中忍選抜試験編 後編
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あれは、40年ほど前のことだ。
その女は、誰もが思わず振り返るほどの美貌を持っていた。整った顔立ちに、光を吸い込むような白銀の長い髪。高い位置で束ねられたそれは、動くたびにふわりと揺れ、自然と視線を奪っていく。
黒を基調とした忍装束から覗く肌は健康的で、それでいてどこか妖艶だった。ただ立っているだけで周囲の空気が変わる。まるで、その場の景色ごと支配してしまうような女。
ほんと、反則みてぇな見た目してやがる。
口さえ閉じてりゃ、完璧だったんだけどな。
「おう、自来也。相変わらずしょうもないことばっかやってんな。少しは大蛇丸や綱手を見習えよ」
遠慮のない声が降ってくる。顔を上げると、女は大岩の上に腰を下ろし、にやりと笑っていた。風が吹き白銀の髪がさらりと揺れる。昔から変わらず、美人なくせに口を開けば全部台無しだ。
ジライヤ「俺だけ子ども扱いすんなよ! 俺だってもう大人だし、部下だっている。久しぶりなんだから、ちっとは見直せっての!」
「そうやって張り合うところが子どもだって言ってんだよ。それに大人と言うなら、覗きはやめろ。少し前、綱手に殺されかけただろう」
ジライヤ「覗きは男のロマンだ! …いつかお前のも」
「馬鹿な男だ。私を覗くには百年早いぞ。それに、生きて帰れると思うなよ?」
笑っているはずなのに、その視線だけが冷たい。ぞわっ、と背筋に寒気が走る。冗談じゃない。こいつの場合、本気でやる。
ジライヤ「……やっぱ恐ろしいやつだな」
肩をすくめながら笑ってみせたけれど、胸の奥に引っかかっていたものは消えなかった。視線を少し逸らし、呼吸を整える。軽口の流れで聞く話じゃないと、そう分かっていても確かめたかった。
ジライヤ「それと、聞きたいことがある」
「なんだよ、改まって。珍しいな」
ジライヤ「……一族の力だ。お前が戦ってるのを見た。あれは、何だ?」
「フッ。悪い子だな。こっそり戦場に来てたなんて」
軽く笑うけれど、その奥に流れる空気がほんの少しだけ変わった。冗談めいた声音のままなのに、どこか踏み込ませない響きがある。女は岩の上で頬杖をつき、こちらを見下ろした。
「……まあいい。知りたいって欲が強いのは、お前のいいところだ。お前が“私の隣で”戦えるようになったら、教えてやるとしよう」
その笑みは挑発的だった。試すようで、見定めるようで。まるで、今の自分では届かないと言われているみたいだった。
「自来也。好奇心も、ほどほどにしとけ」
冗談みたいに笑っているくせに。
その言葉だけは、不思議と胸に残った。
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それから数年。
里同士の争いは激しさを増し、戦場は日ごとに広がっていった。昨日まで残っていた景色が、翌日には焼け落ちている。そんなことも珍しくなくなっていた。
ジライヤ「ハッ……ハッ……今日、俺はお前の隣で戦った……そろそろ教えろよ。お前の力の秘密を」
荒い呼吸を整えながら声をかける。戦闘の熱が、まだ身体の奥に残っていた。返り血と土埃にまみれたまま、岩にもたれた女が小さく笑う。
「フフ。少し休んだら?」
息一つ乱していない。さっきまで同じ戦場にいたはずなのに、疲労の色がまるで違った。
「……そうだな。そんな約束したっけ。まあ、あの時、もし私が助けなかったら、お前死んでたけどな」
ジライヤ「うるせぇよ」
「まさか、ここまで成長するとは思わなかった……まあ、いい機会だ。お前に未来を託すよ」
ジライヤ「なんだよ、それ」
「お前のその好奇心は、きっと意味がある……だから伝えよう。けど、長にどやされたくないから黙っていろよ」
冗談めかした口調だったけど、その声音には妙な重みがあった。まるで、ずっと先の未来を見据えているような、そんな響き。思わず口を挟もうとしてやめた。軽口を返せる空気じゃないと、本能で察したからだ。俺は何も言わず、ただ静かに頷くことしかできなかった。
「私たちは、もう一つの人格を持つ。それを制御して戦う一族だ」
ジライヤ「やっぱりか…戦ってる時、本当に“別人”に見えた」
「ああ。制御できれば、凄まじい力を発揮する。けど、気を抜けば飲まれる。私はまだ、七割しか扱えてないけどな」
ジライヤ「七割で……あれか」
思わず息を呑んだ。戦場で見た光景が脳裏によみがえる。敵が近づくことすら許さないほど圧倒的だった。言葉にしてから、自分の声がわずかに震えていることに気づいた。怖かったわけじゃない。ただ、あまりにも遠い。全く手の届かない場所にいる存在なんじゃないかと。そんな考えが一瞬だけ胸をよぎった。
「ハハ。普通は、あの戦い方を見たら近寄らなくなるんだけど……ほんと、お前は変わってる」
女は小さく笑った。けれど、その視線は俺ではなく、遠くの景色へ向けられている。戦況は悪化する一方で、彼女はいつだって俺たちの知らない最前線に立っていた。
その強さゆえに、〝木の葉には得体の知れない化物がいる〟と囁かれるようになったのも、今では珍しい話じゃない。敵味方関係なく、彼女に近づく者はいない。今もまた、何かを思い出すように、悲しげな目で遠くを見つめている。
ジライヤ「ふん……里のために命張ってるお前を、どうして怖がる必要があるんだよ」
自然と口をついて出た。考えて言ったわけじゃない。ただ、そう思っただけだ。その言葉に、女の肩がわずかに揺れる。本当に見逃してしまいそうなほど小さな反応だった。
「…………」
ジライヤ「なんだ。惚れたか?」
にやりと笑って見せると、女は珍しく目を見開いた。普段なら、すぐに軽口を返して笑い飛ばすはずなのに。そんな顔は見たことがなくて、その反応が妙に嬉しかった。胸の奥がじわりと熱くなる。どうしても強がっていたかったけれど。
「……フッ。じゃあ、自来也」
女がゆっくりとこちらを見る。
「お前の目に、私はどう映ってるんだ?」
その声音は、いつもと違っていた。からかいでも挑発でもない。ほんの少しだけ滲む色気と、不意を突くような柔らかさ。風が吹き、白銀の髪が揺れる。その笑みを見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。
ジライヤ「っ……! お前、それ……わかってて言ってんだろ……反則だっての……」
「フフ……ほんと、お前はおかしなやつだ」
呆れたように笑う声が妙に優しく耳に残る。
まったく。結局いつもこうして振り回される。 惚れた弱みってのは、たぶんこういうことを言うんだろう。
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まったく。余計なことまで思い出しちまった。
それもこれも、名前があいつに似ているからだ。
『この力を手にするには、私の許可も必要だ。でも、あの子が戻らなければ、許可したとしても力は使えないよ』
ジライヤ「知ってるっての。大丈夫だ、名前は強い」
そう返すと、彼女は一度だけ視線を向けてきた。何か言いたげに唇がわずかに動く。けれど結局、言葉にはならないまま、不機嫌そうに顔をそむける。
名前。
あとは、お前次第だ。
誰かに導かれるんじゃない。自分の手で掴み取ってこい。
じゃなきゃ、死んじまうからの。
