中忍選抜試験編 前編
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まだ、立っているのか。
血に濡れ、今にも崩れ落ちそうな身体。
それでも真っすぐに俺を見てくる。
なぜ、そんな目で俺を見る。
なぜ、恐れずに立っていられる。
〝人を殺させたくない〟
目の前に立つ女が言った言葉が、
頭の中で何度も繰り返される。
俺は、俺を狙う者を殺すことでしか、自分の存在を確かめられない。それが俺の生き方だ。なのに、この女はそれを否定しようとする。ボロボロの癖に消えない光を宿したその瞳が、胸の奥を刺し腹の底がざわつく。
だから、初めて見た時から気に食わなかった。その目が俺を苛立たせる。けど、殺せば関係ない。いつも通り、邪魔なものは終わらせればいい。そう結論づけ女へとどめを刺そうとした、その時。
『真っ赤だね〜〜〜』
さっきまでとは、明らかに違う声だった。底の見えない悪戯みたいな笑いは、まるで別人だ。
『ねぇ、君は……好き?』
ガアラ「……!?」
耳元で囁かれ反射的に振り向く。そこにいたのは、血まみれの顔で不気味に微笑む女だった。とっさに砂を伸ばして捕らえようとするが、その姿はふっと消える。クスクス、と笑い声が頭上から響いた。見上げると、木の上に腰掛けた女が血に染まった自分の手を楽しげに眺めながら、ぶらぶらと足を揺らしていた。
『……綺麗だよね。真っ赤で……あったかくて。ねぇ、君も好きでしょ? わかるよ。あなたの気持ち』
うっとりとした顔で俺を見るそいつに、ぞくりと背筋が震えた。
カンクロー「お、おい……どうしたんだ、あいつ……」
テマリ「血を流しすぎておかしくなってるんじゃない!? 我愛羅、もうやめなってば!」
ガアラ「俺に、指図するな‼︎」
俺の感情に呼応するように、砂が唸りを上げる。なんだ、あんなことを言っておきながら、お前も〝化け物〟を飼っているんじゃないか。それが分かったら、もう目が離せない。早く捕まえて、確かめたい。その女の中にいる“何か”を。
だが、さきほどとは違う規則性のない動き。野生の獣のように、本能のまま駆けるそれに、砂が追いつかない。
『フフ……楽しいね〜………あれ?』
カクン
ガアラ「……捕らえた」
身体の限界だったのか、女の動きが一瞬止まる。そのわずかな隙を逃さず、砂で叩きつけ木へと縫い止めた。肩が小さく上下し、ヒューヒューと浅い呼吸が耳に残る。
今、お前はどんな顔をしている。
さっきまで俺を救おうとしていたあの顔が、どう変わったのか見たくてたまらなかった。衝動のままに手を伸ばし、顎を掴んで無理やり顔を上げさせる。
『フフッ』
楽しげに、幸福そうに笑う。白い髪の隙間から覗く赤い瞳が不気味に光っていた。その瞬間、身体が凍りつく。頬を汗が伝った気がした。正気に戻したのは、カンクローの叫び声だった。反射的に砂を操り再び攻撃するが。
ガアラ「……なに」
砂が女に触れるその直前、見えない壁に阻まれたように押し返される。女が何かをしているんじゃない、俺の砂が勝手に止まっている。こんなことは初めてだった。
『あいつが静かだと思ったら、表に出てきていたか……小童、少しやりすぎたな』
また、声が変わる。女の身体から響くその声は、さっきまでの無邪気さとはまるで違う、圧倒的な力を孕んでいた。身体が動かないだけじゃない。彼女を拘束していた砂が、まるで意思を失ったかのように勝手に解けていく。女がゆらりと立ち上がり、こちらを覗く瞳は赤でも青でもない。青白く輝く、異質な光だった。
『こんなにボロボロになって……あの小僧に任せたのが間違いだったか』
ガアラ「……貴様、何者だ」
『ん? ……ああ。どこかで見たと思ったら。タヌキは、躾がなっているか……』
そう言うと、顎を掴まれ強引に首を横へ向けられる。すぐ傍まで寄った女が耳元で囁いた。
『…おすわり』
次の瞬間、気づけば片膝が地面に押しつけられていた。俺の意思じゃない。身体が勝手に従っている。女はその様子を満足そうに見下ろし、くすりと微笑んだ。
『タヌキのせいで不眠に、その性格……大変だな。名前がこうなったのも、小童のせいだけじゃない。これくらいで、許してやる。私はここから消えるが、ついてくるなよ』
その言葉を最後に、女の姿は霧のように掻き消えた。同時に身体の自由が戻る。テマリやカンクローが「関わるな」と口々に言うが、不思議と苛立ちはなかった。
奇妙な静けさの中、俺は塔へと歩き出す。
弱々しさ。禍々しさ。そして、神々しさ。
三つが揺れ動く、あの女。
興味が自然とその女へ向かっていくのを、
確かに感じていた。
