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「……泥酔した女を寝かせるのも、ほんと楽じゃねーな」
ぼそっと呟きながら、力なくソファーに横たわる彼女を見下ろす。呼吸は規則正しく、もう完全に意識は落ちていた。あと五分遅れてたらどうなってたか分からねぇ。間違いなく、俺の理性の方が先に限界迎えてただろう。
肩に腕を回して寝室まで運ぶ。ベッドにそっと横にして布団をかけたあと、しばらくそのまま立ち尽くした。着替えさせてやるべきか、一瞬迷ったが…無理だった。今それをやったら色々終わる。……俺も大概、余裕ない。
掛け布団を胸元まで引き上げ、寝顔をじっと見つめる。警戒も、棘も、強がりもない、無防備な表情。その顔を見てたら、ふいに、あの日のことが頭をよぎった。
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「……聞き間違いじゃないっすよね」
勢いで出た言葉だったから、冗談半分で流されるか、はぐらかされると思っていた。
『二度も言わせないで』
即答じゃなかったけど、逃げもしなかった。その返事を聞いた瞬間、胸が跳ねるより先に妙な違和感が引っかかる。この人は、ずっとあの人のことを想ってる。俺の中じゃそれが前提だったから、確認せずにはいられなかった。
「理由、聞いてもいいっすか」
自分でも面倒くせぇ質問だと思うけど、ここを曖昧にしたまま進むのは性に合わない。少しだけ間が空き、彼女は視線を落とした。
『……私はあなたのこと嫌いじゃない。むしろ、肩の力抜いて話せる数少ない人。それと……だから、OKしたの』
「“それと”の続き、聞いていいっすか」
『……』
沈黙。この間で、だいたい察しはついた。
「…カカシさん、関係あります?」
小さく息を吐いて、彼女は観念したように口を開いた。
『……ほんと、君には隠し事できないね。そう、あの人。OKした人に言うのも変だけど……多分、私は』
言葉が途切れる。視線が宙を泳いで、次の一言を探しているのが分かる。言いたくないのか。それとも、認めたくないのか。次の言葉まで少し間が空く。
『……認めたくないけど、気になってたと思う』
胸の奥が静かに重くなる。納得できる理由で、納得したくない答えだった。
「……なら、なんで俺と?」
『どう考えても分かるでしょ』
静かで残酷なほど正直な声。
『あの人の中で私はただの獲物の一人。本気になったって苦しいだけよ。だから、私と付き合いたいって言ってくれた人の手を、取ってみようと思ったの』
「なるほど……俺は忘れさせてくれるかもしれない、穴埋めってわけっすね」
わざと、少し棘を混ぜた。自分でも分かるくらい子どもじみた言い方だったけど、彼女は眉一つ動かさなかった。
『そうだよ』
ムカつくほど正直で逃げのない答えだった。…でも、この人がそんな中途半端な覚悟で言ってきたわけじゃないってのも、嫌でも伝わってくる。
『だから……こんな中途半端な人間、やめて……』
その言葉を遮るように、俺は息を吐いた。
「上等っすよ」
『……え?』
ひどく間の抜けた響きだった。俺は肩をすくめて、もう一度ゆっくり息を吐いた。考えるより先に、答えなんてとっくに出てた。
「正直に言えば、めんどくせぇ話っすよ。人の心に別の男がいるかもしれねぇ、しかも相手はカカシさん。普通なら即撤退案件だ」
自分で言ってて笑えない。
それでも視線は彼女から外さなかった。
「でも…俺、楽な方ばっか選んで後悔するの、嫌いなんすよ」
一歩、また一歩と距離を詰めても、彼女は逃げなかった。その事実がやけに胸に残る。
「それにさ、穴埋めでも、代わりでもいいって言われて、それでも手ぇ離せないなら……もう答え出てるじゃないっすか」
自分で言って、苦笑が漏れる。
「ほんと、恋ってのは割に合わねぇ。時間も感情も無駄に使うし、頭も回らなくなる。けど、めんどくさいからって放っとけねぇ時点で、もう詰みなんすよ」
そっと彼女の手を取る。力は込めず、けれど離さないように優しく包み込む。
「だから……中途半端だろうが何だろうが、今は俺が隣にいる。それでいいっすよ。それに、勢いで告っといて、やっぱりなしなんてかっこ悪いし」
『…お人好しすぎない』
小さく呆れたような声だけど、その目はどこか揺れていた。自分でも驚くくらい言葉は迷わず出る。
「お人好しでもなんでも、好きな人の近くに入れるなら。なんでもいいっすよ。じゃ、よろしくお願いします」
そう言った瞬間、彼女の指が俺の手をぎゅっと握り返してきた。それが嬉しくて、思わず引き寄せる。拒まれないのを確かめるみたいに、少しだけ力を込めて抱きしめた。
その時、俺はひとつ約束した。
「名前さんがいいって言うまで、俺は手ぇ出さないっす」
あの時の彼女の顔。心底驚いたみたいに目を見開いて、まるでそんな選択肢があると思ってなかったみたいだった。
『……健全な男の子が、そんな我慢できるの?……あ、もしかしてE……』
「ちげーよ!」
反射で声が裏返った。
一瞬、空気が止まる。
『あ、よかった。安心した。でも本当に悩んでるなら、いい先生紹介するよ』
「だから違うって!健全すぎるくらい健全だ!やりたい盛りの年頃だっての!」
安心するなよ。遅れて、心の中でツッコミを入れる。俺が我慢してんのは、そういう問題じゃねぇだろ。
『じゃあ……なんで?』
不思議そうに首を傾げるから、逃げ道を塞ぐみたいに両頬を取った。自然と顔が近づいて、鼻と鼻が触れそうな距離になり、息が絡む。
「そんなの……」
わざと声を落として、笑う。
「俺のことで頭いっぱいになってからの方が、ぜったい美味しいじゃないっすか」
言い切った瞬間、彼女の瞳が大きく揺れた。分かりやすいくらい頬に熱が差す。少なくとも意識はしてくれてる。それが嬉しくて、内心で小さくガッツポーズしたのを今でも覚えてる。
で、今となっては、その時の俺を本気で殴ってやりたい。まさか、あっちから煽ってくるとは思わなかった。しかも、まだ気持ちが揺れてるくせに。今日の出来事を思い返す。寝室で眠る彼女の顔が浮かんで、胸の奥がざわつく。
……俺の理性も、案外あてにならねぇな。
崩れるのは、時間の問題かもしれない。
