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一週間。
中忍試験の打ち合わせで、砂の里に詰めていた。内容自体は面倒だが、仕事としては順調だった。だからこそ、木ノ葉に戻る足取りは軽かった。少なくとも、戻るまでは。
「……土産、何がいいか聞いときゃよかったな」
無意識にそう呟きながら、手にした包みを見下ろす。砂の里の甘味処で買った土産。砂糖と蜜を固めた、素朴でやたら甘いやつだ。あいつには甘すぎるかもしれないが……まあ、文句言いながらも食うだろう。
そんなことを考えながら、自然と足は病院へ向いていた。いつもの流れ、ただそれだけのはずだった。そこで聞かされた。
「……え?」
サクラの声が、やけに遠く聞こえる。
「名前さん、あの人に襲われたの……カカシ先生が駆けつけて、なんとか助かったんだけど…」
「……誰だよ」
分かっている。分かっているのに、確認せずにはいられなかった。
「クズミ。もう捕まってる」
頭の奥で何かがぶちっと切れた。それ以上は聞かなかった。サクラが何か言いかけたのなんて無視して、その場を飛び出す。心臓がやけにうるさい。焦りと怒りが混ざって、思考がうまくまとまらない。カウンターで名前を告げると、看護師は一瞬だけ視線を泳がせた。
「さっき、お仕事終わって帰られましたよ」
……くそっ。反射的に踵を返し、病院を飛び出す。嫌な想像が頭を埋め尽くす中で、ただ足だけが前へ進んでいた。その時、前方に見覚えのある背中が見えた。
「……っ」
考えるより早く体が動いていた。
反射的に肩を掴み、強引に振り向かせる。
「おい…」
次の瞬間だった。驚いた顔と同時に、べちょっ、と間の抜けた音。胸元に何かが張り付いた感触。
『わ……私のみたらし団子ーーー!!!』
悲鳴。視線を落とすと、俺の服には濃い蜜がじわっと広がっていた。団子は無残にも潰れ、主張が激しすぎる。……なんでこうなる。そう思いながらも、汚れた服と必死に文句を並べる彼女を見て、俺は深く息を吐いた。
「だから!悪かったって!ほら、土産、買ってきたんだ」
半ば押しつけるように差し出すと、彼女は渋い顔のままそれを受け取った。砂の里の菓子。選ぶのに地味に時間かかったんだが、その努力はどうやら評価されていないらしい。案の定、みたらし団子の話題は終わらない。ぶつぶつ、ぶつぶつと、さっきからずっとだ。……食い物の恨み、こえぇ。
思わず小さく舌打ちしそうになるのをこらえる。とはいえ、今は彼女の部屋だ。閉じた空間。周りの目もなく、ここならどれだけ怒鳴られても問題はない…はずなんだが。
「……あんまり簡単に男を部屋にあげんなよ」
口をついて出た言葉に自分でも少し驚く。本当は、その続きがあった。〝あんなことがあったばっかだろ〟けど、それ以上は言えなかった。聞きたいことは山ほどある。それでも、どこまで踏み込んでいいのか分からなくて、結局その言葉は喉の奥に引っかかったままだ。
『みたらしのタレつけた上忍なんて、ものすごくカッコ悪いわよ』
その一言に、思わず小さく苦笑が漏れた。部屋に入るなり『脱いで』なんて言われて、一瞬思考が止まったのを思い出す。誤解だって分かってからも、心臓の落ち着きは悪かった。
服を汚したのを気にしてくれたこと。それでも部屋に上げてくれたこと。その一つ一つが、素直に嬉しい。嬉しい、はずなんだけど。同時に、胸の奥がちくりとした。
俺はちゃんと、男として見られているのだろうか。ただの気を許せる相手、都合のいい居場所になってないか。考え始めたら、急にめんどくせぇ。らしくもねぇって分かってるのに、こういう時に限って、頭だけは無駄に回りやがる。
その不安と焦りの中、不意に鼻先をかすめたのは湯気を立てる緑茶の匂いだった。視線を上げると、ローテーブルの上に置かれた土産と、湯呑みが二つ。湯気がゆらりと揺れている。
『洗濯、もう少し時間かかるから。ゆっくりしてけば』
そう言って、彼女は何の気負いもなく俺の隣に腰を下ろした。仕事帰りの疲れか、緊張の糸が完全に切れてる。背もたれに身を預け、肩の力も抜けきっていて、湯呑みを持つ指先もどこか緩い。視線は定まらず、ぼんやり宙を彷徨っている。
あー……。
こりゃ、完全に無防備だな。
俺は小さく息を吐いてから、低めの声で言った。
「……あー、だから。俺も一応、男なんすけど」
冗談めかして、けど少しだけ本音を混ぜて。距離をほんの少し詰めただけで、彼女の体温が伝わってくる。湯気の立つ茶の香りと、彼女の匂いが混じって、頭がじわっと熱くなる。心臓の音がやけにうるさい。
『知ってるけど』
「…だから、そうじゃなくて…」
自然と声が低くなるのを自分でも自覚しながら、距離を詰める。ゆっくりと伸ばした手が彼女の肩に触れた瞬間、はっきりと伝わる体温。柔らかく、頼るような重みが、まるで俺を捕まえて離さないみたいだ。
彼女は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに小さく息を漏らすだけで、何も言わない。逃げもしない。抗いもしない。ただ、そこにいる。背もたれに身を預けたまま、少し首を傾げて無防備に俺を見上げてくる。
……反則だろ。
「……なんで、止めないんすか」
思わず、そんなことを聞いてしまう。体温も、呼吸も、はっきり分かるほど、距離は近いまま。彼女は少し考えるように間を置いてから、ゆっくりと笑った。
『だって、君はちゃんと順番を守るでしょ』
その笑顔が、意識してなのか無意識なのか分からないところが、余計に質が悪い。目尻にできる小さな皺と、柔らかく上がる唇の端。からかわれてるって分かってるのに、胸の奥が妙に熱くなる。悔しいくらいに……可愛い。
「っ……ほんと、ずるいっすね」
苦笑まじりに吐き出した声は、思ったより掠れていた。抑えてるつもりでも、胸の奥のざわつきまでは誤魔化せない。その笑顔が甘くて、少し意地悪で、じわじわと理性の境目を侵してくる。
ふと、視線が首元に引き寄せられた。襟の隙間からほんの一瞬だけ覗いた痕。考えるより先に指が伸びていた。触れた瞬間、彼女の身体が小さく跳ねる。
「……これ」
自分でも驚くほど、声が低く落ちる。
「これ、あいつにやられたんすか」
『これは……』
彼女は一瞬だけ言葉を探すように目を伏せる。その短い沈黙でもう十分だった。ああ、そういえば助けたのはカカシさんだったな。胸の奥に鈍い重さが落ちる。
最近、彼女の口からあの人の名前を聞かなくなっていた。前は、何かあるたびに愚痴だの皮肉だの、必ず出てきてたのに。……出なくなった理由なんて、考えなくても分かる。胸の奥が静かにざわつく。独占欲とも焦りともつかない嫌な感情。
考えすぎた。本当は、もっと時間をかけるつもりだった。距離を測って、間合いを見て、確実なところまで持っていく。そういうのは、昔から得意なはずだった。でも、襲われたという事実。他の男が残した痕。それを前にして、そんな余裕はもうどこにもなかった。
考えるの、めんどくせぇ。視線を逸らさず、言葉を選ばない。逃げ道を残したら、たぶん俺のほうが逃げる。だからはっきり言うしかなかった。
「あの、俺と…」
一拍、息を整える。胸の奥で何かが弾ける音がした。
「付き合ってくれませんか」
自分で言っておいて、やけに真っ直ぐすぎると思った。駆け引きも、余白もない。…ほんと、俺らしくねぇ。彼女は、大きく目を見開いたまま固まっている。驚きと戸惑いと、何か別の感情が混じった表情。
この距離、この空気。もう後戻りはできない。…ここまで来たら詰みでもいい。俺はもうこの人を選んでる。
