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ダメだ、どうしても思い出せない。ゲンマと並んで飲んでいたところまでは、はっきり覚えている。笑って、からかわれて、乾杯して…そこから先がすっぽり抜け落ちている。頭を押さえながら必死に記憶を探る私をよそに、この人はずいぶん呑気そうじゃないか。そんな八つ当たりみたいな感情を抱きながら、ゆっくり視線を下げる。そして、ばっちり目が合った。
「……おはよう」
『…………おはよう』
反射的に返事をしてしまった。言葉が口をついて出たその瞬間に、胸の奥がひやりとする。違う。今はそんな場合じゃない。
『……って、おはようじゃない!なんで先輩ここにいるんですか。なんで裸なんですか……』
状況を理解した途端、背筋を冷たいものが走った。視線を逸らそうとしても、頭が追いつかない。布団の感触、距離の近さ、妙に現実的な体温。待って。よく考えたらこれって、もしかして。喉が鳴り嫌な想像が脳裏をかすめる。
『……まさか、私たち……』
「ちょ、 名前、落ち着いて」
『落ち着けるわけないでしょ……』
「してない!してないから!その物騒なもの、しまって!」
その言葉でようやく気づいた。自分がベッドの下に隠していたクナイを、無意識のまま強く握りしめていたことに。無意識ってほんとに怖い。完全にしまいはしなかったものの、警戒だけは解くように、ゆっくりと手を下ろす。その様子を確認してから、カカシ先輩は小さく息を吐いた。そして、一瞬だけ視線を逸らすその仕草が、妙に気になった。
「……覚えてない?」
『覚えてたら、聞いてません』
「……まあ、そうだよね」
歯切れの悪い返事。その違和感がじわじわと胸に広がっていく。そして、彼の続けられた言葉に私の思考はぴたりと止まった。
「送ってきただけだよ。部屋まで運んだはいいけど、……名前、途中で俺の服に盛大に吐いちゃってさ〜。いやー、びっくりしたよ」
『………………は?』
耳に入った言葉の意味を、頭が理解するまでに少し時間がかかる。
「居酒屋で食べたもの一式ね。だから介抱して寝かせただけ。俺が裸なのと、 名前がその格好なのは服に飛び散ったからさー、それが理由よ。それ以上のことは……何もしてないよ」
『…………………………』
世界が終わった。最後に、ほんの一瞬あった変な“間”。その違和感に、この時の私は気づかなかった。さっきとは別の意味で血の気が引いた。今すぐ、この場から消えてしまいたい。
『……死にたい』
「落ち着いて。若気のいたりでしょう」
『よりにもよって、先輩の服に……』
耐えきれず、頭を抱えてベッドに突っ伏す。記憶がないということが、こんなにも恐ろしいなんて知らなかった。
「ちゃんと片付けたし、洗濯もしたよ」
『そこじゃないです……』
情けなさと羞恥心で、喉の奥がきゅっと詰まる。よりにもよって、十年ぶりに再会した先輩に一番見せたくない、最悪な姿を全部さらしてしまったなんて。二日酔いよりも、こっちのダメージの方が致命的だった_______
『……このたびは、本当に申し訳ありませんでした』
フローリングの上にきっちりと正座する。背筋は伸ばしているけれど、視線は床に落ちたまま。額がつきそうなほど、深く頭を下げた。
「だから、もういいって……」
『……はい。じゃあ、ご飯にしましょう。先輩、お腹空いてます?』
「あ、うん。……切り替え早いね」
『どんなに願っても、過ぎた事は変えられないので、開き直るしかないなと。シャワー浴びてから、簡単なものしか作れませんが……』
そう言ってクローゼットから服を取り出し、風呂場へ向かう。蛇口をひねると、暖かいシャワーが降り注ぐ。昨日の居酒屋の匂い、たぶん嘔吐物の匂いも含めて、全部洗い流してくれる。昨日の出来事すべて洗い流せたらいいのにと、切実にそう思った。
『はぁ……なんで家にいるのよ』
先輩が今、この家にいるという事実。それだけで胸の奥がざわつく。緊張……いや、それだけじゃない。自分でもよく分からないこの感覚ごと洗い流せたらいいのに。そう思いながら、もう一度大きく息を吐いた。
風呂から出て、バスタオルで髪を拭きながら居間に戻り、そのまま先輩にも入るよう勧める。最初は断られたが、最終的には半ば強引に押し込んだ。一人になるとようやく肩の力が抜ける。
冷蔵庫を開け、二日酔いに効くしじみを鍋に入れる。湯気が立ち上り、味噌を溶く匂いが部屋に広がった。トースターに食パンを差し込み、フライパンでベーコンを焼く。その上に目玉焼きを二つ落とす。昔もこうやって朝ごはんを作ったな。なんて、考えそうになって慌てて首を振る。トーストが焼き上がる頃、脱衣所の方から足音がして先輩が出てくる。濡れた髪のまま、机の上に並んだものを一通り見渡して、ひとこと。
「……食パンに味噌汁って……」
『二日酔いには、しじみでしょ。それに昔も…』
言いかけて、言葉が喉に引っかかる。そのまま口にしてしまいそうになるのを必死で止めた。視線を逸らし、間を埋めるように無理やり次の言葉を探す。
『……おいしければ、なんでもいいでしょ』
「……そうだね。お前の変なチョイスには、もう慣れてる」
軽い調子なのに、その言葉だけがやけに胸に残る。人がせっかく昔の話から逸らしたのに。心の中でそう呟きながら、何も言わずに味噌汁を口に運ぶ。……ああ、本当に、沁みる。
『先輩、今日、任務は?』
「今日は、部下たちに中忍選抜試験の推薦の報告」
『……あの子たち、今年下忍になったばかりじゃなかったですか?』
「そうだよ。まあ、経験あるのみ。それに、あの子たち素質はあるから」
霧の国での出来事がふっと脳裏をよぎる。あの三人の動き、確かにただの新人で片付けるには惜しいものがあった。それに、うちは一族の子、そしてクシナ姉さんの子。先輩が推薦するのも納得だ。そこで別のことに気づく。
『……ちなみに、集合時間は?』
「んー……十三時だったかな」
嫌な予感がして、壁の時計を見る。短針はすでに十二時半を回っていた。何も言わず立ち上がる。彼が手に持っていたトーストを掴み、まだ温かい目玉焼きとベーコンを勢いよく挟む。ぎゅっと押さえて簡単にサンドイッチ状にして、紙で包む。先輩はその様子を目を大きくして見ていた。
『どうせ慰霊碑、寄ってから行くんでしょ』
振り返りざまに睨む。
『相変わらずの遅刻魔ですね。ほら、これ持って。もう行ってください!』
包みを胸に押しつけるように渡すと、先輩は一瞬きょとんとしてから、困ったように目元だけで笑っていた。……何を呑気に。私の家にいて、ゆっくり朝ごはんか昼ごはんかわからないものを食べて、それで遅れたなんて。あの子たちに申し訳なさすぎる。包みと、乾いていた彼の服をまとめて押し付けると、そのまま玄関へと追いやった。
「わかったから、押すなって」
軽く笑いながら言う声が、昔と変わらない温度で耳に届くのが少しだけ癪だった。
『あ。待って』
自分でも驚くほど反射的に声が出て、慌てて冷蔵庫へ戻る。中から紙パックのコーヒー牛乳を取り出し、振り向きざまに彼へ投げた。
『はい。じゃあ、あの子たちによろしくお願いします』
一拍、間を置いてから、付け足す。
『……先輩、気をつけて』
その言葉に、彼は一瞬だけ目を見開いた。ほんの刹那の沈黙。それから、いつものように目元だけで笑って。
「うん、行ってきます」
そう言って、振り返ることなく姿を消した。扉が閉まったあとも、私はしばらく玄関を見つめたまま、動けずにいた。あまりにも慌ただしい朝。気づけば、昔と同じ距離感で、昔と同じように接してしまっていた。もう十年以上も前に別れた相手なのに。意識する間もなく身体が動いてしまうほど、自然に。
それが何を意味するのか考えたくなかったのに、胸の奥にはっきりと残る感覚が答えを突きつけてくる。やっぱり彼は、私にとってありのままでいれる存在なのだと。だからこそ、極力近づくべきではない。また同じことの繰り返しになる。そう自分に言い聞かせた
