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「おーい、起きろ。起きろって。……このままだと襲っちまうぞ」
『……んー……』
返事とも呼吸ともつかない、意味を成さない声が小さく零れていた。少し離れた場所から見てもわかる。あれは確実に。
「ダメだな。完全に潰れてる」
呆れたように言いながらも、ゲンマは彼女の体を支え直す。肩に預けられた重みは想像以上に頼りなく、首も据わらないまま、呼吸に合わせてゆらゆらと揺れていた。
「ゲンマ、あなた幼馴染だったわよね。ちゃんと家まで送ってあげなさいよ……送り狼にならないようにね」
その一言に、周囲の連中が面白がったように笑う。だがゲンマは空いている方の手を軽く上げてみせた。
「紅さん、さすがに幼馴染の許可なくそれはしませんって……つっても、こいつの家どこだっけな」
許可があれば、ということか。その考えは胸の奥に押し込み、代わりに口が動いていた。
「俺が送ってくよ」
自分でも驚くほど迷いのない声だった。誰の返事を待つこともなく、ゲンマに支えられていた彼女の反対側からそっと腕を差し入れる。体重が分散され彼女の身体がわずかにこちらへ傾いた。その瞬間、ゲンマの視線がこちらに向けられ、ほんの一瞬、目が細められた気がした。……いや、気のせいじゃない。
「そんなの、カカシさんに頼めませんって。幼馴染の俺がちゃんと送りますよ。それに、さっきまで一緒にいた女性陣はどうしたんすか?」
探るようでもなく責めるでもない。ただ事実を確認するだけの妙に落ち着いた声。…そんなの、さよならしてきたに決まっている。けれど、それをわざわざ説明する義理もない。
「こいつの家、知ってんの?」
遮るようにそう言うと、紅がすぐさま言葉を重ねる。
「自宅に連れ込むのはダメだからねー」
「そーゆうこと」
軽く同調する。幼馴染と元彼。どちらが〝立場〟として優位かなんて分かりきっている。それでも、ここで手を引くつもりはなかった。ゲンマは一瞬だけ目を伏せ、やれやれといった様子で息を吐く。
「……はは、そこまで言われちゃ、今日は手を引きますよ」
言葉通り、あっさりと彼女から手を離す。だが、視線を向けると、彼は口角を上げどこか愉しそうに言葉を続ける。
「送り狼にならないでくださいね。俺、そいつのこと……まだ諦めてないんで」
返事はしなかった。ただ、彼女の体を抱き上げる。腕の中で彼女は微かに眉を寄せたまま、眠り続けている。そのまま俺は軽く挨拶を済ませ、店を後にした。胸の奥に残るのはさっきの言葉と腕に伝わる体温。諦めてない、か。こうもはっきり宣戦布告されるとは思っていなかった。それを聞いて何も感じないほど、今の俺は器用じゃなかった。
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『……あれ、カカシ先輩……?』
かすかに開いた瞼は、まだ焦点が合っていない。長いまつ毛がゆっくり瞬いて、俺を探すように揺れた。
「やっと起きた。……家、着いたよ」
そう声をかけると彼女は小さく息を吐き、抱き上げられている状況を理解したのか、抵抗するでもなくそのまま腕の中に体重を預けてくる。完全に力を抜いた体が、思った以上に軽くて胸の奥がざわついた。
『……今日は、怒らないんですね』
呟くような声は、どこか拗ねた響きが混じっている。
「……何の話?」
問い返すと、彼女は少しだけ眉を寄せた。
『……先輩じゃないって』
その一言に胸の奥が小さく引っかかる。“先輩じゃない”。まるで、昔の俺と話しているみたいな言い方だった。
『カカシのこと……そんなふうにした人……誰ですか』
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。呼び捨て、その呼び方だけで確信した。付き合っていた頃と勘違いをしている。けれど、口にしている内容は今の話だ。過去と現在が曖昧に混ざり合っていた。酔いで、記憶の輪郭が崩れているんだろう。そんな事を考えていると、彼女の手が伸びてきて両頬にそっと触れる。その指先は温かく少し震えていた。酒に潤んだ瞳が至近距離で俺を映す。その中にいる自分はひどく曖昧で頼りなくて、昔と今どちらでもない顔をしていた。
『わたし……もう、無理』
「え——」
その直後だった。彼女の顔色が一気に青ざめたかと思うと、堪える間もなく盛大に吐いた。酒と居酒屋で口にしたであろう料理の匂いが、一気に俺の服にぶちまけられる。考えている暇なんてなかった。反射的に体を支え、そのまま抱き直してベッドまで運ぶ。まず自分の汚れた服を脱ぎ捨て、続いて彼女の上着も一枚だけ外した。キャミソールと下着だけになった体は、昔と変わらず白くて細い。腕や腹部に残る古い傷跡まで、妙に鮮明に目に入ってくる。
……違う。今はそんなことを考えている場合じゃない。それに、鼻を突く匂いが無理やり現実へ引き戻してくる。彼女を横向きに寝かせ、洗えるものを洗い、廊下に残った汚れを拭き取る。最低限の後始末を黙々とこなした。すべて終えてベッドの縁に腰を下ろした頃には、体の芯まで疲れ切っていた。
規則正しい寝息。さっきまでの混乱が嘘のように、彼女は静かに眠っている。その横顔を一瞥して深く息を吐いた。本当に厄介な再会だ。無防備な寝顔を見ると、まるで昔に戻ったみたいだった。頬にかかる髪をそっと指で払うその瞬間、指を握られた。
『……カカシ先輩……』
「どうしたの」
吐いて少しは楽になったのだろう。さっきまでの呼び捨てはなく、いつも通りの呼び方に戻っていた。
『ゲンマから聞いたんですけど……私を……ずっと探してくれてたみたいですね』
「……ったく、ゲンマのやつ。余計なことを」
『嬉しかったです……すごく』
あまりに素直な言葉に思わず息を詰める。彼女はこの十年で俺が変わったと言ったけれど、それは彼女だって同じだ。こんなふうに感情をそのまま差し出すことなんて、昔はなかった。それが、どうしようもなくもどかしい。
「今日はやけに素直だね」
『……見つけてくれて……ありがとう』
握られた指にわずかに力がこもる。
『……先輩に……また会えて……本当に……嬉し……か……』
最後まで言い切る前に、声は途切れ規則正しい寝息に変わった。ずるいよな。まだ握られている指を、起こさないようにそっと外す。代わりに頬へと指を伸ばす。あたたかい。確かに、ここにいる。
「俺もだよ」
聞こえていないと分かっていても、言葉は零れた。
「生きててくれてありがとう……もう一度お前に会えて、俺も嬉しい」
ベッドに体を倒すと、吐息がかかるほど距離が近づく。意識しなくても、自然と引き寄せられてしまう距離だった。
「……バレたら、絶対怒りそうだな」
小さく呟いて、ほんの少しだけ近づく。唇に触れた柔らかな感触。伝わる体温が、彼女が本当に生きていたこと、そして今、この場所にいることを、静かに教えてくれていた。
