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『私の血継限界、この体の性質……〝自己再生〟〝不死に近い肉体〟。彼にとっては、研究材料として十分すぎるでしょう』
何を言っている。そんな話、聞いたことがない。もしそれが本当なら。背筋に嫌な冷たさが走った。どの里からも狙われる。それも忍としてじゃなく、人としてでもない〝モノ〟としてだ。思考がそこに辿り着いた瞬間、もう遅かった。考えるより先に体が動いていた。反射みたいなものだ。彼女の肩を掴み、強引にこちらへ向かせる。なのに、口を開いても言葉が出てこない。ただ、衝動だけで動いた。
……それなのに。向けられた 名前の瞳には、驚きも戸惑いもなかった。まるで〝今さら何を〟そう言われたような、静かで諦めきった目。その事実が胸の奥を強く締めつけた。
「カカシ、 名前を責めるな。誰にも話すなと言ったのは、わしじゃ」
三代目の低い声が割って入る。それでも胸の奥で燻るものは収まらない。責めているつもりはいけど、納得もできなかった。
「……この事実を知っていながら、なぜ 名前を任務に出させたんですか。しかも、里外の任務ばかりだった。もし情報が漏れていたら……もし、バレていたら」
言葉の続きを口にするのが怖かった。その先にある結末がはっきり見えてしまうから。その瞬間、腕にふれた柔らかな感触。はっきりと分かるほど、彼女の手が俺の腕を掴んでいた。
『……落ち着いてください、先輩』
その一言で強制的に現実へ引き戻される。静かな声。責めるでもなく、諭すでもなく、事実だけを告げる声。
『だから、医療忍術を覚えたんですよ。傷を負っても、治したって言えるでしょ』
そう言って、彼女は俺の腕を払った。拒絶というほど強くはないけれど、これ以上踏み込むなと、はっきり伝わる仕草。線を引かれたのが分かって、俺はそれ以上何も言えなかった。沈黙の中、三代目が小さく咳払いをする。
「今後のお前の配置については、こちらで判断する。暗部に戻る気はあるか」
『どちらでも構いません』
即答だった。望みも拒絶もない、ただ命じられた場所に身を置くだけ、そんな響き。
「そうか。では5日後の正午、ここへ来い。それまでは体を休めよ。……それと」
三代目は一瞬だけ表情を緩める。
「親しかった者たちに挨拶でもしてこい。皆、お前の帰還を喜ぶだろう」
『……わかりました。それでは失礼します』
「失礼します」
並んで火影室を後にする。扉が閉まった瞬間、張りつめていた空気が嘘みたいにほどけた。けれど、胸の奥に残った重さだけは消えない。隣を歩く 名前は、いつもと変わらない調子で口を開いた。
『では、カカシ先輩。私はこれから、住む場所の手配やら、諸々の手続きがあるので……』
淡々とした声音。まるで、さっきまで火影室で交わされていた重たい話など、最初から存在しなかったかのようだ。それが、どうしても我慢ならなかった。肩を掴み壁へ押し付ける。逃げ道を塞ぐように両腕をつく。自分でも驚くほど衝動的な動きだった。
『っ……急になんですか……』
声は落ち着いている。警戒はしても怯えはない。
「……どうして、あの時言わなかった」
低く抑えた声は問いかけというより、責めに近かったかもしれない。 名前は一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに俺を見上げる。
『先輩の言う〝あの時〟って……初めて出会った時ですか。暗部で同じ班になった時ですか……それとも』
そこで、ほんの一拍言葉を切る。
『たった二年……付き合っていた時ですか』
喉が詰まり何も言えなかった。それを見て 名前は小さく息を吐く。
『……察しの通りです。これは機密事項。あの時、カカシ先輩に伝えるタイミングなんて……一度もなかったんです』
責める響きはない。ただ事実を淡々と並べているだけなのに、その言葉は重く胸に沈んだ。彼女の言う通りだった。俺は知る立場にいなかった。彼女から打ち明けられる側だったことなど、一度もない。そう思い知らされ、壁に置いていた手から力が抜ける。塞いでいた逃げ道が静かに解放された。
『……先輩って……….いえ、それでは、また』
それだけを残し、彼女は振り返ることなく舜身の術で姿を消した。〝たった二年〟彼女の言葉が遅れて頭の中で反響した。確かに、数字だけを見れば短い。忍の人生の中では、ほんの一瞬と言ってもいい。けれど、俺の中に残っているあの二年は、決して〝たった〟ではなかった。
言い寄ってくる女性は多かったし、誘われることも少なくなかった。けど、長く続いた関係なんてほとんどない。数日、長くて数ヶ月。皆、俺に何かを期待して付き合い、やがてそれに疲れて離れていく。その繰り返しだった。それが俺には楽だった。深入りされず、深入りもせず、後腐れもない。少なくとも、あの二年が始まるまでは。
振り返ってみれば、それ自体が異常だったのだと思う。周囲から見ればきっとそう映っていただろう。特別なことをした覚えはない。どこかへ出かけて、ただ日常を一緒に過ごす。生活の中に当たり前のように彼女がいた、それだけだ。言葉は多くない。互いに多くを語る性格でもない。それでも、背中を見れば体調がわかり、足音ひとつで機嫌が読めた。説明なんて必要なかった。
任務の緊張から解放されたあと、彼女が隣にいるだけで肩の力が抜けた。強くならなきゃとか、背負わなきゃとか、そういうものをほんの少しだけ忘れていられた。満たされていた。他とは違った、居心地の良さがあった。これ以上を望まなくてもいいと思えるほどに。だからこそ、あの二年は俺の中で簡単に〝過去〟にはならない。それを彼女が淡々と〝たった〟と言ったことが、どうしようもなく胸に刺さった。
……今さら、何を思っている。その居心地の良さを手放したのは俺自身だ。理由は、はっきりしている。たった一度、ほんの一瞬の焦りだった。誘いを何度も断られ続けるうちに、彼女の気持ちが分からなくなった。もしかしたら、いつか俺の前からいなくなるんじゃないか。そんな不安と焦りを直視したくなかった。だから、向けられた好意を深く考えもせず利用した。逃げただけだ。一度きりだった。それ以上、踏み込むこともなかった。それに、過去には似たようなこともしてきた。だから、どこかで大したことじゃないと思っていた。
……最低だ。彼女にとって重要だったのは、回数じゃない。裏切ったという事実そのものだったはず。彼女は何も聞かず、何も責めず、ただ静かに距離を取った。あの日の、その態度が何よりもきつかった。失う覚悟もないくせに、失わない努力もしなかった。守るべきものが、どれほど貴重だったか、俺はそれを失ってからようやく知った。
廊下の窓から差し込む光がやけに眩しい。思わず目を細め、拳を握りしめる。爪が食い込むほど力を込めても、胸の奥に残る鈍い痛みは、どうしても消えなかった。
