女にしてほしい。」
カオルは銀二の手にキスをした。
「かわいいな。」
「好き。銀二さん。」
カオルは銀二の手を離そうとはせず、その手を自分の胸へ押し当てた。
「……したいのか?」
「うん……。えへへ。」
銀二はこんな場面でも腹をくくれない自分が憎らしかった。大事にしてくれる人と一緒にいた方が幸せになれるよと言ってしまいたかった。しかし、この妙な居心地の良さが銀二の行動力を奪ってしまった。
カオルはあれから何度も何度も「I need you」を銀二に送り続けたが、銀二はうんともいやとも言わず、あいまいな時間はあっという間に過ぎた。
このあとの話は3年後のことになる。
今日は珍しくカオルからランチを誘われた。特に予定もなかったので休憩する時間込みで4時間ほど空けておいてカオルに会うことにした。
いつもディナーの時行くレストランだったが、ディナーの時よりも音楽や他の客に活気があって少し新鮮に感じた。2人の話もそれなりに弾んだ。
メインディッシュを食べ終えたところでカオルは急に神妙な面持ちになり、デザートまで食べ終えたあとついに口を開いた。
「銀二さん。見て欲しいものがあるんです。」
カオルは服の下に隠したネックレスを外し、銀二に手渡した。
ネックレスにはシンプルなシルバーリングがつけられていた。銀二はシルバーリングの内側をじっと見た。
シルバーリングにはちょうど1年前の日付と、知らない男の名前が刻まれていた。
ついに来たか。銀二は二人の時間がもう長くないことを悟り、大きな孤独感に打ちひしがれた。
「1年前…、彼から子供を作ること前提で結婚してほしいと言われたんです。これはその時にいただいたものです。返事はすぐに出せませんでしたが。
もちろん、彼は私の銀二さんに対する気持ちを知っています。彼の中で私はまだ銀二さんに会えていないことになっているんです。だから今銀二さんにこうして会っていることも、ましてや何度も告白していることも彼は知らない。
もし彼と結婚したら…もう銀二さんに会うことは無いでしょう。私の年齢的にも彼との子供を考えるならきっと今日が決め時です。
……これが最後のプロポーズです。
イエスかノーか、きちんと答えてほしい。
お願いします。結婚してください。」
虫が良すぎるんじゃねぇの、と銀二は思った。しかし自分はそれを言える立場ではないことに気付いてしばらく黙った。
銀二は目の前で半泣きで頭を下げるカオルを見て、少し考えた。
26歳の時から、8年間。
女の結婚適齢期を、カオルは銀二に捧げ続けた。
本当なら3年前にはすでに金持ちの愛妻家と結婚していたかもしれないのに、銀二の存在はただそれを妨げて無意味に伸ばし続けていた。
銀二は過去の自分を恨んだ。
身体だけさんざん食い散らかしておいて自分の身が危なくなったらトンズラするなんて、なんとむごい行為なんだろう。
しかし自分が今さらイエスと言ったところで、彼女は幸せなのか。
カオルから聞いた話によると、4年ほど前から付き合っていたらしいがカオルの体には一切手をつけていなかったという。月に1度会うだけの銀二でも、カオルが他の男に染められている感じが一切ないことはわかっていた。
汗が吹き出てくる。
今まで真面目にカオルと向き合わなかったツケが今やってきただけなのに、どうしてこんなに焦ってしまうのだろう。
「カオル…………俺は………」
---------------------------
「で、銀さん別れちゃったんですか?」
「しょうがねえだろうが、そういう空気だったんだよ」
森田は哲学の講義を聞いているような、難しい顔をした。銀二はグラスに入ったウイスキーを飲み干して、マスターに差し出した。
「それにしても、なかなかの美人さんじゃないの。俺が嫁に貰いたかったよ。」
巽はカオルの写真を見て言った。
「ったく、バーで大の男4人がトランプして、罰ゲームに恋バナなんて楽しいのかねぇ…」
銀二はすっかり出来上がっている。森田はまあまあと銀二をなだめた。
「その人は今、どうしてるんですか?」
「NOって言った瞬間に、アイツは泣いたんだがな。俺はなにも言えなかったんだ。それで30分くらいじっとしてたら、突然逃げ出すようにして席を立って、そのままいなくなったよ。それからずっと音信不通だなぁ。」
銀二は半笑いだ。笑いたきゃ笑え、と言ってやりたいくらいだった。
「銀さん、なんでもグレーにすればいい訳じゃねえからな」
安田は銀二につられて少し笑ったが、森田に教えるという意味できちんと銀二に注意した。森田が銀二や巽みたいに結婚もせずふらふらしてたんでは困る。
安田は「森田も、こういう恋愛は進んでするもんじゃないぞ」とさらに釘をさした。
「で、森田はそういうのないのか」
話が一区切りついた所で、巽は森田をつついた。
「いや、銀さんの恋愛にくらべたら俺のなんて幼稚園児の三角関係みたいなもんですよ」
森田は3年以上同じ女と付き合ったことはない。ましてや何年もの時を経てストーカーされるほどの魅力が自分にあるとは思えなかった。
「そんなもんかね」
銀二は「幼稚園児の三角関係」を想像してクスリと笑った。
「そうですよ」
「銀さんの激レア話も聞けたし、そろそろ帰るよ。」
「あ、俺も俺も」
安田がジャケットをもって立ち上がると、巽も一緒に立ち上がった。そして金をいくらか置いてさっさと帰ってしまった。
「なんだあいつら、付き合い悪いな。」
「まあまあ……。ところで銀さん、どうして今その話をしたんですか。」
森田が銀二の仲間になってから1年が経とうとしていたが、そんなに長く一緒にいた女性の話を森田だけではなく巽や安田も知らないとは。なぜ今まで話さなかったということよりも、なぜ今になって話したのかということが気になっていた。
「……や、女って怖いなって思ってな」
「え?」
「この前近所を通りかかったときに偶然会ったんだよ。」
「カオルさんにですか」
「あいつ、子供と旦那をつれて幸せそうに歩いてやがったんだ。でも、目の前にいた俺と目があったのになにも言わず、俺の横を素通りしてったんだ。」
森田はその光景を想像してみたが、銀二が彼女を恐れたポイントがわからなかった。
「………それって当たり前じゃないですか?」
「なんだよ」
「だって、銀さんは断ったんですから」
森田は酒を飲むときにも至って冷静だ。銀二は空気を読めと言わんばかりにいつもの営業スマイルで森田ににじりよったが、森田にはまったく通じていないようだった。それがわかると銀二はため息をついてグラスを置いた。
「俺だって好きだったよ。」
銀二は乾いた声を出して森田の肩を軽く殴った。
森田は少し間を空けてからなにか声をかけようか悩んでいたが、その間に銀二が寝てしまったことに気がついた。
「マスター、お代いくらですか」
森田は銀二を担いで六本木のバーを出ていった。
夜はなにも言わずに、独身の二人を飲み込んだ。
どこから盗んだのかカオルは銀二の携帯の番号に電話をかけてきた。
「今夜、バーで待ってます。」
「おい、おまえどこから電話番号を」「待ってます」
突然切れた電話に銀二はため息をついた。
銀二はカオルの手のひらで転がされているような感覚が許せなかった。3歩後ろをついてくるカオルが好きだったのに、どうしてこうも傲慢で自己中な女になってしまったのだろう。だから、今日は彼女に一泡吹かせてまた昔のような関係に戻そうと考えていた。
銀二は仕事が終わったあとにあの時のバーに向かった。カウンターではカオルが氷の溶けかかった水割りを飲みながら本を読んでいた。
銀二はカオルの隣に座って適当なウイスキーを頼み、最初の一口をゆっくりと味わった。その後、胸ポケットから薔薇を取り出してカオルに差し出した。カオルは少し驚いたがすぐにまんざらでもなさそうな顔をして「人を間違えてませんか」と言いながら花を受け取った。
「今夜、カオルのうちに行きたい。」
「い、い、いいですよ?じゃあ先に外出てます」
カオルは顔を真っ赤にさせて、いそいそとバーを出ていった。
銀二は先に出た彼女のお会計もしつつ、心が弾んでいた。なんとなく以前の彼女が戻ってきた気がして、これからどんなことが起こるんだろうと目を輝かせながらタクシーに乗った。
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「私、カルーアミルクって初めて飲みました。美味しいんですね」
カオルは銀二が差し入れたカルーアミルクをあっという間に飲みほした。彼女のマンションの前のコンビニで買ったものだ。
彼女の住むマンションは、防犯装置もついていてそれなりに高そうだった。部屋は2LDKで、物が少ない感じがする。
「生活感がないが、本当に住んでるのか」
「もちろん。無駄に物を買うと捜索資金が減ります」
カオルはカルーアミルクを一気のみして、ニヤリと笑った。冗談なのか本気なのかイマイチわからないが、それならブランドのバッグや洋服は無駄使いにならないのだろうかと考えながら銀二は3杯目のカルーアミルクをカオルに差し出した。
「彼氏はどうなんだ。これが見つかったら彼氏と別れることになるぞ」
銀二は携帯を出して写真を撮った。
カオルは「やめてくださいよ」と顔を隠す素振りをしたが、嫌がっているようには見えなかった。
「……私の彼氏、5年前の銀二さんにそっくりなんです。だから告白されたとき、なんとなく付き合ったんです。」
カオルは冷蔵庫から取り出した高そうなチョコレートを美味しそうに頬張った。銀二は頬ずえをついてカオルの話を聞いている。
「本当になんとなくか?」
「どういう意味ですかぁ」
銀二は立ち上がると、キッチンの方へ歩いていった。
そしてガチャガチャと音がしたあと、銀二もカオルと同じグラスを持ってきた。自分は飲まないつもりだったのだが、あまりにも美味しそうに酒を飲むカオルを見て気が変わってしまった。
「そりゃあね、経済的にも大分彼に助けてもらってる面はあります。
このマンションだって、彼が買ってるやつなんです。だから私はタダでここに住んでる。
それに、バックだって家具だって、私はなにも頼んじゃいないのに、彼はまるで義務のように毎月私の部屋まで渡しにくるんです。
それで、半日ほど二人で過ごすと彼は満足そうに帰って行くんです。
銀二さんの話もしました。
銀二さんがどんなにかっこいいかとか、もし銀二さんに結婚してほしいと言われたらここは出ていくとか。彼にはたくさん酷いこと言いました。
ほっといて欲しかったんです。」
「でも、お前は出て行ったりしないんだな。金目当てじゃないんだろ。」
銀二はリキュールの配分を間違えて入れた。思ったより濃くなってしまった。
「私もずるい人間なんですよ。」
「そうか………。」
銀二は特になにも考えずに、椅子に座ったカオルの身体を後ろから抱いた。
バラの香りがふわふわとカオルから漂っていて、銀二の頭もふわふわしてきてしまう。夢の中でカオルに触れているような感覚になる。
「銀二さん。銀二さんは結婚したくないんでしょう」
「女は苦手なんだ。」
カオルは銀二の手に自分の手を合わせた。
「……私、銀二さんが好き。」
「………ああ。俺もさ」
「ね、銀二さん。私を銀二さんの女にしてほしい。」
カオルは銀二の手にキスをした。
「かわいいな。」
「好き。銀二さん。」
カオルは銀二の手を離そうとはせず、その手を自分の胸へ押し当てた。
「……したいのか?」
「うん……。えへへ。」
銀二はこんな場面でも腹をくくれない自分が憎らしかった。大事にしてくれる人と一緒にいた方が幸せになれるよと言ってしまいたかった。しかし、この妙な居心地の良さが銀二の行動力を奪ってしまった。
カオルはあれから何度も何度も「I need you」を銀二に送り続けたが、銀二はうんともいやとも言わず、あいまいな時間はあっという間に過ぎた。
このあとの話は3年後のことになる。
今日は珍しくカオルからランチを誘われた。特に予定もなかったので休憩する時間込みで4時間ほど空けておいてカオルに会うことにした。
いつもディナーの時行くレストランだったが、ディナーの時よりも音楽や他の客に活気があって少し新鮮に感じた。2人の話もそれなりに弾んだ。
メインディッシュを食べ終えたところでカオルは急に神妙な面持ちになり、デザートまで食べ終えたあとついに口を開いた。
「銀二さん。見て欲しいものがあるんです。」
カオルは服の下に隠したネックレスを外し、銀二に手渡した。
ネックレスにはシンプルなシルバーリングがつけられていた。銀二はシルバーリングの内側をじっと見た。
シルバーリングにはちょうど1年前の日付と、知らない男の名前が刻まれていた。
ついに来たか。銀二は二人の時間がもう長くないことを悟り、大きな孤独感に打ちひしがれた。
「1年前…、彼から子供を作ること前提で結婚してほしいと言われたんです。これはその時にいただいたものです。返事はすぐに出せませんでしたが。
もちろん、彼は私の銀二さんに対する気持ちを知っています。彼の中で私はまだ銀二さんに会えていないことになっているんです。だから今銀二さんにこうして会っていることも、ましてや何度も告白していることも彼は知らない。
もし彼と結婚したら…もう銀二さんに会うことは無いでしょう。私の年齢的にも彼との子供を考えるならきっと今日が決め時です。
……これが最後のプロポーズです。
イエスかノーか、きちんと答えてほしい。
お願いします。結婚してください。」
虫が良すぎるんじゃねぇの、と銀二は思った。しかし自分はそれを言える立場ではないことに気付いてしばらく黙った。
銀二は目の前で半泣きで頭を下げるカオルを見て、少し考えた。
26歳の時から、8年間。
女の結婚適齢期を、カオルは銀二に捧げ続けた。
本当なら3年前にはすでに金持ちの愛妻家と結婚していたかもしれないのに、銀二の存在はただそれを妨げて無意味に伸ばし続けていた。
銀二は過去の自分を恨んだ。
身体だけさんざん食い散らかしておいて自分の身が危なくなったらトンズラするなんて、なんとむごい行為なんだろう。
しかし自分が今さらイエスと言ったところで、彼女は幸せなのか。
カオルから聞いた話によると、4年ほど前から付き合っていたらしいがカオルの体には一切手をつけていなかったという。月に1度会うだけの銀二でも、カオルが他の男に染められている感じが一切ないことはわかっていた。
汗が吹き出てくる。
今まで真面目にカオルと向き合わなかったツケが今やってきただけなのに、どうしてこんなに焦ってしまうのだろう。
「カオル…………俺は………」
---------------------------
「で、銀さん別れちゃったんですか?」
「しょうがねえだろうが、そういう空気だったんだよ」
森田は哲学の講義を聞いているような、難しい顔をした。銀二はグラスに入ったウイスキーを飲み干して、マスターに差し出した。
「それにしても、なかなかの美人さんじゃないの。俺が嫁に貰いたかったよ。」
巽はカオルの写真を見て言った。
「ったく、バーで大の男4人がトランプして、罰ゲームに恋バナなんて楽しいのかねぇ…」
銀二はすっかり出来上がっている。森田はまあまあと銀二をなだめた。
「その人は今、どうしてるんですか?」
「NOって言った瞬間に、アイツは泣いたんだがな。俺はなにも言えなかったんだ。それで30分くらいじっとしてたら、突然逃げ出すようにして席を立って、そのままいなくなったよ。それからずっと音信不通だなぁ。」
銀二は半笑いだ。笑いたきゃ笑え、と言ってやりたいくらいだった。
「銀さん、なんでもグレーにすればいい訳じゃねえからな」
安田は銀二につられて少し笑ったが、森田に教えるという意味できちんと銀二に注意した。森田が銀二や巽みたいに結婚もせずふらふらしてたんでは困る。
安田は「森田も、こういう恋愛は進んでするもんじゃないぞ」とさらに釘をさした。
「で、森田はそういうのないのか」
話が一区切りついた所で、巽は森田をつついた。
「いや、銀さんの恋愛にくらべたら俺のなんて幼稚園児の三角関係みたいなもんですよ」
森田は3年以上同じ女と付き合ったことはない。ましてや何年もの時を経てストーカーされるほどの魅力が自分にあるとは思えなかった。
「そんなもんかね」
銀二は「幼稚園児の三角関係」を想像してクスリと笑った。
「そうですよ」
「銀さんの激レア話も聞けたし、そろそろ帰るよ。」
「あ、俺も俺も」
安田がジャケットをもって立ち上がると、巽も一緒に立ち上がった。そして金をいくらか置いてさっさと帰ってしまった。
「なんだあいつら、付き合い悪いな。」
「まあまあ……。ところで銀さん、どうして今その話をしたんですか。」
森田が銀二の仲間になってから1年が経とうとしていたが、そんなに長く一緒にいた女性の話を森田だけではなく巽や安田も知らないとは。なぜ今まで話さなかったということよりも、なぜ今になって話したのかということが気になっていた。
「……や、女って怖いなって思ってな」
「え?」
「この前近所を通りかかったときに偶然会ったんだよ。」
「カオルさんにですか」
「あいつ、子供と旦那をつれて幸せそうに歩いてやがったんだ。でも、目の前にいた俺と目があったのになにも言わず、俺の横を素通りしてったんだ。」
森田はその光景を想像してみたが、銀二が彼女を恐れたポイントがわからなかった。
「………それって当たり前じゃないですか?」
「なんだよ」
「だって、銀さんは断ったんですから」
森田は酒を飲むときにも至って冷静だ。銀二は空気を読めと言わんばかりにいつもの営業スマイルで森田ににじりよったが、森田にはまったく通じていないようだった。それがわかると銀二はため息をついてグラスを置いた。
「俺だって好きだったよ。」
銀二は乾いた声を出して森田の肩を軽く殴った。
森田は少し間を空けてからなにか声をかけようか悩んでいたが、その間に銀二が寝てしまったことに気がついた。
「マスター、お代いくらですか」
森田は銀二を担いで六本木のバーを出ていった。
夜はなにも言わずに、独身の二人を飲み込んだ。