緑一荘の彼女
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カオルの家は母子家庭だった。
母は昔から身体が弱かった。八百屋のパートをしていたが、仕事が終わって家に帰るとすぐに倒れるように寝込んでいた。
まだ小さな子供だったカオルはそんな母を献身的に支えていたし、全く負担に感じていなかった。
しかし、母はいつの間にか夜に家を出ていくようになった。はじめは月に1回程度の外出で帰ると2日ほど寝込んでいたが、週1、3日に1回と増えていき、連泊も増えた。
朝に帰ったらすぐに寝てしまうので家のこともおざなりになり、日に日にカオルへの視線は厳しいものになっていった。
中3の秋、ついに母は出て行ってしまった。机の上に3ヶ月分の生活費程度のお金が置かれていたので怪しいと思っていたが、もう2週間帰ってきていない。
アパートの隣に住んでいるおばさんに相談したり、警察に相談したり、いろいろ手は尽くしてみたが母親の目撃情報すら入らない。
高校進学は諦めて仕事を探そう。誰もいない部屋のど真ん中で横になり天を見上げていると、ドアがノックされた。
カオルは特に確認もせず鍵を開けた。もうこの際誰だっていい。半分ヤケだ。
「お前が柳瀬の娘か。」
つり目の大男が玄関の前に立っていた。表情から嫌な感じはしない。
「俺はさ、柳瀬 トオルの仕事仲間。お前のこと頼まれてここに来た。」
「トオル…?」
聞いた事があるような気がするが知らない名前だ。
「ああ、なんだ。とりあえず入るぞ。」
大男は名乗りもせずズカズカと家に入った。
その遠慮のなさにカオルは鍵を開けたことを少し後悔した。
お茶葉がないので水道水をコップにいれて出す。男は気にせずそれを飲んだ。
「はじめまして。柳瀬 カオルと申します。」
来客など初めてだが誠心誠意対応しないといけない。さっきの話ではこの人は自分の世話をしようとしてくれている。カオルは正座をして男をまっすぐ見た。
「へぇ、ちゃんとした娘さんだな。」
「あの、あなたは…」
「ああ、俺は天貴史だ。みんなからは天さんって呼ばれてるよ。」
「天さん…。」
この辺りでは聞いたことがない苗字だ。
「カオルの親父さんからお前の世話を頼まれてる。」
「私の父…は、小さい頃亡くなったと聞きました。」
「まあ見てみな。」
天は懐から封筒を出してカオルの前に突き出した。
カオルは急ぎ気味にその封筒の中身を見た。
中には2枚ほどの紙と通帳が入っていた。
その紙は戸籍謄本と書かれており、カオルと柳瀬トオルが親子だと書かれていた。
この戸籍謄本自体偽物なんじゃないかとも一瞬思ったが、トオルという名前に聞き覚えがあるし父親を忘れようとしていた母の言動から推察するにきっと本物だ。
次に通帳を開いた。通帳には数年は生きていけるくらいの額が入っていた。口座の名義はカオルの名前だ。
通帳を開いたとき暗証番号は0926とかかれた小さなメモ紙が落ちた。9月26日はカオルの誕生日だから、きっとそれにちなんでつけたものだ。
というか、カオルの今後の人生を大きくわけてしまうこの通帳を父親は自分で持ってくることなく親戚でもないこの男に預けたのか。カオルは何となく嫌な予感がした。
「天さんは父とどういったご関係なんですか?」
「うーん、どこまで話していいのやら…。まあいいか。全部話しちまうが…」
カオルは真剣な面持ちで天の話をひたすら聞いた。
カオルが産まれる前、父の職業は雀荘の店員だったそうだ。麻雀の腕が良く、カオルが生まれた時にプロへ転向した。プロになった後は色々な雀荘をまわって麻雀をしたり、人手が足りないとなれば呼び出されて店員として働かされたりもした。天によれば真面目が取り柄の男だったそうだ。
もうすぐカオルの1歳の誕生日というところで、父が酒に酔った勢いで友人の連帯保証人になってしまってから人生は一変した。
なんとかならないかと闇金に頭を下げに行った父にヤクザは条件をつけた。
組の代打ちとして勝ち上がり、その勝ち金で借金を返すなら利子は見逃してやる。あっという間に膨れ上がった利子を考えればそれはありがたい話だ。
父はその場で約束を交わし、万が一があった時の為母と離婚した。
「…で、トオルは裏の世界の人間になっちまったってわけだな。俺はトオルがただの雀荘の店員だった頃からの知り合い。一応今は代打ちもしてるがな。」
「今日天さんが会いに来たってことは、父は亡くなったってことですか?」
タイミングは奇跡的に良かったが、他人が父の通帳をもってくるということはそういうことなんじゃないかと勘ぐってしまう。
天は少し嬉しそうに首を振った。
「アイツは元気だよ。娘に合わせる顔がないってだけだ。」
「良かった…。」
元気でいてくれるなら父とどこかで会うことがあるかもしれない。カオルも顔を綻ばせた。
「今日来たのは、トオルのカミさん…カオルのお母さんが失踪したと聞いたからだ。ここらじゃ珍しい苗字だからな、裏と繋がってる警察が教えてくれたりな…」
天は後半はごにょごにょと濁して答えた。
カオルはクスッと笑った。
「用はこれだけだ。帰るよ。」
「あの、良かったらこれからもたまに家に来てくれませんか?」
「え?」
「私、友達もいないし親も今はいないので寂しいし。それにこの辺り空き巣が多くて物騒なので、ぜひお茶しにきてください。」
「おいおい、空き巣対策が本当の理由だな…」
「……バレました?」
天とカオルは顔を見合わせてクスリと笑った。
「わかった。じゃあ今から俺の家教えてやるよ。そこに通帳もおいとくから好きな時に取りに来い。俺と俺の嫁が責任もって管理する。」
「え、そこまでしてもらうのは悪いような…」
「今更何言ってんだ!さっさと来い!」
その後、カオルは高校に通うことが出来た。
卒業後は緑一荘の店員となって生計を立てていくことになるのだが…。
母は昔から身体が弱かった。八百屋のパートをしていたが、仕事が終わって家に帰るとすぐに倒れるように寝込んでいた。
まだ小さな子供だったカオルはそんな母を献身的に支えていたし、全く負担に感じていなかった。
しかし、母はいつの間にか夜に家を出ていくようになった。はじめは月に1回程度の外出で帰ると2日ほど寝込んでいたが、週1、3日に1回と増えていき、連泊も増えた。
朝に帰ったらすぐに寝てしまうので家のこともおざなりになり、日に日にカオルへの視線は厳しいものになっていった。
中3の秋、ついに母は出て行ってしまった。机の上に3ヶ月分の生活費程度のお金が置かれていたので怪しいと思っていたが、もう2週間帰ってきていない。
アパートの隣に住んでいるおばさんに相談したり、警察に相談したり、いろいろ手は尽くしてみたが母親の目撃情報すら入らない。
高校進学は諦めて仕事を探そう。誰もいない部屋のど真ん中で横になり天を見上げていると、ドアがノックされた。
カオルは特に確認もせず鍵を開けた。もうこの際誰だっていい。半分ヤケだ。
「お前が柳瀬の娘か。」
つり目の大男が玄関の前に立っていた。表情から嫌な感じはしない。
「俺はさ、柳瀬 トオルの仕事仲間。お前のこと頼まれてここに来た。」
「トオル…?」
聞いた事があるような気がするが知らない名前だ。
「ああ、なんだ。とりあえず入るぞ。」
大男は名乗りもせずズカズカと家に入った。
その遠慮のなさにカオルは鍵を開けたことを少し後悔した。
お茶葉がないので水道水をコップにいれて出す。男は気にせずそれを飲んだ。
「はじめまして。柳瀬 カオルと申します。」
来客など初めてだが誠心誠意対応しないといけない。さっきの話ではこの人は自分の世話をしようとしてくれている。カオルは正座をして男をまっすぐ見た。
「へぇ、ちゃんとした娘さんだな。」
「あの、あなたは…」
「ああ、俺は天貴史だ。みんなからは天さんって呼ばれてるよ。」
「天さん…。」
この辺りでは聞いたことがない苗字だ。
「カオルの親父さんからお前の世話を頼まれてる。」
「私の父…は、小さい頃亡くなったと聞きました。」
「まあ見てみな。」
天は懐から封筒を出してカオルの前に突き出した。
カオルは急ぎ気味にその封筒の中身を見た。
中には2枚ほどの紙と通帳が入っていた。
その紙は戸籍謄本と書かれており、カオルと柳瀬トオルが親子だと書かれていた。
この戸籍謄本自体偽物なんじゃないかとも一瞬思ったが、トオルという名前に聞き覚えがあるし父親を忘れようとしていた母の言動から推察するにきっと本物だ。
次に通帳を開いた。通帳には数年は生きていけるくらいの額が入っていた。口座の名義はカオルの名前だ。
通帳を開いたとき暗証番号は0926とかかれた小さなメモ紙が落ちた。9月26日はカオルの誕生日だから、きっとそれにちなんでつけたものだ。
というか、カオルの今後の人生を大きくわけてしまうこの通帳を父親は自分で持ってくることなく親戚でもないこの男に預けたのか。カオルは何となく嫌な予感がした。
「天さんは父とどういったご関係なんですか?」
「うーん、どこまで話していいのやら…。まあいいか。全部話しちまうが…」
カオルは真剣な面持ちで天の話をひたすら聞いた。
カオルが産まれる前、父の職業は雀荘の店員だったそうだ。麻雀の腕が良く、カオルが生まれた時にプロへ転向した。プロになった後は色々な雀荘をまわって麻雀をしたり、人手が足りないとなれば呼び出されて店員として働かされたりもした。天によれば真面目が取り柄の男だったそうだ。
もうすぐカオルの1歳の誕生日というところで、父が酒に酔った勢いで友人の連帯保証人になってしまってから人生は一変した。
なんとかならないかと闇金に頭を下げに行った父にヤクザは条件をつけた。
組の代打ちとして勝ち上がり、その勝ち金で借金を返すなら利子は見逃してやる。あっという間に膨れ上がった利子を考えればそれはありがたい話だ。
父はその場で約束を交わし、万が一があった時の為母と離婚した。
「…で、トオルは裏の世界の人間になっちまったってわけだな。俺はトオルがただの雀荘の店員だった頃からの知り合い。一応今は代打ちもしてるがな。」
「今日天さんが会いに来たってことは、父は亡くなったってことですか?」
タイミングは奇跡的に良かったが、他人が父の通帳をもってくるということはそういうことなんじゃないかと勘ぐってしまう。
天は少し嬉しそうに首を振った。
「アイツは元気だよ。娘に合わせる顔がないってだけだ。」
「良かった…。」
元気でいてくれるなら父とどこかで会うことがあるかもしれない。カオルも顔を綻ばせた。
「今日来たのは、トオルのカミさん…カオルのお母さんが失踪したと聞いたからだ。ここらじゃ珍しい苗字だからな、裏と繋がってる警察が教えてくれたりな…」
天は後半はごにょごにょと濁して答えた。
カオルはクスッと笑った。
「用はこれだけだ。帰るよ。」
「あの、良かったらこれからもたまに家に来てくれませんか?」
「え?」
「私、友達もいないし親も今はいないので寂しいし。それにこの辺り空き巣が多くて物騒なので、ぜひお茶しにきてください。」
「おいおい、空き巣対策が本当の理由だな…」
「……バレました?」
天とカオルは顔を見合わせてクスリと笑った。
「わかった。じゃあ今から俺の家教えてやるよ。そこに通帳もおいとくから好きな時に取りに来い。俺と俺の嫁が責任もって管理する。」
「え、そこまでしてもらうのは悪いような…」
「今更何言ってんだ!さっさと来い!」
その後、カオルは高校に通うことが出来た。
卒業後は緑一荘の店員となって生計を立てていくことになるのだが…。