アイ・オープナー
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「……本当に、君には敵わない」
そう言い残して距離を取る、はたけカカシ。腕を取られ一気に近づいたその瞬間、反射的に彼の唇と私の唇のあいだへ手を差し込んだ。手のひらに触れた、柔らかな感触。それを嫌じゃない、と思ってしまったことに。この時、はっきりと気づいてしまった。
一体、いつからだろうか。彼の声が近くで聞こえても、身構えなくなったのは。距離が詰まっても、反射的に離れたいと思わなくなったのは。今は彼がすぐそばにいることを、不快だと思わなくなっている。そんな考えが浮かんだ、その瞬間だった。
「先輩、少し手伝ってください」
背後からかけられた声に意識が一気に現実へ引き戻され、びくりと肩が跳ねて慌てて思考を切り替えた。振り返ると、忙しそうに駆け寄ってきた後輩が困ったように笑っている。こんな私にも変わらず愛想よく声をかけてくれる存在。少し抜けていて、どこか頼りなさそうで、だからこそ疑うこともなく安心していた相手。
『うん、分かったよ。何があったの?』
そう答えながら、胸の奥に残ったざわつきを意識の底へ押し込める。今は仕事中だ、余計なことを考えている場合じゃない。「こっちです」と先を行く背中を追い、無言で廊下を進む。
歩きながら、ふと無意識に手のひらを握りしめた。そこに、まだ感触が残っている気がして。……忘れなきゃ。そう思えば思うほど、心とは裏腹に彼の姿がやけに鮮明に浮かんでしまうのだった。
案内されたのは使われていないはずの病室だった。薄暗く人の気配がない。こんなところで?と違和感を感じ、扉に手をかけながら念のため確認する。
『この病室って、使われて……』
「やあ、久しぶりだね」
その声を聞いた瞬間、ぞわりと悪寒が全身を駆け上がった。聞き覚えがある。忘れたくても忘れられない声。反射的に危険を察し踵を返そうとしたけれど、身体が動くより早く背後から距離を詰められる。首筋に走った鋭い痛み。次の瞬間、力が抜け、身体の奥がずるりと崩れていくような感覚。しまった、と遅すぎる後悔が浮かんだ。
「クズミ先生〜、私、いい子にしましたよ」
甘えた声でそう言いながら、後輩は躊躇いもなく男に抱きついた。頭を撫でられ嬉しそうに目を細めて笑う。その光景を見た瞬間、胸の奥から込み上げてくるものがあった。馬鹿な後輩だ。この男のどこがいいのか。私を見る目は最初からまともじゃない。今も欲を含んだ視線が気持ち悪く肌をなぞってくる。それに、どうして気づかないのか。
「ああ、本当にいい子だよ」
耳障りなほど優しい声。まさか、この男が看護師を使ってまでこんな真似をするなんて。ここ最近、シカマル君のおかげで顔を見なくて済んでいたこと。そして、もう一人の“厄介な存在”に意識を取られていたせいで、この男の存在をすっかり忘れ,油断していた。
「それじゃ、名前さんと話があるから、席を外してくれないかな」
「は〜い。今夜は、たっぷり可愛がってくださいね」
そのやり取りすら直視するのがつらい。後輩は軽い足取りで振り返りもせず部屋を出ていく。バタン、と扉が閉まる音がやけに大きく響いた。
「やっと……二人きりだね」
『……私に、何をしたの……』
思い通りに動かない身体は、まるで他人のものだった。右手を動かそうとすれば、関係のない左膝が跳ねる。立ち上がろうと力を込めても、肩が震えるだけで脚は言うことを聞かない。
「君が悪いんだよ。僕の誘いを、何度も断るから」
『だから……何をしたって聞いてるの!』
「君が素直に言うことを聞いていればよかったんだ。最近は、シフトも被らないし……それに、君に付きまとう“変なの”までいる」
だめだ。何を言ってもこの人の耳には届かない。さっきから狂ったように独り言を重ねている。自分の行いを必死に正当化するみたいに。
「だから……こうするしかなかったんだ」
『顔も不細工、やることも姑息。あなたみたいな底辺の男、初めて見たわ』
「僕は、不細工なんかじゃない!」
乾いた音で頬を殴られたと気づく。視界が揺れ、病室のベッドに肘をつき崩れ落ちないよう必死に身体を支えた。視界の端で男は楽しそうに口角を上げる。フフッ、と湿った笑い声が耳にまとわりついた。
「僕は完璧なんだ……君だけなんだ。僕を、そんな目で見るのは」
『僕、僕、僕……気持ち悪くて、吐き気がする』
殴ってやりたい。その鼻をへし折って、二度と笑えなくしてやりたい。そう思うのに指先ひとつ思うように動かせない。だから言葉を使う。それが彼を怒らせると分かっていても、止められなかった。
「そんな汚い言葉使うなよ。……悪い子にはお仕置きが必要だな」
じり、と距離が詰まり伸ばされる手。考えるより先に身体が動き、その手を叩いた。それはちゃんと当たった。
『触るな!!』
「……やっぱりすごいね。君はこれが何なのか聞きたがってたね」
感心したように目を細め、そう言って懐から小瓶を取り出した。
「神経に直接効く薬でね。僕の先輩、カブトさんの“置き土産”を改良したものさ。本来なら、もう少し動けるまで時間がかかるはずなんだけど……」
後ずさろうとして、足がもつれた。片手を動かすのと両足を動かすのとでは、まるで違う。床に倒れ背中に冷たさが広がる。動け、そう念じて、残された意識のすべてを身体の神経へと叩きつけた。
「しょうがないな。これは最後に取っておきたかったんだけど」
首元に再び小さな痛み。何かが体内に流れ込んだ瞬間、内側から熱が広がった。血が逆流するような感覚に思わず息を詰める。頭はまだ冷静なのに、身体だけが言うことを聞かなくなっていく。
『……なにを……』
「……分かってるだろ」
耳元で落とされる、低い声。
「気持ちよくなるだけだよ」
その言葉が背筋を凍らせた。身体の奥がじわじわと熱を帯び、皮膚の内側を見えない何かがなぞっていく。自分の感覚が少しずつ曖昧になり境界が溶けていくような、そんな抗いようのない異変だけが確かに迫っていた。熱と恐怖が絡み合い、思考すら鈍らせていく中で私はただ必死に耐えるしかなかった。
