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『カカシ先輩ってば』
その呼び方に意識が先に反応した。
身体よりも、口のほうが早い。
「……だから、先輩じゃ」
言いかけて、伸ばされた手首を掴む。熱はあるけれど、記憶の中のそれより少しだけ細い。違和感が眠りの底から意識を引き上げた。ゆっくりと目を開けると白く滲む視界。差し込む光がやけに眩しい。ぼやけた輪郭が次第にはっきりしていき、俺の顔を覗き込んでいた人物が分かる。
「カカシ先生、大丈夫ですか?うなされてましたよ」
聞き慣れた声。
「……ああ、サクラか」
掴んでいた手を、ゆっくりと離し「大丈夫」短くそう言うと、サクラは少しだけ表情を緩めた。
「よかった……」
その声を聞きながら天井を仰ぐ。ずいぶん、懐かしい夢を見ていた気がする。胸の奥にまだ薄く残る気配。呼び方も声も、距離も全部。
少しずつ今の状況が戻ってくる。ザブザとの戦闘で写輪眼を使い続けた反動、数日まともに身体が動かない状態。視線を横に滑らせると、隣に敷かれているはずの布団がない。…なるほど、ナルトとサスケは今も木登り訓練だろう。一晩中、競い合うように続けているに違いない。あの二人が大人しく休む姿は想像しづらい。
現実に戻ったはずなのに、意識のどこかが、まだ夢の中に置き去りになっている。〝先輩〟もう呼ばれることのないはずのその言葉が、やけに鮮明に耳の奥に残っていた。
「で、名前って、誰のことですか?」
あまりに自然な口調で聞かれて、思考が一瞬止まった。
寝起きの頭にその名前は重い。
「……俺、そんなこと言ってた?」
「はい。一度だけですけど」
そう答えながら、サクラは少しだけ首を傾げる。口元はわずかににやついていた。面白い話題を見つけた、という顔だ。……これは、誤魔化しても無駄だな。視線を天井に戻し、わざと軽く息を吐く。
「……そーだな。俺が尖ってた頃にさ、任務も人付き合いも、全部が雑だった時に支えてくれた恩人だよ」
嘘ではない。ただ、全部は言っていないだけだ。
「……へえ」
サクラの声が少し低くなる。
そして、次の瞬間。
「それって、彼女さんですか⁉︎」
身を乗り出す勢いに思わず苦笑が零れた。
「いや、そんなんじゃないよ」
何故だか分からないが嘘をついた。考える前に否定していたあたり、自分でも笑えない。曖昧に口元を緩め視線を逸らす。もう終わった話だ、終わったことにしなければいけない。室内に短い沈黙が落ちる。外からは、遠く水の流れる音だけが聞こえていた。サクラは俺の横顔を盗み見るようにして、小さく息を吐く。
「……なんか、大人の恋、って感じですね」
その言葉に眉がわずかに動いた。
「ハハ……違うよ。若かった……いや、俺がガキだったんだ」
サクラは首を傾げる。本気で分からない、という表情だ。それでいい、分からなくていいし、分からせる必要もない。
「その人も、今は先生と同じで先生やってるんですか?」
不意に投げられた問いに、少しだけ言葉に詰まる。
「いや、木ノ葉にはいない。長期任務に出てる」
「へー、そうなんですね。早く帰ってくるといいですね」
「……そうだね」
短く返した声は思った以上に重かった。殉職した、なんて言えなかった。任務で命を落として、紙切れ一枚ですべてが終わったなんて。それでも俺は考えてしまう。もし、もう一度会えるなら。言葉はきっと多くはいらない。〝ごめん。そしてありがとう〟それが叶わない願いだと、分かりきっているはずなのに。
「……じゃあ、ナルトたちの様子を見に行こうか。あの二人がどこまで成長したのか」
そう口にしながら、ゆっくりと布団から身体を起こす。写輪眼の反動はまだ確かに残っていた。身体の奥に重さが沈んでいる感覚。けれど、動けないほどじゃない。
外へ出ると、森の空気がひんやりと肌を撫でる。夜明け前の湿った冷気が肺の奥まで入り込み、頭が少しだけ冴えた。胸の奥に溜まっていた、言葉にできない感情も、薄い霧のように散っていく。歩き始めてそう遠くない場所で案の定だ。やけに元気な声が森に響いていた。
「へっへーん! カカシ先生、どうだってばよ!」
見上げると、結構な高さの枝の上。ナルトが胸を張るように座り込み、こちらに向かって手を振っている。
「おー、成長したな、お前ら」
本心だった。つい数日前までは、木に張り付くことすらままならなかったのに。ナルトは得意げに立ち上がり、次の瞬間バランスを崩した。
「うおっ!?」
一瞬、心臓が跳ねる。だが次の瞬間、彼の身体はひっくり返るようにして、枝に逆さまに吸着した。チャクラの流れも安定している。反射も悪くない。
「あの、馬鹿!!びっくりさせるんじゃないわよ!」
すぐ横でサクラが声を荒げる。怒っているというより、完全に心配が勝っている声だった。
「本当に、心臓に悪い子だよ」
それを眺めながら、ふと思う。ついさっきまで胸の奥を占めていた考えが、少しだけ遠ざかっていた。守るべきものはちゃんとここにある。今の俺は、この場にいなきゃいけない。それなのに、木の上を見上げたその瞬間。一瞬だけ、別の姿が重なった気がした。軽い身のこなし、音もなく枝を踏み、気配を殺す癖。霧の中に溶けるような、静かな存在感。……気のせいだ。
「先生?」
サクラの声に意識を引き戻される。
「ん?」
「ちゃんと見ててくださいよ。サスケ君もナルトも、もうボロボロなんですから」
「ああ、分かってる」
短く返して視線を現実へ戻す。枝の上で踏ん張る二人の背中、乱れた呼吸、必死な顔。今はそれでいい、過去は過去だ。そう何度でも言い聞かせる。
