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『……飲みすぎたな』
そう呟きながらこめかみを指で押さえる。頭の奥がじんわり重く、動くたびに鈍い痛みがついてくる。完全に軽い二日酔いだ。……でも、あの日みたいな失敗はしていない、はず。記憶はあるし、変なことを口走った覚えもない。多分、大丈夫。強いて言えば問題は一つだけ。ゲンマに告白されたこと、それくらいだ。
ゲンマは幼馴染みで、上忍の中では一番話しやすい相手。気を遣わずに済むし、くだらない話もできる。だからこそ、それ以上でもそれ以下でもなかった。まさか、そんな相手に当時から思いを寄せられていたなんて全く気づかなかった。思ってもみなかった言葉を、あんな真面目な顔で投げられて、その声がまだ頭のどこかに引っかかっている。
どうしたものか。そう考えるたびに、こめかみの奥がまたじんと痛む。これは酒のせいなのか、それとも別の意味で頭が重いだけか。答えの出ないまま小さく息を吐いた。気持ちを切り替えるように歩き出し、木の葉の待機場へ足を踏み入れる。
今日は中忍選抜試験、第二試験の開始日。補助役である私は、開始日と最終日だけ現地にいればいい。それ以外は基本的に待機。だからこそ都合が良かった。先輩には内緒だけど、最近あることを始めた。時間に余裕がある今だからこそできること。まだ誰にも言っていない。知られたらきっと面倒なことになる。
窓際のソファーに、カカシ先輩が一人で座っているのが目に入った。いつものように本を開き、脚を組んで読書に集中している。朝の光が横顔を縁取っていて、やけに絵になる。……珍しく、早いな。そんなことを思いながら、邪魔をしないようそのまま横を通り過ぎる。窓側の角へ向かおうとしたその時だった。
「名前。お前、酒臭いぞ」
淡々とした声。低くもなく強くもないけれど、逃げ場がない。視線は本から外れていないのに、確実にこちらを捉えている。背中にじわりと汗がにじむ。
『……鼻、よすぎですね先輩』
自分でも分かるくらい語気が少し弱い。誤魔化すように肩をすくめても、先輩は何も言わず、ただページをめくる音だけが静かに響く。それだけなのに妙に圧がある。二日酔いの頭がさっきより少しだけ痛んだ。
「んで、ちゃんと一人で家に帰れたの」
『あの時のような失態はしてませんよ』
自分でも少しだけ棘のある言い方になったのがわかった。それでも、間髪入れずに返ってくる。
「相手は男か」
『なんでわかっ……嵌めましたね』
途中で気づいて言葉を切る。しまった。驚いて彼の方を見るといつの間にか本は閉じられていて、視線がまっすぐこちらを射抜いている。読書に集中しているふりをしながら、全部拾っていたらしい。
『ゲンマと、少し飲んだだけですよ』
肩をすくめ、できるだけ軽く何でもないことのように。隠す理由もない。やましいこともない。ただ、仲のいい相手に愚痴を聞いてもらっただけだ。……それだけなのに、どうしてか空気が少しだけ重い。
「……ふうん……告白でもされたんじゃないの」
『………』
一瞬、呼吸が止まる。視線を逸らす暇もなく、沈黙が答えになる。しまった、と思った時には遅い。
「今のは、冗談のつもりだったけど」
『まぁ、先輩には関係ないことですよ』
これ以上踏み込ませないための言葉。厄介になる。直感がそう告げていた。だから切り離したはずだったのに、その瞬間影が落ちる。何が起きたのか理解する前に視界が反転した。
『……っ⁉︎』
ドン、と鈍い音と少しの痛み。気づいた時には顔も体も壁へ押し付けられていた。背後から重なる気配。距離を詰めるようにカカシ先輩の体がぴたりと迫る。
『っ……な、なんですか……先輩……』
腕を取られ、背中側からきつく押さえ込まれる。力は強いのに乱暴というほどでもないけれど、体重と体温が確実に伝わってきて、身動きが取れなかった。前には壁、後ろには逃がす気のない忍。呼吸が近く背中越しに伝わる鼓動が、やけに生々しく伝わってくる。逃げ道はない。
「いやーね、俺も悪いけど……色んな意味で、気が抜けすぎじゃないかなーって」
背後から落とされる軽い調子の声。それとは裏腹に、拘束している腕の力がほんのわずかに強まる。冗談じゃないと分かった。先輩の言う通り、確かにその通りだった。二日酔いだろうが何だろうが防げた距離だったのに、簡単に捕まった。それが悔しい。何も答えないでいると、背後の気配がさらに近づき耳元に彼の吐息がかかる。
「本当に……もう少し、危機感持った方がいいよ。今みたいに」
低く、諭すような声が背後から落ちてくる。
『先輩?………いっ⁉︎』
次の瞬間、首の後ろに鋭い刺激が走った。反射的に息を吸い込み、声にならない音が喉で詰まる。……噛まれた。理解するより先に、身体が思い出してしまう。昔、何かあるたびに言葉の代わりみたいに、何度もこうして印を残されたことを。前は壁、後ろは逃げ場を塞ぐように密着した彼。背中越しに伝わる体温と首元に残る吐息。それだけで、ぞわりと背筋が強張る。ギチッ、と小さな音。
『……っ』
さらに歯が食い込むのがはっきり分かった。声を殺そうと唇を噛む。それでも喉が震えてしまう。鋭い痛みよりも、じんわりと広がっていく熱の方がずっと厄介だった。そこだけが焼けるみたいに熱い。噛まれていた時間はきっと一瞬だったのに、やけに長く感じる。やがて、ふっと圧が抜け、歯も腕も離れていく。急に解放されて足元が少し揺らいだが、慌ててうなじを押さえながら身を翻す。そこにいたのは、マスクを上まで引き上げたカカシ先輩。感情を削ぎ落としたような、冷たい視線でまっすぐこちらを見下ろしている。
『な……なにするんですか』
ひりつく喉でようやく絞り出した声。まだ首元が熱く、噛まれた場所がじんじんと主張している。
「これを機に、危機感持ってくれたらなって思って」
そう言って、カカシ先輩はさっきまでとは別人みたいに、目を細めてニッと笑った。
……は?
「いやー、名前も腕が落ちたねー。びっくりして、全然動けてなかったじゃない」
……は??
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこない。首元の痛みと熱が残っているせいか、それともさっきまでの空気との落差のせいか。理解が追いつかない。
「もっと色んなやつに修行つけてもらいなよ。じゃ。俺、用事あるから」
ひらりと手を振り、そのまま背を向ける。何事もなかったみたいに、いつもの軽い足取りで。
……は???
扉が開いて、閉まる。そのタイミングで、入れ替わるように紅さんとアスマさんが入ってきた。
「おはよう」
「よっ」
カカシ先輩は何食わぬ顔で二人に挨拶をする。さっきまで私を壁に押し付けていた人と、同一人物とは思えない声音。そのまま振り返りもせず、視界の外へ消えていく背中。
……は?
頭の中が完全に追いついていない。さっきまであれほど近かった体温も、吐息も、痛みも。全部、私だけに残して置き去りにされたみたいだ。
「おう、どうした。そんなとこで固まって」
『…………』
「おい、聞いてるか?」
声は聞こえている。ちゃんと耳に届いているはずなのに、アスマさんの声がやけに遠い。水の中から聞いているみたいに、くぐもっている。意味として処理できず、思考がそこまで辿り着かない。
〝先輩、なんで頸を噛むんですか。結構痛いんですけど〟
〝だから先輩つけんなって言ってるだろ…カプッ〟
〝っ……だから痛いですって〟
〝なんでだろうな……なんか噛みたくなるから〟
〝え、なに、その理由〟
ふいに、昔の会話が蘇る。あの頃は今みたいな緊張はなかった。噛まれても呆れ半分、照れ半分で済んでいた。その後、彼が噛む理由はなんとなく分かった。一つは本人の言う通り、本当に意味のない衝動的なもの。甘噛みみたいな、ただの癖。そしてもう一つは、何かに怒っている時。言葉にしない代わりに印を残すみたいに。……今回は多分、後者だろう。首元の鈍い熱が、その答えを物語っている。
…意味、わかんない。なんであんなに怒ってるの、あの人。考えようとするけど、思考は同じところをぐるぐる回るだけで、答えに辿り着かない。ただ、首の後ろだけが妙に主張してくる。じん、と鈍く確かに残る痛み。指先でそっと触れると、ひりっとした感覚が走った。
『……血……あの人…本気で噛んだな』
指先にかすかな赤。冗談とか、そんな軽いものじゃない。あれは本気の怒りだ。
「おーい、聞いてるかって…寝違いか?」
アスマさんの距離が近づく。冗談めいた調子。首元の異変に気づいたんだろう。視線がちらりとそこに落ちたのがわかった。
『…いえ……いや、そうですね…ちょっと、不注意でした』
言葉がうまく繋がらず、自分でも何を言っているのか曖昧だ。さっきまで背後にあった体温、耳元に落ちてきた低い声、首筋に残されたあからさまな痕。全部がまだ生々しい。ただひとつ確かなのは、あの人は、怒っていた。それも、取り繕えないくらい剥き出しの感情で。そして、その理由がわからないままなのがいちばん厄介だった。
