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中忍試験の試験官を任され、打ち合わせを終えて廊下に出たところだった。思った以上に段取りが多くて、正直頭が疲れている。めんどくせぇ。そんなことを考えながら歩いていると、背後から軽い声が飛んできた。
「よっ、色男」
振り返らなくても分かる。
この声の主は一人しかいない。
「……やめてくださいよ、そういう呼び方」
任務帰りらしく、肩に疲れを乗せたままのアスマがにやにやと笑って立っていた。
「いやぁ?あのカカシから女を奪った男がいるって噂になってるからなー。しかも相手はあの薔薇姫だしな」
…最悪だ。
ため息を噛み殺す間もなく、アスマは楽しそうに続ける。
「で?あの後どうだった?食ったのか?」
「……そんなんじゃねぇっすよ。店を出てすぐ別れました。それだけです」
事実だ。事実以上でも以下でもないのに、アスマは「ふーん」と意味ありげに煙を吐き出した。
「へぇ。あのカカシを置いて、女に連れ出されて即解散…ねぇ」
「奪ったとか、そういうのじゃねぇですから。面倒ごとに巻き込まれただけです」
「まぁまぁ。そうムキになるなって。でもよ、噂ってのは面倒だぞ」
その言葉に歩調がわずかに乱れた。
「……俺、何もする気ないっすよ」
自分に言い聞かせるように、ぽつりと零す。
「そうか?」
アスマの視線が一瞬だけ鋭くなった。
「ならいいけどな。ただ、巻き込まれる時ってのは、大抵〝何もする気がない〟時なんだよ」
冗談めかした口調だけれど、妙に引っかかる。俺はそれ以上何も返さず廊下の先へ歩き出した。試験官の仕事も噂も、人間関係も全部等しくめんどくさい。しかし、何もないとは言ったものの、今日は約束の日だった。
噂の女と会う日。やっぱ断るべきだったか、と今さらになってそんなことを考える。あの女と真っ昼間から一緒に歩いているところを誰かに見られたら、今出回っている噂に余計な尾ひれがつくのは目に見えている。ただでさえ面倒なのに。
そう思っていた俺の懸念は、待ち合わせ場所に着いた瞬間、無意味だと知ることになった。そこに立っていたのは、バーで見た“噂の女”ではなく、病院で見慣れたあの看護師だった。髪は下ろしているが、眼鏡はそのまま。服装も体のラインを隠すような、だぼっとしたもの。自分に呆れながらも足を止める。
『すごいね。時間通り』
俺に気づいた彼女は軽く手を振りながら口角を上げた。
『忍は忙しいから、遅刻すると思ってた』
「忙しいっすけど…女を待たせるのは、さすがにアレなんで」
『へぇ、意外と紳士だね』
そう言ってから、少し身を乗り出す。
『で、ちゃんとお腹は空かせてきた?』
「……まぁ、腹は減ってます」
その返事に彼女は満足そうにニヤリと笑った。
『今日は、お店をはしごする予定だから。たくさん付き合ってね。大丈夫、お金は持ってる』
そう言って迷いなく一軒目へ向かう。正直、二軒も行けば十分だろうと思っていた。思っていた、だけだった。気づけば夜、五軒目の店でようやく箸を置く。
「……うぷっ。まだ食べるんすか」
『ほんとは、もう一軒行きたいところだけど…限界そうね』
改めて彼女を見る。この細い体のどこにこれだけ入ったのか、本気で分からない。
『ちょっと待ってて』
そう言われ、近くの公園のベンチに腰を下ろす。腹が苦しすぎて思わず横になる。夜空がやけに澄んでいた。星、綺麗だな…なんて考えていると、視界にぬっと影が差し込んだ。眼鏡は外されていて、その表情はひどく満足そうだ。夜空と重なったその顔が妙に綺麗で、一瞬、言葉を忘れた。
『はい、どーぞ』
差し出されたものを見て、動きが止まった。
缶。酒だ。
『……え、もしかして未成年?』
「……そっすね」
なぜか、答えるのをためらった。口にした瞬間、彼女との埋まらない年の差を認めてしまう気がして。なんとなく手を伸ばしたが空を切る。
『ばか。未成年はダメ……あ、ちょっと』
言葉を聞かずにもう一度缶を奪い、すぐに開けて一口飲む。
「別に、飲んだことないわけじゃないし。もう子供でもないんで」
そう言うと、彼女は肩をすくめて隣に座り自分の缶を開けた。少しの沈黙。
『……シカマル君が助けてくれて以来、あのクズとシフト、被らなくなった……あなたが手を回したんでしょ』
「……別に。俺は何も」
『ありがと』
短い一言だけど、もう大丈夫だなと、そう思えた。また沈黙が落ちるけれど、不思議と居心地は悪くない。多分、彼女も同じだ。横目に見ると、彼女は幸せそうに酒を飲みながら、夜空を見上げていた。俺も釣られて視線を上げる。
「……綺麗っすね」
『本当に……』
あんたがっすよ。
そう続けそうになって、飲み込む。
代わりに静かに言った。
「あの…… 名前さん。次は、もっと腹すかせて来るんで。大丈夫っす。今度は、俺の奢りで」
彼女は驚いた顔をして、それから小さく笑った。
『それは、楽しみ』
その一言で、十分だった。夜空を見上げながら、昼間のアスマとのやり取りがふと蘇る。
〝俺、何もする気ないっすよ〟
確かにそう言った。けれど今は、その言葉をそのまま飲み込むことができない。…撤回だな。静かに、そう思った。“何もしない”という選択肢は、もう、手の届かないところにあった。
