アイ・オープナー
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アスマの見舞いで病院を訪れていた。相変わらず無駄に元気で、ベッドの上でも口だけは達者だ。結局、将棋盤を挟んで向かい合わされ、相手をさせられる羽目になる。盤面を眺めながら、アスマが指先で駒を軽く弾いた。面白そうに目を細めてこちらを見る。
「で……勝てそうなのか?」
多分、薔薇姫の話だと察しはついたが、あえて気づかないふりをする。
「お前の将棋には、もちろん勝てるよ」
「違ぇよ、あの女だ。俺の教え子に横取りされた、情けない男サマの方」
「……さあね」
即答はしなかった。
湯呑みを口元に運び少しだけ間を置く。
「余裕ぶってる割には、俺の部下には一歩遅れてるからな。まさかお前が“取られる側”になるとは思わなかったぜ」
わざとらしく肩をすくめる言い方に、軽く眉をひそめる。
「取られてないし。……まあ、これからが勝負だね」
自分で言っておきながら、どこか他人事みたいな響きだった。アスマが「ほう」と、短く笑う。
「まずは正体、ってところか。簡単じゃなさそうだな」
「だから、面白いんでしょ」
夜の、しかも不定期にしか現れない女。昼間の姿はシカマルが知ってそうだが、教えてはくれないだろう。どんな場所でどんな顔をして過ごしているのか、そこから探らなければならない。
そんなことを考えていた、その時だった。病室の外から屈託のない笑い声が流れ込んでくる。子供たちの声だ。自然と窓辺へ足が向いた。
中庭に白衣の女がいた。子供たちに囲まれ、しゃがみ込んで目線を合わせ、何かを話している。病室で見る感情を押し殺したような姿とはまるで違う、柔らかくて穏やかで、意外なほど自然だった。
あんな顔するんだ。子供の目線に合わせて、少し背を丸める仕草。言葉は聞こえないが空気だけで伝わってくる。そのとき、ふいに彼女が顔を上げた。
窓越しの光に照らされた横顔、細められた目、わずかに上がる口角。それが重なった。夜のバーで、窓の外を見つめながら微笑んでいた、あの横顔と。
胸の奥がはっきりと音を立てて揺れる。考えるより先に体が動いていた。窓枠に手をかけ、背後から聞こえたアスマの制止の声を無視して、そのまま外へ。
『――っ!』
子供たちの驚いた声が上がる。彼女も目を見開いたが構わず手を取り、顔にかかっていた眼鏡を外す。大きく見開かれた瞳。そこに映ったのは紛れもなく俺だった。確信が静かに落ちる。
「……君だったのか」
問いかけというより、独り言に近い声。昼と夜。別々だと思っていた二つの影が、今、確かに重なった。
「おーい、カカシ。何やってんだ、病院で跳躍すんなよ」
上から投げられたアスマの声に、はっとした空気が揺れる。その瞬間だった。彼女は俺の手を強く振り払った。一瞬だけこちらを見上げ、言葉にならない感情を滲ませた瞳。次の瞬間には踵を返し、白衣の裾を翻しながら走り出していた。
「……っ」
呼び止める声は出なかった。子供たちの驚いた声と足音だけが中庭に残る。逃げていく背中を、ただ目で追う。
君だったのか。
今思えば、ところどころに思い当たる節はあった。距離の取り方。視線を合わせない癖。褒め言葉に対する素直な耳。あの冷えた目。全部、同じ女のものだった。病院は薬品の匂いで鼻は当てにならなかった。まさか、こんなに近くにいたとわ…。
思わず口元が緩む。普通ならここで引く。逃げられたら脈なしだと判断するが、胸の奥に残っているのは悔しさじゃない。むしろ、静かに高鳴る鼓動と妙な高揚感だった。アスマが病室の窓から呆れたように見下ろしてくる。
「完全に逃げられてんぞ」
「そうだね」
「…こりゃ本気だな。ほどほどにしとけよ」
否定はしない。それでも、目は彼女が消えた方向から離れなかった。簡単に落ちない。踏み込めば爪を立ててくる。近づけば逃げる。面倒で、厄介で、最高だ。
「どうやって落とそうか」
そう考えている自分に気づいて、思わず笑ってしまう。追いかけるのは嫌いじゃない。むしろ、得意分野だ。
彼女はまだ知らない。自分が、どれだけ俺の興味を引いてしまったのかを。白衣の女の背中を思い浮かべながら、俺は静かに次の一手を考え始めていた。
