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『カカシ先輩』
そう呼びかけながら面を外すと、霧の向こうで彼の顔がはっきりと見えた。死人でも見たような顔。その表現がやけにしっくりくるほど、彼の表情は凍りついていた。驚愕と困惑とそして…否定。それを見て胸の奥が微かに疼いた。
ここへきてから、ずっと違和感はあった。彼を視界に捉えてから、理由も分からないまま頭の奥に靄がかかったような感覚が続いていた。それが、はっきりと形を持ったのは、あの片目の写輪眼と口寄せされた忍犬を見た瞬間。視界が揺れ、こめかみを貫くような痛みが走る。
『……っ』
思わず息を詰めたその瞬間だった。音が、匂いが、景色、名前、声、時間、感情、切り取られていた記憶が、一気に頭の中へ流れ込んできた。ちゃんと思い出した。こうもあっさり彼を見ただけで?一瞬、そんな疑問が浮かぶ。元恋人だからか…それとも、よくしてもらった先輩だったからか。胸の奥に残っていた感情の正体を測りかねながらも、すぐに違うと分かった。これは単なる感情の揺り戻しじゃない。
誰かに、何かしらの術をかけられていた。封印術、あるいはそれに類するもの。それが今、解かれた、そんな感覚だった。引き金になったのは、おそらく写輪眼。強制的に閉じられていた記憶の蓋を無理やりこじ開けられたのだろう。なるほど。だから今まで、どこか他人事みたいに生きていたわけだ。
だが、考察している場合じゃない。私は意識を無理やり現実へ引き戻す。霧の橋、血の匂い、そして、目の前にいるのは木の葉の忍。それも、ただの敵じゃない。かつて恋人で、同じ里にいた先輩。私は今、木の葉の忍・カカシ先輩と対峙している。
再不斬さんとの契約はまだ有効だ。それは事実で揺るがない条件でもある。けれど、失われていた記憶を取り戻した今、それを最優先にしていいのか…。自分にそう問いかけた瞬間、答えを先延ばしにすることはできないと悟った。選択は、もう迫られている。
「…… 名前なのか」
呼ばれた名に、わずかに間があった。掴まれた腕がさらに強く掴まれる。まるで逃がさないとでも言うように。
『はい、そうですけど』
自然に返したつもりだった。声も態度も。けれど、彼の表情がそれに追いついていない。そんなに驚くことだろうか。確かに、私は長いこと里を離れていた。それでも、この反応は少し大げさな気がした。まるで、もう二度と会えないと思っていたものを目の前にしたような顔。その理由を考えようとして、やめた。今はそんな感情に構っている場合じゃない。どこに言葉を落とせば、この場が壊れずに済むのか。一瞬、思考を巡らせた、その時だった。
「おーおー……」
場違いに間延びした声が、霧を割る。
「派手にやられて、がっかりだよ」
不快な声。見なくても分かる。再不斬の依頼人のガトーだ。小太りの男が下卑た笑みを浮かべながら、数人の手下を引き連れて現れた。その瞬間、空気がはっきりと変わった。
「すまんな、カカシ……」
低い声が霧の中に落ちた。
「俺にタズナを狙う理由がなくなった今、お前と戦う理由もなくなった」
その言葉に、橋の上の空気が少しだけ緩む。
「ああ、そうだな」
カカシ先輩は短く返した。私は先輩の手をそっと払い、一歩前に出る。
『木の葉でお世話になった先輩。誓約している相手。どうしたらいいか、いろいろ考えてましたけど。ちょうどよかったです。これでもう戦わなくていいんですね』
視線の先には、ガトー。金と恐怖で全てを動かそうとするあの男が、私は大嫌いだった。ほんの一瞬、空気が張り詰める。
「手を出すな」
私の殺気を察したのか、再不斬さんの声が重く響いた。記憶を失っていた分、感情を押し殺すのが下手になったようだ。
「俺の獲物だ」
『分かりました』
私は肩をすくめ、それ以上口は挟まない。この人の戦いだ。彼はゆっくりと金髪の少年の方へ視線を向けた。
「小僧……」
その声には、さっきまでの荒々しさがなかった。
「最後に、お前らとやれてよかった…お前の言う通りだ。忍びも人間だ。感情のない道具には……なれねぇのかもな」
吐き捨てるようでいて、どこか噛みしめるような言い方。最後、短く息を吐き。
「……俺の負けだ」
そう言った再不斬さんの横顔は、今まで見たことのないものだった。血霧の鬼人でも、冷酷な抜け忍でもない。ただの感情を持った人間の顔。それを見てしまった私は、なぜか視線を逸らせなかった。勝負は、あっけないほど早く終わった。最後に残ったのは霧と血の匂い、そして倒れ伏す二つの身体。再不斬さんの最後の頼みで、カカシ先輩は白くんの元へと彼を運んだ。私もその隣に腰を下ろす。冷えた橋の床が膝越しに伝わってくる。白くんは静かに眠っているようだった。まるで、戦いなど最初からなかったみたいに。
「……できるなら……」
掠れた声が空気を揺らす。
「お前と同じ……ところへ、行きてーな」
その言葉に、私は少しだけ考えてから口を開いた。
『それはどうでしょうね。白くんはいい子でしたけど……あなたは、悪い子でしたし』
淡々と、いつも通りの調子で言うと。「おい」と言う低い声と、ごつんと鈍い音が頭上から聞こえた。カカシ先輩の拳骨が私の頭に落ちる。その力加減も間も、昔と変わらない。思わず心の中でくすりと笑った。
『……あ、つい。すみません』
「フッ……」
再不斬さんがかすれた声で笑う。血と霧に濡れたその顔は、もう戦場の鬼ではない。
「てめーは…最後まで…愛想のねー女だな…最後くらい……」
言葉は途中で途切れた。私がそっと身を乗り出したからだ。躊躇いはなかった。慰めでも同情でもない、ただ静かに彼の額に軽く唇を触れさせる。
『白くんに……』
小さく、囁く。
『最後くらい、って。何度も化けて出てこられても困りますからね。それに……最後のあなたは……いい男だったかもしれません』
再不斬さんの喉がかすかに鳴った。驚いたように、それからどこか満足そうに。
「……てめーは…本当に……いい女だな……」
その声はもう力を残していなかった。彼はゆっくりと腕を伸ばし、白くんの頬にそっと手を添える。守るように確かめるように、その指から少しずつ力が抜けていき、やがて静かに目を閉じた。霧の中で血の匂いだけを残して、ようやく戦いが終わった。
