アイ・オープナー
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風影奪還任務が終わり、木ノ葉病院の白い天井を眺める生活が続いている。外傷はもう問題ないが、万華鏡写輪眼の負担は想像以上に重く、体も思うように動かない。結果、こうして大人しく入院生活を送っているわけだ。
「ちょっと、待てよ」
ベッド脇の簡易テーブル。将棋盤を挟んで向かいに座るアスマが、咥えた煙草を揺らしながら盤面を睨んでいる。難しい顔だ。次の一手が決まらないらしい。俺も一応、盤に視線は落としている。……はずなんだけど、思考は別のところに引っ張られていた。
あの時のことだ。俺の早とちりと、余計な思い込みで彼女を泣かせた。張り詰めていた糸が切れたみたいに、彼女は感情を抑えきれず、俺の胸に顔を埋めた。声を殺すこともなく強がりもせず。ただ、全部を預けるみたいに。縋るように服を掴んできたあの指の力を、今でも妙に生々しく思い出せる。
もちろん反省はした。大人として、配慮が足りなかったのは間違いない。……けど。悪くなかった、なんて言ったら最低かもしれない。それでも正直に言えば、かなり良かった。腕の中で震える体も縋る熱も、あの瞬間だけは確かに俺を必要としていた。その事実が、驚くほど静かに胸の奥を満たしていた。自分でも引くくらいに。
「えらく上機嫌だなカカシ。なんかいいことあったのか?」
アスマが盤面から顔を上げ、こちらを覗き込んでくる。自分でも分かる。マスクの下でほんのわずかに口角が上がっている。
「まー……そんなところ」
誤魔化すように返すとアスマは鼻で笑った。
「へー。俺の部下に取られたから、てっきり落ち込んでるかと思ったが」
……ん?
「もう新しいのでも見つけたか?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。盤上に伸ばしかけた手が、ぴたりと止まる。駒を持ったまま、視線だけをゆっくりアスマに向けた。
「……今、なんて?」
「だから。あの子だよ。お前、結構入れ込んでただろ」
胸の奥で小さく何かが軋む音がした。取られた?部下に?反射的に彼女の顔が浮かぶ。俺の胸に顔を埋めて泣いた、あの時の表情。縋るように掴まれた服。離さないと言うみたいに力の入った指先。
「……誰に?」
自分でも驚くほど声が低くなっていた。アスマは気にも留めず、将棋盤へ視線を戻す。
「何言ってんだよ。シカマルに決まってるだろ」
その瞬間、さっきまで胸に残っていた穏やかな余韻が音を立てて崩れた。思考が一拍遅れる。……いや、待て、落ち着け、俺らしくもない。そう自分に言い聞かせた、その時だった。
コン、コン。
控えめなノック音が、やけに大きく響く。
『失礼します。点滴の確認に来ました』
聞き慣れた声。扉が開き白衣姿の彼女が入ってくる。視線を向けると、彼女はいつも通りの距離感で俺の隣に立った。無駄のない動きで点滴を交換し、何の躊躇もなく体温計を口に差し込む。そのまま腕を取られ脈を測られた。指先が触れた瞬間、心臓が余計な自己主張を始める。……やめてくれ。今は。
『……脈、少し早いですね。大丈夫ですか?』
覗き込んでくる顔が近い。仕事の顔だと分かっている。分かっているのに胸の奥が不意に跳ねた。さっきのアスマの言葉がまだ頭の中で燻っている。整理もついていない状態で、この距離は正直きつい。
「あ、えっと……問題ないよ」
できるだけ普段通りの声を選んで返すと、彼女はそれ以上踏み込まず『そうですか』とだけ言って、カルテに視線を落とし淡々とペンを走らせた。その様子を眺めていたアスマが、軽い調子で口を開く。
「俺の部下がお世話になってるね」
『あなたは……ああ、彼の上司ですね』
一瞬だけ思案してから丁寧にそう返す。距離を保ったきれいな声だ。
「そうそう。いや、君との噂が流れ始めてから、あいつの口癖がだいぶ減ったような気がしてね。助かってるよ」
指先にわずかに力が入った。俺は何も言わない。盤上の駒に視線を落としたまま、耳だけがやけに鮮明になる。
『私は何もしてませんよ』
即答だった。否定でも照れでもない、ただ事実を述べるだけの平坦な声音。その一言で、胸の奥に残っていた小さな期待が音もなく冷えていく。同時に、アスマの言葉がさっきよりも現実味を帯びて重くのしかかった。
会話は勝手に進んでいく。アスマの軽い調子と彼女の落ち着いた声。そのどちらにも俺だけが混ざれない。将棋盤と規則正しい点滴の滴下音。やけに整ったリズムが余計に苛立たしい。その時だった。
『あなた、読書以外にも趣味があるのね』
ふと向けられた視線。軽い調子で何も知らない顔。本当に、知らない顔。胸の奥が無性にざわついた。
「ああ……これは、アスマの相手をしてあげてるだけだよ」
口に出しながら、自分でも何を言っているのか分からなかった。そんなことより、頭の奥に引っかかっている疑問がどうしても押し出される。
「それより……待って」
思ったより声が低い。自分でも驚くくらい真剣な音だった。
「シカマルと付き合ってるの?」
