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「名前、昨日の組み合わせはさすがにどうかと思うよ。……まあ、美味しかったけど」
箸を止めたまま先輩がぼそりと呟く。焼けた肉の匂いと炭のはぜる音。ここがどこかも忘れて、反射的に言い返していた。
『美味しいならいいじゃないですか。逆に先輩は秋刀魚の塩焼きが多すぎます。飽きたので、たまには違うもの作ってください』
言ってから、はっとする。完全に家の会話だ。
「おめーら、より戻したんか」
『アスマさん、冗談でも笑えません』
低く笑いを含んだ声に背筋がひやりとする。即座に否定したけれど、声がわずかに強張ったのが自分でも分かった。しまった。先輩があまりにも自然に話すものだから、ここに皆がいることを一瞬忘れていた。
今夜は、第二試験無事終了のお疲れ様会と、明日から始まる教え子たちの修行に備えた、上忍だけの焼肉会だった。網の上で肉が弾け煙が立ちのぼるその向こうに、アスマさん、紅さん、ガイさん。横を見ると、先輩は涼しい顔で肉をひっくり返し、さらりと爆弾を落とす。
「別に。ただ一緒に住んでるだけだよ」
一瞬、炭の音さえ消えた気がした。網の上の肉より空気のほうが先に焼ける。言うな。思わず隣を睨むけれど、先輩はどこ吹く風だ。
『ちょっ……』
「なに。事実でしょ?火影命令だから、気にすることないよ」
悪びれもせず焼けた肉を私の皿に乗せる。その横顔はやけに平然としていて、それが余計に腹立たしかった。アスマさんの目がにやりと細まる。
「本当にそれだけなのかよ」
一瞬の沈黙。煙の向こうで先輩が肩をすくめた。お願いだから、もう余計なことは言わないでくれと、心の中で必死に念じたけれど。
「まぁ、俺はこいつに告白して、今は返事待ちってとこ」
『なっ……先輩…』
「おぉぉぉお!なんだカカシ!貴様もやるではないか!」
ガイさんの大声が私の抗議をあっさりとかき消した。ガイさんの脇から先輩を睨みつける。すると当の本人はどこか楽しそうに目を細めていた。絶対にわざとだ。今度、弁当に唐辛子でも忍ばせてやろうか。そんな物騒な考えが本気で頭をよぎる。
だが、その間にも話はどんどん進んでいく。気づけば私はすっかり置いていかれ、男たちだけで勝手に盛り上がっていた。
「いつからだ」
「どこまでいった」
「返事はいつだ」
好き放題に飛び交う言葉。子供じゃないんだから。そう思うけれど、いちいち言い返すのも面倒になって、私は黙って焼けた肉を口に放り込んだ。じゅわりと広がる肉汁の味も、正直よく分からない。
その間も、少し離れた席へ連れて行かれた先輩はやけに機嫌が良さそうだった。なんであんなに楽しそうなんだろう。そんなことを思っていると、不意に隣へ柔らかな気配が落ちる。
「少し、いい?」
『紅さん』
顔を上げると、そこには穏やかな微笑みがあった。私はわずかに体を端へ寄せる。紅さんが隣に腰を下ろした瞬間、焼肉の匂いとは違う、柔らかく甘い香りがふわりと漂った。この人は、本当に大人の女性という言葉がよく似合う。
「あなたも大変ね、いろいろと」
からかうような声音。その奥にはちゃんと気遣いが滲んでいる。
『そう思ってるなら、紅さんが私と一緒に住んでください。……正直、相手がOKしてくれるなら誰でもいいんですよ』
冗談めかして言ったつもりだったけれど、自分でも分かる。ほんの少し本音が混じっている。紅さんは小さく息を吐き、困ったように笑う。
「変わってあげたいところだけど…」
そう言って、わざとらしく肩をすくめた。そして、ちらりと向こうへ視線を流す。
「あのカカシからあなたを奪うなんて、怖くてできないわ」
『……何言ってるんですか』
思わず呆れた声が漏れた。つられて視線を向けると、そこでは先輩がガイさんと何やらくだらない勝負をしていた。肉をひっくり返す速さだの、焼き加減だの。子供みたいな言い合いだ。あれのどこに怖がる要素があるのだろう。
『奪ってくれて構わないです』
「フフッ、まあ、そんなこと言わずにね。あんなに生き生きしてるカカシも珍しいし……それに、あなたもそんなに嫌じゃないんでしょ?」
『任務だから割り切れると思ってました……なのに、ふとした時に昔に戻った気になるんです。それが、すごく嫌です』
思っていたよりずっと正直な声が出た。誤魔化すつもりだったのに、笑って流すつもりだったから、自分でも少し驚いた。
「あなたそれ、自分で認めてるようなものじゃない。どうして答えてあげないのよ」
答える。簡単に言うけれど、その先にある未来を想像するだけで胸がざわつく。
『……怖いんですよ』
小さな声。網の上で弾ける肉の音に、かき消されてしまいそうなほど。紅さんは何も言わない。ただ静かに続きを待っている。私が自分の言葉で話せるようにしてくれる、優しい沈黙だった。
『当たり前の存在になりかけていた人が、急にいなくなるって……怖いですよね』
言葉にした瞬間、胸の奥がひりついた。あの家、灯りのついていない部屋、物音のしない静けさ。“いない”ことを思い知らされる空間。もう二度とあんな思いはしたくない。
「あなた……そうね。それはあいつが悪いわ」
当然のことのように言われて、少しだけ肩の力が抜けた。逃げていると呆れられるかもしれないと思っていたから。その一言で、胸の奥に刺さっていた棘が、ほんの少しだけ抜けた気がした。
「けどね、その痛みがわかるなら、カカシの痛みもわかってあげられるんじゃない?」
『分かってますよ…オビトさん、リンさんのことは』
「違うわ、あなたのことよ」
『わたし?』
「そう。確かにオビトやリンの事でカカシが落ち込んだ時期もあった。それに素行が良かったとも言えない。でも、それをあなたが変えたんでしょ」
胸の奥で小さな否定が浮かぶ。そんなはずはない。私はただ隣にいただけだ。特別なことなんて何もしていない。彼が変わったなんて思ったこともなかった。けれど。目の前の人が軽々しく嘘をつくとは思えない。
「あなたがいなくなった時は、別の意味で酷かったわね……心ここに在らずって感じで、毎日ぼーっとして。誘われれば誰構わずついて行っちゃって……」
「その辺にしといてくれる?」
不意に後ろから両手が伸びてきて、私の耳をふさぐ。温かい掌は振り返らなくても分かった。それでも、紅さんの視線を追うようにゆっくりと振り向くと、そこにはいつもの気怠い顔をした先輩がいた。
『なんですか、先輩』
努めて平静を装う。鼓動がうるさいのを悟られないように。
「紅、それは話しすぎ」
私の耳から手を離しながら、ため息まじりに言う。仕草はいつも通り軽いのに、掌が離れる瞬間、ほんの少しだけ名残惜しそうに感じたのは気のせいだろうか。
「フフッ、悪かったわね。じゃあ、私は席を外すわ」
立ち上がり際、紅さんは私の肩にそっと触れた。その温度はやさしくて、けれどどこか意味ありげで。
「カカシ、あんたの行いが悪いんだから、名前をちゃんと大切にしなさい」
一瞬だけ先輩の視線が揺れる。ほんの僅かだったけれど私たちには誤魔化せない。確かに図星を刺された顔だった。次の瞬間には、いつもの気怠い表情に戻っている。何事もなかったかのように、紅さんと入れ替わるように私の隣へ腰を下ろした。
「言われなくてもそのつもりだよ」
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