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一次試験が無事終わったらしい。俺は第三試験の試験官だから、当分は表に出る用事もない。そういう立場をいいことに、人目につかない屋台裏を選んで腰を下ろしていた。隣には名前。呼び出された理由を聞かなくても、だいたい察しはついている。
「……で?」
竹串を噛んだまま軽く促す。急かすでもなく突き放すでもなく、こいつが勝手に喋り出すのを待つのが昔からのやり方だった。名前は返事の代わりに、空になったグラスをじっと睨みつける。それから、肺の奥に溜まっていたものを吐き出すみたいに、大きく息を吐いた。
『もう、ほんと無理……』
ぽつり、と零した声は思ったよりも弱い。
『過保護すぎて無理。優しすぎて無理………あの、大事そうにする顔が無理』
一気に吐き出して背もたれに体を預ける。肩の力が抜けきった完全に気を許している姿。…無防備すぎだろ。そう思いながらも、俺は思わず口元を緩めていた。
「惚気か?」
軽口のつもりで投げると、即座に鋭い視線が飛んでくる。
『ちょっと、ちゃんと真面目に聞いてよ』
酔っていてもこういうところは妙に鋭い。睨まれたまま俺は肩をすくめた。
「聞いてる聞いてる」
そう言いながら、俺は酒を一口あおる。正直、相手の名前を出さなくても分かる。こいつがこんなふうになる相手は1人しかいない。さっきから溢れてくる愚痴を頭の中で反芻して、思わず苦笑いが漏れた。過保護だの、優しすぎるだの、大事そうにする顔が無理だの、普通の女なら間違いなく喜ぶ類の話だ。
『前と違いすぎて、もう……わけがわからない』
ぽつりと零れた声には、怒りの棘はほとんど残っていなかった。あるのは、どうしていいか分からなくなった人間特有の行き場のない困惑だけ。俺はグラスを指で転がしながら、横目で名前を見る。ああ、懐かしいな。
昔のカカシさんを俺も知ってる。確かに、女性関係で見れば〝いい男〟だったかと聞かれれば首を傾げるところはあった。だが、そんな男どこにでもいる。忍としては文句なしのエリート。それに加えて、あの顔だ。放っておいても女が寄ってくるタイプ。
そんな男が、今こうして俺の隣で困り切った顔をしている女と、いい関係じゃなかったなんて当時の俺にはどうしても思えなかった。男の目から見ても分かるくらい、彼女を見る視線は特別だったからだ。だから、俺は諦めようとした。十年前の俺はちゃんとそう決めていた。幼馴染、いい相談相手それで十分だ。無理に踏み込まなくても、そばにいられるなら、そう自分に言い聞かせていた。けど、二年を過ぎた頃だった。彼女は淡々とした口調で『別れた』と告げた。理由は彼の浮気。あまりにもありふれた理由で、拍子抜けするくらいだった。彼女はなんでもないような顔をしていたけど、長年隣にいた俺にはすぐ分かった。
それでも、俺と彼女の関係は変わらなかった。隠れて酒を飲んで、愚痴を聞いて、笑って。もう少し、もう少ししてから想いを伝えればいい。そう思って、俺は何もしなかった。その〝もう少し〟は、結局永遠に来ることはなく、彼女はこの世からいなくなった。屋台裏の薄暗い灯りの下、今こうして隣に座っている現実が、まだどこか信じられない。酒のせいか、それとも昔の記憶のせいか、胸の奥が妙にざわつく。
「フッ……」
思わず、笑いとも溜息ともつかない音が漏れた。
「死んだと思ってたやつと、またこうして酒が飲めるとはなー」
つい、本音が口をついて出る。
『……私、困ってるの』
そう言いながら、 名前は机に突っ伏した。様子をうかがうと、頬がほんのり赤い。声の角もさっきより丸くなっている。酒が回り始めたのは、たぶん五杯目を越えたあたりだ。俺は一拍置いてゆっくり息を吐いた。
「じゃーよ。俺にするなんてどう?」
口にした瞬間、自分でも軽すぎたなと思う。これじゃ、冗談にしか聞こえないだろう。案の定、名前は顔を上げて困ったように笑った。
『……昔からだけど、ゲンマ冗談は』
「冗談じゃなかったら?」
自分でも驚くほど声は落ち着いていた。茶化しも、照れもない。ただの確認みたいな口調。その言葉に動きが止まる。
『………』
机に伏せたまま身体だけが固まり、こちらを見上げる瞳だけが俺を捉える。酔っているくせに目だけは妙に澄んでいた。逃げ道を探す目じゃない。ちゃんと、考えようとしている目だ。
「なつかしーな、その顔」
思わず喉の奥で笑いが漏れた。昔、よく見た表情だった。考えすぎて答えを出せなくなっている時の顔。
「……つかよ。優しすぎて無理とか、過保護すぎて無理とか、あの人のそういうとこが無理ならさ」
竹串を噛み直し、わざと視線を外したまま続ける。正面から見るとたぶん逃げられる。グラスを指先で転がすと、氷が小さく音を立てた。
「俺の方がよっぽど雑だし、楽だぞ」
冗談めかした口調。軽く、重くならないように。……でも、言っていること自体は全部本音だ。名前は答えなかった。ゆっくりと視線を落とし、そのまま机に額をつける。逃げるみたいな仕草。
『それもどーかと思うけど……』
机に伏せたまま、くぐもった声。
『……あと、その目やめて』
「何が」
わざと素知らぬ顔で聞き返す。
『ガチなやつ』
短く、それだけ言い切りだった。ああ、なるほど。鈍感だと思ってたが、本気か冗談かの違いくらいはちゃんと分かるらしい。だから、逃げ道を塞ぐ。
「 名前、逃げんなよ」
