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〝――――〟
「ん?今、なにか言ったか?」
「なにも言ってないけど……カカシ先生のほうが、入院必要なんじゃないですかー」
そう言いながら、今すぐにでも任務へ戻りたそうなサクラ。軽傷を負っただけで綱手様からは一日休養を命じられたらしい。その説明は右耳から左耳へと抜けていった。……嫌な気配がした。
「悪い、サクラ。ちょっと急用だ」
「え、ちょっとカカシ先生!」
制止する声を背に病室を後にする。足は自然と名前ちゃんを探していた。理由なんてない。ただ、胸の奥で何かが強く引っかかって離れなかった。
静かすぎる廊下。使われていない病室の前で足が止まる。中から微かに息の乱れる音が聞こえた。次の瞬間、はっきりとした“叫び”が鼓膜を打つ。
彼女の声だ。
考えるより先に扉を蹴り開けていた。視界に飛び込んできた光景に、思考が一瞬で凍りつく。ベッドの上。焦点の合わない瞳でぐったりと横たわる彼女。その上に馬乗りになる男。血の気が音を立てて引いた。
どうして、いつもこうなんだ。どうして、駆けつけるのが遅くなる。以前と重なる光景に胸の奥が締めつけられる。自分の無力さを嫌というほど突きつけられた。
「……なにしてんの」
声は驚くほど低く出た。自分でも分かる。今の俺は冷静じゃない。振り向いた男の顔を見た瞬間、腹の底から殺意が湧いた。理屈じゃない。理由を考える前に感情が先に立っていた。
……殺してしまおうか。そう思ったのは一瞬だ。距離を詰め、言葉を交わす必要すらない。迷いも躊躇もなかった。次の瞬間、体が勝手に動いていた。衝撃とともに男の意識が落ちるのを確認して、ようやく呼吸を思い出す。まだ足りない。胸の奥で怒りが燻ったまま消えなかった。
「……大丈夫だよ」
震える身体をそっと抱き起こす。触れた瞬間、びくりと跳ねる反応に胸が締め付けられた。薬の影響だとすぐに分かる。熱を持った体。乱れた呼吸。それでも彼女は必死に意識を繋ぎ止めていた。
「……よく、耐えた」
聞こえているかどうかも分からない。それでも、そう言わずにはいられなかった。彼女の額に自分の額を軽く当て、視線を合わせゆっくり確実に言う。
「もう、大丈夫。俺がいる」
その言葉に彼女の指がかすかに俺の服を掴んだ。許せるわけがない、怒りは今も静かに燃えている。けれど今はそれより先に守るべきものがある。腕の中の体温を二度と手放さないと。そう心の奥で誓いながら、俺は彼女を抱き締めた。
医療班へ向かう足は途中で止めた。彼女をあんな状態のまま他人の視線に晒す気にはなれなかった。俺のエゴだ。同時に彼女自身も望まないだろうと思った。だから連れて行った、自分の家へ。無言で鍵を開け室内へ入る。気を失った彼女をソファに横たえた瞬間、わずかに身じろぎした。
「……もう大丈夫だよ」
そう言い聞かせるように言ったのは、彼女よりも自分に向けてだった。次の瞬間。彼女の指が俺の服を掴んだ。
『……いか…ないで…』
肌は熱を帯び、呼吸は浅く、瞳は潤んでいる。薬の影響がまだ残っているのは明らかだった。
「……っ」
思わず息を呑む。彼女は無意識のまま、縋るように身体を寄せてくる。彼女の呼吸が少し乱れたまま近くで揺れている。胸元へ顔を埋めたかと思うと、ふいに彼女の唇が俺の喉元に触れた。偶然か無意識か、判断する前に次の動きが来る。
唇が、上へ。
顎に、口元に。
短く、ためらうような口付け。
「……っ」
思考が止まった。拒むべきだと分かっている。本意じゃないことも、薬の影響だということも、全部理解している。それでも、彼女の体温と触れた感触があまりにも現実的だった。
「……だめだよ。君は今、正常じゃないから」
低く言い聞かせるように呟きながら彼女の肩を掴む。
『おね…がい…』
熱を持った瞳に俺が映った。抑えていたものが軋む音を立てる。上半身の服を脱ぎ、背もたれに放る。彼女はぼんやりとした目でその動きを追っていた。無意識のまま、また指が伸びる。
ここへ連れてきたのは、初めからこうなることをどこかで望んでいたからかもしれない。薬の影響だ。分かっている。分かっているのに、これまで何度も拒まれてきたその積み重ねの反動みたいに、いま向けられる微かな依存が甘い錯覚となって俺を支配する。
〝求められている〟そう思ってしまえば、楽だった。
「……ごめん」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。彼女か。自分自身か。あるいは、もう戻れないところまで来てしまったこの状況そのものか。
そっと手を包む。力を込めないように、触れる理由を探すみたいに。逃げ場を塞ぐつもりはなかったはずなのに、結果として彼女はソファーに縫い留められる。触れた瞬間、部屋の空気が変わった。抑えきれない熱が伝わって、甘い吐息が、静かな室内に溶けていく。耳に残るその声が、理性を削っていった。
『はっ……やぁ……ダメッ…んんっ‼︎』
もう何度目か分からない。彼女の身体が小さく、けれど確かに跳ねた。白い肌に残る赤い痕が、やけに鮮明に目に入る。俺が無意識につけたものだと気づいた瞬間、胸の奥がざわついた。
欲しい。
はっきりとそう思ってしまった自分に、遅れて嫌悪が追いつく。抑えていたはずの欲が熱を持って膨れ上がる。
「……くそ」
低く吐き捨てるように呟き、歯を食いしばる。触れたら終わる。一線を越えたらもう戻れない。それでも、抑えきれない衝動が彼女との距離を詰めていく。
『……許して……あげる』
確かに聞こえた、その声に思わず顔を上げた。虚ろなはずの瞳が逃げ場のないほど真っ直ぐに俺を捉えている。薬のせいか、本心か。そんなことを考える余裕はもう残っていなかった。胸の奥で何かが外れる音がした。張り詰めていた理性が、音を立てて切れる。自分の体重をその細い身体へ預けた。
「……っ」
『ハッ……ンンッ……』
短く息を詰めた彼女の声が、耳に刺さる。触れ合った体温は想像していたよりもずっと生々しく、逃げ場のない重さを持っていた。短く詰まった彼女の声が、鋭く耳に残る。衝動に押されるまま、彼女の唇に自分の唇を重ねた。呼吸が乱れ、わずかに生まれた隙間に、ためらいなく舌を深く差し入れた。彼女は抗う力を失ったまま、戸惑うように、けれど弱く応えてくる。
〝シカマル君‼︎〟
脳裏に焼きついた、あの病室の叫び声。彼女が呼んだのは俺の名じゃない。違う男の名だった。それなのに今、目の前にある彼女の瞳には確かに俺が映っている。視線が絡み息が触れるほどの距離。ずっと望んでいたはずの距離でようやく手に入れたはずの瞬間。
なのに。
胸の奥がひどく空虚だった。
嬉しいはずだった。
満たされると信じていた。
それでも心はどこにも辿り着かない。
熱だけが残り欲しかったものは何ひとつ掴めていない。
こんな感覚は初めてだった。
何も、満たされなかった。
