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クシナ姉さん、ミナトさん。
ごめんね。
ナルト君には死んでもらう。
そう心の中で呟いた瞬間、私は躊躇なく彼の背を蹴り飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁあ‼︎」
悲鳴が谷底へ響く。小さくなっていく身体を、私は崖の上から静かに見下ろした。ナルト君は必死に壁へ手を伸ばし、チャクラを練って吸着しようとする。だが、落下速度に対してチャクラの制御が追いついていない。加えて、この谷は湿気が多く岩肌も滑りやすい。
『今の君じゃ、無駄だよ』
呟きは風に紛れて消え、胸の奥が鈍く痛む。ごめんね、クシナ姉さん。私は甥っ子のナルト君を殺すかもしれない。私はゆっくり目を閉じた。そして、不意に昔を思い出す。クシナ姉さんが、私に妊娠の報告をしてくれた日のことを________。
「‼︎…… 名前!見てってばね‼︎」
『なに?姉さん……うるさいんだけど』
振り返った瞬間、目の前いっぱいに姉の〝うずまきクシナ〟の笑顔が飛び込んできた。近い、思っていたよりずっと近い。しかも勢いそのままに、一枚の紙を顔面へ突きつけられる。近すぎて何が書いてあるのか全然見えない。
クシナ「だからクシナお姉ちゃんだってばね!?もう少しその口調をどうにかって…そんなことより!これを見るってばね‼︎」
『……なに……これ』
紙に映っていたのは、白黒のぼんやりした何かだった。絵とも違う、よく分からない模様みたいなもの。だけど姉さんは、里一番の自慢でもするみたいに得意げな顔をしている。
「聞いて驚くなー!私、ママになるってばね‼︎」
『……………』
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。目の前では、姉さんが子どもみたいにはしゃいでいる。その姿をぼんやり見つめながら、遅れて頭が理解していく。
ママ。子ども。妊娠。
『ママ? ……姉さんが?え、無理でしょ』
思わず本音が口から滑り落ちた。そして、言った瞬間に後悔する。姉さんの赤い髪が、ぶわりと浮き上がった。
『うそ、嘘です。ごめん。……えっ、ミナトさんとの子どもができたってこと?』
「そうだってばね‼︎ほら、触ってみるってばね!」
『まだ分かるわけないよ。お腹、大きくなってないし』
姉さんは、私の手を無理やり自分のお腹へ押し当てる。当然、まだ膨らみなんてほとんどない。触れたところで何かが分かるわけじゃない。けれど、そこにはもう一つ命がある。そう思った瞬間、不思議なくらい胸がざわついた。
『……ほんとに、いるの?』
「いるってばね。まだ小さいけど、ちゃんとここに」
そう言って笑う姉ちゃんの顔は、今まで見たどんな表情より柔らかかった。私はもう一度、そのお腹へ視線を落とす。小さくて、まだ何も分からない命がここにあるんだと思いながら。
そして、その数日後からだ。暗部の人間が、姉さんの周囲をうろつくようになったのは。最初は気配だけだった。屋根の上、木の影、廊下の端。視線だけが、常にこちらへ向けられている。けれど姉さん自身が何も言わないから、私はすぐに理解した。
護衛。
九尾の人柱力であり、さらに妊娠中の姉さんを守るために付けられた暗部だろう。だから本来なら、私も関わるつもりはなかった。ただ、あの日は最悪だった。班員から浴びせられた言葉が、ずっと頭の中に残っていたから。
“化け物”
聞き慣れているはずなのに、何故かその日は妙に刺さった。だからだろう。いつも死んだような目で姉さんを護衛している、その暗部の存在まで鬱陶しく感じてしまったのは。私は屋根の上にいた彼の背へ向かって声を投げた。
『護衛するのは良いんだけど、その辛気臭い雰囲気やめて欲しいんですけど。少しイライラします』
「……………悪い」
返ってきたのは短い謝罪だけ。それに、妙に間が空いていた。私は思わず目を瞬かせる。お面のせいで表情は見えないけれど、多分少し驚いている。それが意外だった。暗部なんてもっと冷たいと思っていたから。無視するか、黙って消えるか、そのくらいだと思っていた。
背丈と声で、私より少し年上なのは分かる。多分、かなり優秀な人間なのだろう。そんな人が、私みたいな小娘に素直に謝った。その事実が少しだけ引っかかった。
だからだろうか、その日から私は嫌なことがあるとそっと彼の近くへ行くようになった。暗部の任務中だから、当然ずっと話しかけるわけじゃない。ただ縁側に座ったり、庭をぼんやり眺めたり、姉さんの家で時間を潰したりするだけ。それでも不思議と居心地が良かった。名前も素性も知らない相手なのに。彼もまた、拒まなかったからだろう。
「お前、忍のくせに任務とかないわけ?」
屋根の上から落ちてきた声に、私は縁側へ寝転がったまま答える。
『ボイコット』
「なんだよそれ」
『……私は、班にいない方がいいんだよ』
「…………」
『私の学年が下忍になった時、人数の関係で私の班は四人編成だったの。だから別に、私がいなくても成り立つし』
淡々と言ったつもりだった。感情なんて乗せないように。けれど、多分隠しきれていなかった。
『……それに、いない方が班がまとまってる』
空気が静かになる。私は顔を上げなかった。こんなの、みっともない愚痴だ。自分でも分かっている。任務で連携が乱れるたび、原因みたいに扱われるのも。警戒される視線も。気味悪がられるのも。慣れていたはずだった。それでも時々、どうしようもなく苦しくなるときがある。
「………」
彼はしばらく何も言わなかった。慰めるでもなく、否定するでもなく。ただ沈黙だけが落ちる。同情されるのも可哀想だと思われるのも嫌いだから、彼のその反応はありがたかった。しばらくして、頭上からぽつりと声が降ってくる。
「……お前、暗部にくれば?」
『……はっ?』
思わず間抜けな声が出た。屋根の上では、犬面の暗部がいつも通り無愛想にこちらを見下ろしている。
「まあ、今のレベルじゃ無理だけど」
『……誘っといて貶すって、どういうことよ』
「貶してねぇよ」
呆れたような声。
「暗部にくれば、単独任務も多いし。……多分、お前が感じてる居心地の悪さも、少なくなると思うぜ」
『…………』
暗部。そんな場所、私が入れるわけがない。あそこは優秀な忍か、あるいは里にとって都合の良い人間が送られる場所だ。この人はきっと適当に言っているだけだろう。からかわれているのだと思った。だから私は、深い意味もなく聞いてしまったのだ。
『暗部に行けば……君と仕事できる?』
その瞬間、空気が変わった気がした。彼が、すっと立ち上がると、今までの気怠げな雰囲気が一瞬で消えた。
「……俺とは、仕事しない方がいい」
『……なんか気に障った?』
「……いや、仲間殺しと言われている俺には…もう近づくな。死ぬぞ」
彼は、背を向けたままぽつりと言う。その言葉に、私は眉を寄せた。
『……アホらしいね。人はいつか死ぬ。君のせいじゃないよ』
動きかけていた彼の足が止まる。犬面がゆっくりこちらを振り返った。表情は見えないけど、でも、確かに驚いていた。
「………忠告はした」
それだけ残して、彼はふっと姿を消した。気配すら綺麗に消えて、辺りには静寂だけが残る。
『……変な人』
けれど、その日を境に彼は明らかに私を避けるようになった。姉さんの護衛は続けている。ただ、私が近づけば気配を消す。距離を取る。視線すら合わせない。だから私もそれ以上近づかなかった。名前も知らないまま終わった、小さな交流。ほんの少しだけ楽しかった時間は、思っていたよりあっさり終わってしまった。
まさかあの時の男の子がカカシ先輩だったなんて。付き合った当時に聞かされた時は驚いた。けれど、不思議と納得している自分もいた。あの居心地の良さは先輩だったからか、って。
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